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恋とは1
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「おやお妃様、どうされました? 楽しい酒宴、さぞかしお酒も進んだことでしょう。お部屋までお送りいたしましょうか」
「……少年たちに、あのようなことをさせるよう提言されたのは、どなたですか?」
誰の案か知って、その後どうするかまでは考えていない。それでも問わずにはいられなかった。あの少年たちと自分は同じだ。
「もちろん私ですよ」
ジャペルはこともなげに答える。ユノンもそんな気はしていた。
「この国には娯楽が足りません。ですから国をもっと開くために、このようなことも必要とは思いませんか?」
肩を抱かれ、立ち上がらされた。足元がぐらつく。ジャペルの男らしい太い腕はしっかりとユノンの細腰を支えた。
「さあ、お部屋へまいりましょう。なに、心配はいりません。タリアスはまだ酒宴のただ中だ。ひと眠りして、それから子作りに望んでもいい。あなたにも素敵な夢を見させて差し上げましょう」
逃げ出したいのに、抵抗できない。
ユノンは葡萄酒を一気に煽ったあの時の自分を呪った。
「……一人で戻れます」
「遠慮なさらず。お美しい王妃様はたくさんの狼たちに狙われてしまいます」
ぐいぐいと引っ張られ、連れていかれる。自室は反対方向だ。
(また不貞を犯してしまう。こう何度も過ちを繰り返す妻を、寛大なタリアス様もさすがに許しはしないだろう)
自由の利かない身体で何もできず、ただ誘導されるままに引かれていく。こんな時に限って廊下に人影はない。
絶望的な気持ちでぼんやり前方を見つめていると、ある部屋の扉に寄り掛かって立つ黒い人物がいる。
ジャペルが立ち止まった。
「ライル。いたのか」
黒い人物は扉から背を浮かせこちらを向く。
険しい眼差しがぎらりと光りを帯びたような気がした。ユノンの背はぞくりと粟立つ。
「叔父上。あなたのお部屋に俺の妻を連れ込んで、いかがなさるおつもりですか?」
静かな口調の中に、びりびりと空間を震わすような怒りを感じる。ライルと一瞬視線が交わり、心臓がぎゅっと縮むような気がした。
「お妃様は少々飲み過ぎてしまわれたようだ。介抱が必要だろう?」
「あなたが直々にそんなことされなくてもいいでしょう? 彼の部屋へ送り届け、側付きに任せればいいだけのこと」
「頭が固いな、ライル。それだからフェーゼンでも呆れられる」
「選り好みが過ぎるとこうなるんですよ。あなたみたいになんでもかんでも手あたり次第なんて真似、俺にはできかねますね」
二人はしばし無言で睨み合う。
元はといえば自分がおかしな酒の飲み方をしてしまったことが事の発端なのだが、大変な場に居合わせてしまったとユノンは改めて恐ろしくなった。
王族同士を争わせてしまっている。なんということをしでかしてしまったのだろう。
「……王妃をお離しください、叔父上。彼は王妃です。あなたが手を出してよい相手ではない」
「お前も王ではないだろう?」
「しかし王は、彼と俺との婚姻も了承したのです。そして、彼も」
ジャペルは忌々し気に一つ舌打ちをした。そしてゆらゆらと立つユノンの前に跪くと、右手の甲に口づけた。
「王妃様、大変なご無礼を。あなた様のあまりのお美しさに魔が差してしまいました。どうかお許しください」
ユノンが何も言えないでいると、立ち上がり退いたジャペルに代わりライルが手を取る。
不愉快極まりないと訴える目でユノンをひと睨みすると、屈んでユノンの片方の脇と両膝の裏に手を添えた。
「行くぞ」
「ひゃっ!」
突然抱きかかえられ、驚いて思わずライルの首に腕を回した。
「ライル様、下ろしてください! 歩けます!」
「こちらの方が早い」
歩幅の大きいライルは、下ろすようせがむユノンを無視してどんどん廊下を元来た方へ進んでいく。
ライルの肩越しに、こちらをじっと睥睨し続けるジャペルが見えた。
