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117、ドラゴンの楽園

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 私はルカにそう尋ねた。
 もしその青い斑点の話が本当なら、その子はルカと同じフェルーセル熱じゃない。
 私の問いに美しい雌のペガサスは答える。

『それは構いませんけど。どうかしたんですか? ルナさん』

『え? ええ……私の思い過ごしじゃなければいいんだけど』

 私の胸に生じた不安には原因がある。
 でも、それを確認するためには一度その子を診てみないと。

『とにかくすぐに確認したいの。手遅れになってからでは遅いわ!』

 私はそう口に出してハッと言葉を飲み込んだ。

『手遅れ? ルナさん、それはどういう意味ですか!?』

 ルカが私に尋ねたその時──
 厩舎の中に悲鳴のような嘶きが響いた。
 悲鳴が聞こえてきた方向を見てルカが叫ぶ。

『あれは、ジョアンナの声だわ!』

『ジョアンナ?』

『ええ、ルナさん! 今、貴方と話をしていた青い斑点が出た子供の母親です!』

 私は唇を噛みしめた。
 もしかしてやっぱり……
 私はルカとロロ、そしてララに向って言った。

『貴方たちはここで待っていて!』

『は、はい!』

 私の様子が尋常ではないのを見てルカは慌てて頷く。
 ロロとララは不安げに言った。

『どうしたんだよ、ルナ?』

『ルナぁ……』

『二人ともいい子でお母さんとここで待っていて、いいわね?』

 つぶらな瞳でこちらを見つめながら頷く二人。
 私はローナに尋ねる。

「ローナ、ジョアンナというペガサスがいる房は分かる!?」

「ええ、ルナ様。でも、どうしたんですか? あの嘶きは……」

「それを確かめたいの。案内して、ローナ!」

 ローナは頷くと、私たちは急いで嘶きが聞こえた方へと向かう。
 近づくにつれてそのジョアンナらしきペガサスの声が聞こえてくる。

『坊や! ああ、坊や……どうしてしまったの! もうよくなったと思ったのに、お願い目を開けて!!』

 その時、急ぐ私に前に大きな体のペガサスが立ちふさがる。
 こちらを見下ろして威嚇するその姿。

『何だお前は!!』

 この様子は恐らく子供の父親だわ。
 子供に何かあって相当気がたってる。
 とても大きな雄のペガサスだ。
 周りの牡馬と比べても一回り大きい
 ローナが私に言う。

「危険ですルナ様! 彼は子供の父親のミシェイル、この群れのリーダーです」

「この群れの……」

 私はミシェイルというペガサスを見上げると言った。

『お願い通して! どうしても貴方の子供を早く診察したいの、命に関わることなのよ!!』

『ふざけるな! お前のような、得体も知れない獣人に息子を診せられるか!』

 そもそも、私が動物の言葉を話せること自体に警戒している様子だ。

『信じて頂戴! 私は動物の病気を治すのが仕事なの、危害を加えたりなんてしないわ』

 ジョアンナの声が響く。

『ああ、貴方! ラシェルが……ラシェルが』

 ぐったりとする子供のペガサスの姿。
 妻と息子の姿を見て苦悩するミシェイル。
 その瞳が私を見つめる。

『動物の治癒師というのは本当なんだな?』

『ええ、信じて。貴方の子供を助けたいのよ!』

 私の目をしっかりと見て、ようやく首を縦に振るミシェイル。
 すがるような目で私を見つめる。

『……頼む、息子を助けてくれ。熱も下がってすっかり良くなったと思ったのだが、急に倒れて。もう俺たちのことも分からない様子なんだ!』

『分かったわ、ミシェイル。すぐに診察するわ』

 ミシェイルが妻のジョアンナを説得し、私はラシェルと言う子供のペガサスを診察する。
 ララと同じぐらいの仔馬のペガサス。
 力なくぐったりとしている。
 その純白の毛並みを指先でかき分けると地肌を眺める。

(間違いない……)

