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祭への誘い2
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最後に会ったのはいつだったか。兄は街外れの神殿に暮らしているので滅多に家に帰らなかった。
小さい頃はたまに遊んでもらった。いつもにこにことして、彼が怒ったりいら立ったりしているところは見た記憶がない。
今の兄は当然思い出の中の彼よりもだいぶ歳を取っているようだが、まだまだ若く見える。
十五年上の兄は今年で三十三だ。思慮深げな深い瞳は実年齢にはそぐわない鋭い光を湛えてはいるが、全体はタリアスとそう変わらないような年に見える。
ノックをして入ってきたミロが、配膳台を引いて茶を淹れてくれた。一緒に並べられた焼きたての焼き菓子の甘い香りが鼻をくすぐる。
「そういえば、兄様はなぜここへ?」
まさか自分の顔を見るためだけに来たわけではないだろう。
タリアスと親し気に談笑していたユーティスはにこやかな顔のままユノンを見据えた。
「陛下に、夏至祭開催のご報告に上がったのだ」
「夏至祭の?」
街で毎年開かれているまつりだということはもちろん知っている。しかし幼い頃は子どもだからと父から参加を認められず、ある程度成長してからは未来の王妃の身体に傷がついてはいけないとやはり参加できたことはなかったのだ。
「参加したことはあるか?」
タリアスに訊ねられ、ユノンはいいえと首を振った。
「父は厳しい人ですから。ユノンは一度も祭りを見たことがないのですよ」
ユーティスがユノンに付け加えて答えた。そしてユノンに向かい、目を輝かせて言う。
「今年は国王陛下、王妃殿下お揃いで、神殿での『浄逸の儀』のご観覧を賜れるとお返事をいただいたところだ」
浄逸の儀とは、適性があると選ばれた少年たちを集め、来年から神殿に入る神官候補生を決定する儀式のことだ。
神職の最高責任者である総司神官の指示の下に行われ、若い神官たちが候補生を選定する。ユーティスは総司神官のすぐ下の正神官であるため、儀式の設営と進行に当たるとのことだった。
「すでに返事をしてしまった後だが。よいか、ユノン」
よくないなどと言うわけがない。ずっと見てみたかった夏至祭だ。
家々は軒先にランタンを吊るし、街には花が溢れる。大人や少し大きな少年たちは夜通し歌い踊り、湖の神とともに夏の訪れを祝い合うのだ。きっと素敵な日になる。
「はい、ぜひに。とても楽しみです」
心からの感謝を王と兄に伝えた。兄はなぜか眉尻を下げて困ったように笑っていたが、タリアスはうんうんと上機嫌だ。
「兄様、どうかなさいましたか?」
「お前が来てくれることになったのは嬉しいが、ふと不安になった。ユノン、お前は浄逸の儀というものがどういうものか知っているか?」
ユーティスの表情が曇った。なぜだろう。おめでたい夏至祭の儀式に、心を曇らせる要素があるというのか?
「知っていますよ。少年たちの中から神官候補生を選ぶのでしょう? セラノア先生に教わりましたよ」
「選び方が少々独特でな、」
「いいじゃないか、ユーティス。知らず見た方が興奮も高まるというもの」
タリアスが口を挟んだ。何も心配はいらないといった風にユノンの肩を抱いた。
「ユノンももう子どもではない。多少刺激的なものを見たとて泣きわめくわけでもなし」
「えっ、何か恐ろしいことが行われるのですか?」
ただ楽しみにできるようなものではないのか。一抹の不安を感じた。
「恐ろしいというわけでもないが、確かに刺激的ではある。だから小さな子どもは夜の祭には参加させないのだ。だが陛下がそうおっしゃるのなら、私からもお前には何も言わないでおくよ」
「……気になります。お二人とも、お教えください」
「もうじき明らかになることよ。ユノン、楽しみは後まで取っておきなさい」
タリアスから頬にちゅ、と口づけられ、ユノンは真っ赤になった。
兄も同席しているというのに、なんということを。
浄逸の儀のことなどどうでもよくなるくらいに、ユノンは消えたくなった。
「た、タリアス様……」
「仲睦まじきことはよいことです」
ユーティスは微笑ましく笑って二人を眺めている。
「ではユノン、私たちはこれからベルネラとライルも交えて具体的な話し合いがある。お前はもう楽な格好に着替えてよいから、好きに過ごしなさい」
タリアスがユノンから身体を離し言う。
ベルネラ宰相は、ユノンがここへ住むようになりすぐにタリアスの側近と認識した人物だ。度々二人連れ立って仕事をしている姿を見かける。
あまり会話をしたりといった繋がりはないが、物静かに話す知的な人物という印象を持っている。
やはり国の祭事を決めるのは王族や上級官吏、神職が揃っての一大事なのだと知らしめられた。
ユーティスが身を乗り出してきて、ユノンの手を握った。ぼうっとしていたユノンはびくりと肩を震わす。
「これから祭までの間度々ここへ来ることになる。ユノン、お前に暇があれば近いうちにまた会おう。陛下によくお務めするように」
「……はい。承知いたしております……」
