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 ゲームマスター

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「.....う?」

 穴に突き落とされて再び意識を失った正史は、気づけば不思議な草原に横たわっていた。

「ここは.....?」

 むくりと起き上がり、恐々辺りを窺う少年。
 そこは先ほど閉じ込められていた部屋同様、学校の教室程度の空間で、地面はあるものの、見渡すとその地面は突然丸く途切れている。
 途切れた辺りから上へと伸びた不思議な膜。それが、この空間をおおっているらしい。
 触れると微かな弾力を感じる。丈夫そうで透けた壁のような膜。
 そして正史は、ここの周囲にも多くの小さな空間がある事に気がついた。
 まるで風船のような丸い空間の中に、色々な風景が閉じ込められている。
 正史のいる空間は草原を切り取ったようなモノだが、他にも森だったり、岩山や砂漠だったり、中にはどこぞの御屋敷の部屋みたいなモノもある。
 テラリウムのごとき箱庭を連想させる風景に、ふと正史は似つかわしくない空間を見付けた。

 水のみの空間や、雪景色。明々と燃え盛り、ゴボゴボ泡立つ赤い泥のような溶岩。

 .....え? 待ってよ。あんなとこに放り込まれたら死なない?

 ぞくっと背筋に這い上る悪寒。そして正史はゲームマスターと名乗っていた輩の話を思い出す。

《.....即死トラップもあるし、知恵で潜り抜けられる罠も、多くは死に直結したモノだ》

 .....即死トラップって、アレかぁぁぁっ! マジ即死じゃんっ! エグ過ぎるっ!!

 上下左右いたる処に浮かぶ似たような空間。無数に存在するそれらには、所々、ちらほら動く人影が見えた。

 .....そう言えば、例のゲームマスターは各国一人の参加者が居れば良いと言っていなかったか? と、いうことは.....

 彼等も正史と同じく、なにがしかの理由で、あの穴に投げ込まれた被害者なのだろう。
 思わず眉根を寄せて正史は俯いた。
 何でこんな事になったのか。仕方無い状況だったのは違いない。でも、あまりに一方的過ぎである。
 これがクジ引きとか、公平に行われた選別なら正史にも否やはなかったのに。
 
 .....酷すぎるよ。若いからって、ただ、それだけでさ。

 その免罪符を与えるかのような言葉を口にしたゲームマスターを、正史は心の底から呪う。
 そして、何気に一人の男性が少年の脳裏を過った。

 名前も聞いていなかったが、唯一、周りに反論し正史を助けようと動いてくれた男性。最後まで正史を放せと叫んでいた男性。

 .....あの人はどうなったのだろう。無事に帰れていたら良いのだけど。

 己の不遇を顧みず、正史は、あの男性の安否を考えていた。



「お前ら、何て事をしたんだよっ!!」

 激も顕に怒鳴る医療従事者の男性。

 彼の名前はたちばなまもる。看護士であり、弟妹と犬をこよなく愛する人物である。
 あの悲愴な顔の少年が己の弟妹と重なり、どうしても見捨てられずに衛は彼の身代りになろうとした。
 元々、少年を選んだ理由すら目茶苦茶だ。自分でもかまうまいと名乗り出たのに、なぜか妨害を受けて目の前で少年を失った。

 衛は信じられない。自分が行くと言ったではないか。なぜ嫌がる者を無理やり行かせる必要があったのか。どうして誰もが自分の邪魔をしたのか。
 どれだけ考えても理解出来なかった彼の思考は、そのまま口から飛び出した。

「俺が行くと言ったじゃないかっ! 誰が行ったって同じだろうに、何で邪魔をしたんだよっ!!」

 激昂して肩で息をする衛に、正史を穴へ突き落とした男が薄ら笑いを浮かべる。

「そりゃあ、お前も同罪にするためさ。これだけの大人が雁首並べていたのに子供を犠牲にしたとなったら外聞が悪いだろう? 仕方無かった、ゲームマスターとやらに命令されたからだと周りに説明するには、お前に行かれたら不味いんだよ」

 ニタニタ嗤う男の言葉が衛には理解出来ない。

 .....そんな事のために? そんなバカみたいな大人の見栄を張るために、あの少年を見殺しにしたと?

 衛は唖然と立ち尽くす。そして、ゆうるりと周りを見渡した。
 そこに立つ人々は、地味に据えた眼差しで衛を凝視している。
 
 眼は口ほどにモノを言う。

 その仄昏い眼光は、黙っていろと。一蓮托生なのだと衛に語っていた。

 衛だってそれなりに世間を渡ってきた成人だ。人の汚さも知ってはいる。だけど、これはないだろう。彼は思った。
 未成年を守るべき大人の姿ではない。虚勢でも欺瞞でも良い。偽善と呼ばれても構わない。
 せめて子供の前では、大人としての態度を示して欲しかった。