 この青い斑点、そして二度目の発熱。
 私はローナに言った。

「ローナ、これは青死熱よ」

 それを聞いてローナが息をのむ。

「青死熱ってまさか……ペガサスがかかる病気じゃありませんわ!」

「ええ、本来ならね」

 青死熱というのは、この世界の馬がかかる流行り病。
 一度目の熱では大したことはないけど、そこで青い斑点が出来る。
 そして二度目の熱が出るとその馬はもう一日もたない。
 この世界の馬にとって一番恐ろしい流行病だわ。

 だけど、それにかかるのは普通の馬だけ。
 本来ならペガサスのような魔獣がかかることはない。
 ローナの言葉も尤もだ。
 でも……

「記録があるのよローナ。私が見た文献にユニコーンが青死熱にかかった記録があったの。大人のユニコーンには症状が出なかったけど、子供のユニコーンたちにあっという間に広がっていったって」

「ユニコーンに!?」

「ええ、ユニコーンとペガサスには共通した病気も多い。一角獣に感染する青死熱があるのなら、それにペガサスが感染してもおかしくないわ」

 幸いなことに、青死熱は危険な病気だけど特効薬がある。
 その作り方は知っているし、ユニコーンが青死病にかかったという文献にもその特効薬が有効だと書いてあった。
 とにかくこの子をこのまま放っておいたら死んでしまうわ。
 二度目の熱が出ると一日もしないうちに青い斑点が体中に広がって、真っ青な肌になって死んでいく恐ろしい病気だもの。

「ローナ、持ってきた薬草以外にドラゴン草がいるの。この島にある?」

 ドラゴン草っていうのは、ドラゴンが好んで食べることからそう名付けられた野草。
 珍しい草だけど、馬を沢山飼っている場所では青死熱を恐れて育てていることが多い。
 後の薬草は持ってきたものでなんとかなるわ。
 私がローナを見つめると、彼女は青ざめた顔で首を横に振る。

「いいえ、ルナ様。この島にはありません。ペガサスが青死熱にかかるなんて聞いたこともありませんでしたから」

「そう、それじゃあ急いで地上に行って手に入れないと。馬が飼われている場所ならきっと手に入るわ」

 ローナは首を横に振る。

「駄目ですルナ様、それでは間に合わない。この近くに人の住む集落はありません。たとえドラゴン草が手に入ったとして、どんなに急いで戻ってきても往復で三日はかかりますもの。フェニックス様ならともかく、私たちやペガサスではとても間に合いませんわ」

「三日って、駄目だわそんなに待てない! フェニックスには連絡がつかないの?」

「はい、あの様子では暫くはお戻りにならないかと」

「そんな……」

 その時、ルカが慌てたように姿を現す。
 そして私に言った。

『ルナさん!』

『ルカ! どうして来たの!? 待っててって言ったはずよ』

『それがララが……急にフラフラしだして。心配になって肌を見てみたら小さな青い斑点が!』

 私は思わず息をのんだ。
 ララにももう感染してるんだわ。
 お兄ちゃんについていきたくて張り切ったから余計に早く症状が出たのね。

 往復で三日だなんてとても間に合わない。
 ララも死んでしまうわ。
 目の前で朦朧としているラシェル。
 そして、笑顔で私に顔を摺り寄せるララを思い出す。

「駄目……このまま死なせたりなんかさせない!」

 ローナが私を見つめている。
 そして言った。

「ルナ様、一つだけ方法がありますわ。危険ですけど、フェニックス様がお留守な以上他に方法が思いつきません」

 私はローナの手を握った。
 そして頼み込む。

「ローナ! その方法を教えて頂戴、私に出来る事なら何でもやるわ!」

「ルナ様……」

 私の決意にローナも意を決したように言う。

「天空の島の一つにドラゴンたちの楽園があるんです。そこにならドラゴン草は幾らでもあるはず。普段はお互いに聖域を荒らさぬよう協定を結んでいる彼らと私たちですが、状況が状況です。もし彼らを説得できれば、ドラゴン草が手に入るかもしれません」

「ドラゴンの楽園……」

 ローナの表情から見ればそれがいかに危険なことかと分かる。
 でも、今はそれしか方法がないもの。
 私は彼女の言葉に頷いて答えた。

「ローナ、分かったわ行ってみる。私なら彼らの言葉が話せるもの、説得してみせるわ!」
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