幼馴染を慰める夜

かべうち右近

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2.幼馴染の失恋

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「……帰るぞ」
 彼女の腕を解いて、俺は彼女をおんぶする。
「やだあ」
 そうは言うが彼女はゆるゆると首を振るだけで、暴れる訳ではない。
「話なら聞いてやるから」
「……」
 黙り込んだ彼女は頭を俺の背中に押し付けた。やがて嗚咽が漏れてくる。
「私ね、先輩の彼女じゃ、なかったんだって……」
 ポツポツと、彼女は事情を話し始めた。
 嗚咽でつっかえながら、ゆっくりと。
「私の方が……浮気だったの」
 そう言って、彼女はひときわ大きな嗚咽を漏らす。彼女が途切れ途切れに話したのは、おおよそ次のようなことだった。
 夏休みの直前に、先輩の家にサプライズで遊びに行ったら、本命の恋人と先輩がベッドにいるところに遭遇してしまった。そこで、彼女こそが浮気相手で遊びだったのだと告げられ、彼女は手酷くフラれたらしい。
 俺と彼女は地元にいる時、近所に住んでいるのもあり、約束がない時でも頻繁に行き来していた。その感覚で先輩の家にも遊びに行ってしまったのだろう。容易に想像がついた。
 ひとしきり話し終わった所で彼女の嗚咽は続いていたが、駅に着いたのでとりあえずタクシーを拾う。そのまま、一緒にタクシーに乗り込んで彼女の家へと向かった。
 タクシーに乗っている最中、彼女は他人に泣いているのがバレるのが嫌なのか、俯いて出来るだけ声を潜めていた。その姿がいたましい。彼女の肩を抱き寄せて、出来るだけ顔が隠れるようにした。
 俺の頭の中には、怒りしかない。会ったこともないクソ野郎が、彼女を傷つけたこと。それよりも、こんな事になる前に彼女に告白しなかった自分が憎らしい。チャンスは、いくらでもあったのに。
 タクシーが止まり、彼女の家に着いた。
 代金を払い、彼女を支えてタクシーを降りたら、チャイムを鳴らす。
 しかし、誰も出てこない。
「……誰もいないよ」
 そう言って、彼女が鞄の中から鍵を取り出したが、カシャっと取り落としてしまう。
「何で?」
 俺は彼女の代わりにその鍵を拾って、玄関の鍵を開けて彼女を連れて入る。
「旅行に行ってるの、みんな」
 彼女が帰ってきているのに何でまた、と言いそうになって口を閉じる。予定では、彼女も今頃は先輩と旅行に行っている筈だったのだ。思い至って唇を噛む。
 送っていったら、家族に引き渡してすぐに帰るつもりだったが仕方がない。
「そうか」
 それだけ言って、俺は彼女をリビングに連れていき、ソファに座らせた。怒りは止まらないが、まずは彼女を介抱するのが先だ。
 勝手知ったる幼馴染の家のキッチンに向かう。
「借りるぞ」
 コップを拝借して、水を入れてリビングに戻ると、彼女はソファに座ったまま俯いていた。彼女の隣に座って、コップを差し出すと、ぼんやりと彼女はそれを受け取る。
「ほら、飲め」
「やだ、お酒がいい」
 水だと気付くと、彼女は涙で腫らした顔をしかめて、コップをテーブルに置いた。こんな泣き顔、もう何年も見ていなかったのに。高校の頃はしていなかった化粧をいつの間にか覚えたらしい、涙で化粧がドロドロになっている。
「酒なんかないだろ」
「お父さんのが、多分ある」
「だとしても、もう飲むな」
「じゃあ、どうすればいいの?」
 また、彼女の目から涙がこぼれる。
「お酒飲んじゃだめなら、どうやって先輩を忘れたらいいの? 私、彼を忘れたいよ!」
 彼女が叫んだのに、溜まらず俺は彼女を抱きしめた。
「ぇ……」
 小さな声を漏らす彼女の声は、明らかな戸惑いだ。
「俺が忘れさせてやる」
「何……」
 言いかけた彼女の口を、自分の物で塞ぐ。やり方なんて知らないから、ただ、重ねただけの不出来なキスだ。
「酒なんかなくても、俺が上書きしてやる。友理」
 そのまま、彼女を押し倒す。
 自分でも、何をしているのか訳が判らない。どうしていいのかだって、判らなかった。
「何で…」
「俺なら、浮気なんてしない。お前しか見ない」
 言ってまた、口を重ねる。離しては重ねて、僅かにあいた口の隙間から、舌を滑り込ませる。ただ彼女の口の中で舌を絡めた。
 口を離すと、彼女が喘ぐように息を吐く。
「だめか?」
 頬に触れて彼女の顔を覗き込むと、彼女はぎゅっと眉をしかめて腕で顔を覆った。
「ずるいよ、こんなの……」
 鼻声で上ずった声でそうは言うが、払いのけられる筈の俺の腕をどけようとはしない。だから、俺はもう一度、彼女の口を奪う。舌を差し込めば、今度は彼女の舌が応えて絡みついてきた。
 慣れた様子の彼女のキス。それを誰が教えたのかと思うと、胸が焼けそうになるほど痛い。けれど今は、彼女は俺の腕の下にいる。
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