8 / 11
8
しおりを挟む
四年の月日は長いようで短く、想像していたよりも遥かにあっという間だった。
そう感じられるのも周りの環境に恵まれ、退屈する暇もないくらいに充実した毎日を送れていたからこそだと思う。
卒業してからも塾講師のアルバイトを続け、同時に家庭教師としても働き始めた。
すぐに旅立つ予定でいたけれど、もう少し貯蓄は多い方が良いだろうと判断し、出発を一年後に引き延ばすことにしたのだ。
この間に更なる画力の向上を目指しながら、暫く逢えなくなる家族との時間を大切に過ごした。
住み慣れた地元を離れることを選んだのは、絵を描くだけが理由ではない。
ほとんどを病院という箱の中でしか過ごせなかった朔に、世界にはこんなにも綺麗な景色があるんだよ、いつかそう教えてあげたかったのだ。
今時いくらでも他国に関する資料は転がっているけれど、実際に目にしたものでなくては意味がなくて。
これは誰にも話していない自分だけの秘密であり、もう一つの理由だった。
見知らぬ土地での暮らしは想像以上に厳しく、半年を過ぎても絵は一向に売れずに貯金を食い潰しながら生活をしていた。
このままでは旅を続けられなくなるかもしれない。
そうなれば、今まで費やしてきた時間が全て水の泡になってしまう。
初めて絵が売れたのは、そんな不安や焦りを募らせ始めた頃のこと。
最初のお客さんは、紳士的な雰囲気を纏った男性だった。
家を買ったばかりらしく、部屋に飾る絵を探していたのだとか。
沢山の画家がいる中で、自分を選んでくれたことが有り難かった。
値段は幾らかと問われ決めていないのだと言うと、それなら十万円でどうかとバッグから財布を抜き取る。
予想していたよりもずっと多い金額に驚けば、これくらいの価値はあるのだから自信を持って受け取って欲しい、と彼は穏やかに口角を上げた。
良い人に買ってもらえて、本当に嬉しく思う。
コクリとひとつ頷いて礼を告げると、彼は満足げに手を振りながら去っていった。
このお金は何か特別なことに使いたい、そう考え真っ先に浮かんだのはペアリングだった。
自己満足でしかないとしても、目に見える繋がりが欲しかったのだ。
店を回り数ある中から、シンプルなデザインの指輪を選択し、イニシャルを刻印してもらった。
一つを左手の薬指に嵌めると、もう一つはチェーンに通してネックレスとして身に付けた。
いつかこれが、朔のことだけを想い、愛し続けてきた証明になれば良い。
それから少しずつ絵は売れていき、二十八歳になった頃には雑誌やテレビ等のメディアに取り上げてもらえるまでになった。
海外で活躍中のイケメン義足画家、なんて笑ってしまう。
そんな呼ばれ方をする日が来るとは思いもしなかった。
どうして海外での活動を選んだのか、指輪の意味は、と取材でよく聞かれるけれど、朔に関することは一度も話していない。
二人のことは二人だけのもので、誰にも教えたくなかった。
表面的な言葉を並べて、上手く誤魔化し続けている。
日本からも注文が入るようになったのは、目を掛けてくれた人達のおかげだ。
感謝しているけれど、これから先もきっと言うことはないだろう。
そう感じられるのも周りの環境に恵まれ、退屈する暇もないくらいに充実した毎日を送れていたからこそだと思う。
卒業してからも塾講師のアルバイトを続け、同時に家庭教師としても働き始めた。
すぐに旅立つ予定でいたけれど、もう少し貯蓄は多い方が良いだろうと判断し、出発を一年後に引き延ばすことにしたのだ。
この間に更なる画力の向上を目指しながら、暫く逢えなくなる家族との時間を大切に過ごした。
住み慣れた地元を離れることを選んだのは、絵を描くだけが理由ではない。
ほとんどを病院という箱の中でしか過ごせなかった朔に、世界にはこんなにも綺麗な景色があるんだよ、いつかそう教えてあげたかったのだ。
今時いくらでも他国に関する資料は転がっているけれど、実際に目にしたものでなくては意味がなくて。
これは誰にも話していない自分だけの秘密であり、もう一つの理由だった。
見知らぬ土地での暮らしは想像以上に厳しく、半年を過ぎても絵は一向に売れずに貯金を食い潰しながら生活をしていた。
このままでは旅を続けられなくなるかもしれない。
そうなれば、今まで費やしてきた時間が全て水の泡になってしまう。
初めて絵が売れたのは、そんな不安や焦りを募らせ始めた頃のこと。
最初のお客さんは、紳士的な雰囲気を纏った男性だった。
家を買ったばかりらしく、部屋に飾る絵を探していたのだとか。
沢山の画家がいる中で、自分を選んでくれたことが有り難かった。
値段は幾らかと問われ決めていないのだと言うと、それなら十万円でどうかとバッグから財布を抜き取る。
予想していたよりもずっと多い金額に驚けば、これくらいの価値はあるのだから自信を持って受け取って欲しい、と彼は穏やかに口角を上げた。
良い人に買ってもらえて、本当に嬉しく思う。
コクリとひとつ頷いて礼を告げると、彼は満足げに手を振りながら去っていった。
このお金は何か特別なことに使いたい、そう考え真っ先に浮かんだのはペアリングだった。
自己満足でしかないとしても、目に見える繋がりが欲しかったのだ。
店を回り数ある中から、シンプルなデザインの指輪を選択し、イニシャルを刻印してもらった。
一つを左手の薬指に嵌めると、もう一つはチェーンに通してネックレスとして身に付けた。
いつかこれが、朔のことだけを想い、愛し続けてきた証明になれば良い。
