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48 太陽神殿の祭り その6

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 翌日、王子様から呼び出しが来た。
 逃げようかと思ったのだが、父さんや母さんに累が及ぶのが怖いので諦めた。
 それに王子様は常識人だ、僕に過失は無い筈だから、誠意を持って謝れば判ってくれるだろう。
 悪いのは全部王妃様だ。
 
 慣れた足取りで離宮へ向かう。
 護衛の兵士達に聞きながら第一王子様の執務室へ無事辿り着けたが、何時もどおりすれ違う事務官達から先生宛の書類や手紙を渡されるので、両手が一杯になっていた。
 それだけでも手一杯なのに、僕を書類の配達係と勘違いしている人がいて、第一王子様に渡す決裁書類まで預けられてしまった。
 ”秘密”の判子が押してある書類ばっかりなので、王妃様に渡したら喜ばれそうだ。
 それにしても、この国の秘密保持はズブズブだ。

 困ったことに、両手が塞がっている状態では上手く土下座ができない。
 納得できる形の土下座をしようと思ったら、書類や手紙を第一王子様の執務室にぶち撒けてしまう。
 迷っているまま王子様の執務室に入ってしまった。

 応接用のソファーに王妃様が座っており、自分の脇を指差しながら手招きしている。
 王妃様の向かいには、不機嫌そうな第一王子様と宰相様が座っている。
 二人とも苦虫を嚙み潰したような顔をしている。
 なんだか虫の機嫌が悪そうだ、今両手で抱えている手紙と書類を部屋にぶち撒けて土下座したら、確実にこっぴどく怒られるだろう。
 なので仕方が無いから、大人しく王妃様の脇に大人しく座ることにした。

「ねえ聞いて頂戴。マロネーゼがオーラ神殿から聖女認定されたのよ。・・・ねえ、その紙ちょっと見せて」
「駄目です。王子様のです」

 テーブルの上に手紙と書類を降ろし、第一王子様の分を選り分けて渡す。
 重い思いをして届けてあげたのに、第一王子様の顔付きが増々苦々しくなった。
 先生の分を鞄にしまい、これで何時でも完璧な土下座できる体制が整った。

「ちょっと見せなさい」
「母さん、駄目です」

 第一王子様の書類に王妃様が手を伸ばしたら、第一王子様が急いで引き寄せ宰相様に渡す。
 宰相様がさっと目を通しながら秘書官を呼んで書類を渡す。
 秘書官が目を剥いていたので、何か重要な書類なのだろう。

「ユーリ、見たか」
「見てません」
「ならば良い」

 王妃様が悔しそうな顔をしている。

「それでは話を始めよう。母さんが今説明したとおり、マロネーゼが聖女認定された」

 王妃様は素直に嬉しそうだし、単純なマロネーゼさんの商品価値が上がったという話なら、僕にマロネーゼさんを押し付けられる心配が減るので僕も大歓迎だ。
 でも聖女認定の原因は、たぶん昨日のあれだろう。
 偶々そうなっただけだし、もしもう一度同じ事をやれと言われても再現できるかどうか判らない。
 僕でもそうなのに、マロネーゼさんには天と地が引っ繰り返っても絶対無理だろう。
 後々、詐欺だの騙されたなどと、神殿から文句を言われそうな気がする。

 それに、あれは僕の仕業だし、目撃者は大勢いる。
 騙し通せるとも思えない。

「我が国としては、昨日マロネーゼがあの場で奇跡を起こしたことを正式に認めた。神殿がそう認識するのであれば、それは常に正しいし、神殿が言うのであればそれは事実だ。一信者があえて異を唱える必要などどこにもない。そう、すべて神殿の責任だ。それに、奇跡は何度も起きないから奇跡なのだ。一度奇跡を起こしたという看板さえあれば、それで十分聖女として通用する」

 何だか物凄く無理矢理に突破を図るらしい。
 
「だから、昨日おまえはあの場に居なかったし、居たのはマロネーゼ様だ、良いな。何か勘違いをしている王族の方が数名居たが、第一王子様が昨晩じっくりと個別に言い聞かせて、自分の勘違いを認識して頂いた」
「あら、あら、可哀想。だから今日の朝、マリアンナとマルローネが涙目だったのね」
「・・・・」

 あの二人を泣かせるなんて、僕は第一王子様を尊敬する。
 そんな二人が王妃様を虚ろな目で見ている。
 なんか気持ちは物凄く良く判る。
 確かに国として王妃様が嘘を吐きましたなんて言えない以上、無理かも知れないと思いつつ、断腸の思いで強引に進めるしかないとの結論に至ったのだろう。

「昨晩、複数の友好国からマロネーゼを妃にしたいとの申し入れがあった。申し入れは今日中にもっと増えるだろう。結果的には我が王家と聖魔法の価値が数段アップしたと判断している。マリアンナもマルローネも今より上の嫁ぎ先が確保できるのだから口を噤んでいるだ」
「だから何でも私に任せておけば大丈夫なの。これで判ったでしょ」
「母さん、無駄とは解かっていますが取り敢えず一言言っておきます。あくまでも、結果としてです結果として。物凄く幸運な結果として。だから勘違いしないで下さい。我が王家の尊厳が損なわれる可能性の方が遥かに大きかったのですよ。しかもその可能性は今だに内在してるんです」
「まあ、子供が親に意見するの」

