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花嫁の白い花

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 身体の支度を済ませた後は、ミロに言いつけて嫁いできた晩に着た女ものの薄衣とおかしな型の下帯を出してこさせ、身に着けた。そして最近は眠らせたままだった紅を引く。
 部屋に戻ってきた時は泉での怪異に怯えていたが、事が事なだけに誰にも言えず黙っていた。
 務めのための支度を進めていくと、王に対する緊張が泉の恐怖を上回っていく。

「……驚いたぞ、ユノン。これは一体どうしたことだ?」

 ユノンの褥にやってきたタリアスは、大袈裟にのけぞってみせた。
 いつものように優しげな笑みを浮かべながらやって来た彼からは、深刻な空気は感じられない。

「タリアス様、僕は不貞を犯しました」

 詰められる前に白状する。寝台に膝を折って座るユノンは、小さく息を吸い込んで背筋を正す。
 にこやかだったタリアスから笑みが消えた。

「不貞? お前が?」
「はい。……僕はライル様と、談話室で……」

 自分の口で最後まで説明するのはなんとも心が痛い。けれど、愛してくれる夫をこれ以上裏切りたくはなかった。
 妻として受け入れてくれた彼に、精一杯の誠意を見せなければ。そして、――今日こそは、王の子種をこの腹にいただかなくてはならない。
 タリアスの視線に握り締めた手は震え、声は掠れそうだ。それでも自分を叱咤し、心を決める。

「談話室で、ライル様と身体を」
「よい。聞いている」

 言葉を遮られる。どうしよう、と俯くと、大きな手に身体を引き寄せられた。
 薄衣にタリアスの体温が心地いい。ユノンは思わず夫の背に腕を回した。

「辛い思いをさせたな。これは私も悪かった。接合を望むお前を気遣っていたつもりが、傷つけていたのかもしれない」
「え……?」

 ゆっくりと身体を離された。タリアスを見上げると、唇に触れるだけの接吻をされた。ちゅ、と小さく音がして、すぐに離れていく。

「どうしてあなた様が謝られるのですか?」

 悲し気な色が滲む瞳に、困惑した自分が映っている。
 逞しくも繊細さの感じられる指先で、ユノンの肩先で揺れる黒い毛先を弄ぶ。

「ライルに怒られたよ。なぜあんな健気で美しい少年を娶っておいて子種を直接注いでやらないのかと。お前はあんなにも望んでくれたのに」

 思い出すと顔が熱くなってくる。務めであり愛のためであるとはいえ、夫とその弟の前でどうぞ入れてくださいと熟れたそこを晒して何度も懇願したのだ。
 自分は普段からなんて淫らなことをしているのだろう。ユノンは赤い顔を隠したくて俯いた。

「弟に先を越されても当然だ。ライルのこともお前のことも責めはしない。私が悪いからな」
「そんな、タリアス様は悪くなど」

 ない、とは言い切れず、言葉尻は萎んだ。少なくとも、多少自分の中にはタリアスを恨めしく思う気持ちはあったのだ。
 それなのにタリアスは素直に今までの行いを間違いとし、謝ってくれる。
 地位も名誉もある男がこんな自分に誠意を見せてくれている。
 狭小な自分が恥ずかしい。ユノンは縋るように精悍な身体に抱きついた。

「……僕こそ、申し訳ございません。あなた様が本当は、やはり自分のことを妻として見れないのではと、少し疑っていました。それに、……ライル様に抱かれ、はしたなくも感じてしまったのです。夫であるあなた様もまだ知らない部分を捧げ、淫らに声を上げ……」

「だから、よいのだユノン。ライルから無理やりお前を抱いたと聞かされた。お前は最後まで私に操を立てようとしていたそうじゃないか。ますます愛しくなった」

 胸がいっぱいになった。自分は、許されたのだ。この寛大な王は嫁いできて早々に不貞を働いた妻を、許した。
 王に忠誠を尽くさなければと改めて心から思う。単純かもしれない。でも、いいのだ。自分は王のために生きてきた。
 伽守の正体の件に関しても、抱いていた失望は雲を払うようにすっと去り、すべてを投げ出したっていい、恩に報いたいと願う。
 そのために、自分にできることはーー。

 涙が溢れそうな目でタリアスを見上げていると、顎を掴んで上向かされた。もう一度、形の良い唇が近づいてくる。
 今度は唇を割って舌が口腔内に侵入してくる。口蓋を撫で、舌を絡め合いねっとりと互いを味わう。
 腰の奥に重く熱が灯り、ユノンは反射的に腰を引いた。

