負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

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第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第10話03 黒猫、全裸待機!!

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 …いやすいません、調子乗りました。

『大丈夫か…?ほら、オレンジジュース』
『アリガト…酸味ガ超嬉シイ』

 シャングリラ東部のメインストリート沿い、出店エリア。
 サイモンは買い物を終え根性でここまで来たが、
 ついに力尽きた。
 人間ノーマンエリアと打って変わって
 通行人多数の中ベンチにへたり込む。

 頭が割れそうに痛い。
 普通この状態の人間は外出などしないだろうが、
 今回はもう外に出てしまっている。
 最悪魔法の絨毯に乗りさえすれば帰れるが、
 ここまで来てそれもどうなのか。

 とりあえずビッグケットが買ってきてくれたジュースを
 ちびちび飲む。

『ビッグケットガ…
 チャント買イ物出来テ俺ハ嬉シイ…』
『そんなことはいいからどうすんだ?
 もう帰るか?』

『バカ、帰ッテドウスル。
 グリルパルツァーニ金返シテナイシ、
 闇闘技場用ノ服モマダダロ』

『まったく、
 大して酒強くないくせにガバガバ飲むから』
『ウルサイデース』

 こちらを覗き込むビッグケットとぼそぼそ会話していると。

「…大丈夫ッスか?お兄さん具合悪い?」

 二人を遠巻きに見ていた通行人のうち、
 一人の男が恐る恐る話しかけてきた。
 この街の亜人、獣人は
 他人に興味を持たない者が多いのに珍しい。

 話しかけられてるのはわかっているが、
 サイモンが頭痛で顔を上げられずにいると、
 空気を察したビッグケットが代わりに顔を上げる。
 その瞬間。

「うわっっビッグケット、さん!!!」

 名前を呼ばれた。
 え?これにはサイモンも興味を引かれて視線を上げる。
 相手はパーン、ヤギの獣人だ。

 昨晩会ったユウェルと比べると
 かなり人間ノーマンの顔をしている。
 ヤギの耳と角こそついているが手足の被毛も薄く、
 あと一歩血が混じれば完全に
 モモやビッグケットと同じタイプの獣人になりそう、
 そんな若い男が。

「わ、わぁ、あのっビッグケットさんですよね?!
 あの、闘技場に出てた!!」

 見る間に頬を紅潮させ、興奮した様子で話しかけてくる。
 もしかしてこいつ、闘技場の客だったのか?
 まぁ、二戦やってそれなりに話題なら、
 この街でビッグケットを知っている奴とすれ違うこともあるか。

 サイモンがそう判断している間、
 ビッグケットは彼が何を言っているかわからない。
 戸惑ったようにサイモンの服を引っ張った。

『?サイモン、こいつなんて言ってるんだ?』
『…オ前ガ、闇闘技場ニ出テタビッグケットサンデスカ?ッテ」

『えっ?もしかして闇闘技場で私のこと見てた奴か?』
『ソウミタイダナ』

 パーンの男がキラキラした目でビッグケットを見つめている。
 …有り体に言ってファン、なんだろう。
 仕方ない…通訳するか。
 共通語を話せないビッグケットに代わって
 サイモンが返事を返す。

「そうだけど…
 あ、こいつ共通語わからないんだ。
 だから何か話したいなら俺を通してくれ。悪いな」

 すると男は嬉しそうにサイモンを振り返った。

「あっもしかして、
 アンタは昨日オークの男とコボルトの女の人を助けてた
 オーナー?!
 鏡に映ってたの見たよ!」

「うう…やっぱり闘技場の客か…
 見られたくなかったんだけどな…」

「いや、すごいカッコよかったよ!
 握手して下さい!」
「は?俺と?」
「とりあえずアンタも!会えて嬉しいから!!」

 こいつ節操なしかよ。
 若干引き気味のサイモンに対し、
 パーンの男は心底嬉しそうにサイモンの手を握った。
 ビッグケット相手ならともかく、
 オーナーの自分と握手して何が嬉しいんだ…?
 だが、男は笑みを崩さない。

「あの、ビッグケットさん!
 初戦から見てました、メチャクチャファンです!
 こんなに細いのにでかくて強そうな亜人獣人を次々ぶっ飛ばして、
 本当にカッコ良かったです!
 握手して下さい!!』

