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記憶の渦1※

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「では行ってくる」
「足元はまだ滑ります。お気をつけて」

 付き添いの侍男にわかっているよと頷き、ユノンはランタンを手に泉の部屋へ入った。
 暗い部屋の中に青い光が横たわっており、天窓から差し込む光の反射で天井にも水面が揺れる。
 なるほど泉はまだ少し水位が上がっているような気はするが、部屋の床は綺麗に掃除されている。
 部屋を含む地下全体が水に浸かっていたはずだが、完全に床が露出した今朝からかなりの人数で泥を払ったようだった。地下の空気の湿度は高いが、思ったよりは荒れておらずほぼいつも通りだ。
 この調子でずっと湖も凪いでいたらいいのにと願った。湖の神が怒っているだなどと、想像するだに恐ろしい。
 ジャペルは無事に大陸へと渡れただろうか。
 今朝は珍しく雨風が止み、窓の外から見た湖は変わらず淀んだ色をしていたものの、白波は立てていなかった。
 足元にランタンを置き、まだ目の慣れない中を泉に向かって歩く。

「ライル様」

 青い光を背にして暗がりに呼びかけた。以前、先祖の幻影の声が聞こえていた辺りに。

「まだ、おられませんか?」

 闇に向かい、もう一度問いかけた。
 じっと漆黒を見つめていると、やがて静寂にかすかな衣擦れの音が混じった。
 闇が揺らぎ、実体を持つようにゆっくりと人の形が浮かんでくる。

「ライル様!」

 ユノンは人影に走り寄る。頭からすっぽりと着込んだ黒のローブを脱ぎ去った彼は、紛れもなく第二の夫その人だった。

「見張りは?」
「部屋の外に侍男が一人おります。見張りというより、いつもの付き添いと同じです」
「そうか。厳重でなくてよかった」

 安堵するような表情に、たまらなく愛しさが湧いてくる。
 愛しく思っているのは常なのに、今ここでこうして会えたことでこの溢れそうな感情をどう表したらよいかユノンは内心うろたえた。

「ライル様、お会いできて嬉しいです。抜け道は本当にあったのですね。以前ここで……」

 幻か亡霊かは不明だが、おそらくは先祖と会話を交わしていた。その人物が話の中で教えてくれたと話そうとしたが、唇は塞がれてしまう。

「うっ、ん……」

 ぬるぬると中を確かめるように口腔内を舌で蹂躙され、あっという間に腰が溶けそうになってしまう。
 ジャペルに連れられライルの部屋へ行った昨日と同じだ。ほんのちょっと堰を崩されれば、後は洪水のように気持ちは溢れ出す。
 ユノンは懸命にライルの舌を追い、身体にしがみついた。勃起した性器を、ガウン越しのライルの腿に発情した犬のように擦り付ける。
 午後にも一度抱かれて射精しているのに、相手が彼なら何度だってこれは首をもたげてよだれを垂らす。

「ん……っ、ふう……」

 本能に従って、けれどできる限りいやらしく見えるよう腰を丸く動かす。
 彼が喜ぶならば、極限まで淫乱になりたい。タリアスとの褥では拒絶したかった娼婦になることだって、ライルのためにならたやすいことだ。

「……来い、ユノン」
「ふぁ、……」

 やや乱暴に唇を離され、手を引かれて泉のほとりまで引っ張られる。

「あんたは、兄上にもこんな風にしてやっているのか? 縄で縛られたようだとアムリに聞かされたが。そんな非道な仕打ちを働く人間を悦ばせてやっているのか?」

 ライルは苛立つように早口で問いかけ、ユノンのガウンを荒々しく剥いで投げた。ユノンは首飾りのみを着けたまま全裸にされる。

「首飾り……」

 ライルがはっとしたように目を注いだ。

「タリアス様から、部屋の外ではできる限り身に着けておきなさいと。王妃の証であるから、常にその自覚を持てということのようです。外しましょうか」

 ユノンが鎖に手をかけると、別にいいと制された。

「あんたの髪と肌の色に、よく似合ってる。着けたままも悪くないよ」

 意外な言葉にどきりとした。こんな状況で王からの贈り物を着けているなど、彼ならいい気はしないと思っていたのに。
 思いのほか熱っぽい視線が首飾りに注がれ、ユノンはぞくりと身震いをした。
 勃起したしなやかな雄がふるりと揺れ、その先端からはきらりと蜜が垂れる。

