上 下
2 / 4

 楽しい思い出 ~前編~

しおりを挟む

「なあっ?! どういうことだよっ!!」

 全力で叫ぶのは先程の王太子。

 彼の周囲に立つ側近三人衆は、うんざりに憤怒を滲ませた顔でトリスターを見つめていた。

「アンタが試したりするからだろうが、このヘタレ」

 辛辣な口火を切ったのは茶髪に紫の瞳のナイジェル。某伯爵家次男で、王太子とは幼い頃から御学友。

 ある時『竹馬の友』という遠国の言葉を知った彼は、この語源となる竹馬が欲しくて探しまくり、見事、竹の苗を手に入れてきて満足そうに本物を作った強者だ。
 ちなみにその竹は王太子宮の周りを侵食して毎年あちらこちらを破壊しまくっている。
 竹を侮るなかれ。彼らは床や畳すらぶち抜き、石畳さえも浮かせて割ってしまう剛の者なのだ。
 手入れを知らぬ素人に扱える植物ではない。お陰で王太子宮は、宮本体よりも大きな竹林に囲まれて、笹特有の葉擦れもあいまり、少々和風ホラーチックな趣に溢れている。

 それがマドカにウケたのは意外だった。

『なにこれっ、良い味出してんじゃんっ、呪怨や貞子の世界かっ! あばら屋が似合いそう。あ、井戸でもいっか』

 きゃあ、きゃあはしゃぎ回りながら、彼女はナイジェルが竹で困っているのだとの相談を聞く。

 繁殖力が強く、じわじわ広がる悪夢の植物。こんなことになるなどと思わなかったと奈落に穴を掘るナイジェルを笑い飛ばし、マドカは竹を枯らす方法を教えた。
 竹は地上部を根本から剪定しても意味はない。毎年竹の子が生えて鼬ごっこ。肝心なのは地下茎。つまり根っこの水分や栄養を取り除いて枯らさねば増殖は止まらないのだと語るマドカ。

『アタシの腰の位置あたりで、冬の一番の寒い時期に上部を切り落としてしまえば勝手に枯れるよ?』

『え?』

『『『ホントにですかっ?』』』

『オーバーフローっていったかな。アタシの世界の知識だけど、見た感じ同じに見えるし、試しても良いんじゃない? 確定じゃないけどね』

 お間抜けな王太子の呟きと、驚愕な側近三人衆の三重奏。特にナイジェルはこの無法者な植物を植えてしまった張本人なので、毎年拡がりつつあった竹林の撲滅に執念を燃やしていた。

 早速、凍りつくように寒い時期を選んで、王宮は萌え拡がった竹林を、間引きするかのごとく切り落としていく。
 適度な量を残しながら。
 全てを枯らすのをマドカが嫌がったからだ。いそいそと狭い竹林エリアをそこここに構築し、間を細かい砂利で舗装して楽しそうな聖女様。
 なんでも竹は細工物に使えるとかで彼女は切り落とした竹の枝を鉈で払っていた。
 その鮮やかな手付きにも目を見張る王太子達。

『竹は根っ子が浅いから。周りをかっちり囲えば伸び広がらないんだよ』

『……そんな手が』

 ……女神。とナイジェルに拝み倒されて、オロオロ逃げ出したマドカの後姿だけを鮮明に覚えているトリスター。
 楽しい思い出だ。あれから上手く竹も育成できるようになり、鬱蒼とした竹林は陽光溢れる庭園に変貌した。

《聖女様の奇跡、NO1》と立札までたてて銘打たれたのも御愛嬌。

 ナイジェルに睨みつけられつつ思い出し笑いを噛み殺していた王太子に、今度は蒼い髪を短めに刈り込んだ人物がたたみ掛けた。ナイジェル同様、容赦ない眼力を放つ緑の眼。

「愛されてるか分からない、確証が欲しい。どうしたら良い? ……なんて、悩んでいたのは知っていましたが、まさか、こんなバカをやらかすとは」

 やや低めの声で吐き捨てるように呟いたのはカッツェ。某公爵宰相の五男様で、当然トリスターの御学友。

 一学年上の彼には双子の姉がいた。えらく華奢で、触れたら折れそうなほど細い姉が。
 そんなカッツェの姉から初めて挨拶を受けた時、眼を見張ったマドカは、問答無用でカッツェの姉の手袋を剥いだ。
 手が荒れるのを防ぎたいと、彼女はいつも手袋をつけていたから。貴族階級の御婦人にはそういう者らも少なくないので誰も気に止めなかった。
 手が荒れる、爪が痛む、手が汚れるなど。婦女子という生き物は、色々口喧しいのである。
 カッツェの姉の手を握り、さすさすと撫でながら難しい顔をするマドカ。彼女の触るところには、なぜか貴族子女に不似合いなゴツいタコがあった。

『……タコ? 何のタコですか? 姉上』

『こんな所にタコなんて…… つくのは大盾職くらいでは?』

『……吐き戻しタコだよ』

『『吐き……?』』

 そうっとパーティ会場から離れて、マドカの説明を聞いた男性陣は絶句する。
 なんとカッツェの姉は、食べたモノを無理やり吐き出してしまう…… マドカいわく、摂食障害に陥っているのだというではないか。

