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108、祝福の歌

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 アレクが私を見つめる。

「ルナ……その歌は」

 どこか懐かしそうなその眼差し。
 私は歌いながら彼を見つめた。

(貴方の為に作った歌よ。ずっとずっと昔、私の手を握ってくれた貴方の為に)

 私の為に額から血を流していた少年。
 いつも私の傍にいてくれた彼の横顔。
 私の背中に白い翼が広がっていくのが分かる。
 浮かび上がる半透明のパネル。

 名前:ルナ・ロファリエル
 種族:人間
 職業:もふもふの聖女
 E・G・K:シスターモード(LV100)
 E・G・K:レンジャーモード(LV100)
 もふもふモード:獣人化(上級)
 力:775
 体力:772
 魔力:1320
 知恵:1520
 器用さ:1130
 素早さ:1270
 運:750

 物理攻撃スキル:聖弓技、聖剣技
 魔法:回復系魔法、聖属性魔法
 特技:【探索】【索敵】【罠解除】【生薬調合】【祝福】【ホーリーアロー】【自己犠牲】
 ユニークスキル:【E・G・K】【獣言語理解】【もふもふモード】
 加護:【神獣に愛された者】
 称号:【もふもふの治癒者】

<【祝福】の真の力が目覚めます。【祝福の歌】ソング・オブ・ブレスが発動します>

 その文字と同時に大きく広がっていく私の翼。
 私を魔女と呼んでいたジェーレントの兵士たちから声が上がる。

「何だあの姿は!」

「あれがエディファンの魔女の本当の姿なのか!?」

「なんと美しい、本当に魔女なのか?」

「まるで女神だ……」

 彼らの声を切り裂くように、イザベルの声が響く。

「女神ですって! 馬鹿な男たちね、ルナに騙されて! 本当に忌々しい女、私の目の前から消えなさい!!」

 その叫びと共に私に向かって放たれた無数の黒いいばらの蔓。
 でも、その全てをアレクの剣が鮮やかに切り裂いた。
 それを見てロジュレンスの兵士たちから沸き上がる歓声。

「凄い……」

「何という見事な剣技だ!」

 ルークさんとリカルドさんの声が聞こえる。

「まるでルナ様の歌が、殿下の王血統に眠る獅子族の血を目覚めさせたようだ……あのお二人の姿はまるで」

「ええ、リカルド。あれはまるで聖王妃リディアと伝説の勇者ライオゼスです」

 それを聞いてルファリシオは笑う。

「勇者だと? 下らんな。お前の剣の輝きなど、その女に僅かに残った魔力を借りただけのまやかしに過ぎん」

 そう言い放ったルファリシオは、剣を構えるとこちらに一直線に踏み込んでくる。
 同時にアレクの体もその場から消え去る。
 物凄い速さでルファリシオに向かって踏み込んだからだ。
 瞬時にすれ違い、斬り合う二人の姿。
 アレクの鎧の肩当が切り裂かれ、その頬に刀傷が刻まれる。

「アレクファート様!!」

「殿下!!」

 悲鳴にも似た声が甲板に響く。
 それを聞いて笑みを浮かべながら振り返るルファリシオ。

「見たかアレクファート。ふふ、貴様などこの俺の足元にも及ばん。化けの皮を剥がされた気分はどうだ?」

「気が付いていないのか、ルファリシオ? お前の負けだ。言ったはずだぞ、ルナを悲しませる奴は決して許さんと」

「ふははは! 負け惜しみをいいおって……ぐふぅうう!」

 ルファリシオの体には深い傷が刻まれている。
 斬られたことにさえ気が付かない程の鋭い太刀筋。
 膝をつくジェーレントの王。

「ば、馬鹿な! こ、この俺がお前ごときに! お、おのれぇ……」

 ゆっくりと、その場に倒れていくルファリシオの姿。
 静まり返る戦場。
 そして、踵を返してこちらに歩いてくるアレク。

「アレクファート様!!」

 誰もがアレクの勝利を確信した、その時──
 私はおぞましい気配を感じて、体を震わせた。
 まるで地の底から、忌まわしい何かが現れるような感覚。
 邪悪な憎悪の塊のような存在。

「駄目、アレク! ルファリシオはまだ生きてるわ!!」

 揺らめくように立ち上がる男の姿を見て私は叫んだ。



『ルナ!』

 エディファンの都、その王宮の中の一室で可愛い子リスが不意に部屋の窓へと駆け寄って空を見上げた。
 大きな尻尾と白い耳が可愛らしい白耳リスのリンだ。
 突然、窓の傍に駆け寄ったリンを見て、彼女と仲良しの羊ウサギの姉妹スーとルーもぴょこぴょこと跳ねていく。
 跳ねるたびに大きく動く丸まった羊のような角が愛らしい。

『どうしたの? リン』

『ルナはお出かけだよ?』

 リンは空を見上げながら、仲良しの羊ウサギたちに答えた。

『うん……でも、ルナの声が聞こえた気がするの』

 リンはルナが大好きだ。
 初めて森で出会った時、リンは途方にくれていた。
 病気になった母親のメル。
 スーやルーも手伝ってくれて、一生懸命探したとっておきの木の実は少しも効かない。
 涙がボロボロ零れて、木の枝の上でただ途方に暮れていたのを覚えている。

『ルナぁ』

 そんな時に出会ったのがルナだ。
 自分の話を黙って聞いてくれた、そして一緒に木の実と薬草を探して母親のメルを救ってくれたルナ。
 だから自分の一番大切な宝物をあげた。リンにはそれしかお礼をするものがなかったから。

