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Ⅱ 王都にて

28 新年飾り

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翔・・・主人公、異世界に転げ落ちた十六歳の少年
彩音・・主人公の妹、十四歳。異世界では翔と夫婦

カエデ・・・荷車隊の護衛で一緒だった王都のEランク冒険者

タト・・・白金貨の単位
チト・・・金貨の単位
ツト・・・大銀貨の単位
テト・・・小銀貨の単位
トト・・・銅貨の単位

1タト=10チト=100ツト=1000テト=10000トト
1トトは日本円で100円位

ーーーーー
(カケル)

「嫌、私はお兄ちゃんとエッチしたい。それに絶対手遅れだよ」

彩音に朝飯を食いながら帰れる糸口が見つかった事を話した。
子造り案を撤回して言われた科白がこれだ。
確かに昨日あれだけやった本人が言うべき科白じゃ無かった、反省。

「それにもしその水晶玉で帰れるんなら、こっちにまた戻って来れるんじゃないの。私こっちの方が良いよ、お兄ちゃんと結婚できたし」

確かに今の生活に不満は無い、自力で生活出来ていると、戻ってまた退屈な高校の授業を受け、生産性の無い生活に戻るのも鬱陶しい。

「解った、でも父さんと母さんには一回会っておこう、心配してるだろうから」
「それで良いよ。私も心配だから、でもお兄ちゃん、ここじゃ簡単に外国へ何て行けないよ」
「うん、判ってる。でも方法はそのうち見つかるよ」

帰り道が見つかるのが早いか、子供が出来るのが早いか、子連れで帰ったら母さんは確実に卒倒するだろう。

この話は一先ず置いといて、今日は新年のお祝い、春祭りの御飾を二人で買いに行く事にした。
行き先は町の中心、神殿が並んだ地区だ。

この国では年が明けた後の十日間は祝日になる、商人などこの時期が掻き入れ時の人達を除いて、基本的にはお休み。
家の入口の前に、信仰する神様の御飾を祭って一年間の無病息災を祈る、玄関扉脇の薪置場の上の棚は、物置と考えていたのだが、この御飾の為のスペースだったらしい。

神殿地区は普段と違い露店が並んで賑わっていた、様々な御飾が並べてあり行き交う人々が買い求めていた。
契約の女神の神殿に向かう、ここは何か周りと異なっていた。
神殿前に露店は無く、替わりに黒塗りの立派な馬車が並んでおり、執事が私兵らしき男達に大きな黄金の竜の彫像を馬車に積み込ませている。

神殿の入口の扉の前に、新年飾り販売所と書いた看板が立ててある、契約の女神の神殿では御飾を直販しているらしい。
中に入り受付で御飾を買いに来たことを告げると、先にお祈りを済ませ、その後御飾を販売する手順と説明され、礼拝堂の右通路に並ぶようにと指示された。
礼拝堂に入ると、左側の通路には立派な服を着た人達が、立派な椅子に座って大勢順番を待っていた。
貴族達だろう、契約の女神の信者には貴族が多いと聞いている。
貴族が祈りを済ませると、私兵達が走って来て脇で竜の彫像を受け取っている、げっ、あれが御飾?

右側の通路には、身形の良い商人が数人並んでいた、その最後尾に並ぶ。

「四十八回ですね」
「はい」
「それでは四チト八ツトの寄付をお願いします」
「はい」
「それではこうべを下げて下さい、女神様のご加護がありますように」

不味い、彩音にばれてしまう、俺は今年、女神様に十九回出張して頂いた。

「はい、それではカケル様、アヤネ様どうぞ、ん?ご主人は御具合が宜しく無いのでは」
「いえ、大丈夫です」

覚悟を決めた。

「カケル様とアヤネ様は、今年、女神様の名の下の契約はされておりませんので一テトの寄付で結構です」
「へっ?」
「何か」
「いえ、なんでもありません」
「それではこうべを下げて下さい、女神様のご加護がありますように」

脇の女神官さんの前に移動する。

「一番小さいのでお願いします」
「はい、それでしたら一ツトになります」

それでも高さ五十センチはあってずっしりと重たい、しかも女神の力が籠っている。
背負うと、女神様に背中から睨まれている様で気持ちが悪い、なので一旦家に戻って、薪の上の棚に丁重に安置してから出直した。
裏通りから見上げたら、通りに睨みを利かす金色の竜は、物凄く目立っていた。

今度は冒険者ギルドのある通りに向かう、途中で昼飯用に平原牛の焼き肉を葉菜とお好み焼きに似た生地に挟んだサンドイッチと竹筒に入った飲み物を露店で買い求める。
ギルドの前から港に向かう定期馬車に乗り、途中の峠道の停留所で降りる。
丘を登る石畳の道を行くと、小さな砦跡に辿り着く。
砦の石塀の上に立つと眼下に王都の街並みが広がっていた。

俺達以外にも冒険者風のカップルが何組かイチャイチャしていた。
初仕事で港にへ向かう時にカエデさんから聞いた穴場のデートスポットだ。

運河に係留されている船の白帆が、湖で集う水鳥の様で美しい。
三本マストの外洋船が河に面した河岸から帆を膨らませて河へと出ていった。

森の様な貴族達の館からは昼飯を作る紫色の煙が立ち上り、王城の中の整備の行き届いて庭園の迷路のような幾何学模様もここからならば一望できる。

望楼の名残の様な場所を見付け、敷布を広げて買って来た食い物を並べる。
コップに角砂糖大の熱の魔道具を入れ、竹筒から買い求めて来た甘茶を注ぐと、直に湯気を上げ始めた。

空が青い、砦を飲み込もうとする木々の梢に春の気配を含んだ風が通り抜ける。
下の回廊から若い笑い声が聞こえて来る、この世界に来てから、時の流れが身近になった様な気がする。
時の神殿から正午を告げる鐘が微かに聞こえる。

彩音がサンドイッチを口に咥えたまま船を漕ぎ始める、抱き寄せたら俺の膝を枕にして寝息を立て始めた。
既視感が有る、そうだ思い出した、戸隠の爺ちゃんの家の座敷だ、遊び疲れた幼い彩音の顔を俺は同じような気持ちで見つめていた。
あの時は遠くで蝉が鳴いていた、あの世界、いや日本では、もう蝉が鳴き始めているのだろうか。
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