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壊れてしまいそうな程に華奢な身体を抱き上げて客間まで運ぶと、そっと丁寧に布団の上に降ろし毛布を掛けた。
外は相変わらず、しんしんと雪が降り続いている。
「…き、れい…」
「はい、そうですね」
懐かしむような目つきで庭を見つめ、ぽつりと月彦様が呟いた。
それに相槌を打ちながら、もっと早くこうしてあげれば良かったなと思う。
こんなに穏やかに過ごしているのを見たのは、いつぶりだろうか。
もう思い出せないくらい、前のことのように感じてしまう。
「…庭を、手入れ…して、くれ…ている、千鶴の…姿を、見る…のが、好き…だった…」
「え、あ…ありがとう、ございます…?」
暫く黙って庭を眺めていた月彦様が、ふと此方に目線を移して言う。
そんな風に思いながら、いつも見てくれていたなんて知らなかった。
なんだか照れくさくなって誤魔化すような返事をすると、それに気付いてか月彦様は可笑しそうに小さく笑った。
「…こんな…言葉を…遺す、のは…呪いに、なって…しまう、かも…しれ、ないが…」
「なんですか…?」
「…っ、愛し…て、いる…よ、千鶴…」
不意に憂い帯びた表情を浮かべた月彦様が口を濁す。
何を言おうとしているのか全く見当がつかず、僕は首を傾げるしかなかった。
困惑したまま恐る恐る問えば、少し躊躇いながらも月彦様が真剣な声で愛を囁くから、これは夢なのではないかと疑ってしまう。
すぐには信じられず、僕は自分の頬を勢いよくつねった。
「僕も月彦様をお慕いしていました、ずっと」
「…う、ん…知っ、てた…」
じんじんとした痛みを感じて、やっと実感が湧いてくる。
通じ合っていたんだ、そう思うとたまらなく嬉しかった。
もう我慢しなくて良いと分かると、僕は長年募らせてきた想いを告げた。
すると月彦様から返ってきたのは、あまりに意外な台詞だった。
「…私、みた…いな、おじさん…より…千鶴、には…もっと…素敵な、人が…いると、思った…から…気付か、ない…ふりを…して、いた…んだ…」
「他の誰でもなく、僕は月彦様が良いんです」
呆気に取られている僕にどうして黙っていたのかを説明しながら、月彦様は切なげな表情を浮かべていた。
例えこれから先もっと素敵な人が現れたとしても、決して心がそちらに向くことはないと断言できる。
貴方でないと意味がないのだとはっきり伝えると、曖昧な顔をして月彦様は僅かに口角を上げた。
「大丈夫ですか…?」
「な、んだ…か…目が、霞…んで…」
「月彦様!聞こえますか…!」
「っ、げほごほ…ッげほ…!」
此方を見ている月彦様の目は虚ろで、何処と無く焦点が合っていないように感じた。
心配になり声を掛けると、先程までとは比べ物にならない程か細い声が返ってくる。
ぼんやりとし明らかに様子がおかしく、咄嗟に容態が急変したのだと思った。
慌てて再び声を掛けるも返事はなくて、激しく咳き込み唇の端を血が伝う。
「ごほげほ…ッがは…!」
「しっかりして下さい…!」
「ッひゅ、は…っげほげほ…!」
身体を横向きに変えると、月彦様の口から次々と溢れ出す赤、赤、赤。
見たことのない量の血に、途端に恐ろしくなる。
必死に背をさすり呼び掛けても、月彦様は蒼白い顔を更に白くするだけ。
「…ち、づる…」
「っ、此処に、居ますよ…」
暫くして喀血しなくなり仰向けに体勢を戻すと、酷く弱った呼吸の合間に僕の名前を呼び、震える手で姿を探す。
霞んでいると言っていた目は、もうほとんど見えてないようだった。
包み込むように両手で月彦様の細く骨張った手を握り、遠くへ逝かないでと祈る。
「…幸せ、に…なり、な…さい…」
「いや、嫌です…月彦様…っいやだ…」
「…ま、た…いつ、か…逢え…る、さ…」
ふんわりと穏やかに月彦様は笑い、微かに口を開いた。
愛する人が消えた世界で、どうやって幸せになれと言うのですか。
しがみつくように抱き着いて泣きじゃくる僕の髪を月彦様は優しく撫でながら、子供をあやすみたいに掠れた声で宥めようとしている。
耳に届いた胸の音は遅く、犇々と限界を伝えてきて苦しかった。
「…見守、って…い、る…から…」
「月彦、様…?月彦様!ねえ、月彦様…!」
振り絞るように囁いた月彦様は静かに瞼を閉じ、僕の髪に触れていた手が力なく落ちる。
どんなに名前を呼んだって、もう答えてくれることはない。
無駄だと分かっていても、それでも呼ばすにはいられなかった。
「…移してくれたら良かったのに」
そう願ってしまうことを、どうか今だけは許して欲しい。
布団に広がる血を人差し指で拭い、色のない月彦様の唇に塗るとそっと口づけた。