そういえば、兄にタリアスから接吻を受けるさまを見られていたのだった。
もうなんでもいいからこの場からいなくなりたい。
ユノンはひたすら小さくなり、俯きながらその場を後にした。
小さい頃はたまに遊んでもらった。いつもにこにことして、彼が怒ったりいら立ったりしているところは見た記憶がない。
今の兄は当然思い出の中の彼よりもだいぶ歳を取っているようだが、まだまだ若く見える。
十五年上の兄は今年で三十三だ。思慮深げな深い瞳は実年齢にはそぐわない鋭い光を湛えてはいるが、全体はタリアスとそう変わらないような年に見える。
ノックをして入ってきたミロが、配膳台を引いて茶を淹れてくれた。一緒に並べられた焼きたての焼き菓子の甘い香りが鼻をくすぐる。
「そういえば、兄様はなぜここへ?」
まさか自分の顔を見るためだけに来たわけではないだろう。
タリアスと親し気に談笑していたユーティスはにこやかな顔のままユノンを見据えた。
「陛下に、夏至祭開催のご報告に上がったのだ」
「夏至祭の?」
街で毎年開かれているまつりだということはもちろん知っている。しかし幼い頃は子どもだからと父から参加を認められず、ある程度成長してからは未来の王妃の身体に傷がついてはいけないとやはり参加できたことはなかったのだ。
「参加したことはあるか?」
タリアスに訊ねられ、ユノンはいいえと首を振った。
「父は厳しい人ですから。ユノンは一度も祭りを見たことがないのですよ」
ユーティスがユノンに付け加えて答えた。そしてユノンに向かい、目を輝かせて言う。
「今年は国王陛下、王妃殿下お揃いで、神殿での『浄逸の儀』のご観覧を賜れるとお返事をいただいたところだ」
浄逸の儀とは、適性があると選ばれた少年たちを集め、来年から神殿に入る神官候補生を決定する儀式のことだ。
神職の最高責任者である総司神官の指示の下に行われ、若い神官たちが候補生を選定する。ユーティスは総司神官のすぐ下の正神官であるため、儀式の設営と進行に当たるとのことだった。
「すでに返事をしてしまった後だが。よいか、ユノン」
よくないなどと言うわけがない。ずっと見てみたかった夏至祭だ。
家々は軒先にランタンを吊るし、街には花が溢れる。大人や少し大きな少年たちは夜通し歌い踊り、湖の神とともに夏の訪れを祝い合うのだ。きっと素敵な日になる。
「はい、ぜひに。とても楽しみです」
心からの感謝を王と兄に伝えた。兄はなぜか眉尻を下げて困ったように笑っていたが、タリアスはうんうんと上機嫌だ。
「兄様、どうかなさいましたか?」
「お前が来てくれることになったのは嬉しいが、ふと不安になった。ユノン、お前は浄逸の儀というものがどういうものか知っているか?」
ユーティスの表情が曇った。なぜだろう。おめでたい夏至祭の儀式に、心を曇らせる要素があるというのか?
「知っていますよ。少年たちの中から神官候補生を選ぶのでしょう? セラノア先生に教わりましたよ」
「選び方が少々独特でな、」
「いいじゃないか、ユーティス。知らず見た方が興奮も高まるというもの」
タリアスが口を挟んだ。何も心配はいらないといった風にユノンの肩を抱いた。
「ユノンももう子どもではない。多少刺激的なものを見たとて泣きわめくわけでもなし」
「えっ、何か恐ろしいことが行われるのですか?」
ただ楽しみにできるようなものではないのか。一抹の不安を感じた。
「恐ろしいというわけでもないが、確かに刺激的ではある。だから小さな子どもは夜の祭には参加させないのだ。だが陛下がそうおっしゃるのなら、私からもお前には何も言わないでおくよ」
「……気になります。お二人とも、お教えください」
「もうじき明らかになることよ。ユノン、楽しみは後まで取っておきなさい」
タリアスから頬にちゅ、と口づけられ、ユノンは真っ赤になった。
兄も同席しているというのに、なんということを。
浄逸の儀のことなどどうでもよくなるくらいに、ユノンは消えたくなった。
「た、タリアス様……」
「仲睦まじきことはよいことです」
ユーティスは微笑ましく笑って二人を眺めている。
「ではユノン、私たちはこれからベルネラとライルも交えて具体的な話し合いがある。お前はもう楽な格好に着替えてよいから、好きに過ごしなさい」
タリアスがユノンから身体を離し言う。
ベルネラ宰相は、ユノンがここへ住むようになりすぐにタリアスの側近と認識した人物だ。度々二人連れ立って仕事をしている姿を見かける。
あまり会話をしたりといった繋がりはないが、物静かに話す知的な人物という印象を持っている。
やはり国の祭事を決めるのは王族や上級官吏、神職が揃っての一大事なのだと知らしめられた。
ユーティスが身を乗り出してきて、ユノンの手を握った。ぼうっとしていたユノンはびくりと肩を震わす。
「これから祭までの間度々ここへ来ることになる。ユノン、お前に暇があれば近いうちにまた会おう。陛下によくお務めするように」
「……はい。承知いたしております……」
そういえば、兄にタリアスから接吻を受けるさまを見られていたのだった。
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