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旅立ち ~ある意味、おっかけ~
しおりを挟む「ここがアレスの村か」
リィーアが旅立った後、村に一人の男性がやって来た。
薄茶色い髪で紫の瞳の男性は周囲を見渡し、馬から降りると畑を耕していた農夫に声を掛ける。
「少しお尋ねしたい。こちらの村にデリラスという方がおられると聞いたのだが」
「デリラの親父さんかい?」
農夫は日焼けした顔を上げると、古ぼけた麦わら帽子のつばを持ち上げて物珍しそうに男性を見た。
年の頃は二十歳ちょい。上質な衣服や下げた剣から身分の高い者と窺える。
彼は農夫の言葉に歓喜を浮かべ、そうだ、その人だ。おられるのだなと詰め寄る。
あまりに大袈裟な喜びように驚いた農夫は、慌てて小高い丘を指差した。
そして、少し悲しげに眉をひそめ、男性に答える。
「あそこにいるよ。事故でね。半月ほど前に亡くなったんだ。良い人だったのにさぁ。神様も酷な事をなさるモンだよ」
青年は指差された場所にある教会を見つめ、憮然とした顔で脱力し、膝からガックリ崩折れた。
.....何故、前王に関わる人々は尽く亡くなっているか、行方不明になっているのだ?
青年の名前はウォルフ。彼は王弟の密命を帯び、ある人物を探している。
そして、それを知る可能性のある前王に関わる人々を、あちらこちらと訪ねまわっていた。
しかし訪ねた人々は悉く鬼籍か失踪していて全く手がかりが掴めない現状である。
まだ子供だったウォルフは詳しく覚えていない、先の内乱。
王弟が前王を打ち倒し、新たな王についた時、城に仕える者の幾ばくかは前王に忠義だてして城から去っていった。心ある者達ばかりだった。
前王の圧政を諫めようと努力したものの、ついぞ叶わず。結果、王弟が簒奪の形で王位についた。それを不徳と後悔して各々深い謝罪と共に隠居し、行方をくらませたのだ。
ウォルフがこれを知ったのは、つい最近のこと。
病に伏した王弟に呼ばれて寝室で謁見した、あの日。
すでに身体を起こす事も叶わぬ王弟を、ウォルフは冷たい眼差しで見つめた。
前王の圧政は確かに酷いものだったらしい。
自分はまだ子供だったが、貧しさに喘ぐ民や、重い税に悩む両親くらいは覚えている。
そんなウォルフは前々王の甥で、王弟の従兄弟だ。王女殿下を母親に持ち、王家の色である紫の瞳を所持している。
前王の圧政は確かに酷いもののようだ。しかしそれは、貴賤を問わず誰にも平等な圧政だった。
特に散財もしていないし、堅実な暮らしをしていた前王は、民から納められた税をキチンと管理してあり、国庫には唸るほどの資金や資源があった。
それを元手に、王弟は新たな国づくりを始めたのだ。
税を半減して貧民救済に乗りだし、全ての規定をゆるめ、人々は王弟の温情に感謝した。
だがそれは新たな問題をも浮き彫りにさせる。
緩くなった締め付けは貴族らを増長させた。
厳しかった前王の規律の反動か、彼等は減税により豊かになった懐に溺れ、贅沢三昧を始める。
さらには特権階級である事をかさにきて、民を虐げ始めたのだ。
今まで通りの税を民に課し、余剰となった分の税を懐に取り込む。
前王の時代であれば、とうに首が飛んでいる事態だ。だが王弟は気づかない。
民を圧して私服を肥やし、貴族らが堕落していくのは早かった。
むしろ前王よりも厳しい税を民に強制し始めたのである。
贅沢に慣れた貴族らの欲望には際限がない。さらなる豊かな生活を望み、民から税を搾り取るようになり、王弟に気づかれぬよう兵士に民を見張らせた。
数年後、王弟が事態に気づいた時には、もう遅かった。
半数以上の貴族が私服を肥やす現状である。
前王ほど狡猾でも冷酷でもない凡人の王弟は、貴族に舐められていた。それでも何とかしようと王弟は足掻いたが、身体を悪くし床に伏すようになる。
心ある臣下が去ってしまっている王城で、王弟の心を酌んでくれる信用のおける貴族はおらず、政は王妃の手に落ちた。
そして最高権力を手にした王妃が一番最初に行ったのが、幽閉される前王妃の処刑だったのだ。
前王妃であるフィーアは心優しく、幽閉されてからも民を憂い尽力する。
嫁いできた彼女は、私費を全て投げ出し実家を頼り、森の民をらの協力も得て、少しでも人々の暮らしが楽になるよう努力して下さった。
最初は前王を諫める事も出来ない無能な王妃とフィーアを蔑んでいた民らだが、彼女の懐妊によりフィーアの魔力が無くなって明らかに収穫量が落ちたのを目の当たりにし、ようやく民もフィーアの恩恵を理解する。