『聖女様、その摂食障害というのは? 如何様なモノですか?』

『彼女の場合は拒食症。こんなにくっきりとタコが出来るなんて、食べたふりして毎回吐いてるね。ありえない細さと肌と髪だよ。似たような症状になった人見たことあったから、それとそっくりで驚いた』

『なんと……っ』

 吐くため口に指を捩じ込み、無理やり己を嘔吐かせる。当然、指の根本に歯が当たって傷がついたり、繰り返すうちに硬くタコになることもある。
 栄養も吸収されないし、胃酸過多で内臓も痛めつけられ、喉だって焼ける。場合によっては歯すら溶かす恐ろしい症状だ。
 栄養が回っていないから、ほぼ毎日無気力で、肌はカサカサ髪はボロボロ。軟骨も削れてゆき、ちょっとした衝撃でポッキリ骨も折れるだろう。

『なのに、こんな重いドレスパーツを全部着けてコルセットまで締めて…… アタシ、ぞっとしちゃったよ? 今にも肋骨が折れておかしくないよ?』

 冷や汗を垂らしながら神妙な顔をするマドカに、カッツェこそが心胆寒からしめさせられ、顔面蒼白でバッと己の姉を振り返った。
 全てをマドカに言い当てられてしまったのだろう。カッツェの姉は、最初、何とか言い繕おうとしていたが、マドカが一つずつ内容を暴露するたび、その顔から血の気が失せ、今では色のない顔で俯いている。

『……なんて馬鹿なことを。体型などどうでも良いではないですか。大切なのは健康ですよ? 病でもないのに、こんなに痩せて…… おかしいと思って……』

『はい、シャラップっ!』

 正面から双子の姉を見据えて叱責するカッツェの唇を、マドカの突き出した扇の先端が塞いだ。

『おかしいと思ってたぁ? なら、なんで医者にもみせなかったのよ。他の家族や親しい周りだって気づいていたはずだわ。なのに誰も彼女に手を差し伸べなかった。ただ、それだけでしょっ』

 ガトリング砲のごとくまくし立てられ、カッツェは絶句する。
 その通りだからだ。貴族の御令嬢が細い肢体を維持するため、顔色が悪くなるほどコルセットを締めるのも普通だし、なんなら色白に見せるため瀉血なんてこともやる。
 女性の美意識は男性のカッツェに理解しがたい隔たりを作っていた。だから、姉が具合悪そうにしていても、そういうものだという先入観が手伝い、気にならなかった。

 ……そうだ、気にしていなかった。なのに、さも心配したかのような口ぶりで。我がことながら情けないな。

 反射的に出た御為ごかし。それを見破られたのだと気づいたカッツェは、羞恥で言葉もない。
 そんな彼を一瞥しつつ、マドカは肩を竦めてみせた。

『やーよねぇ、男って。女心を分かりもしないくせに偉ぶって説教してさ。こーんなに変り果てるほど悩んでる姉に向かって言うのよね……きっと。 下らないことを考えるなとかさっ!!』

 ギンっと斜め下から睨めあげられ、今度こそ本気で凍りつくカッツェと王太子。

 この世界は封建制度の生きる男性上位の世界だ。彼らが何を思い、何を行おうが咎める者はいない。なので真剣に怒る女性という生き物を初めて見た王太子とカッツェは、未知との遭遇に心から恐怖する。

『どんな些細な事にだって下らない悩みなんかないの。吹出物一つで奈落に落ちるのが女よ? 気にする、しないの個性は個人差。全てに当てはまるわけじゃないし、当てはめて良いものでない。気休めより、全肯定。傷心の乙女を見つけたら説教するでなく、認めて甘やかしてあげなさいよねっ!』

 たじろぐ二人にコンコンと説教をかまし、マドカはカッツェの姉から話を聞いた。

 すると元凶は彼女の婚約者。

 パーティで美味しそうに食べる彼女が可愛いと、周りからかなり褒められたらしく、照れ隠しか悋気かは分からないが、スレンダーなボディラインにしか魅力はないのだから、太らぬようパーティでは飲食禁止だと言い渡されたとか。

 愕然と瞠目するカッツェ。

 そこから徐々に恐怖対象が広がってゆき、婚約者の声が脳裏にこびりついて離れず、自宅でもまともに食べられなくなった。
 後は御察しだ。負の連鎖の深みにはまりこんで抜け出せなくなるカッツェの姉。

『なぜ話してくださらなかったのか…… 私は頼りにもなりませぬか?』

 今度こそ己の失態を自覚したカッツェは、姉に寄り添おうと試みた。.....が、そこでもマドカは容赦ない。

『まぁたかい。聞きもしなかったの間違いでしょ。アタシには訴えてたよ? その潤んだ瞳に、くっきりと助けてって浮かんでた。こんだけ悠然と物語る大きな眼に、何も感じないアンタが無能っ!! 家族のくせにとか言っちゃうよっ?!』

