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62、私からの提案

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 メルファは扉の側まで歩いていくと、アレンさんに声をかける。

「はい、シャルロッテ様はお目覚めでいらっしゃいます。アレン様、少しお待ちくださいませ」

(こんなに朝早くどうしたのかしら、もしかしたら!)

 私は慌ててベッドを降りると、部屋の窓に駆け寄った。
 そして、窓に手を当てて屋敷の玄関の方向を見る。
 昨日までは感じたことが無い気持ちに、胸が高鳴った。
 でも私の視界に期待していたものが映っていないのを知って、自分の心が急にしぼんでいくように感じる。
 昨日の朝のようにアドニスの白い馬車がそこにあるんじゃないかって、アドニスが来たことをアレンさんが知らせに来たのかと思った。
 ううん、無意識に期待していた。

(私……)

 昨日までは、心のどこかで必死にブレーキをかけていた気がする。
 アドニスのことは、本当は好きになったらいけないんだって。
 婚約だって断って元の世界に戻ることを考えないって。
 私は自分の頬に手を当てた。
 まだ、アドニスの唇が触れていた熱さを感じる気がする。
 俯いて胸に手を当てる。
 何だか怖い。
 ここから先に進んだら、私はどうなってしまうのだろうか。
 もし元の世界に帰れる方法が分かった時、私はどうするのだろう?
 ティアがアドニスの前に現れて、もしもアドニスにとって私が邪魔になったら……。
 気が付くとメルファが隣に立って私の手を握ってくれていた。
 そして、微笑む。

「シャルロッテ様、ご安心下さいませ。明日また必ずいらっしゃると、昨日アドニス殿下は帰り際に仰られましたから」

「メルファ……うん」

 私がそう答えると。
 メルファが慌てたように私の手を握りしめる。

「どうされたのですか? シャルロッテ様。何か悲しいことでもあったのですか!?」

 気が付くと自然に涙が零れていた。
 私は慌てて涙を拭くと、心配をするメルファに微笑んだ。

「ごめんね、何でもないの。おかしいよね、私。大丈夫だから心配しないで」

 私はメルファにこれ以上心配をかけないように着替えを始める。
 昨日みたいな失敗は公爵令嬢に相応しくないよね。
 メルファが白の清楚なドレスを選んでくれた。

「王太子殿下が、お好きな色だと思います。シャルロッテ様が白いドレスを着ているとジッとご覧になっていますし」

「そ、そう?」

 メルファに勧められるがままに、そのドレスに腕を通す。
 メルファは外着のままだったので、私の着替えが終わると部屋の扉を開いてアレンさんを迎え入れた。

「アレン様、おはよう御座います」

 礼儀正しくそう朝の挨拶をするメルファに、アレンさんも頭を下げる。
 そして、私に深々と頭を下げた。

「シャルロッテ様、朝早くからお騒がせを致しました。実は、このご婦人が先ほど参られてとても心配をなさっていたので、失礼かと思いましたが声をお掛け致しました」

 アレンさんの後ろには、慎ましく清楚な感じの女性が立っている。
 
「あ、あのシャルロッテ様にあの子が何か粗相をしていないかと心配で。申し訳ありません!」

 そう言って私に頭を下げたのは、エルナのお母さんだ。
 名前はミーアさん。
 ミーアさんは私の部屋を覗き込み、レアン君の服を引っ張りながら寝返りを打っているエルナを見て真っ青になる。

「エルナ! あの子ったら、ドルルエ公爵様のご嫡子様に!!」

 エルナは私達が見ているなんて全く気付いていないから、また大きく寝返りを打って可愛らしく寝言を言う。

「……違うもん……シャルロッテお姉ちゃんは、エルナのお姉ちゃんだもん」

「あの子ったら! シャルロッテ様のお優しさに甘えて!!」

 ミーアさんが、部屋の中に入ろうとするのを私はそっと口に人差し指をあてて止める。
 何だか、レアン君とエルナの寝ている姿を見ていたら自然に笑顔になれた。

「ふふ、もう少し寝かせて上げてはいけませんか?」

 私の言葉にミーアさんは何度も頭を下げて、その後に私の手を握りしめる。

「お嬢様は、私達母娘にとって女神様も同然です。どうかミーアとお呼びください」

 その言葉に、私は頷いた。
 ミーアさんはこのお屋敷の客間の一つに泊ったはず。
 メルファが私に教えてくれた。

「ミーアさんは、ツベルクの町で料理店を営んでいらしたんですよ、お嬢様。エリンとも話してたんですけど、ミーアさんにぜひあの地方のお料理を教えて頂こうって。ツベルク地方のお料理って美味しいことで有名なんです」

 どうやら私のベッドで寝てしまう前に、メルファやエリンはミーアさんと親交を深めたらしい。
 でも料理屋さんだったんだ、エルナのお母さん。
 何だか憧れる。
 ……アドニスが訪ねてきた時に、私が作った料理を出して上げたら喜ぶかな?
 アドニスの口に合うかは分からないけど作ってあげたい。

「あ、あの。私も教わってもいいですか?」

 それを聞いてミーアさんは深々と頭を下げる。

「そんな! シャルロッテ様に私の料理を教えるなんて。いずれは王太子妃殿下になられる尊いお方にそんな、恐れ多いことです……」

「……お母さん?」

 エルナがベッドの上で身を起こす。
 お母さんの声が聞こえたからだろう。
 私がエルナをベッドまで迎えに行くと、エルナは寝ぼけまなこでベッドを降りる。

「エルナ、おはよう」

「お姉ちゃん!」

 ようやく少し目が覚めたのか、元気に私に挨拶をする。
 そして、ミーアさんに気が付くと駆け寄って抱き付いた。

「お母さん! エルナ、お母さんのスープが飲みたい!」

 ミーアさんがそれを聞いて、困った顔をしている。
 二人のそんな姿を見て、私はいいことを思いついた。
 そして、メルファに提案する。

「ねえ、メルファ。うちの厨房でミーアさんに朝ご飯を作ってもらうのってどう?」
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