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第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編
第09話11 ある子ウサギの話
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……何か大事な話をしようとしている。
真剣な眼差しでモモと向き合うビッグケットの様子を確認して、
モモが話を再開する。
「…あのね、私、さっき聞いたの覚えてるかわかんないけど、
サーカスの見世物小屋で生まれたの。
いや、生まれてから売られたか
捨てられて拾われたかが正しいのかな。
気がついたらそこにいた。
兎人間って呼ばれて、干し草しか与えられなくて、
いつもお腹減らしてガリガリに痩せてた。
私干し草じゃご飯にならないのに。
だからいつも残飯漁ってたよ。
団員のオジサンが飲み残したスープとか舐めて
なんとか空腹をしのいでた。
周りに居たのは人間か猛獣で、
客もみんな人間だった。
だから兎の耳としっぽが生えた私が珍しかったんだろうね。
狭い檻に閉じ込められて、
ドロとか石とか投げられて、
指さされて笑われる毎日だった」
「………」
「いつかここを逃げ出してやるって思ってた。
でも常に鎖と重りに繋がれてたから
どうしていいかわからなくて。
そしたらある日、団長の部屋に呼ばれたの。
鎖と重りを解かれて、
『お前もそろそろいい年だからこれを外してやろう』
って言われて。
そうか、私はまだ子供だったから待遇が悪かったんだ。
大きくなったらせめて、
芸を仕込んでもらってそれで稼いで、
いいご飯が食べれるんだってちょっと期待したの。
そしたら、……」
「…なんとなく想像ついたぞ」
「うん、わかる?
そう、私はめちゃくちゃ太ったオジサンに襲われて、
処女じゃなくなったの。
9歳か10歳の頃だったと思う。
今思うとよく大人のちんぽが入ったなって感じだけど、
とにかく突っ込まれたの。
そんでぐちゃぐちゃかき回されてすごく痛くて、
でも思ったよね。
あっこれチャンスじゃね?
今なら重りも鎖もないんだ、
今が逃げる時なんだって」
「…そうか」
モモは淡々と言葉を紡いでいる。
悲しいとも苦しいとも感じられない。
むしろその軽妙な語り口は、
何か面白い小噺を披露してるかのようだった。
だがその奥に深い悲しみがあることは間違いない。
ビッグケットは真っ直ぐ前を見据えるモモの横顔を見つめた。
「で、必死にオッサンのちんこに噛み付いて、
払いのけられた隙をついて外に飛び出したの。
捕まったらきっと死ぬより辛い罰が待ってる、
だから死んでも捕まらないぞって思いながら
めちゃくちゃ走った。
私、あの時ほど自分が兎の獣人なんだって自覚したことなかった…
すごい速さで森に出て、山を抜けて、
街に出たけど怖くてまだ走った。
次の街くらいじゃすぐ追いつかれちゃう、
もっともっと逃げなきゃって。
心臓が張り裂けそうになる限界まで走った」
「…うん」
「そこからは、あちこちふらふらしてた。
最初は子供でも何か仕事探そうとしたけど全然なくて、
獣人だからって蹴り飛ばされて、
仕方ないから頭下げて物乞いして、
なんとかお金とかゴミとかもらってた。
たまに優しい人がいて、お菓子くれたのがすごく嬉しかったな」
「…うん」
「12歳くらいの時から娼婦を始めた。
一回しちゃったから、
もう稼げるならなんでもいいやって。
そしたら私可愛いから、儲かるのよ。
見る間に生活が安定して、