 息子に怒られて王妃様は不満顔をしているが、僕も第一王子様の意見に大賛成だ。
 父さんと母さんに親不孝を詫びつつ、ミロと一緒に旅に出なければならないところだった。

「ユーリ、マロネーゼ様の今の状況は王妃様からお聞きした。本来ならば、お前は地下の水牢送りなのだが、今回は特別に不問とする。そのかわり、これだけ注目を浴びている以上マロネーゼ様の不在は不味いから、ユーリ、この式典が終わるまでの間、お前がマロネーゼ様に化けろ」
「えっ!僕は男ですよ。ばれる可能性が高くなりますから、侍女の方から選任される方が宜しいと思います」
「我々もその可能性は考えた。だが何かの折、招待客や神殿関係者から突発的に聖魔法の披露を求められる可能性が高い。その際、聖魔法を使える人材がおまえ以外見当たらんのだ。我々にとっても、男を女に化けさせるのは道徳的に物凄く不本意だが、他の選択肢が見当たらんのだ。地下の水牢とマロネーゼ様の代役、どちらが良いか考えろ」
「はい、喜んで代役を務めさせて頂きます」
「ユーリ、これは国家の威信に関わる重大な任務だ。失敗することは許されんぞ」
「はい、誠心誠意頑張らせて頂きます」

 たぶん大丈夫だろう。
 ファラ師匠に課された訓練が、こんなところで役に立つとは思って無かった。

「良かったわ、これで用意した聖服が役に立つわ」

 王妃様は正常運転だ。
ーーーーー

 先生に書類と手紙を届け、数日の不在を告げる。
 それと、先生の代理として式典に参加していたので、取り敢えず今の状況を報告しておく。

「ほう、そんな面白いことが起きたのか。惜しいことをしたな。魔法の根本は空間操作じゃから、そんなことも起きるんじゃ。儂も昔、間違って空間に穴を開けて向こう側の光景を見たことがある。数日前にこちらの世界から魔蟲が送られて来たので、向こうの連中が周囲を漁っておったのじゃろう。それを奇跡などと、馬鹿な連中じゃ」

 こちらの世界では認識されていない知識の筈なのに、先生はきちんと洞察している。
 改めて先生の知識と探求の深さに驚かされる。

「キーケル、儂は酒を飲むのに忙しい。おまえが儂の代理で式典に出ろ」
「えっ!」

 ミロにも数日の不在を教え、先生用にお酒を流民街で十分に仕入れておく。
ーーーーー

 自分の部屋で鏡に向かい、マロネーゼさんの顔を作る。
 慣れた作業なので、そんなに手間取ることはない。
 一番難しかったのは、マロネーゼさんのレベルに合わせた化粧技術に調整することだった。

 離宮に出向いてマロネーゼさんの居室に向かう。
 招待客の目もあるので、この数日は、マロネーゼさんとして離宮で過ごすように言われいる。
 マロネーゼさんに化けているので、事務官から先生の書類や手紙を渡されることもない。
 これは嬉しい発見だ。
 離宮に用事がある時は、またこの方法を使おうと思った。

 マロネーゼさんの部屋の前に着いた。
 護衛の兵士が目を擦っている。
 暫く僕を観察していたが、素直に中へ通してくれた。

「王妃様、ユーリ殿ではなく、マロネーゼ様が戻っていらっしゃいました」
「あら、あら、あら」

 中で王妃様が待っていた。
 控えていた侍女達が、目を見開いて僕を見ている。

「予定変更でしょうか」
「王妃様、宰相様へお知らせ致しましょうか」
「いえ、知らせなくても良いわ。さあマロネーゼ、着替えましょう」
「王妃様、それは私共が」
「いいえ、少しマロネーゼと話したいことがありますから、あなた達はここで控えていなさい」
「はい、畏まりました」

 王妃様に伴われれマロネーゼさんの衣装室に入る。

「びっくりしたわ。本当にそっくりよ。魔力の形と色が違うから私には解かるけど、普通の人には解らないわね。敢えて難を言えば、肌が少し若返ったことくらいかしら。でも実際に若いのだから仕方が無いわよね。それじゃ神殿から聖女服が届けられてるからそれに着替えましょう」
ーーーーー

「まあ、やっぱり若い子の方が着せ甲斐があるわね」

 聖女服は、白い生地のロングドレスで、複数の聖魔法の魔法陣が金糸で刺繍されている。
 その魔法陣の間を埋める様に、色様々な細布が、躍動的に風に棚引いているように縫い付けられている。
 そう、遠目からでも存在感を放つ、物凄く良く目立つ服だ。

 神殿から派遣された神殿兵と女性神官が部屋の外で待っており、彼らに囲まれ、僕は仰々しく離宮を出立した。
 なんか、お腹が痛い。
 
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