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33、青の貴公子

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「依頼者は、ダルスン・ドルルエ公爵。絵のモデルになるのはそのご令嬢のシャルロッテ・ドルルエ公爵令嬢です」

「シャルロッテ・ドルルエ公爵令嬢だと? あのアドニス王太子殿下の婚約者か?」

 クリストファーの言葉にローシェスは頷いた。

「ええ、何でもドルルエ公爵が戦後復興事業の旗振り役をすることになったようで、その公社のシンボルとなる絵を描いてほしいと。令嬢をモデルに、女神ファリアンネをイメージした絵を各地のギルドの拠点用に十数枚ほど描いてほしいそうです。期間は二週間、その間公爵家に我々の部屋は用意されるとのことです」

「俺は降りるぞ。気が乗らない」

 即座にそう言ったクリストファーに、ローシェスは小首をかしげる。

「何故ですか? クリスト様。ドルルエ公爵家ならば侯爵家の人間も周りをうろつくことなど出来ませんから、一番安全ではないですか?」

「……あいつがいるだろう。王太子殿下の側にはな、暫くはあいつの顔は見たくない」

 顔を顰めるクリストファーを見て、ローシェスは何かを思い出したように笑った。

「まだ、あの時のことを気になさっているのですか? クリストファー様」

「当然だ! あんな屈辱を味わったのは初めてだからな!」



 ローシェスは一か月程前の舞踏会のことを思い出す。
 絢爛豪華な王宮のダンスホールに国王は勿論多くの王族や貴族、その子女が集まっていた。
 隣国ティシェルからの使節団を招いた宴である。
 使節団の代表は、小国ではあるが海に面し海産物が豊かなティシェル王国の第一王子イントス、そしてその妹のアルファナ王女も側に控える。
 大国であるベネディクテア王国は隣接する強国デスタン王国との戦争に勝利したばかり、ティシェル王国は宗主国であるベネディクティアにその祝いの為に使節団を遣わしたのだ。

 宴の最中、王女が清楚な顔を真っ赤にしてクリストファーを見ている。
 暫くすると王女の侍女がクリストファーの前に現れて、一枚の手紙をそっと渡した。
 一国の王女の大胆な行為に驚きながらも、ローシェスはクリストファーに忠告する。

「クリストファー様、小国とは言え相手は王女です。いけませんよ、いつものように手を出されては。下手をすればティシェル王国との火種にもなりかねません。我がベネディクティアも今は戦後の大切な時期ですから」

「ローシェス私を何だと思っている。それぐらいはわきまえている」

 身元で囁くローシェスの言葉に、クリストファーは頷いて目の前の侍女に手紙を返した。
 そして自らの白い服の胸に刺した美しい赤い薔薇を添える。

「申し訳ございません、王女殿下にお伝えください。貴方様のような高貴なお方に私は相応しくは御座いません、王女殿下に相応しいこの美しい薔薇をせめて私の代わりと思ってくださいませと」

 クリストファーの返事に社交界の令嬢達も一様に頬を染める。

「まあ、あのようなお返事をされては余計に夢中になってしまいますわ」

「本当に罪作りなお方だこと」

 王女に仕える侍女は、一度王女の元に戻ると手紙を王女に渡す。
 すると王女は頬を染めてクリストファーを見つめていた。

「少しやり過ぎたか、しかし一度ぐらいどこかの国の王女を相手にしてみるのも悪くはない。あの侍女に話を通して、今晩にでも王女の部屋に忍び込んでみるか」

 それを聞いてローシェスは呆れたように天を仰ぐ。

「貴方、最初からそのつもりで……。もう知りませんよどうなっても。私は責任をとりかねます」

 クリストファーはそれを聞いて笑みを浮かべる。

「障害があるほど愛は燃え上がるものだ、そうだろローシェス?」

 暫くすると、今度は侍女と一緒にアルファナ王女が歩み寄ってきた。
 クリストファーはそれを待ち受けるように恭しくお辞儀をする。
 王女は頬を真っ赤に染めて少し離れた場所でアドニスの警護をしている貴公子を指さした。

「あ……あのシュバイツ様、貴方様ではなくてあのお方にこの手紙を渡して頂きたいのです」

 その貴公子を見つめて、しどろもどろになる王女の代わりに侍女が説明する。

「申し訳ございません、シュバイツ様があのお方のご学友だとお伺いしまして。アルファナ殿下があちらにいらっしゃるお方に一目で恋に落ちてしまわれたようで」

 王女が俯きながら口を開いた

「と、とても素敵で……青い髪がまるでティシェルの美しい海のようで、それにあの青い瞳あんなに美しく凛々しい殿方を見たのは初めてなんです。お顔を見つめるだけで胸が張り裂けそうで、直接声をお掛けするなど……」

 それを聞いたローシェスは思わず肩を震わせた。
 声を押し殺して笑っている従者をクリストファーが睨みつける。

「クリストファー様、そういえばその手紙を良くご覧ください。『愛しいエルヴィン・ランスエール伯爵様へ』と書いてございますよ?」

「何が可笑しい、ローシェス。……後で覚えていろよ」



 馬車の中で一か月前のこと宴を思い出してクスクスと笑う従者を、クリストファーは睨んだ。

「生まれて初めてだ、あんなに恥をかいたのは。エルヴィンを見るとあの時のことを思い出す、今は顔を見たくない」

 ローシェスは悪びれずに言う。

「流石のクリストファー様も『青の貴公子』が相手では分が悪いようですね。凛々しい美貌だけでなく王太子殿下の守役に選ばれるほどの英知そして、剣聖と呼ばれるほどの剣の達人ですから。女なら誰でも心を奪われます」

「馬鹿を言え! あれはあいつの瞳や髪の色を王女が気に入っただけだ、俺が負けた訳じゃない。 大体あいつは女嫌いだからな、浮いた噂の一つもない」

 ローシェスが首を横に振った。

「いいえ、それが面白いことも聞きました。あの王妃陛下から公爵令嬢がお叱りを受けた時、あのアドニス殿下と共にランスエール伯が令嬢を庇われたと。とてもお優しい目で公爵令嬢を見つめておられたと、侍女達の間で噂になっているようです。あんな目で女性をご覧になられるアドニス殿下や『青の貴公子』は初めてだと」

「アドニス殿下とエルヴィンが女を庇っただと? あの高慢の塊のようなマリエティーア王妃からか!? とても信じられんなそんな話」

 クリストファーは暫く考えこむと笑みを浮かべる。

「シャルロッテ・ドルルエか、あのマリエティーア王妃が扱いやすい娘を王太子妃に据えるために選んだとは聞いたが。エルヴィンのお気に入りの女なら面白い」

 ローシェスの顔色が変わる。

「何をお考えですかクリストファー様? 貴方、まさか! いけませんよ、相手はいずれ大国であるこのベネディクティアの王太子妃になるお方です! いっそ小国の王女に手を出す方が遥かにましです!」

 クリストファーが笑う。

「言ったはずだぞ、障害があるほど愛は燃え上がるとな。エルヴィンに思い知らせてやる、俺の方が女にかけては一枚上手だとな」
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