ーーーおやすみなさい、僕の最愛の人。
外は相変わらず、しんしんと雪が降り続いている。
「…き、れい…」
「はい、そうですね」
懐かしむような目つきで庭を見つめ、ぽつりと月彦様が呟いた。
それに相槌を打ちながら、もっと早くこうしてあげれば良かったなと思う。
こんなに穏やかに過ごしているのを見たのは、いつぶりだろうか。
もう思い出せないくらい、前のことのように感じてしまう。
「…庭を、手入れ…して、くれ…ている、千鶴の…姿を、見る…のが、好き…だった…」
「え、あ…ありがとう、ございます…?」
暫く黙って庭を眺めていた月彦様が、ふと此方に目線を移して言う。
そんな風に思いながら、いつも見てくれていたなんて知らなかった。
なんだか照れくさくなって誤魔化すような返事をすると、それに気付いてか月彦様は可笑しそうに小さく笑った。
「…こんな…言葉を…遺す、のは…呪いに、なって…しまう、かも…しれ、ないが…」
「なんですか…?」
「…っ、愛し…て、いる…よ、千鶴…」
不意に憂い帯びた表情を浮かべた月彦様が口を濁す。
何を言おうとしているのか全く見当がつかず、僕は首を傾げるしかなかった。
困惑したまま恐る恐る問えば、少し躊躇いながらも月彦様が真剣な声で愛を囁くから、これは夢なのではないかと疑ってしまう。
すぐには信じられず、僕は自分の頬を勢いよくつねった。
「僕も月彦様をお慕いしていました、ずっと」
「…う、ん…知っ、てた…」
じんじんとした痛みを感じて、やっと実感が湧いてくる。
通じ合っていたんだ、そう思うとたまらなく嬉しかった。
もう我慢しなくて良いと分かると、僕は長年募らせてきた想いを告げた。
すると月彦様から返ってきたのは、あまりに意外な台詞だった。
「…私、みた…いな、おじさん…より…千鶴、には…もっと…素敵な、人が…いると、思った…から…気付か、ない…ふりを…して、いた…んだ…」
「他の誰でもなく、僕は月彦様が良いんです」
呆気に取られている僕にどうして黙っていたのかを説明しながら、月彦様は切なげな表情を浮かべていた。
例えこれから先もっと素敵な人が現れたとしても、決して心がそちらに向くことはないと断言できる。
貴方でないと意味がないのだとはっきり伝えると、曖昧な顔をして月彦様は僅かに口角を上げた。
「大丈夫ですか…?」
「な、んだ…か…目が、霞…んで…」
「月彦様!聞こえますか…!」
「っ、げほごほ…ッげほ…!」
此方を見ている月彦様の目は虚ろで、何処と無く焦点が合っていないように感じた。
心配になり声を掛けると、先程までとは比べ物にならない程か細い声が返ってくる。
ぼんやりとし明らかに様子がおかしく、咄嗟に容態が急変したのだと思った。
慌てて再び声を掛けるも返事はなくて、激しく咳き込み唇の端を血が伝う。
「ごほげほ…ッがは…!」
「しっかりして下さい…!」
「ッひゅ、は…っげほげほ…!」
身体を横向きに変えると、月彦様の口から次々と溢れ出す赤、赤、赤。
見たことのない量の血に、途端に恐ろしくなる。
必死に背をさすり呼び掛けても、月彦様は蒼白い顔を更に白くするだけ。
「…ち、づる…」
「っ、此処に、居ますよ…」
暫くして喀血しなくなり仰向けに体勢を戻すと、酷く弱った呼吸の合間に僕の名前を呼び、震える手で姿を探す。
霞んでいると言っていた目は、もうほとんど見えてないようだった。
包み込むように両手で月彦様の細く骨張った手を握り、遠くへ逝かないでと祈る。
「…幸せ、に…なり、な…さい…」
「いや、嫌です…月彦様…っいやだ…」
「…ま、た…いつ、か…逢え…る、さ…」
ふんわりと穏やかに月彦様は笑い、微かに口を開いた。
愛する人が消えた世界で、どうやって幸せになれと言うのですか。
しがみつくように抱き着いて泣きじゃくる僕の髪を月彦様は優しく撫でながら、子供をあやすみたいに掠れた声で宥めようとしている。
耳に届いた胸の音は遅く、犇々と限界を伝えてきて苦しかった。
「…見守、って…い、る…から…」
「月彦、様…?月彦様!ねえ、月彦様…!」
振り絞るように囁いた月彦様は静かに瞼を閉じ、僕の髪に触れていた手が力なく落ちる。
どんなに名前を呼んだって、もう答えてくれることはない。
無駄だと分かっていても、それでも呼ばすにはいられなかった。
「…移してくれたら良かったのに」
そう願ってしまうことを、どうか今だけは許して欲しい。
布団に広がる血を人差し指で拭い、色のない月彦様の唇に塗るとそっと口づけた。
ーーーおやすみなさい、僕の最愛の人。
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