毎日ご飯食べられたし着飾れるようになった。
でも人間はいつも私を蔑んで雑に扱った。
お金出して買ってくれるのも人間だけど、
私を殴って蹴って酷い扱いするのも人間。
生活は安定したけど、
だんだん心が辛くなってきちゃって、
気がついたらここシャングリラに辿り着いた。
噂では聞いてた…
獣人にも人権がもらえる場所だって。
でも半信半疑だった…
しょせん人間の国でしょ、迷信なんじゃないのって」
「うん」
「そこで、初めて会ったのがサイモンさんだったの。
びっくりするよね。
獣人と亜人の街って聞いてたのにフッツーに人間が居てさ。
で、思わず『こんにちは』なんて話しかけちゃって。
そこから軽く身の上話なんてして。
あちこちふらふらしてたらここに辿り着いたの、って
ほとんど伏せて。
そしたらサイモンさん、すごく言いにくそうな顔しながら
『じゃあ、俺から一つ仕事頼んでいいかな』
って言ったのよ」
「…そうか、そうやってお前達は会ったのか」
「うんそう」
「それで、仕事って…」
「…ごめんね。すごく私のエゴなんだけど、
言わなくちゃって思ってるの。
ごめんね、言わせてね。
サイモンさんは、私に娼婦の仕事をくれた。
そんで一晩一緒に過ごして、銀貨を1枚くれた。
私、こんな経験初めてだった…
『ごめんな』って言いながら私を優しく抱いてくれたのは、
人間ではあの人が初めてだった。
初めて、人間に人として優しく扱ってもらえたの」
「………………」
「そこそこ手慣れた様子だったから、
一応私が初めての女じゃないんだろうなってのは
付け加えておくけど。
まぁ、そういう関係なのね私達。
だから…正直、ね、
あとから来た貴女に見事にかっさらわれた形になるの、
正直面白くない。
めちゃくちゃ面白くない。
このままだとサイモンさんはずっと貴女と仕事して、
家でも一緒で、
下手したら恋仲になって付き合うかもしれないんでしょ。
悔しい。悔しいよ…」
「………」
ごめん、と一瞬言いかけたが
ビッグケットは口を噤んだ。
何も知らなかったとはいえ、
自分はこの子から大切な人を「奪う」んだ。
かけられる言葉などあるわけもない。
「でもさ、ここからが一応大事な話で。
そこまで感動して傾いておいて、
なんで恋人の座にならず妹ポジション気取ってたかっていうと、
私が半端な獣人だからなんだよね。
例えば仮に奥さんになったところで、
子供はどんな姿になるのかなとか。
サイモンさん、エウカリスにもそうだけど
獣人にすごく優しいけど、
結局伴侶に獣人はNGですって拒絶するかもとか。
きっとご両親がいい顔しないだろうなとか。
獣人と一緒になったら
この街以外ではまともに暮らしていけないかもとか。
色々考えちゃって」
「…うん、それ、なんとなくわかるぞ」
唐突に返ってきた意外なリアクション。
モモはぱっとビッグケットを見た。
片側だけ晒された瞳。
月のように静かなそれがモモを見つめる。
「私も半端な獣人だから、
人間とツガイになった先の子供ってすごく不安だ。
都合いい、問題ない部分だけ受け継げばいいかもしんないけど、
正直ブサイクに生まれるかもしれないし、
知能や理性もちゃんと伴ってるかわかんないし、
そういう不安要素が相手を困らせるかもしれないと思うと、
安易に子孫を残せないなって思う」
「わかる。それな」
「めっちゃわかる」
思わず二人で顔を見あわせて、うんうん頷いてしまう。
「そうだよねぇ、混血獣人ってみんなそうなんだね」
「みんな幸せになりたいから、
この人こそと思って選び抜くけど、
だからこそ拒絶されたらと思うと怖いよな」
「それ。それな。それな!
