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第1話 序幕
しおりを挟む「なあ、兄ちゃん。冥途の土産に教えてくれよ。あんた一体どこのスパイだ?」
屈強な体躯の大男が足元を見下ろす。その視線の先には、手足をロープで縛られた男が転がっていた。男は小さく鼻を鳴らすと、
「冥途の土産なんて言葉、実際に聞くとは思わなかったな」
女物のパンプスのつま先が鳩尾にヒットし、男は声も出さずに呻く。
「あらら、いい男が台無しね」
パーマがかった赤髪の女が膝をつき、男の顔を指で持ち上げた。天井からぶら下がる頼りない電球の灯りがその横顔をうっすら照らし出す。切れ長の涼しげな目に、高く通った鼻筋。唇は薄く小ぶりで、歌舞伎の女形が似合う顔立ちだ。だが、両の口角には血が滲み、片方の頬は痣ができ腫れあがっている。傍には人間の歯が一本落ちていて、拷問を受けたことは火を見るよりも明らかだ。
「でも私、ボロボロになった色男を見るの、好きよ」
真っ赤な唇を歪め、女は婀娜っぽく笑う。
「ねえ、色男さん。潔く白状しちゃいなさいよ。そうすれば、せめて痛みを感じないうちに死なせてあげるから。痛いのは嫌でしょ?」
注射嫌いの子どもを宥めるような口ぶりだ。だが、男は顔色一つ変えずそれどころか女の脅しを嘲るように、
「痛いのが嫌だって。笑わせるね。だったら拷問を受けた最初の数分でとっくに白状しているさ」
「お仲間の情報は死んでも売らないってわけね。厚い友情だこと、感動して涙が出るわ」
目尻を拭う仕草をして、女は立ち上がる。
「もういいんじゃない? この男、何も話す気なさそうよ」
「残念だが、仕方あるまい――兄ちゃん、その強情さだけは認めてやるよ」
大男は迷彩柄のズボンのポケットに手を入れる。何を取り出すのか見定める前に、女に上半身を起こされた。
「ほんと、よく耐えたわね。今までの連中は拷問を始めて五分ともたなかったのに」
女と向かい合うように座らされた。ざっくり開いたスーツの胸元に、つい目が吸い寄せられる。右胸の上部、鎖骨の下あたりに不思議な刺青が刻まれていた。数字の〈6〉を横向きにして二つ並べたような、奇妙なデザインだ。
「そのマーク――お前ら、もしかして」
言いかけた瞬間、女に唇を奪われた。柔らかく、少し湿っぽい感触。めまいがするほど甘ったるい匂いが鼻を突く。
「大丈夫、あの世は楽園だから」
正常な思考が戻る前に、背後から物凄い勢いで首を締め上げられた。空っぽの胃から何かがせり上がりそうになる。首元に指を這わせるが、二重に巻き付いたナイロン製の紐には爪を引っかける間隙さえない。藻掻くほど苦しくなるだけだと判っていたので、余計な抵抗はしなかった。
だが、せめて彼らの正体に少しでも近づきたい――その一心で、男は最期の力を振り絞って首を回そうとした。その動きに勘付いた大男が、紐を握る手に力を込める。その様子を、赤髪の女は冷笑を浮かべて見守っていた。
やがて、人間の首が折れる音が閑散とした空間に響いた。大男が腕の力を緩める。首に紐を絡めたまま、男の体がどうっと地面に倒れ込んだ。床に積もっていた埃の粒子が宙を舞い、女は微かに顔を顰める。
ピクリとも動かない人間の屍を、感情のない四つの瞳が静かに見下ろしていた。
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