 男の声が興奮で声が上ずっている。
 あまりに純粋に好き!という態度なので、
 まぁ…悪い奴ではなさそうだ。
 サイモンは傍らのビッグケットに彼の言葉を伝えてやった。

『最初カラ見テマシタ、
 コンナニ細イノニ強ソウナ奴ラヲ次々殺シテ
 本当ニカッコヨカッタ、
 握手シテ下サイッテ』

『…ふーん、最初から見てたのか~
 物好きだな!』

 話の概要がわかると、
 ビッグケットは満更でもなさそうに相好を崩した。
 握手を…と言われたのですっと手を出す。
 男は慌ててギュ!と両手で握った。

「うわ~、メチャクチャ普通の女の子の手だぁ…!
 いやっ、ちょっとは筋肉っぽい?
 でもあんな怪力には思えないな?」

 ぶつぶつ言いながら、ビッグケットの手をまさぐるパーンの男。
 気持ちはわかる。気持ちはわかるが、
 一応年頃の女の子の手なんだからさわさわするな…
 変態かお前は。
 いやでも気持ちはわかるよ。

「俺もそれすごい疑問なんだけど、すごいよな…
 どこからあんな力出てんだろうな?」

「ですよね!!
 いやー、闘技場は友達の付き合いで
 こないだ初めて行ったんですけどね、
 もぉーー行って良かったです!!
 ビッグケットさんの戦いぶり、チョーーー気持ちよかった!
 メチャクチャ勇気づけられました!」

「え、勇気づけられた?」

 サイモンが言葉を挟むと、パーンの男はドヤ顔で続ける。

「ビッグケットさん、ケットシーなんスよね!
 獣人ランク的にはかなり弱い方のはずなのに、
 上位の奴らを玩具みたいに捻り潰して、
 いやぁスカッとしました!

 本人じゃないとはいえ、
 普段ああいうのにデカい面されてるから、
 応援もリキ入ったッス!!」

「はーなるほどね…」

 そうか、草食獣パーンの男。
 人間ノーマンのサイモンにはわからないが、
 獣人の特に男の中では、
 種族の腕力なり社会的地位なりで強固なヒエラルキーがあるのだ。
 ビッグケットはケットシーのかつ女でそれをひっくり返した。
 熱狂的に好きになるわけだ。

「ほらっ、俺の言葉伝えて下さい!
 今夜も出るんですよね?!
 絶対見に行きますから!
 このまま殿堂入り掻っ攫って下さい!!
 よ!下位ランク期待の星!!」

「はいはい…」
『エート、ケットシーハ弱イハズナノニ
 強イ獣人タチヲ玩具ミタイニ捻リ殺シテテ
 スゴイ気持チヨカッタ、
 弱イ自分モ勇気ヅケラレタ。
 今夜モ出ルンデショウ、絶対見ニ行ク、
 デンドウイリシテクレ…ダッテ』

『ふんふん』

 パーン男の言葉を噛み砕いてビッグケットに伝えると、
 猫耳がピクピクと震える。
 しばらく黙って耳を傾けていたが、
 全部聞き終わるとにやりと口角を上げた。

『そうか、お前も苦労してるんだな。
 じゃあお前の不満の分まで全員ぶち殺してやる。
 今夜も圧勝で片付けるから見ててくれ』

 おまけに男を指さしてキメポーズ。
 サイモンは思わず笑ってしまう。

「あの、ふふ…。
 お前も苦労してるんだな、
 じゃあその不満の分まで全員ぶち殺す。
 今日も圧勝するから見ててくれ…だって」

「うおお、カッコイイッス姉御!
 今夜入れてあと3日で見れなくなるのが寂しいッス!!」

「いや、正直あの勝ちっぷりじゃ賭けにならないだろ…。
 だから殿堂入りがあるんだよ」

「いやでも…いや!
 最後まで見届けます!頑張って下さい!!」

 そこでようやく手を離した。
 散々手を揉まれたビッグケットが
 気疲れした様子で手を握ったり開いたりしてるが、
 男は意に介していない。
 嬉しそうにぺこりと頭を下げた。

「それじゃまた闘技場で!
 もう超期待してます、全裸待機してますから!!」

「ぜんら。」

「楽しみすぎて裸になっちゃう!ってスラングですよ!!
 それじゃ!」
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