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それぞれを縛るもの1※

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 あれほど熱く熱を持っていた患部は、気味が悪いほどに落ち着き痛みさえ引いてしまった。
 意識は変わらずぼうっとするが、眠いわけではない。むしろ感覚は研ぎ澄まされている。

「痛みはございませんか、ユノン様」

 最後、ミロがユノンの右手首を縛り上げてから不安げに訊ねてきた。

 赤黒い打撲の部位を避け、右腕は左腕と同じように天蓋から吊された縄に括り付けられている。
 両足首も寝台の脚から伸びる縄にそれぞれ繋がれ、少し脚を開いた立ち膝姿勢のまま、それ以上脚を閉じられなくされている。

「ああ、大丈夫だ」

 答えると、ミロは小さく「よかった」と呟きユノンから離れた。
 少しでも身体を動かせば、ユノンの全身を戒める縄が敏感な部分を擦り、攣れるような快感が走る。
 全裸に剥かれた上に発熱しているというのに、寒気はない。感覚が澄んでいくにしたがって、身体は火照ってきた。

「ユノン、……ああ、なんと美しい。言葉が出ない」

 伏せていた顔を上げると、ガウン一枚の姿になったタリアスが寝台のそばに立ち、垂らされた天蓋幕を持ち上げて陶然とユノンを見つめていた。
 はだけられた袷の隙間からは暗い茂みと、雄々しくそそり立つ長大なものが覗く。

「タリアス様……」

 縄で裸の身体を拘束された、こんなみっともない姿に興奮されているのだとはにわかに信じ難かった。
 自分が今どんな様子でどんな顔をしているのかなど、想像することすら恐ろしい。

「どうだ、身体の具合は辛くないか?」
「はい。怪我の痛みも、熱による悪寒や震えもありません」
「酩楽酒が効いているのだな」

 タリアスが呟くように言い、寝台に乗り上げて来た。そしてユノンの頬を包み、口づけた。
 息は甘ったるく、酒気を含んでいる。
 ライルが去った後、タリアスはミロに言いつけ濃い桃色の液体で満たされた小瓶と杯を一つ持ってこさせた。
 そしてタリアス自ら杯を液体で満たすと、身体が楽になるから飲むようにとユノンに命じたのだ。ユノンは命じられるまま、喉が焼けそうに甘いその桃色の液体を飲み干した。
 結果として、タリアスの言葉は本当だった。痛みは和らぎ、今現在身体は楽だ。

 しかし、これはおそらく健全なものとして出回っている代物ではない。
 なぜなら、いやに身体が疼く。少し縄が肌を擦っただけでびくびくと官能が走り、物足りない気分になる。
 このおかしな酒を、タリアスも煽ったのだろう。ミロによって拘束されるユノンを、透ける天蓋越しに眺めながら。

「……ん……っ、ふっ……ん」
「ん……ユノン……私のユノン……」

 舌を絡め合う接吻が、次第に唇に噛みつくような荒々しいものになる。ユノンは必死に答えながら息を継ぐ。

「あっ、……あん……んっ、タリアス、さま……ひうっ」

 唇を解放されたが、ぞろりと頬の傷を舐め上げられた。途端、暗い悦楽が脳内を貫いていく。

「ああ……ああっ……!」

 びくびく痙攣する身体の線を、タリアスの熱い手がゆっくりと撫でていく。

「かわいそうに。もうこんなになってしまったのか。……お前はこうされるのが、好きなのか?」

 縄で割られた尻を撫でられ、根元を戒められた陰茎を包まれる。ただやんわりと触られただけなのに、それだけでもユノンの身体は過剰に快楽を汲み取ってしまう。

「やんっ、あんっ、だめえ……」

 ガクガク腰を揺らし、もう達したいと訴えてしまう。それでも根元を絞められているうえに、実際には吐精に至るような大きな快感は与えられていないため、絶頂を迎えることなどできるはずもない。

「あん、あうう……」

 ユノンは言葉にもならない呻き声を上げながら、物欲しそうな表情を隠そうともせずタリアスを見上げる。

「ユノン、達したいのか?」

 こくこくと頷く。まだ何もされていないも同然なのに。
 おそらくは酒のせいだ。それでもどうしても抑えられない淫の性質は、生来のもの。これを何度呪ったことか、もう覚えてさえいいない。
 タリアスは愛おしげにユノンを見下ろす。うっとりと細められた目は、満足げに輝いている。

「本当に愛らしいよ、我が妻。縄に戒められてなお、こうして怯えることなく堂々と私に向き合うとは」

 大きな手が尻を包み込み、左右に割り開き、そして肉を捏ねるように揉みしだく。その度に無骨な縄の瘤と敏感な粘膜の入り口が擦れ、ユノンはもどかしくて大きく腰を回してしまう。
 吊された縄が、ぎしぎしと鈍い音を立てた。

「あっ、あ、ん……あなた様は、僕の、夫ですから、怯えるなど……ん、ひあっ!」

 入り口に当てられているのに入って来ない塊が、気になってしょうがない。
 ユノンは、自らの粘膜がぱくぱく収縮しながらそれを呑み込もうと足掻いているのを感じていた。止めたいのに、生来の淫乱である自分にはできるはずもない。
 神経を後ろに集中させていると、まったく気にもしていなかった脇の下にぬるぬると柔らかなものが滑らされた。