…もしかして、ビッグケットちゃんもうサイモンさんのこと…」
片手で口を抑えるモモを見て、ビッグケットは慌てて手を振る。
「いや、まだそういう感情はないけど。
あの人がもし私の過去も今も未来も受け止めてくれたら、
それも悪くないかなと思うことはある。
…いや、今はまだ全然仮定の空想の範囲だけど!」
「いやいや、わかるよ。
女のコなら少しは夢見ることもあるよね。うんうん」
それまで何に対しても動じないように見えたビッグケットが、
初めて動揺したような気がする。
真剣な眼差しでモモと向き合うビッグケットの様子を確認して、
モモが話を再開する。
「…あのね、私、さっき聞いたの覚えてるかわかんないけど、
サーカスの見世物小屋で生まれたの。
いや、生まれてから売られたか
捨てられて拾われたかが正しいのかな。
気がついたらそこにいた。
兎人間って呼ばれて、干し草しか与えられなくて、
いつもお腹減らしてガリガリに痩せてた。
私干し草じゃご飯にならないのに。
だからいつも残飯漁ってたよ。
団員のオジサンが飲み残したスープとか舐めて
なんとか空腹をしのいでた。
周りに居たのは人間か猛獣で、
客もみんな人間だった。
だから兎の耳としっぽが生えた私が珍しかったんだろうね。
狭い檻に閉じ込められて、
ドロとか石とか投げられて、
指さされて笑われる毎日だった」
「………」
「いつかここを逃げ出してやるって思ってた。
でも常に鎖と重りに繋がれてたから
どうしていいかわからなくて。
そしたらある日、団長の部屋に呼ばれたの。
鎖と重りを解かれて、
『お前もそろそろいい年だからこれを外してやろう』
って言われて。
そうか、私はまだ子供だったから待遇が悪かったんだ。
大きくなったらせめて、
芸を仕込んでもらってそれで稼いで、
いいご飯が食べれるんだってちょっと期待したの。
そしたら、……」
「…なんとなく想像ついたぞ」
「うん、わかる?
そう、私はめちゃくちゃ太ったオジサンに襲われて、
処女じゃなくなったの。
9歳か10歳の頃だったと思う。
今思うとよく大人のちんぽが入ったなって感じだけど、
とにかく突っ込まれたの。
そんでぐちゃぐちゃかき回されてすごく痛くて、
でも思ったよね。
あっこれチャンスじゃね?
今なら重りも鎖もないんだ、
今が逃げる時なんだって」
「…そうか」
モモは淡々と言葉を紡いでいる。
悲しいとも苦しいとも感じられない。
むしろその軽妙な語り口は、
何か面白い小噺を披露してるかのようだった。
だがその奥に深い悲しみがあることは間違いない。
ビッグケットは真っ直ぐ前を見据えるモモの横顔を見つめた。
「で、必死にオッサンのちんこに噛み付いて、
払いのけられた隙をついて外に飛び出したの。
捕まったらきっと死ぬより辛い罰が待ってる、
だから死んでも捕まらないぞって思いながら
めちゃくちゃ走った。
私、あの時ほど自分が兎の獣人なんだって自覚したことなかった…
すごい速さで森に出て、山を抜けて、
街に出たけど怖くてまだ走った。
次の街くらいじゃすぐ追いつかれちゃう、
もっともっと逃げなきゃって。
心臓が張り裂けそうになる限界まで走った」
「…うん」
「そこからは、あちこちふらふらしてた。
最初は子供でも何か仕事探そうとしたけど全然なくて、
獣人だからって蹴り飛ばされて、
仕方ないから頭下げて物乞いして、
なんとかお金とかゴミとかもらってた。
たまに優しい人がいて、お菓子くれたのがすごく嬉しかったな」
「…うん」
「12歳くらいの時から娼婦を始めた。
一回しちゃったから、
もう稼げるならなんでもいいやって。
そしたら私可愛いから、儲かるのよ。
見る間に生活が安定して、
毎日ご飯食べられたし着飾れるようになった。
でも人間はいつも私を蔑んで雑に扱った。
お金出して買ってくれるのも人間だけど、
私を殴って蹴って酷い扱いするのも人間。
生活は安定したけど、
だんだん心が辛くなってきちゃって、
気がついたらここシャングリラに辿り着いた。