「んう……ふ……」

 唇がぬるぬると互いの唾液で濡れる。糸を引いてゆっくりと離すと、タリアスはぺろりと自分の唇を舐める。
 その仕草に被虐心を煽られ、またしてもユノンの腰の深い場所が疼く。
 まるで獣が獲物を前にして舌舐めずりをしているようじゃないか。自分はこの美しい男に、狩られようとしている……。

「今宵は最後までお前を抱く。そして、その腹の中に種をまくぞ。昼間ライルに相当やられたようだが、よいか?」

 ユノンは頷いた。ためらいなどない。

「抱いてください、陛下。どうぞこの腹の中に、お情けを。溢れるほどの子種をいただきとうございます」

 そう言い、タリアスの股ぐらに跨った。






 褥には白い花が散らされた。ユノンはその夢のような寝台の中央に下帯のみを着けた姿で横たわっている。
 黒い髪にも花を留められ、期待と羞恥にもじもじと身体を捩る様をタリアスは口元を綻ばせ眺めている。

「タリアス様……早くいらしてください。このような、恥ずかしい……」

「いいではないか。お前は私の花嫁だ。男に花などと思っていたが、こうして飾り立ててみると私が間違っていたということがよくわかる」

 頭のてっぺんから爪先まで、寝台の端に座るタリアスにじっくりと見られている。ユノンは心許ない気持ちで視線を泳がせた。

「今日は、伽守は来ないのですか?」

 いつ来るか、いつ来るかと身構えていた。いつもタリアスの後に続き入ってくることもあれば、後から呼ばれて入室してくることもあった。
 正体を知った後ではやはり伽に望む際の心持ちも違う。ユノンは無理を承知で、今後一切の褥で伽守を下がらせてもらえないか頼んでみるつもりでいた。
 ユノンが黒のベールの下の秀麗な男を知っているということを、王は知らないかもしれない。けれど一人の夫の前でもう一人と性行為をする。自らの心臓がそんなきわどい行為に耐えられる自信がない。

「伽守なら、来ない。廃止するよ」

 タリアスは穏やかな、しかし情欲に潤む瞳でユノンを見下ろし、髪を撫でて言う。

「もういいのだ、ユノン。城の人間たちは私がどれだけお前に執心か知っている。毎夜部屋の外まで漏れ聞こえる声を心配し、苦言を呈されたことが何度かあるよ」

 ユノンは赤くなり、思わず両手で口を覆った。悦を我慢せず漏れるに任せていた声は、家臣たちに聞かれていたのだ。

「……でも、伽守の同席は王家のしきたりなのでしょう? よいのですか?」

 同席の中止は当然断られると思っていた。その時は、正体を知っているのでせめて人を変えてくれと頼むつもりでいたのだ。

「いいのだ。いつまでも古い因習に縛られているわけにはいかない。それに、やはり美しい新妻が快楽に身悶える様というのは誰かに見せびらかすものではないな。秘してこその官能だ」

 ほっとする気持ちで、なんだかずっと詰まっていた呼吸が楽になった気がする。優しい王の言葉に、思わず口元が緩んだ。

「だが、時に伽の途中で臣に用を申し付けることもあるかもしれない。それは許してくれ。お前も信頼できる者だけ、黒布を被らせて入室させるようにするから」

 それは致し方ない。夫は一国を背負う王なのだから、急ぎの用事が舞い込む時もあるだろう。その時は自分も掛布にでも包まっていればいい。
 ユノンは「はい」と返事し、こくりと頷いた。
 髪を撫でていた指が今度は唇をなぞる。

「紅が……お指についてしまいます」
「では綺麗にしてくれ」

 ユノンは舌を出し、指を舐めた。そのままそれを口に含み、性器に対する口淫に見立て、ちゅ、ちゅ、と吸いつきながら唾液を絡める。

「いやらしいな、ユノン。恥じらいを持ちつつも夫を悦ばせようと懸命なお前を、もっと早くに貫いてやればよかったな」

 タリアスはしみじみと語る。濡れた唇から指を引き抜くと、こりりとユノンの色付いた乳首を摘んだ。

「うう、ん……」

 ユノンが甘やかな声を上げるのと、タリアスが覆いかぶさってくるのはほぼ同時だった。

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