 ギリギリ奥歯を噛み締める衛を余所に、辺りが明るくなり、気づけば彼等は日本に戻される。

 見慣れた街並みと多くの人々。

 無事に戻れた安堵と喜びから、拉致されていた被害者達は大きく破顔した。

「た..... 助かった?」

「帰ってこれたんだっ、やったぁっ!!」

 肩を抱き合って喜ぶ人々。それを乾いた眼差しで見つめ、一人無言な衛。

 .....ふざけろよ? 全部、ぶちまけてやるからな? 黙ってなんておらんぞ。

 ぐつぐつ煮えたぎる怒りにおされ、この男どもがどんな悪辣非道なことをやらかしたのか、周りの人々に暴露しようと衛が口を開きかけた時。

 彼は、周囲が様子がおかしいことに気がついた。

 あれからどれだけの時間がたっているのか知らないが、半日もかかってはおるまい。
 拐われた場所に戻されたのは分かるが、大騒ぎになっただろうそこに居る人々の目が、やけに冷ややかだった。

 じっと複数の冷たい眼差しに見据えられ、居心地悪げに身動ぐ拉致被害者達。

「.....あのさぁ、みんな見てたんだよね」

 口火を切ったのは女子高生。可愛らしい顔を辛辣に歪め、彼女はスマホを取り出して、ある動画を再生した。

 それを見て、拉致された男性らは顔色を失う。

 そこには先ほどまで居た石壁の部屋が映っており、最初の喧騒から、ゲームマスターの説明。そして嫌がる少年を無理やり穴へ突き落とす場面まで録画されていた。

 必死に止める衛の絶叫も。

 思わず冷や汗を垂らして硬直する拉致被疑者達。
 それを辛辣に睨めつけ、女子高生は見せつけるように突き出していたスマホを下ろす。

「信じらんない、アンタ達。人間のやることじゃないよ」

 如何にも忌々しげな顔で鼻白む少女。それに同意するかのように、周りの人々も頷いていた。
 何かがヒソヒソと言い交わされ、あからさまに蔑む雰囲気が漂う周りの雰囲気に、拉致された男性らは凍りつく。

 まさか、アレを知られているとは思ってもいなかったのだろう。皆で口裏を合わせれば良いとでも考えていたに違いない。
 絶望に項垂れる彼等を一瞥し、件の女子高生が衛の肩を叩いた。

「ありがとうね。正史を助けようとしてくれて。感謝します」

 深々と衛に頭を下げる少女。

「いや..... 俺は当たり前のことをしようとしただけだ。結局、助けられなかった。力及ばず、すまない」

「それは、この馬鹿野郎様どものせいでしょう。会話も聞こえていたわ」

 ギロリと剣呑な眼で睨み付けられ、びくっと肩をすくませる男達。

 少女や周りの話を聞けば、どうやら衛達が拉致された辺りからずっと、あるチャンネルで配信が行われていたらしい。
 チャンネルジャックか分からないが、世界中、各国で其々の国の被害者ら目線な動画が流されているのだとか。
 つまり、あの一部始終が衆目に晒されていたのだ。

 大人どころが、人間として悖る行動をした拉致被害者らは、己の愚行を万人に知らしめてしまったのである。
 まさに公開処刑。社会的にも抹殺されかねない由々しき事態だ。

 現状を理解した彼等は顔面蒼白。

 だが衛には、そんな事どうでも良い。

 彼は女子高生の肩を掴み、慌てて尋ねる。

「配信されてるって..... 今もかっ? その正史って子は無事なのか?」

 真摯な眼差しで見つめる衛に、少女は頷いた。

「流されてるよ。ほら」

 彼女はスマホを弄り、衛の前に差し出す。
 そこには、小さな空間で所在なげに立ち竦む正史が映っていた。
 不安な面持ちを隠せず、あちらこちらとウロウロする少年の姿。正史が無傷であったことに衛は安堵する。

 .....あんな得体の知れない穴になげこまれて。.....最悪、怪我でもしたんじゃないかと心配したけど。良かった。

 だが事態が好転したわけではない。これから少年はどうなってしまうのか。まさに神のみぞ知るである。

 そして翌日。地球は、この騒動の犯人から一方的な虐殺宣言を受けた。

 地球の南半球全てをおおうように現れた巨大な宇宙船。その主である者は、正史らを閉じ込めている例の異空間を作ったゲームマスターだと名乗る。

 天をもおおい尽くすほど巨大な宇宙船から聞こえてくる荘厳な声。

《.....そういう訳で、賭けをしようじゃないか。君らの国の若者が生き残れば、その国の勝ち。脱落した若者の国は全て焼き払う》

 人々の神経を直に鷲掴むような錯覚を起こさせる重厚な声音。人に命令しなれた口調。命を命とも思っていないだろう雰囲気。
 良く見積もっても、正史らを手入れされた駒ていどにしか感じていないことは明白だ。
 観客でしかない地球の人類達は言わずもがな。地面に蔓延る虫ぐらいにしか思われてないに違いない。

 空に浮かぶ巨大な宇宙船。異空間とやらに構築された無限回廊のゲーム。地球との文明の差は火を見るよりも明らかである。
 そんな連中が地球に賭けを挑んできた。しかも負けたら地球を焼き払うという。

 これは連中にとって単なる遊びなのだろう。

 .....ってことは。え?

「侵略.....?」

 女子高生が空を見上げたまま、呆然と呟いた。

 それが聞こえたかのように、くぐもった嗤いを漏らすゲームマスター。

 ここに人類存亡を賭けた、一方的なゲームが火蓋を切ったのだった。
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