ばふんと乱暴に寝台に降ろされ、ユノンの顔は敷布に沈んだ。白い敷布に紅がつく。
「ライル様、もう少し優しく下ろしてください!」
「うるさい。助けてやったというのにその態度か」
例に漏れずライルはユノンの側付きのミロを下がらせ、人払いをした。軽率な行動の罰として、また手荒に抱かれるのかもしれない。
そう考えると、じわりと涙が出てきた。
「なに泣いてんだ。化粧が落ちてみっともないからやめろ」
心ない言葉に、ユノンは衣の袖でぐしぐしと顔を拭った。いかに高価な衣でも、そんなこともうどうでもよかった。
「……また僕を好き勝手に抱きますか。前回みたいに媚薬を使ったりして、僕の痴態を楽しむおつもりでしょう? もちろん拒否する権利はありません。僕の愚行は責められて当然です。しかし……」
やはり自分はあの少年たちと同じ。違うのは身分だけ。もてなす相手が異なるだけ。
そう考えると悲しくて悲しくて、涙がとめどなく流れてくる。
ライルは呆れ顔でこちらを見下ろしている。
「おい……」
「どうしてこんなことになったんでしょう。二人の兄弟で、兄は民に敬われる神官、かたや弟は毎夜王の子種を注がれ続ける、子の成せない男の王妃。どちらが幸せですか? どちらの人生を歩みたいですか? 僕にはわかりません」
言いたいことを一気に言ってしまうと興奮が頂点に達し、しゃくり上げてしまう。
「うう……」
嗚咽が漏れてくるにまかせて泣き続けていると、寝台に腰掛けたライルが大きなため息をついた。
きっと失望された。こんな子どもじみた妻を娶ってしまい、後悔しているのだ。
自分も自分で、こんなに感情を爆発させてしまったことなど記憶に残っている限りない。
酔っているのだ。酒の力だ。そう考えないと悲しさと恥ずかしさでどうにかなってしまう。
「別にあんたを責めようと思ってるわけじゃない」
ライルが口を開いた。袖から顔を上げて彼を見つめると視線が合ってしまう。ユノンは落ちた化粧と涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔を見られたくなくて、顔を背けた。
「……少年たちに、あのようなことをさせるよう提言されたのは、どなたですか?」
誰の案か知って、その後どうするかまでは考えていない。それでも問わずにはいられなかった。あの少年たちと自分は同じだ。
「もちろん私ですよ」
ジャペルはこともなげに答える。ユノンもそんな気はしていた。
「この国には娯楽が足りません。ですから国をもっと開くために、このようなことも必要とは思いませんか?」
肩を抱かれ、立ち上がらされた。足元がぐらつく。ジャペルの男らしい太い腕はしっかりとユノンの細腰を支えた。
「さあ、お部屋へまいりましょう。なに、心配はいりません。タリアスはまだ酒宴のただ中だ。ひと眠りして、それから子作りに望んでもいい。あなたにも素敵な夢を見させて差し上げましょう」
逃げ出したいのに、抵抗できない。
ユノンは葡萄酒を一気に煽ったあの時の自分を呪った。
「……一人で戻れます」
「遠慮なさらず。お美しい王妃様はたくさんの狼たちに狙われてしまいます」
ぐいぐいと引っ張られ、連れていかれる。自室は反対方向だ。
(また不貞を犯してしまう。こう何度も過ちを繰り返す妻を、寛大なタリアス様もさすがに許しはしないだろう)
自由の利かない身体で何もできず、ただ誘導されるままに引かれていく。こんな時に限って廊下に人影はない。
絶望的な気持ちでぼんやり前方を見つめていると、ある部屋の扉に寄り掛かって立つ黒い人物がいる。
ジャペルが立ち止まった。
「ライル。いたのか」
黒い人物は扉から背を浮かせこちらを向く。
険しい眼差しがぎらりと光りを帯びたような気がした。ユノンの背はぞくりと粟立つ。
「叔父上。あなたのお部屋に俺の妻を連れ込んで、いかがなさるおつもりですか?」
静かな口調の中に、びりびりと空間を震わすような怒りを感じる。ライルと一瞬視線が交わり、心臓がぎゅっと縮むような気がした。
