旅商人と夜ノ森の番人

すがのさく

文字の大きさ
上 下
6 / 18

しおりを挟む
 その日の夕食は、いつもより少し豪勢だった。
 普段はスープの中に少量浮かんでいる程度の肉が、今日はかたまりのままハーブとローストされている。パンも白くてふわふわだ。
 マイネはヴィルフリートが食糧を持って来てくれたのだと話す。泉で待ち合わせて、水と一緒に運んで来たらしい。

「仕事が難しくて、まだ当分帰れそうもないそうです。だから今回は少し多めによこしたと言っていました」
「大荷物だったんじゃないのか?」
「ピムの背中にくくり付けて手伝ってもらったので、大丈夫ですよ」

 先に餌を食べ終えたピムは絨毯でごろ寝していたが、自分の名が出たからか目をつぶりながらも耳だけをピンと立たせた。

「ヴィルフリートが君に持った来たものを俺まで勝手にごちそうになって、申し訳ないな」
「いいんです。元はといえば森に迷い込んだ人間を助けるのは彼の役目。彼の家の者が人間にけがをさせてしまったのですから、責任を取るのは当然です」
「ありがとう。君には感謝してる」

 マイネの顔が赤くなる。そわそわと視線を泳がせ、「冷めるので早く食べてください」と呟いた。

 夜、いつものようにベッドに入っていると、明かりの消灯のため寝間着にガウンを羽織ったマイネが部屋に入って来た。手には燭台を持っている。
 家の灯りを消して回るのは彼でないとだめらしい。そうしないと、家を守るヴィルフリートの魔法が上手く作用しないのだと聞いた。

「明かりを消しに来ました」

 そう静かで優しい声で言い、壁、テーブル、暖炉と三つある光源を消していった。

「ありがとう」
「おやすみなさい」

 いつもの短いやり取りだ。微笑んで部屋を出て行こうとする彼を、今日初めてアベルは引き留めた。

「待って、マイネ」

 ベッドから降りて彼に近付き、何も持たない方の手首を握ってやんわりと引いた。冷たい、細い手首だ。マイネは驚いたような顔で振り向く。

「どうされましたか?」

 ろうそくの炎が、彼の頬を火照ったような色に照らしている。

「ごめん。先に謝っておく。今日、君にしてはいけないと禁じられたことをしたんだ」

 見上げてくる瞳が大きく見開かれた。軽蔑されるか、家主によって罰されるかもしれない。

「ヴィルフリートの部屋を覗いてしまった。君が鍵を隠すところを見ていたから」

 マイネはかわいそうなくらいに瞠った瞳はそのままに、小さく「どうして」と訊ねてきた。

「君のベッドを俺が占領してる。君はきちんと温かなベッドで眠れているか心配だったんだ。……でも、白状すると一番は魔法使いの部屋を見てみたいという好奇心だ」

 マイネは何も言わない。もう後戻りできないという恐怖がじんわり湧いてきて、背筋に冷たい汗が滲む。

「何も盗ってないし、いじってない。もっというと部屋の中に足を踏み入れてもいない。これは信じてくれ。……でも一体君がどうやって寝ているのか、ヴィルフリートがこの家にいた時は二人ともどこで寝ていたのかどうしても気になって」

 マイネの閉じられた唇は相変わらず何も言葉を発さず、冷たい人形のようにアベルを見つめている。
 アベルは辛くなり、俯いた。それでもどうしても確かめたいことを取り下げる気にはならない。絞り出すような声で、続ける。

「……この家にベッドは一つしかない」
「何が言いたいんです?」

 温かみのまったく感じられない、こちらをなじるような声音。こんな声をマイネが出せるなんて思いもしなかった。

「君は、ヴィルフリートのなんなんだ? 拾われたと言っていたけど、いつも一緒に寝ていたのか?」

 寝ていたからなんなのだ。理性的な心の声はそうたしなめる。魔法使いとその拾い子のことだ、自分には関係ない。
 それでもなぜかどうしても看過したくない。一度着火してしまえば理性を押し留めることなどできなかった。

「え……?」

 張り詰めていたマイネの表情が、ふっと緩んだ気がした。

「君は毎晩ヴィルフリートと眠っていたのか? あんな狭い、一人用のベッドで?」

 ついつい語尾が強まり、尋問するような口調になってしまう。もし質問の通りなら、干渉する理由もないのに咎めたい。

 ――でも、どうして?

