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あなたを、知りたい1

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 しっかりと聞いてくれている。彼は、ユノンを馬鹿にしたりおかしなことを言うなと怒ったりはしない。
 ライルの反応を確認すると、もっと話したくてたまらなくなった。そこがいかに美しい世界なのか彼にも知ってほしい。
 できることなら、同じ世界を隣で一緒に見られたらいいのに。

「無数の小規模な湖が点在する、湖水地方のようです。カザカルとは違い、一日中燦々と照る太陽が青い湖たちを輝かせるのです。
 僕はそこで草原を好きに走ったり飛び回ったりして自由に過ごしている。どうやら愛しい人間がそばにいるようなのですが、その人の顔はまだ見たことがない」

 いつかの世のユノンは、その愛しい人間を思い浮かべる時にとても胸が温かくなる。幸せで満たされて、相手を好きでたまらない気持ちは痛いほどに伝わってくる。
 ライルは口を挟まず聞いてくれる。ユノンはさらに先を続けた。

「ですが一度だけ、長髪の少年の姿で湖の上からこの王宮を眺めたこともあるのですよ。その時は、水面にもがく傷ついた蝶を見つけたのです」
「蝶?」

 ライルは少しだけ目を見開いた。

「黒輝蝶です。あなたの瞳の色に似た、深い緑色に輝く蝶でした」

 そうだ、いつかの世は楽しいばかりではなかった。
 王宮を見つめる少年の心の底に広がっていたのは、孤独の漠だ。愛しい人間はどうしたのだろう。出会う前? 失った後? 
 そもそも時系列がわからないのだ。こんな夢想的なものに時間も何もあったものじゃないのかもしれないけれど。

「……その蝶を、あんたはどうしたんだ?」
「どうしたのでしょう。それは、わからないのです。一緒に行くかと訊ねていた気がしますが、どこへ行くつもりだったのかもわかりません」

 少年は蝶を手に乗せ、小さな小さな目を覗き込んだ。そこでその場面は終わってしまったのだ。

「でも、僕は漠然と自分がその蝶と同じだと感じました。片側の翅がない蝶と。夢の中の僕は深い深い悲しみや孤独を知っていた。自分が永遠にそこから抜け出せないような気がしていた。
 けれど、その蝶と出会いうっすらとした光を見つけたような。……そんな気がしました。ただの蝶なのに」

 視界はとてもとても明るく、髪を撫でる風は心地よかった。しかし心の底のぞっとするような暗い淵があまりにも対称的で、ユノンは夢の中の自分に今更ながら恐怖を抱いた。
 彼は何を経験していた? その静かな心の底の暗闇は、どういった想いから来るものなのか?

「ライル様、僕はおかしいですか?」

 ユノンはライルの胸に縋りついた。
 もうあんな感情はいらない。愛しいものに理解されたい、包まれたい。孤独になりたくない。

「夢想的、空想的だが、……おかしくはないさ。だが兄上や他の連中にはそういった話はしない方がいいだろうな」
「わかっております」

 タリアスには話せない。話せばうんうんと聞いてくれるだろうが、一国を纏める使命がある者にこんな夢物語を聞かせたところで反応に心を砕かせるに違いないのだ。それは申し訳がない。
 それに何より、夢の中のユノンには想い人がいる。浮気への願望があると受け取られては困るのだ。

「俺だって同じさ。俺がずっと待っていると話した湖の精霊も、きっといつかの世で出会ったんだ」
「ライル様も?」
「ああ、おそらくは」

 ライルは信じられないくらいに優しかった。
 ユノンの髪を撫で、抱き締めてくれた。肌と肌が合わさるととても温かく、ユノンは目を細める。

「昔は子どもだったから、いつかの世と今生の世とを上手く区別できなかった。きっとそういうことなんだろう。あんたの話を聞いていて、そんな気がしたよ」
「ではライル様も、いつかの世を信じてらっしゃるのですね」
「信じるも何も……」

 ライルはユノンから身体を離した。首を傾げるユノンの胸元に目線を落とし、そっと首飾りに触れる。
 湖の色よりもずっと深く、鮮やかな碧玉。
 小粒の翡翠と細かな金剛石に囲まれるようにして輝くそれは、いつかの世の小さな湖の一つをそこに閉じ込めたようだった。

「いや、なんでもない」

 ライルは何かを振り切るように首を横に振った。そして少し屈み、ユノンの胸の先の一つを唇に含んだ。

「あっ……ライル様……」

 油断していた身体に唐突な快感が走る。みるみるうちに下半身に血が巡り、思考が鈍る。
 ユノンはたまらず目を閉じ、ライルの頭を両手で抱えた。

「……なぜ俺に、こんな話を?」

 じゅっ、じゅっ、と強く吸引されながら問われる。ユノンは喘ぎながら途切れ途切れに答えた。

「あぁ、ん……ぼ、僕の、秘密なのです。……あなたに、知ってほしかった」
「俺に?」
「あなたを、知りたい、から」

 力強い乳首への吸引が止んだ。

「ん……?」

 うっすらと目を開けると、ライルがまっすぐにユノンを見つめていた。
 じんじん痛む乳首にそっと触れながら、ユノンも少しの恥ずかしさをこらえてライルを上目に見上げる。

「ライル様?」
「俺が喜びを感じるのは、あんたといる時だけなんだ」

 そう言い、唇が重ねられた。すると、すぐに唇を割り舌が入って来る。
 ユノンはもう、ライルの接吻を知っている。すぐに応え、舌を絡め甘く吸い合う。

「ふ……っん、ん……」

 もっと欲しい。ライルが欲しい。
 ユノンはライルの首に腕を回した。もう十分に近いのにもっと近づきたくて、力を込める。
 唇を大きく開き、ライルを味わう。

「……んう、ふぁ……?」

 不意に舌と唇が離れて行き、ユノンは無意識に少しだけ追ってしまった。不本意に見上げると、ライルは自らの濡れた唇をぺろりと舐めた。

「聞いてたか? さっきの」
「聞いてました」
「俺も恥を忍んで秘密を一つ打ち明けてやったというのに、なんだその言い方は」
「だって」

 気を遣ってくれたのかもしれない。ユノンがさっき愛しているなんて言ってしまったから。

「僕があなたに愛の告白をしたから気を遣ってくださっているのだとしたら、そういうのは要りません」
「その言葉はそっくりそのままあんたに返すよ。あんたの愛はもう、与えられたから与え返すものではないのか?」

「あ……」

 そう受け取られても仕方のない言動をしていたのは自分の方だ。
 ライルに求められたから応えたいのだと、過去に彼に話したのは自分だ。
 ライルは固まってしまったユノンにため息を一つ吐き出す。

「俺の気持ちは本物だ。他の何にも喜びを感じない。称賛の言葉にも、結果が出ても、何も思えない。あんたと初めて身体を繋げたあの日、俺はやっとのことで生きている実感を得たんだ」

「そんなこと……」

 頬が熱くなっていく。
 あの日、感嘆の色をわずかに覗かせたライルの呟きが耳に甦るようだった。耳朶に当たった熱い吐息さえもつい今し方のことのように思い出せる。

 ーーユノン・オルトアは、俺の妻ーー。

 返す愛ではないと否定し、早く心の底からあなたを愛しているのだと告げたいのに、思考が混乱してしまい上手く言葉が出て来ない。
 淡々とした口調だが、ライルの言葉の内容は睦言とも取れるようなものだった。
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