「んっ……僕もう、濡れてます」

 ユノンはライルを上目に見上げる。さぞかし物欲しげな目をしているだろうと思う。
 首飾りなどどうでもいいから、早くきちんと触れたいし、触れてほしい。

「ライル様、どうしましょう。僕はあなたに欲情しています。見ただけで、ほんの少し触れただけでこうなってしまう。これは、あなただけなのです……」

 強制的に淫の本性を引きずり出されずとも、ライルに対してだけはこうなってしまう。
 そのことは伝えたかった。ライルに会えなくなるのが嫌でタリアスに抱かれているなどと、とてもではないが話せない。
 できることなら甘い時間を過ごしたいのだ。長い長い人生の中の、ほんの一瞬のような逢瀬でも。
 形よく突き出た喉仏が、ゆっくりと上下した。
 ライルも身につけていた黒のローブとその下の衣服を脱ぎ去り全裸になる。そして、ユノンを抱えるようにして泉に入った。
 人肌のような水温が、ライルの素肌の体温と同じだ。
 ふわりと包み込まれるような感覚に、まるでライルに全身くまなく触れられているように錯覚する。

「……っあ、……きもちい……」

 水底に足をつけば、いつもより水嵩があることがはっきりとわかる。腰までしかないはずの水面が、今日は鳩尾の辺りまできている。
 ゆっくりと、水流が発生した。穏やかにうねる水は二人の肌を撫で、ユノンの柔らかな部分を癒していく。

「ライル、さまぁ……」

 内に入り込まれるような感覚に、ユノンはたまらずライルにしがみついた。逞しい腹筋に乳首が擦れ、ますます淫らな気持ちにさせられる。

「今回はあんたに話をしにきたはずだが」

 呆れたように言い、ライルはユノンの髪を手櫛で梳く。

「……んあんっ、今の状況じゃ、無理……。あなたは、平気なんですか?」

 水が尻のあわいを撫でるように流れている。淫猥な動きだが、どことなく優しさも感じられるような気がした。ユノンは後ろの穴をきゅんと締める。

「あん、んんっ」
「あんたは何をそんなに感じている? まだろくに触れてもいないのに」
「感じませんか? 水が、僕たちの身体を撫でるように流れている。なんらかの意思を持っているようです」

 ライルは平然と立っている。自分一人だけがみだりがしく水の流れなどに身体をくねらせ、とんだ淫乱だ。
 ユノンは恥ずかしくなり、顔を伏せた。

「それは、泉があんたの身体をいたわり癒そうとしているからだ。泉がというより、湖が。やはりあんたは認められている。特別なんだ」

「誰に? 何を認められているというのです?」

 柔和な笑顔に見下ろされ、胸が熱くなる。ほの明かりに揺れる深い色の瞳が、とても懐かしく感じられた。
 好きだ。この人が、本当に好きだ。どこに惹かれたのかと整理しようととするも、とにかくすべてが愛おしい。
 暴力的ななんらかの力で抑え込まれ、ライルしか見えない。
 この閉鎖的な城で、盲目的に愛する人を得られた奇跡が起きたのだ。まるで魔法だ。

「……あ、あ……っ」

 両手が尻を包み込む。感触を確かめるように揉んでから、指をそっと後ろの穴に這わせてきた。

「ふぅ、ん……」

 力が抜けてしまう。ユノンはライルの胸にしなだれかかった。

「わかるか? 散々王に弄ばれただろうに、まるで処女だ。湖に浸かれば、あんたの身体は何度だって甦る」
「だから、どういうことなんですか……?」

 くぷ……と、指先がほんの少しだけ侵入してきた。
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