どれだけ自分達が救われていたのかを初めて知ったのだ。
本来ならば前王と共に処刑されるべき立場ではあるが、すでに前王はテラスから飛び降り亡くなっている。
民衆はフィーアの減刑を声高に叫んだ。王弟もフィーアを咎める気はなく、彼女にはどこか遠くで静かに暮らしてもらおうと思っていた。
暴動で夫を失い、そのショックで死産したというフィーアの心の傷は深いだろう。
前王もテラスから飛び降りたりしなくば、王弟は処刑するつもりではなかった。
公正に裁判を開き、王位を譲ってもらい、最悪、幽閉で済ませるつもりだったのだ。
......だが、兄王は死を選んだ。
フィーアの助命を嘆願する民らの願いに従い、王弟は彼女を辺境の離宮へ送るつもりだった。しかしそれに、現王妃が異を唱える。
罪を犯していないとはいえ、王を諫めることも出来なかったのは問題だと。
しかも王は既に故人。なれば、本来共に断罪されるべき彼女を処刑し、罪と罰の所在を明らかにするべきだと。
現王妃は強硬に主張したが、それを聞きつけた城の執務官らや噂を耳にした民衆らから爆発的な反論が上がり、現王妃の発言を撤回させた。
しかし、フィーアを自由にしては、何時、彼女を旗印にして反旗を翻そうとする輩が現れるか分からない。
幽閉とはいえ離宮では人の出入りがある。全てを掌握は出来ないと言う現王妃の言葉を酌み、王弟は城にある北の塔をフィーアの幽閉場所にした。
元々は問題のある王族を閉じ込めるための塔だ。
中は広く豪奢な作りになっており、国が一望出来る最上階で心安らかに暮らしてもらえる。
あそこならば、王弟が気軽に訪ねていく事も可能だし、塔という見える位置に幽閉なら民らも安心するだろう。
こうして静かに幽閉された前王妃。
それを現王妃が引きずり出し、処刑したのだ。
貴族らの横暴に加え、王弟が床に臥してから、慈善もなくなり税も重くなった。そこへ前王妃の処刑である。
フィーアは幽閉されても民らを想い、魔術で大地を潤していた。
それが無くなる。
民衆は彼女の恩恵を身をもって知っていた。
さらには、彼女が処刑されたことを知らされた森の民らは、絶望して樹海から出て来なくなる。
洗礼や成人の儀式も行われず、加護も祝福も無くなり、人々の生活はみるみる苦しさを増していた。
その原因が何なのか理解している人々は、王宮を見上げて仄暗い憎悪の炎を煮え滾らせている。
「もう止めようもないだろう」
王弟は溜め息をつき、悲しげな眼でウォルフを見つめる。
「実は先日亡くなった侍女がな。前王妃に仕える侍女だったのだが、彼女が処刑された後、私に暇請いの謁見を申し込んできた。そして聞いたのだ。前王妃は死産でなかったと」
ウォルフは眼を見開いた。
.....死産ではなかった? では.....
王弟も力強く頷く。
「私に持てる全ての権限をそなたに与えよう。前王の忘れ形見を探してくれ。もし、見つからぬば、私はそなたを王太子に指名する」
「は? 貴方には王子、王女が三人もおられるではないですか。なぜ私に?」
王弟は何とも言えない複雑な顔をした。
「あれらは王家の色を持たぬ。継承権がないも同じだ。.....多分だが、私には子種がないのだよ」
衝撃の事実である。
つまりは、三人とも王妃の不義の子。
思わずウォルフは気の毒そうに顔を歪めた。
.....哀しい人だ。
己の義を信じ、民を救わんと簒奪まで犯したのに、その手に入ったモノは、堕落した貴族と妻の裏切り。そして病床に伏す動けぬ身体と民からの憎悪だけなのか。
青年の眼に浮かぶ微かな憐憫を口にせずとも察したのだろう。王弟は軽く首を振り、ウォルフにある物を渡す。
それは目映い銀の細工に縁取られた拳大のアメジスト。
「これは正統な後継者の証。これを持たずば、神殿の儀式の間には入れぬ。精霊王らが許さぬ」
精霊王。万物を統べる至高の存在。
樹海にある精霊王の神殿で立太子せねば正しく王とは認められず、国は精霊の御加護を失い滅びるという。
樹海の民は、その選定役。目に見える特徴が王家の色と呼ばれる由縁である。
銀と紫。万人に分かる王者の色彩。
ウォルフはそれを受け取り、挑戦的に王弟を睨めつけた。
「承りました。必ずや前王の忘れ形見を探しだしてみせましょう」
こうしてウォルフは王都を旅立ち、前王に連なる者達を訪ね歩いたのである。
侍女の話によれば、生まれてすぐに心ある臣下へ託したとか。誰とは言わなかったらしいが、隠居したうちの誰かだろうと、ウォルフはあたりをつけて探していた。
王家の色は特別だ。知るものが見れば一目瞭然。これは王妃の手の者も一緒なのだ。