「あ、あ、おやめ、くださいっ! ……んうっ、だめ……ひゃ、あん、あああっ」

 濡れた舌が、じっとりと味わうように両脇を交互に舐めあげる。
 あまりのくすぐったさに激しく身を捩るが、そのせいで縄が余計に身体に食い込んでしまう。

「あ、あ……」

 胸の先がじんじんと疼く。痛みとも痒みともつかない感覚がぽちりと突き出た二つの乳首を支配し、今すぐ触って慰めてほしいと狂おしいほどに欲している。
 それなのに、縄は乳首には触れない。
 両胸をそれぞれ囲むように這わされてはいるものの、そこに幾何学的な模様を刻むばかりで肝心な部位を刺激してはくれないのだ。
 夢中で脇に顔を埋めていたタリアスは気が済んだのか顔を上げ、ユノンからわずかに距離を取ると改めて上から下まで舐めるように見回した。
 ユノンははあはあと息をつきながらぐったりしている。

「白い肌に、綿の縄が完成された衣装のようによく映えている。まるで神聖なる儀において差し出された、純潔の贄のようではないか。ミロ、よくここまで美しく仕上げた」
「……恐れ入ります」

 視界から消えたミロが、再び天蓋の陰から現れた。
 先ほどまでの見慣れた衣ではなく、今は明らかに女物の肌着を身に着けている。
 胸だけを覆い隠す形状の上半身の肌着や、腰に回した紐から布を回し局部を覆う下帯は何度かユノンも着けたことがある。
 ふんだんにあしらわれた繊細な飾りは、確かレースというものだとタリアスに教わった。西方の女物の衣服によく使われているそうだ。

「お前も、よく似合っている。やはり私の見立ては正解だった」

 タリアスから寝台に上がるように促されたミロは、「失礼いたします」と呟いてユノンのそばまでやってきた。
 ミロの背後にタリアスが膝立ちになり、脇腹から腰の線を撫でながら二人の少年を向き合わせる。

「あ……」

 主人の手が体を這い回ると、緊張が覗くミロの表情は途端に蕩けたものになった。

「……ん、陛下、ユノン様の前で、こんな姿……恥ずかしゅう、ございます」

 言いながら、ミロは赤い顔をユノンから逸らした。

「何を今更だろう? お前は、ユノンにすべてを見られているはずだ」
「……はい。陛下と、ユノン様になら、私のすべてを見られても構いません」

 ミロにはにかんだように微笑まれた気がして、今度はユノンが顔を逸らしたくて俯いた。
 タリアスはどういうつもりなのか。拘束した妻と、事実上寵姫のように扱う妻の侍男を突き合わせ……。
 ユノンは考えるのも嫌になった。
 今は早くこの身体の疼きをどうにかしてほしい。どうせタリアスの命には背けない。今宵もミロとまぐわって見せろと命じられれば、ユノンはそうするしかないのだ。

「ミロ、ユノンの辛いところを慰めてあげなさい」
「はい……」

 タリアスに軽く肩を叩かれ、ミロはユノンの背後に回った。腹を腕で押さえられて身体を密着され、尻にはごりごりと固いものが当たる。
 欲しかった、人の身体の熱が与えられる。夫ではない人間の、という点が不本意だけれども。
 ユノンは快楽を期待し暴走しそうな身体のまま、にわかに焦る。

「ミロ、何を」
「ユノン様、一番お辛い場所はどこにございますか?」

 耳元で囁かれるように問われ、ミロの指が身体を這い回る。
 脇、へそ、下腹のまろみや脚の付け根を指先でかすかに撫でていかれ、ユノンは身じろいだ。
 違う、そこではないと叫びたいのに、なけなしの理性が邪魔をしてできない。

「ミロ、やめろっ! 僕に、触れるな」

 大きく動けば動くほどに縄が身体に食い込み、切なくなる。入口の粘膜は擦られて熟んでいるし、陰茎も勃ち上がったまま根元に刺激を加えられ続けている。これはこれで辛いが、乳首だけが触られず、それが切なくてたまらない。

「さあユノン様、私にどうぞ教えてください。今一番、物足りない場所はどこですか?」
「あんっ、ああっ、タリアス様っ、やめさせてくださいっ!」

 ユノンは涙目でタリアスに訴えた。ミロの指先は見当違いなへその周りをくるくるなぞっている。

「いやっ、嫌です、なぜミロなどに任すのですか?」

 頬を涙が伝う。憐れむような目をしたタリアスの手が伸びてきて、それを優しく拭う。

「僕は、あなた様に触れてほしい……」
「ユノン。お前は泣き顔まで芸術的だ。湖の精霊として、いつかあちらの世界に帰ってしまうのではないかと私は恐れているのだよ」

 タリアスの口から漏らされたのはユノンの問いに対する答えではなかった。夫の憐憫の眼差しには、しっかりと欲に燃える炎が灯っている。
 ユノンは怖くなり、ぞくりと身震いした。
 今現在夫を支配しているのは、狂気だ。
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