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90、黒いローブの男(三人称視点)

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 酒場を眺める一団は皆黒いローブを身にまとっている。

「ご覧になりましたか? 聖ファリアンネ教会での奇跡と呼ばれ、あのような歌劇にまで。今では女子供まで見に来ているようです、憲兵どもに取り締まらせることも出来ますが。如何いたしましょう?」

 男の内の一人が、整った横顔をローブから覗かせる若者にそう言った。
 輝くようなブロンドの髪が黒いフードから見え隠れしている。
 ムーロの酒場に向かう女達は、一瞬ローブから見えたその男の美貌に思わず振り返った。
 ブロンドの若者は静かに口を開く。

「放っておけ、噂とは抑え込もうとすれば余計に尾ひれを付けて広まるものだ」

 黒いローブの一団は、ムーロの酒場を離れて町を歩いていく。
 彼らは暫く歩き、町の者でも近づかない裏路地に足を踏み入れた。
 周囲には、ガラの悪い者達がたむろしているのが見える。

 奥に進むと体格がいい男達が数名、黒いローブの一団を取り巻いた。
 先頭に立った男が口を開く。
 その手には鈍い光を放つナイフが握られている。

「どこに行くつもりだい? 見たところ貴族のお坊ちゃまとその取り巻きに見えるが、ここから先に進むには命か金を置いて行ってもらわねえとな」

 美しいブロンドの若者は笑った。

「ほう、死ねば金など使えぬだろうに。愚かなことだ」

 始めは若者が言っているセリフの意味が分からなかったゴロツキ達も、次第にその意味が分かり殺気立つ。

「何だと! この青二才が!!」

「ぶっ殺されてえのか!?」

 その瞬間この場にいた者達は皆、空気が揺らいだのを感じた。
 いつの間にかそのブロンドの若者は、腰から提げたサーベルを抜いている。
 一体いつそれを抜いたのか、そこにいるも者で見えた人間はいないだろう。

「ぐぁああああ!!」

 若者の前に立ちふさがったゴロツキが、悲鳴をあげる。
 今まで威勢が良かった周りの悪党たちが、思わず目を見開いた。
 ブロンドの若者の剣は、まるで細い木の枝を切り落とすかのように、ナイフを持つゴロツキの手首を切り落としていたのだ。
 若者が振りぬいた剣の風圧が、自身のローブのフードを靡かせてその顔を露わにさせる。

 手首を切られた男は思わず痛みを忘れて見とれた。
 整った顔立ち、そして王者の風格さえ漂わせるその瞳。
 美しく、そして傲慢なほどの威厳を兼ね備えている。
 その時、路地の奥から声が聞こえた。
 
「そのぐらいにしてくれや。そんな馬鹿どもでも一応俺の手下なんでな」

 奥の路地から、黒髪で長身の男が歩いてくるのが見えた。
 浅黒い肌には無数の傷跡が刻まれている、それはこの男がその数だけの死線をくぐり抜けてきたことを証明していた。
 背中に背負った大剣は巨大で分厚い。
 あんなものを振るえる人間がいるのだろうか?
 その顔は精悍で鍛え上げられた筋肉は、引き締まっており一切の無駄がない
 ブロンドの若者の傍にいるローブ姿の男達が、異様な殺気に身構える。
 
「……やんのかい? 言っとくがあんたらじゃあ俺に勝てねえぜ。俺とまともにやりあえるのは、そこにいるお前らの主人も含めてこの国に5人といねえからな」

 その言葉を聞いてブロンドの美丈夫は、護衛達を右手で制する。

「やめておけ、死ぬぞ。こいつはデュークス・トールキア、かつて死神と呼ばれた傭兵だ。今は盗賊団の頭目などに身をやつしているがな」

 黒いローブの一団から驚きの声が上がる。

「あの死神デュークス。まさか!」

「数年前の戦役で死んだと聞いたが、生きていたのか?」

 デュークスと呼ばれた男は肩をすくめると言った。

「忘れたなそんな呼び名は。もう俺は国なんていう下らねえモノの為には戦うつもりはねえ、それだけだ」

 デュークスは黒いローブの一団についてくるように言うと路地の奥に入っていく。
 路地裏にある隠し扉を開くと、地下に降りる階段が見える。
 更に進むと広く豪華なつくりの部屋に明かりが灯されていた。
 そこが『黒い狼』と呼ばれる盗賊団のアジトであることは裏の世界の者以外は知らぬ話だ。
 デュークスはまるで玉座のような作りの椅子に腰をかけると人払いをした。

「呆れた男だぜあんたは、レオナール殿下。この国の第一王子ともあろう者がこんな場所までやってくるとはな」

「ユーリアの使いを通して連絡を取るよりは、この方が手っ取り早かろう?」

 ユーリアとはこの国の王の愛妾の一人である。
 確かに自分がデュークスの昔なじみだとは言っていたが。
 レオナールの言葉にデュークスは笑う。

「いいだろう、あんたの度胸が気に入った。今度は、俺に何をして欲しい? あの王太子はあんたが思っているほど馬鹿じゃなかったようだからな。婚約式を取りやめ、王宮からの支援物資の代わりに各地の商人ギルドを通じて避難民に食料を支援をし始めている。まさか白昼堂々物資を強奪するわけにもいくまい、足が付くだけだ」

「そう慌てることはない。愚かな獲物相手の狩りは退屈なだけだ」

 笑みを浮かべるレオナールにデュークスは言った。

「ほう、あんたには何か考えがあるらしいな。だがこのまま例の復興事業とやらが上手くいけば、国民は今回の戦争で功績をあげたあんたよりもあの王太子を支持するだろうぜ。しかも婚約する相手はあの奇跡を起こしたとかいう小娘だ」

 美しいブロンドの王子は静かに笑みを浮かべた。

「シャルロッテ・ドルルエ公爵令嬢か。デュークス、あの娘のことでお前にやってもらいたいことがある」
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