「お妃様は少々飲み過ぎてしまわれたようだ。介抱が必要だろう?」
「あなたが直々にそんなことされなくてもいいでしょう? 彼の部屋へ送り届け、側付きに任せればいいだけのこと」
「頭が固いな、ライル。それだからフェーゼンでも呆れられる」
「選り好みが過ぎるとこうなるんですよ。あなたみたいになんでもかんでも手あたり次第なんて真似、俺にはできかねますね」
二人はしばし無言で睨み合う。
元はといえば自分がおかしな酒の飲み方をしてしまったことが事の発端なのだが、大変な場に居合わせてしまったとユノンは改めて恐ろしくなった。
王族同士を争わせてしまっている。なんということをしでかしてしまったのだろう。
「……王妃をお離しください、叔父上。彼は王妃です。あなたが手を出してよい相手ではない」
「お前も王ではないだろう?」
「しかし王は、彼と俺との婚姻も了承したのです。そして、彼も」
ジャペルは忌々し気に一つ舌打ちをした。そしてゆらゆらと立つユノンの前に跪くと、右手の甲に口づけた。
「王妃様、大変なご無礼を。あなた様のあまりのお美しさに魔が差してしまいました。どうかお許しください」
ユノンが何も言えないでいると、立ち上がり退いたジャペルに代わりライルが手を取る。
不愉快極まりないと訴える目でユノンをひと睨みすると、屈んでユノンの片方の脇と両膝の裏に手を添えた。
「行くぞ」
「ひゃっ!」
突然抱きかかえられ、驚いて思わずライルの首に腕を回した。
「ライル様、下ろしてください! 歩けます!」
「こちらの方が早い」
歩幅の大きいライルは、下ろすようせがむユノンを無視してどんどん廊下を元来た方へ進んでいく。
ライルの肩越しに、こちらをじっと睥睨し続けるジャペルが見えた。
ばふんと乱暴に寝台に降ろされ、ユノンの顔は敷布に沈んだ。白い敷布に紅がつく。
「ライル様、もう少し優しく下ろしてください!」
「うるさい。助けてやったというのにその態度か」
例に漏れずライルはユノンの側付きのミロを下がらせ、人払いをした。軽率な行動の罰として、また手荒に抱かれるのかもしれない。
そう考えると、じわりと涙が出てきた。
「なに泣いてんだ。化粧が落ちてみっともないからやめろ」
心ない言葉に、ユノンは衣の袖でぐしぐしと顔を拭った。いかに高価な衣でも、そんなこともうどうでもよかった。
「……また僕を好き勝手に抱きますか。前回みたいに媚薬を使ったりして、僕の痴態を楽しむおつもりでしょう? もちろん拒否する権利はありません。僕の愚行は責められて当然です。しかし……」
やはり自分はあの少年たちと同じ。違うのは身分だけ。もてなす相手が異なるだけ。
そう考えると悲しくて悲しくて、涙がとめどなく流れてくる。
ライルは呆れ顔でこちらを見下ろしている。
「おい……」
「どうしてこんなことになったんでしょう。二人の兄弟で、兄は民に敬われる神官、かたや弟は毎夜王の子種を注がれ続ける、子の成せない男の王妃。どちらが幸せですか? どちらの人生を歩みたいですか? 僕にはわかりません」
言いたいことを一気に言ってしまうと興奮が頂点に達し、しゃくり上げてしまう。
「うう……」
嗚咽が漏れてくるにまかせて泣き続けていると、寝台に腰掛けたライルが大きなため息をついた。
きっと失望された。こんな子どもじみた妻を娶ってしまい、後悔しているのだ。
自分も自分で、こんなに感情を爆発させてしまったことなど記憶に残っている限りない。
酔っているのだ。酒の力だ。そう考えないと悲しさと恥ずかしさでどうにかなってしまう。
「別にあんたを責めようと思ってるわけじゃない」
ライルが口を開いた。袖から顔を上げて彼を見つめると視線が合ってしまう。ユノンは落ちた化粧と涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔を見られたくなくて、顔を背けた。
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