 そう叱られてカッツェも気づいた。蜉蝣のように儚い姉の笑みに。全てを諦めて諦念してしまった姉の心情に。きっと姉は、一人で長く悩み苦しんでいたに違いないのだ。
 なのに気づきもしなかった自分。こうして指摘されれば、その異常さは一目瞭然だというのに。

『……仰るとおりでこざいますね。何も気づかなかった愚か者は、私にございます』

『いーじゃん? 今気づいたし? そうだ、青空料理教室開こう。厨房横の中庭開放してさ。おねーちゃんに美味しいご飯提供するよっ!』

『青空料理教室?』

『アタシの得意分野だもの』

 にまっと笑う聖女様。

 誘拐される前のマドカは農業高校に通っていた。将来は管理栄養士を目指していて、人の食と健康に携わる仕事につくのが夢だったのだ。
 だから下手な料理人よりも、正しく食の理を知っている。

 聖女様の鳴り物入りで始まった青空ビュッフェ。そこで王太子達は多くの知識を耳にした。

 マドカの世界で太っている者が痩せたいと努力することをダイエットというらしい。
 そしてダイエットの前提は食べること。ただし食べ過ぎないこと。痩せるとは余分な贅肉を落とし、健康な筋肉を増やす。これが上手くいかないと、いつまでたっても痩せにくいのだとか。

 こうして地球人による、異世界、健康料理教室が始まった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!

チャららA12・山もり
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。 お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。

【完結】聖女が世界を呪う時

リオール
恋愛
【聖女が世界を呪う時】 国にいいように使われている聖女が、突如いわれなき罪で処刑を言い渡される その時聖女は終わりを与える神に感謝し、自分に冷たい世界を呪う ※約一万文字のショートショートです ※他サイトでも掲載中

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈 
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

聖女の座を奪われてしまったけど、私が真の聖女だと思うので、第二の人生を始めたい! P.S.逆ハーがついてきました。

三月べに
恋愛
 聖女の座を奪われてしまったけど、私が真の聖女だと思う。だって、高校時代まで若返っているのだもの。  帰れないだって? じゃあ、このまま第二の人生スタートしよう!  衣食住を確保してもらっている城で、魔法の勉強をしていたら、あらら?  何故、逆ハーが出来上がったの?

深窓の悪役令嬢~死にたくないので仮病を使って逃げ切ります~

白金ひよこ
恋愛
 熱で魘された私が夢で見たのは前世の記憶。そこで思い出した。私がトワール侯爵家の令嬢として生まれる前は平凡なOLだったことを。そして気づいた。この世界が乙女ゲームの世界で、私がそのゲームの悪役令嬢であることを!  しかもシンディ・トワールはどのルートであっても死ぬ運命! そんなのあんまりだ! もうこうなったらこのまま病弱になって学校も行けないような深窓の令嬢になるしかない!  物語の全てを放棄し逃げ切ることだけに全力を注いだ、悪役令嬢の全力逃走ストーリー! え? シナリオ? そんなの知ったこっちゃありませんけど?

【完結】王妃候補として召喚された失敗作の私は、呪われた騎士団長様に連れられてチートスキルで愛の城を築きます

るあか
恋愛
 昔から病弱だった私は18歳で息を引き取ったが、その時異世界へと召喚され、新たな身体での転生となった。  私はその国の王子に、将来王位に就いた際の王妃候補として召喚されたが、王子のクズっぷりに耐えられなくなった私は夜の城内を逃げ回ると騎士団長様に助けられる。  そして、彼と国を逃げ出す決意をする私。  そんな彼にも秘密が色々とあり……。  私は一目惚れした彼の秘密を知ると、彼に幸せになってほしくて色々と奔走するのであった。  これは、そうしているうちになぜか私が幸せになっていくお話。

逆ハーレムが成立した後の物語~原作通りに婚約破棄される当て馬女子だった私たちは、自分たちの幸せを目指して新たな人生を歩み始める~

キョウキョウ
恋愛
 前世でプレイした乙女ゲームの世界に転生したエレノラは、原作通りのストーリーを辿っていく状況を観察していた。ゲームの主人公ヒロインでもあったアルメルが、次々と攻略対象の男性たちを虜にしていく様子を介入せず、そのまま傍観し続けた。  最初の頃は、ヒロインのアルメルがゲームと同じように攻略していくのを阻止しようと奮闘した。しかし、エレノラの行動は無駄に終わってしまう。あまりにもあっさりと攻略されてしまった婚約相手の男を早々と見限り、別の未来に向けて動き始めることにした。  逆ハーレムルートの完全攻略を目指すヒロインにより、婚約破棄された女性たち。彼女たちを誘って、原作よりも価値ある未来に向けて活動を始めたエレノラ。  やがて、原作ゲームとは違う新しい人生を歩み始める者たちは、幸せを追い求めるために協力し合うことを誓うのであった。 ※本作品は、少し前に連載していた試作の完成版です。大まかな展開や設定は、ほぼ変わりません。加筆修正して、完成版として連載します。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

処理中です...