 一生懸命磨いて綺麗にした虹色の石。それをルナにプレゼントした。
 アレクの婚約者になって沢山綺麗な宝石が部屋にはあるのに、ルナはそれをいつも大事に身に着けてくれている。
 それがリンには嬉しかった。

『ま~マァマ!』

 気が付くと、傍にはピピュオがチョコチョコと歩いて来てリンと同じように空を眺めている。
 リンはその小さな手でピピュオの体を撫でる。

『ピピュオにも聞こえたの?』

『ま~』

 二人につられて空を見上げるスーとルー。

『ルナ、早く帰ってこないかなぁ。ねえスー』

『うん、ルー』

 そう言って、寄り添っている羊ウサギたち。
 その様子を見てジンとメルも空を見つめる。

『何言ってんだ。ちょっと出かけただけさ、直ぐに帰ってくるってルナも言ってただろ?』

『そうよ、リン』

『うん……』

 小さな手を窓に押し当てて外を見つめるリン。
 窓辺に集まる動物たちの姿を見て、侍女のミーナも窓の傍に立つ。
 そして、彼らの頭を撫でた。

「どうしたの? そんなに心配そうに。大丈夫よ、ルナ様の傍にはアレクファート殿下や騎士団のみんな、それにシルヴァンだっているんだから」

 リンが見つめる先は、ルナたちがいるはずのロジュレンスだ。
 まるで何かを感じているかのような動物たちの姿にミーナは不安を覚えた。

「大丈夫。きっとご無事でお帰りになられますよね、ルナ様、アレクファート殿下」

 ミーナは自分に言い聞かせるようにそう呟くと、いつまでもその方向を眺めていた。



「アレク!!」

 私は叫んだ。
 船の甲板が大きく揺らぐ。

「ルナ!!」

 メキメキと音を立てて、甲板に亀裂が入っていく。
 九つの頭を持った黒い蛇。
 ルファリシオが巨大な大蛇に形を変えていく。
 おぞましいその姿。
 その目に宿る邪悪な意思はルファリシオそのものだ。
 ジェーレントの兵士たちからも、恐怖に震える声が聞こえる。

「な、なんだあれは!?」

「一体どこから現れたのだ!」

「お、俺は見たぞ! ルファリシオ様があの巨大な大蛇に変るところを!!」

「九つの頭の大蛇……まさか、あれは邪神ヴァルセズ」

「馬鹿を言うな! なぜ、ルファリシオ様が邪神などに!!」

 地の底から聞こえてくるような声が辺りに響く。

「貴様ら二人だけは許さん、アレクファートよお前の目の前で聖女を食い尽くしてくれる。ふはは、そしてこの俺が地上の王となるのだ!」

 おぞましい大蛇の首の一つが口を開け、黒いグリフォンを飲み込んでいくのが見えた。
 そして、その傍にいるイザベルさえも。
 イザベルの叫び声が聞こえる。

「嫌よ! どうして私が! いやぁあああ!!」

「イザベル……」

 私は思わず絶句した。
 そこには、もう人であることすらやめてしまった邪神の使徒の姿がある。
 化け物のようなその姿。

「地上の王? ルファリシオ、自分の姿が見えないの? もう貴方は邪神そのものよ」

 私から吸い取った魔力と、アレクに倒された怒り。
 それが、この男を本当の邪神に変えてしまったのだろうか。
 このまま完全に邪神ヴァルセズが復活すれば、世界はどうなってしまうのか。
 背筋が震える。
 化け物の九つの頭が私とアレクを見下ろしている。

「くくく、人の姿などもうどうでもいい! 恐ろしいか? ならば、そこに頭をすりつけて命乞いをするのだな。ふはは、そうすればルナよ、おまえだけは助けてやっても良いぞ。我が妻としてな」

 私は静かに首を横に振った。

「ごめんだわ、私は貴方に命乞いをしたりはしない。人の命をもて遊ぶ貴方を、私は絶対に許さない! 例えこの命を失ったとしても!!」

「馬鹿な女だ。それ程死にたいか?」

 私は弓を引いた。
 見上げるほどの大きさの大蛇に向かって。
 アレクが私の手にそっと手を重ねる。

「ルナ」

「アレク……」

 私は彼と一緒に弓を引き絞る。
 あの時のように怯えながら震える私の手を握りしめてくれる彼の手のひら。
 シルヴァンやリンたちの顔を思い出す。
 スーやルー、そしてメルやジン。
 ピピュオは私がいなくなっても元気にやっていけるかしら。
 右手の腕輪が強烈な光を放つ。
 神獣フェニックスの腕輪。
 私の背中に広がっていく白く大きな炎。
 それが、巨大な翼に変わっていく。

(フェニックス、私たちに力を貸して!)

 美しい声が聞こえる。
 昔聞いたことがある声だ。

「久しいなリディア。我を呼び出すほどの力、その命を燃やしたか。お前が再びこの世に生を受けた時は我が妻にと思っていたが、お前の傍にはいつもその男がいる。これも因果か」

 白い炎に包まれていく私とアレク。
 その炎は美しい男性の姿に変わると私たちに命じた。

「放て、我の力を!」

 九つの黒い大蛇の頭が私たちを飲み込もうと一斉に牙を剥く。
 その瞬間──
 私とアレクは矢を放った。
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