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繋がる和
しおりを挟む「『ルン』っ!!」
『待ちやがれっ!! 身ぐるみ置いてけぇぇっ!!』
眼を血走らせて突進してくる大男。それをいつものようにチケットでかわし、正志はそそくさと逃げ出していく。
『くそうっ!! 最近、おかしいぞ? 誰も彼もが消えるし、アイテムも手に入らないっ!!』
地団駄を踏み鳴らし、大男は指の爪を噛む。そして正志の居た空間をウロウロしたあげく、彼は石板横に大量の物資が置いてあるのに気がついた。
小山に積まれた美味しそうな食べ物や飲み物。
『へ.....っ、俺がいきなり跳んできたもんで忘れていきやがったな? 馬鹿な野郎だ』
にたりとほくそ笑み、大男は手当たり次第に食糧を食べる。サンドイッチやお握り、カットフルーツなど、上から順に貪り、ビスケットの袋を開けようとして、ふっと彼は眼を見張った。
『これ.....』
食べ物の置かれている順番が妙なことに気がついたのだ。
食べやすい上の方には生物系があり、下に下がるにつれ、袋詰めや箱詰めな携帯食が積んである。
しかも水の他にスポーツ飲料や各種サプリもあり、男はみるみる眼を見開いた。
これだけの物資を忘れていくわけはない。しかも生物を上にしているあたり、わざと食べやすい順に並べていたのがありありと窺える。
ペリ.....っと力なくビスケットの袋を開けてそれを一枚口に運び、大男は先程とは違う想いのこもった声を絞り出した。
「本当に.....馬鹿な野郎だ」
正志に塩を送られたのだと理解し、深く項垂れる男。
それを遠くから眺めつつ、正志は切なげに顔を歪めた。
偽善の極みだって分かってる。それでも、最近おかしいプレイヤー達に、何かしてやりたい正志。
なぜか分からないが、近頃、出逢うプレイヤーの殆どが薄汚れ、窶れていた。
サイの出目が悪いのか、ポイントを稼げていないようである。
正志の行動が功を奏し、チケットのことも大分拡がってきていて、勝ち筋にのった者も少なくない。
だが、そういった、話を聞いてくれる系のプレイヤーは少なく、何より誰もがここから還りたいと切実に思っていた。
デス・ゲームが終わらねば還れないのだから、極端なことを考える者も出るだろう。
命が永らえようとも、先行きの見えない不安がプレイヤーらを狂わせる。
どうしたものかと思案する正志。
そんな彼等を見て、地球はお祭り騒ぎだった。
「おいおいおいっ! なんだよ、これっ!」
「みんな落ち着いてね? 同じ空間にいても殺しあったりしてなくねっ?」
驚く地球の人々。
コツコツと正志が行ってきた偽善は実を結び、チケットの効用を知った者らが飛び回ってゲームポイントを集め、そこここにお供えのような食糧を置いていく。
出逢った者にもチケットのことを伝え、プレイヤー達の行動は目に見えて沈静化した。むしろ、飢えてるプレイヤーに食糧を分け与えるなど、人間として当たり前な姿を取り戻したのだ。
『なんということだ。まだ半数以上の国が残っているな? ははっ、地球は助かるかもしれん』
歓喜に沸き返る各国首脳陣達。
そんな人々のことなど知りもせず、正志は見知ったプレイヤーを見つけ、そこへ転移した。
「よう、ダニー」
「ハイ、マッシー」
彼の名前はダニエル。アニメオタクなアメリカ人である。日本のオタク文化に憧れ、若い頃は日本に留学までした強者で、当然のように日本語も堪能だった。
なんでもアニメを網羅して覚えたとか。訳文片手に没頭し、気づけば覚えていたというから驚きである。
.....習うより慣れろっていうけど。すごいよね。
そういう正史とて英語は壊滅的なくせに、原作を読みたいからという理由でロシア語の読み書きが堪能だった。オタクを侮ってはいけないと身をもって知っているのに、自身のことは棚上げである。
この彼と知り合えたのが正志にとって、すこぶるつきの幸運。英語圏のプレイヤーには、ダニエルがチケットのことを広めてくれたのだ。
ありがたや、ありがたやと彼を拝む正志。
「毎度慣れないね、それ。拝むのやめてよね」
流暢な日本語が耳に嬉しい正志君。そして彼は、胸に抱いた疑問をダニエルに話した。
「ふむ。たまたまじゃないのかい?」
「その可能性もあるけど。皆が皆だよ? 違和感あるんだよねぇ」
ここはゲームマスターらが造ったゲーム回廊だ。誰かが造ったのだから、誰かが操作することも可能だろう。出目を操ったり、飛ばす空間を制限したり。
プレイヤーを窮地に陥らせて絶望感を煽り、自滅に追い込むような、そんな企みが感じられる。
そう説明する正志に頷き、ダニエルも神妙な顔をした。
「なくはないね。俺も飛び回ってみるよ。草臥れてるプレイヤーを見つけたら、争わないよう説得してみるね」
「無理しない程度にな」
