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124、城壁の前で

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 ルナの帰還から一年。
 獣人の国エディファンの都であるエディファルリアは、大きく様変わりをしていた。
 以前よりも更に活気にあふれ、町を囲む城壁に作られた都への入り口である大きな城門には数多くの商人が溢れている。
 そして、観光に訪れた人々は城門の左右に描かれた二枚の見事な壁画を見上げていた。
 一枚はかつて悪の宰相バロフェルドの卑劣な策謀により、この都を襲撃したユニコーンの前に立つ凛々しい王子と少女の姿。
 そして、もう一枚はジェーレントとの海戦で死んだと言われていた少女の帰還を描いたものだ。

「美しい……」

「まるで女神だ」

「ああ。あれが、エディファンの王太子妃殿下か」

 白い翼を羽ばたかせこの地に舞い降りるその姿に、通りがかる者たちは見とれている。
 あの日、ルナが城壁に舞い降りる姿を見た者が、この町で一番の絵描きである女流画家のアンナに事細かくそれを伝え描かれたものである。
 美しい壁画が描かれたこの場所は、今ではすっかりエディファルリアの観光名所である。
 行きかう人々の足元で小さな子犬が二頭、寄り添ってその絵を見上げている。

『ねえ、お兄ちゃん。ミアお腹すいたよぉ』

『ミア、もう少しだ! ここに噂の女神さまがいるんだから』

 どこからやってきたのだろうか?
 長旅をしてきたのか白い毛並みがすっかり泥で汚れてしまっている。

『うん……でも、カイお兄ちゃん。女神さま、ミアたちを助けてくれるかな。それに、一杯人がいるよ。これからどうしたらいいの? うえ……うえええん』

 ミアと呼ばれた一回り小さな子犬が、不安をこらえきれない様子で泣き始めた。

『な、泣くなよミア! 泣かないでくれよ……俺だってどうしたらいいのか。ここに来たら会えると思ってたのに』

 二人は実はさっきからずっとここに立ち尽くしていたのだ。
 目的にしていたはずの場所にたどり着いたのだが、会うべき相手は王宮の中で、自分たちはその絵を見上げることしかできない。
 小さな子犬たちにもすっかりと薄汚れてしまった自分たちが、都の奥に見える美しい王宮の中へと入るなんて無理だと思えたのだ。
 そう思うと悲しくてしょうがない。
 つぶらな瞳からぼろぼろと涙をこぼす妹を見て、カイもこらえきれず涙を流した。

 そんな中、よその国からきた商人だろうか、足元で鳴く二頭の子犬を見て顔をしかめる。
 泣いている子犬たちに気が付かずに壁画を見上げていたために、そのズボンにミアの体が触れ泥がついてしまったのを見て憤る。

「何だ? さっきからキャンキャンとうるせえ犬どもだな! 薄汚いお前のせいで、俺のおろしたての服に泥がついちまったじゃねえか!」

 怒りに顔をゆがめると、その足でミアを蹴り飛ばそうとする。
 それを見て、カイは必死に妹を庇って男の前に飛び出した。

「きゃぅううううん!!」

 大きく跳ね飛ばされるカイの姿。
 それを見て、ミアはべそをかきながらカイのもとに走った。

『お兄ちゃん!!』

 蹴られた勢いで城壁にぶつかり、地面に落ちてぐったりとするカイの姿を見てミアは大きな声で泣いた。

『わぁあああん! お兄ちゃん、カイお兄ちゃん!!』

 自分を庇って額から血を流す兄を見て、ミアは悲しく悲しくて涙が止まらなかった。
 あまりの惨さに周りの者が止めようとするが、その男はミアを見下ろして言った。

「うるせえって言ってるだろうがこの犬が!!」

 ミアは自分まで蹴り飛ばそうとする男に恐怖して動くことが出来なかった。

(助けて! 誰か助けて!!)

 その時──
 ミアは何かが自分の傍に舞い降りてくるのを見た。
 白い羽根が辺りに舞い散る。
 小さな子犬のミアは、自分を守るように目の前に舞い降りた生き物を見つめた。
 とても逞しいその姿。

 そこに立っていたのは純白の白鷲竜だ。
 一声大きく吠える。

『その子から離れろ! 僕が許さないぞ!!』

 まだ幼さは残しているが凛々しいその横顔。
 商人の男は腰を抜かしたようにその場に尻もちをつく。

「ひ! ど、ドラゴンだと!?」

 その時、空から声が聞こえた。

『ピピュオ!』

 人々は確かに見た。
 白く美しいドラゴンの傍に、純白の翼を持った少女が舞い降りるのを。
 人々は思わず呟く。

「お、おいまさか……」

「ああ、間違いない。あの姿、あの絵と同じだ」

 少女はカイの姿を見ると駆け寄った。
 そして、その右手をカイの傷に当てる。
 傷が塞がり、流れる血が止まっていく。
 気を失っていたカイの目が静かに開いていくのをミアは見た。

『お兄ちゃん! カイお兄ちゃん!!』

『ミア……』

 しっかりと体を寄せ合う二人。
 静まり返る人々、そして冷たい視線が子犬を蹴り飛ばした男に集まっていく。

「お、俺が悪いんじゃねえ! その小汚い犬が俺の服を汚しやがったんだ!!」

 その言葉に振り返ると、静かに男を睨む少女の姿。

「たったそれだけのことで、この子にこんな怪我を負わせたと言うの?」

 少女の傍にいる白鷲竜がもう一声吠えた。

「ひっ! ひぃいいい!!」

 商人は情けない声を上げて、逃げ出していく。
 その背中には人々の冷ややかな視線が投げかけられている。
 そして、少女と幼い白鷲竜に向けての歓声が鳴り響く。

「あれがエディファンの王太子妃……」

「ルナ殿下だ!」

「まさか、こんなところでお会いできるとは」

 少女は、男が立ち去るのを見てほっと息を吐くとしゃがんで子犬の兄妹の頭を撫でると問いかけた。

『こんにちは、私の名前はルナ。そんなに泥だらけになって貴方たち、一体どこから来たの?』

『お兄ちゃん、女神さまだよ!』

『ああ、ミア! 俺たち会えたんだ、ここまで来たのは無駄じゃなかったんだ!』

 その言葉に首をかしげるルナの姿。
 優しいその微笑みに、ミアとカイはほっとしてその手に頭を擦り付けた。
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