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71、過保護な王子様

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「ありがとう、アドニス。本当に嬉しい」

 私はそう言って、もう一度キュッと薔薇の花束を胸に抱きしめる。
 アドニスはこちらを見て、軽く咳ばらいをすると言った。

「そんなに嬉しいものか? ならば今度宮殿の薔薇園に連れて行ってやる。俺が案内してやろう」

 アドニスの言葉に私は笑顔で頷いた。
 もちろん、この綺麗な薔薇も嬉しかった。

(でもね、本当は私を心配してくれたアドニスの気持ちが一番嬉しかったんだよ)

 私が幸せな気持ちで薔薇の花束を眺めていると、メルファが私に尋ねる。

「お嬢様、アドニス殿下に頂いた大切な薔薇です。公爵家の皆様にご覧になって頂けますように、食卓の花瓶にお移ししましょうか?」

 私はメルファの言葉に目の前の花束を見た。
 その方がいいよね、大事な薔薇だから少しでも長く飾っておきたい。
 メルファは私に言った。

「ご安心ください。朝食の後には、お嬢様のお部屋にお運び致しますわ」

 メルファに任せれば間違いないもの。
 とても大切に扱ってくれると思う。
 私がアドニスを見つめると、アドニスは頷いた。
 
「構わぬ、お前の好きにせよ」

 でも何だか花瓶に生けてしまうのが、とっても名残惜しい。
 できたらずっとこのまま抱きかかえていたい。

 それにしても綺麗な薔薇。
 宮殿の薔薇園ってゲームでも出てきたんだけど、とても素敵な場所なんだよね。
 ティアとアドニスが何度もデートを重ねた場所。 
 今から行くのがとても楽しみ。

(そうだ! お弁当を作っていこうかな?)

 せっかく料理長やトーマスとも仲良くなったんだもの、厨房を使わせてもらってサンドイッチとか作ってみたい気もする。
 自分で料理をするなんて公爵令嬢らしくないかもしれないけど、どうせもうそう思われてるんだから今更だよね。
 何だかとっても楽しみだよ。

 そんなことを考えていると、ミーアさんがアドニスと私に深々と頭を下げた。

「それでは王太子殿下、シャルロッテ様、私は仕事に戻らせていただきます」

「うむ、朝食を楽しみにしているぞ、ミーア」

 ミーアさんのお料理も、アドニスや伯爵様に食べてもらえることになって良かった。
 アドニスのその言葉にミーアさんは、もう一度深く頭を下げてエルナの手を握る。

「エルナ、いらっしゃい」

 エルナはまだここに居たそうだったけど、ミーアさんが頭を撫でると嬉しそうに笑って頷いた。
 やっぱりお母さんが大好きなんだよね、エルナは。
 そして私を見上げる。

「シャルロッテお姉ちゃんは行かないの? エルナにお料理作ってくれるって、さっき」

 ミーアさんがそれを聞いてエルナをたしなめる。

「いけませんよエルナ。シャルロッテ様とお呼びしなさい」

「ミーアさん。いいんです」

 私の言葉にミーアさんが困ったような顔をする。

「エルナが呼びたいように呼ばせてあげてください」

 我儘かもしれないけど、エルナにはお姉ちゃんって呼んで欲しい。
 昨日のこともあったし、何だかもう他人のように思えない。
 ミーアさんが、迷ったよう顔をしながらも頷いてくれた。

「……分かりました、シャルロッテ様がそう仰ってくださるのなら。でも、この子が失礼を申し上げるようならどうかきつくお叱りください」

 ミーアさんとそんな話をしていると、アドニスが訝しげな口調で私に尋ねる。

「今、エルナが妙なことを言ったな。お前に料理を作ってもらうなどと、俺の聞き間違いなら良いのだが」

 アドニス、何その顔?
 私は薔薇の花束を両手に抱えながら、少しだけ頬を膨らます。
 今にもやめておけって言いだしそうな、その表情。
 私が思った通りアドニスは不愛想に言った。

「やめておけ、ドジなお前に料理など出来るわけがない。つい先ほどもそこで転びそうになったではないか」

 酷いよアドニス、ドジって何?
 確かに、さっきは転びそうにはなったけど……。
 伯爵様が苦笑する。

「シャルロッテ様、殿下は心配されているのですよ。シャルロッテ様がお怪我でもなさるではないかと」

 私はランスエール伯爵様の言葉にジト目になった。
 
「伯爵様も、どうしてそんなに心配そうな目で私をご覧になるんですか? やっぱり私がドジだって思ってるんですね」

「これは、困りましたね。そんなつもりはないのですが」

 八つ当たりをする私に、それでも微笑んでくださる伯爵様を見て私は反省をした。
 そして、こほんと咳ばらいをすると二人を見る。

「大丈夫です、実際の調理はトーマスにやってもらいますから。それならいいでしょう? アドニス」
 
 私は過保護な王子様に上目遣いでお願いする。
 だってもう途中まで作ってしまったし、エルナにも約束したから。
 その言葉を聞いたトーマスが、アドニスと伯爵様に頭を下げて恐縮したように口を開いた。

「あ、あの。王太子殿下、お嬢様がお怪我などなさらぬようにご指示を頂いて調理は俺……いえ、わ、私が致しますのでどうかご安心ください」

 アドニスがトーマスに問いかける。

「お前が、トーマスか?」

「は、はい、公爵家の厨房を預かる料理長の息子でトーマスと申します、殿下!」

 アドニスはふぅと溜め息をつくとトーマスに命じた。

「こいつは言い出したら聞かぬ。シャルロッテに重いものや熱いものは持たせぬようにな、また転ばれたらたまらぬ」

「そんなに、いつも転んだりしません!」

 メルファとエリンが私達の様子を見て顔を見合わせて笑っている。

「お嬢様、殿下はお嬢様が大切なんですわ」

「そうです、幸せですわ。アドニス殿下にこんなに心配して頂けるなんて」

 みんなアドニスの味方みたい。
 少し拗ねた私の頭をアドニスが抱き寄せる。

「まったく困った奴だお前は。何を作るのかは知らぬが、楽しみにしているぞシャルロッテ」

 ずるいよ、そんな風に優しい声で言われたら怒ってる私が悪者みたい。
 私は頬を染めながらアドニスの言葉に頷いた。
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