心配げに顔を上げた正志は、未だに包帯の取れないダニエルの脚を見つめる。
これは、好戦的なプレイヤーを説得しようとして負った傷だった。その一部始終を正志は見ていたのだ。
『だからっ! 止めろって言っているだろうっ?! 殺しあいして何になるんだよっ!!』
『戯言をほざくなっ! これはデス・ゲームなんだぞっ? 生き残らないと、我が国が滅ぶんだっ!』
『だからぁーっ!! 皆で生き残れば良いだろうっ!! 期限があるなんて聞いていないし、俺らが死ななきゃ.....誰も殺しあわなきゃ、あと数年、あるいは数十年は猶予を持てるんだ!! その間に地球側がなんとかしてくれるかもしれないしっ!!』
やたらめったら振り回される剣をかわしつつ、必死に叫ぶダニエル。彼の語る構想は正志が話したモノだった。
皆で力を合わせて生き残り、ゲームの期間を伸ばす作戦。勝者が決まらなくばゲームは終わらない。その空白期間を使い、地球側が何とかしてくれるのを待つ作戦。
辿々しい正志の話を真剣に聞いてくれ、喜色満面な顔でダニエルは同意してくれた。
こうして危ない橋を渡りつつも、彼は正志に協力してくれる。
『その保証がどこにあるっ? .....それより、何より、俺は祖国に還りたいんだぁぁーーーっ!!』
絶叫する男の凶刃が彼の脹ら脛をかすった。飛び散る鮮血、頽れるダニエル。
「ダニーっっ!!」
顔面蒼白で眼を見張る正志を軽く一瞥し、ダニエルは男の説得を諦めて転移したのだ。
「俺のせいで.....っ」
未だ癒えぬ彼の傷を見つめて、正志は深く臍を噛む。
だが、そんな正志を真っ直ぐ見据え、ダニエルは呑み込まれるような深い瞳で少年を見た。
「それは違うよ、マッシー。俺は君の考えに共感し、自ら行動しているんだ。それが君のせい? 随分な侮辱だよ?」
「そんな意味じゃっ、ごめんっ、」
慌てて両手を振る正志の頭をポンポンと撫で、ダニエルは慈愛に満ちた眼差しを浮かべる。
「君は、よくやってるよ? まだ学生なのに頑張ってる。俺が君の年齢な頃は、レディに気に入られようと、色気を振りまくっていたもんだけどね」
にかっと笑うダニエルに圧され、正志は真っ赤な顔で俯いた。
.....振りまける色気もないけどね。やっぱ、あちらの男女関係って進んでるんだろうな。
「日本人はシャイだな。大人には大人のやり方があるから。安心しなよね」
満面の笑みなダニエルに頷き、正志もやれることをやろうとチケットで飛んだ。
それを見送り、ダニエルはうっそりと獣じみた笑みを浮かべる。
『そう..... 大人には大人のやり方がね。あの野郎、ギタギタにしてやらぁ』
この怪我を負った時、ダニエルは正志がいたため、敢えて激情を抑えたのだ。あの少年に暴力的な場面を見せたくなかったから。
彼は、非常に肉体言語に優れた猛者である。ダニエルの生活環境では、負けたら終わり。地べたを舐めたくなくば、腕の一本ぐらい犠牲にしてでも相手を捩じ伏せるしかない超底辺育ち。
正志には想像もつくまいと、彼は自嘲気味に嗤う。
『でもまあ、暴力は嫌いなんだよね。得意だけどさ』
好きこそ物の上手なれとはいうが、必要に迫られれば嫌いなことでも上手くなるものだ。
だから、ダニエルは正志のいない処でだけ、肉体言語ではっちゃけた。
彼に怪我を負わせた男など、百倍返しで地面に埋めてやったダニエル。翌日、首まで地面に埋められてサイを振れなかったその男は、ペナルティで即死空間に投げ込まれ海エリアで藻屑となる。
獰猛なサメが何匹も徘徊する空間だ。ひとたまりもなかったことだろう。
微かに響いた悲鳴。それを耳にした正史が、小さく首を傾げたのは余談だ。
何百もの仮想空間が散りばめられたゲーム回廊だ。端と端では声も聞こえない。
ひっそり喉の奥で嗤うダニエル。
こうして荒事は裏でダニエルが引き受け、正志の繋げた和は拡がり始めた。徐々に穏やかな様相を見せてきたゲーム回廊。
現在、脱落したプレイヤーは三分の一ていど。ゲームの残りは日数は十日。
それを知らずに未来への展望を構築する正志と、それを知っていて狂喜乱舞する地球の人々。
「ん、もうぅぅっ、危ないなあっ! 正志らしいっちゃあ、正志らしいけど」
幾分、逞しくなった同級生を、仕方なさげに見つめる和。
「.....良かった。みんな正気になりつつあるな」
「兄貴のおかげで初期ポイントが五万もあったもの。それが無かったら、きっととっくに凄惨な殺しあいになっていたよ」
「そうそう! やったじゃん?」
愛犬のチビを抱いて、衛の肩を叩く弟妹。
悲喜交々が沸き起こる地球を見て、陰鬱に口許を歪めるゲームマスター達。
《いずれは審判か.....》
《左様ですな》
ぐぐもった嗤いをもらす彼等を知りもせず、今日も正志は異空間を飛び回る。
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