「……そうだったら、どうしますか?」

 マイネがゆっくりと口を開く。ほんのわずかに首を傾け、耳に掛けていた髪が落ちる。

「そんなことを知って、どうするつもりなんですか?」
「嫌なんだ」
「どうして?」

 どうして? そんなの自分が知りたい。
 アベルは悔しくて唇を噛む。何も答えられない。けれど訊ねられているのだから、この流れではなんらかの応答をせねばならない。

(得体の知れない魔法使いと、この少年は床を共にしている。いくら育ての親でも、こう美しく清らかな彼を一人の男として放っておけるのだろうか)

 とにかく嫌だ。この少年が、マイネが誰かと同衾するのは絶対に嫌だ。この常夜の森で一点だけの光のようなマイネが、男に抱かれることを日常としているのだったら。
 アベルはマイネの手から燭台を取り上げた。

「何……?」

 マイネの手を引っ張ったまま、燭台をテーブルの上に置いた。

「嫌なんだ。理由ははっきりとはわからないけど、君が誰かのものだなんて」
「アベル?」

 不安げなマイネを腕の中に収め、そのまま唇を触れ合わせた。
 冷たい唇が、震えるのを感じた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

泣いて謝っても許してあげない

あおい 千隼
BL
●甘々溺愛メインが売りのあおい作品とはほど遠い泥腐ストーリー満載 ●後味の悪い泥沼系のお話が苦手な方はまわれ右でお願いします すごく好きだったのに。どうして…… 優しかった君はどこにいってしまったのか、幸せだった頃にはもう戻れない。 裏切って傷つけておいて幸せになるなど許すものか。 とことん追いつめて復讐してやるから覚悟しろ────── *⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒* To.るりっぴ あおい脳内劇場をくみ取り忠実に再現した表紙をありがとう♪ *⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒* 水城 るりさんのイラストは、著作権を放棄しておりません。 無断転載、無断加工はご免なさい、ご勘弁のほどを。 No reproduction or republication without written permission. *⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒*⌒* 【公開:10月31日】

壁穴奴隷No.19 麻袋の男

猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。 麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は? シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。 前編・後編+後日談の全3話 SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。 ※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。 ※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。

[完結]堕とされた亡国の皇子は剣を抱く

小葉石
BL
 今は亡きガザインバーグの名を継ぐ最後の亡国の皇子スロウルは実の父に幼き頃より冷遇されて育つ。  10歳を過ぎた辺りからは荒くれた男達が集まる討伐部隊に強引に入れられてしまう。  妖精姫との名高い母親の美貌を受け継ぎ、幼い頃は美少女と言われても遜色ないスロウルに容赦ない手が伸びて行く…  アクサードと出会い、思いが通じるまでを書いていきます。  ※亡国の皇子は華と剣を愛でる、 のサイドストーリーになりますが、この話だけでも楽しめるようにしますので良かったらお読みください。  際どいシーンは*をつけてます。

勇者の股間触ったらエライことになった

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
勇者さんが町にやってきた。 町の人は道の両脇で壁を作って、通り過ぎる勇者さんに手を振っていた。 オレは何となく勇者さんの股間を触ってみたんだけど、なんかヤバイことになっちゃったみたい。

娼館産まれの人形でも、皇子に娶られる夢を見たい。

空倉改称
BL
 魔法により、人形に意志を持たせられるようになって既に数年。セクシャルドールとして娼館で働いていた人形、カシュラは、いつも窓から外の世界を眺めていた。  カシュラは主人との契約により、勝手に娼館の外に出れば命を失う。ゆえにカシュラの唯一の楽しみは、同僚と慰め合ったり、娼館を訪れる冒険者たちから、数多の冒険譚に耳を傾けることだけ。  ――しかし、隣国セントヴルムとの外交会談当日。なんとセントヴルムからの代表人、セファール・セヴルム皇子が、なんの気まぐれかカシュラを呼び寄せ、夜伽を命じた。  「ただの皇族の遊び」。カシュラはそう確信しながら、最初で最後の外の世界を目に焼き付ける。そして一度きりのつもりで皇子を愛した……の、だが。なぜかセヴルム皇子は、翌日、翌々日と続けてカシュラを買い続け……?

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

【R18】満たされぬ俺の番はイケメン獣人だった

佐伯亜美
BL
 この世界は獣人と人間が共生している。  それ以外は現実と大きな違いがない世界の片隅で起きたラブストーリー。  その見た目から女性に不自由することのない人生を歩んできた俺は、今日も満たされぬ心を埋めようと行きずりの恋に身を投じていた。  その帰り道、今月から部下となったイケメン狼族のシモンと出会う。 「なんで……嘘つくんですか?」  今まで誰にも話したことの無い俺の秘密を見透かしたように言うシモンと、俺は身体を重ねることになった。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

処理中です...