噂では聞いてた…
獣人にも人権がもらえる場所だって。
でも半信半疑だった…
しょせん人間の国でしょ、迷信なんじゃないのって」
「うん」
「そこで、初めて会ったのがサイモンさんだったの。
びっくりするよね。
獣人と亜人の街って聞いてたのにフッツーに人間が居てさ。
で、思わず『こんにちは』なんて話しかけちゃって。
そこから軽く身の上話なんてして。
あちこちふらふらしてたらここに辿り着いたの、って
ほとんど伏せて。
そしたらサイモンさん、すごく言いにくそうな顔しながら
『じゃあ、俺から一つ仕事頼んでいいかな』
って言ったのよ」
「…そうか、そうやってお前達は会ったのか」
「うんそう」
「それで、仕事って…」
「…ごめんね。すごく私のエゴなんだけど、
言わなくちゃって思ってるの。
ごめんね、言わせてね。
サイモンさんは、私に娼婦の仕事をくれた。
そんで一晩一緒に過ごして、銀貨を1枚くれた。
私、こんな経験初めてだった…
『ごめんな』って言いながら私を優しく抱いてくれたのは、
人間ではあの人が初めてだった。
初めて、人間に人として優しく扱ってもらえたの」
「………………」
「そこそこ手慣れた様子だったから、
一応私が初めての女じゃないんだろうなってのは
付け加えておくけど。
まぁ、そういう関係なのね私達。
だから…正直、ね、
あとから来た貴女に見事にかっさらわれた形になるの、
正直面白くない。
めちゃくちゃ面白くない。
このままだとサイモンさんはずっと貴女と仕事して、
家でも一緒で、
下手したら恋仲になって付き合うかもしれないんでしょ。
悔しい。悔しいよ…」
「………」
ごめん、と一瞬言いかけたが
ビッグケットは口を噤んだ。
何も知らなかったとはいえ、
自分はこの子から大切な人を「奪う」んだ。
かけられる言葉などあるわけもない。
「でもさ、ここからが一応大事な話で。
そこまで感動して傾いておいて、
なんで恋人の座にならず妹ポジション気取ってたかっていうと、
私が半端な獣人だからなんだよね。
例えば仮に奥さんになったところで、
子供はどんな姿になるのかなとか。
サイモンさん、エウカリスにもそうだけど
獣人にすごく優しいけど、
結局伴侶に獣人はNGですって拒絶するかもとか。
きっとご両親がいい顔しないだろうなとか。
獣人と一緒になったら
この街以外ではまともに暮らしていけないかもとか。
色々考えちゃって」
「…うん、それ、なんとなくわかるぞ」
唐突に返ってきた意外なリアクション。
モモはぱっとビッグケットを見た。
片側だけ晒された瞳。
月のように静かなそれがモモを見つめる。
「私も半端な獣人だから、
人間とツガイになった先の子供ってすごく不安だ。
都合いい、問題ない部分だけ受け継げばいいかもしんないけど、
正直ブサイクに生まれるかもしれないし、
知能や理性もちゃんと伴ってるかわかんないし、
そういう不安要素が相手を困らせるかもしれないと思うと、
安易に子孫を残せないなって思う」
「わかる。それな」
「めっちゃわかる」
思わず二人で顔を見あわせて、うんうん頷いてしまう。
「そうだよねぇ、混血獣人ってみんなそうなんだね」
「みんな幸せになりたいから、
この人こそと思って選び抜くけど、
だからこそ拒絶されたらと思うと怖いよな」
「それ。それな。それな!
…もしかして、ビッグケットちゃんもうサイモンさんのこと…」
片手で口を抑えるモモを見て、ビッグケットは慌てて手を振る。
「いや、まだそういう感情はないけど。
あの人がもし私の過去も今も未来も受け止めてくれたら、
それも悪くないかなと思うことはある。
…いや、今はまだ全然仮定の空想の範囲だけど!」
「いやいや、わかるよ。
女のコなら少しは夢見ることもあるよね。うんうん」
それまで何に対しても動じないように見えたビッグケットが、
初めて動揺したような気がする。
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