フィーア前王妃が処刑されてから膨れ上がる民の怒り。
その一連の事象を知り、王弟は王妃を呼び出して叱責する。
しかし王妃は涼しい顔でそれを無視すると、王子の立太子式を行うと知らせた。
驚愕に顔を凍りつかせる王弟。
「立太子だと? ならぬ、王家の色を継がぬ者は立太子出来ぬ」
「そんな古くさいしきたりは無くしますわ。貴方も御加減が悪いし、民を安心させるためにも次代を決めておかないと」
ニタリとほくそ笑む王妃。
「私が知らぬと思うてか。あれらは私の子ではない。精霊王の逆鱗に触れるぞ」
王妃はピクリと眉を動かし、静かに宣う。
「王家の血筋が絶えた時、新たな王家が興される。精霊王の名のもとに」
直系の王族のみが知る不文律だった。
「.....そなたが、何故それを」
王妃の眼が残忍にすがめられ、その瞳に仄暗い光を灯した。
「今の貴族達は腐っています。いずれ淘汰されるでしょう。王家の血とともにね。貴方が失われた時、新たな王家が興されます」
王家に連なる血筋の貴族らを粛清し、血族を根絶やしにするつもりなのだと、その暗い瞳は語っていた。
その中には、前王の忘れ形見を捜索しているウォルフや忘れ形見本人も入っているのだろう。
現王家に対する明らかな謀叛。
言葉を失う王弟に冷めた一瞥をくれ、王妃は寝室から出ていった。
それを茫然と見送り、王弟は早鐘のような鼓動に焦燥を掻き立てられる。
王妃は全てを知っているのだ。
.....早くウォルフに知らせねばっ!
王弟は食事を運び雑事をする下働きにお金を与え、城外への連絡役をさせていた。
皮肉な事に、政を補佐する貴族らよりも、フィーアの恩恵に感謝し尽くしてくれる平民の方が信用出来る。
こうして王妃の思惑を知ったウォルフは、自身も命の危険に晒されながら、旅を続けていた。
.....デリラス将軍が望みの綱だったのに。
焔の聖騎士として名高い彼ならば心強い味方になる。兵士や騎士の中にも彼を慕う者は多く、十数年前の戦火で生き残った聖騎士は彼だけだ。
他の聖騎士は当時城におらず、辺境警備に当たっていたため無事だった。
しかし最後まで前王に忠誠を誓うと宣言する彼等は、今後の憂いになると判断され処刑されたのだ。
当時、城の警備にいたはずの焔の聖騎士。彼が前王を見捨ててでも城から逃げださなくばならなかった理由。
そんなものは明白だろう。
.....ここまで..... 多くの助言に従い、ようやく辿り着いたと思ったのに。
絶望で項垂れるウォルフ。力が抜けて立ち上がれない彼の耳に、何の気ない農夫の呟きが聞こえた。
「デリラの親父さんも心残りだったろうなぁ。まだ、たった十三歳のヴィーを残して.....」
ウォルフはガバッと顔を上げた。
「ヴィーとは?」
「デリラの親父さんの息子だよ。ああ、そうだ。あんたと同じ紫の瞳をした銀髪の子だ。ここらじゃ見ない色だよねぇ。あんた親戚か何かかい?」
.....見つけたっ!!
「本名はリィーアっていうんだけど、瞳にちなんで村の人間はヴィオラって呼んでたなぁ。珍しい色だったしね。村で養うって言ったんだが、独り立ちするって言って王都に向かったよ」
銀髪、紫眼。間違いなく王家の色だ。ウォルフは興奮して農夫の話しを聞き逃してしまった。
「え? どこへ向かうと?」
「王都って言ってたよ」
途端、ウォルフの全身から音をたてて血の気が下がる。
自分は王族ですという看板をぶら下げたまま、無防備に王都へ入れば最後、あっという間に王妃の手の者の餌食だ。
自分の出自を理解しているならば王都になど向かうはずはない。
.....まさか、デリラス将軍は御子に素性を明かしておられぬのか?
辺境で普通に育てるために秘匿することは大いに有り得た。いずれ成長したら伝えようと思われていたのかもしれない。
得心顔で頷き、ウォルフは農夫に礼を述べると慌てて馬に跨がった。そして来た道を引き返して行く。
.....無事でいてくれよ、ヴィオラっ!!
必死の形相で馬を駆るウォルフ。
しかし、ここで彼は盛大な勘違いをしているのだが気づいていない。
農夫の言葉を聞き逃した彼は、忘れ形見の本名も聞き逃していた。
ヴィーは通称。本名はリィーアである。
どんな職業に就こうと通称を書類に書き入れる馬鹿はいない。
つまり、いくらヴィオラで探そうとも見つかるわけはないのだ。
これもまた試練か。盛大な勘違いに気づかないまま、お馬鹿なウォルフは一路王都を目指す。
困難を極めるであろう彼の旅路に合掌。
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