それから少しずつ絵は売れていき、二十八歳になった頃には雑誌やテレビ等のメディアに取り上げてもらえるまでになった。
海外で活躍中のイケメン義足画家、なんて笑ってしまう。
そんな呼ばれ方をする日が来るとは思いもしなかった。
どうして海外での活動を選んだのか、指輪の意味は、と取材でよく聞かれるけれど、朔に関することは一度も話していない。
二人のことは二人だけのもので、誰にも教えたくなかった。
表面的な言葉を並べて、上手く誤魔化し続けている。
日本からも注文が入るようになったのは、目を掛けてくれた人達のおかげだ。
感謝しているけれど、これから先もきっと言うことはないだろう。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
まったり書いていきます。
2024.05.14
閲覧ありがとうございます。
午後4時に更新します。
よろしくお願いします。
栞、お気に入り嬉しいです。
いつもありがとうございます。
2024.05.29
閲覧ありがとうございます。
m(_ _)m
明日のおまけで完結します。
反応ありがとうございます。
とても嬉しいです。
明後日より新作が始まります。
良かったら覗いてみてください。
(^O^)
上司に連れられていったオカマバー。唯一の可愛い子がよりにもよって性欲が強い
papporopueeee
BL
契約社員として働いている川崎 翠(かわさき あきら)。
派遣先の上司からミドリと呼ばれている彼は、ある日オカマバーへと連れていかれる。
そこで出会ったのは可憐な容姿を持つ少年ツキ。
無垢な少女然としたツキに惹かれるミドリであったが、
女性との性経験の無いままにツキに入れ込んでいいものか苦悩する。
一方、ツキは性欲の赴くままにアキラへとアプローチをかけるのだった。
くまさんのマッサージ♡
はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。
2024.03.06
閲覧、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。
2024.03.10
完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m
今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。
2024.03.19
https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy
イベントページになります。
25日0時より開始です!
※補足
サークルスペースが確定いたしました。
一次創作2: え5
にて出展させていただいてます!
2024.10.28
11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。
2024.11.01
https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2
本日22時より、イベントが開催されます。
よろしければ遊びに来てください。
見ぃつけた。
茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは…
他サイトにも公開しています
美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした
亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。
カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。
(悪役モブ♀が出てきます)
(他サイトに2021年〜掲載済)
こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件
神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。
僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。
だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。
子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。
ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。
指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。
あれから10年近く。
ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。
だけど想いを隠すのは苦しくて――。
こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。
なのにどうして――。
『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』
えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる