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40 交渉
しおりを挟む馬車は馬を替えながら休むことなく、一昼夜で王都に到着した。
門は聖都より立派だったが、規模も活気も、聖都より劣る感じだった。
門を潜ると、通りの先には、周囲を圧するように尖塔がにょきにょきと伸びた王城が見えていた。
王城の背後には蒼穹が広がっており、山が見えないのが、何か不思議だ。
馬車は王城前で右に折れ、大きな屋敷の中へ入って行った。
連行された先は、普通の応接室だった。
てっきり地下牢とか厩舎に連れ込まれるものと思っていたので、少し安心した。
お茶は出してくれたものの、その部屋で暫く一人で放置された。
逃げ出すことも考えて、窓と扉を確認してみたが、外からしっかり鍵が掛けられていた。
扉が開き、家来の兵士を引き連れて公爵が部屋に入って来た。
内腿を嘗め回すのが、やたら好きだった助平爺だ。
「お爺ちゃん、お久しぶり」
手を振って微笑むと、公爵の顔が青くなった。
「きっ、きっ、貴様がなんでここに居る」
「あら、お邪魔かしら。仕方がないわね、奥様にご挨拶してから帰るわ」
ソファーから立ち上がり、扉に向かう。
「まっ、まっ、まっ、待て」
僕だって万が一の事を考えて、ちゃんと情報収集して作戦は立ててある。
公爵は無類の恐妻家との情報があったので、鞄の中で踊り子バージョンに変身してから、公爵が現れるのを待ち構えていた。
うん、予想が的中したようだ。
「そう言うなら、待ってあげるわよ。公爵様」
ウインクしながらソファーに戻って座り、足を組み、にっこりとほほ笑む。。
スカートから太腿が露わになり、兵士達の目が泳いでいる。
「この辺が最近痒いのよね。奥様なら、何か治療法をご存じよね」
スカートを少し摘まみ上げ、内股を指でそっとなぞって見せる。
若い兵士が、生唾を飲み込んだ。
「お前ら、部屋の外で控えていろ」
「武器を持っているかもしれません。せめて確認だけでも」
隊長らしき男が、小声で公爵に耳打ちしている。
うん、ちゃんと聞こえてるし、若い兵士が嬉しそうな顔をしている。
「あー、そんなこと言って、私の身体を弄ぶ積りなんでしょ。やっぱり、奥様にお会いしてから帰ろうかな」
少し腰を浮かす。
「まっ、待て。ケスナー、余計な事は言うな」
「はっ」
「全員外で控えておれ」
『はっ』
「絶対に、こ奴のことは漏らすなよ。万が一、あれに漏れたら、貴様ら厳罰だぞ」
『はっ』
余程奥方は怖い人らしい、公爵が必死になっている。
やっと、公爵と二人きりになった。
「貴様、何が目的だ」
「ユーリは、私の舎弟なの」
「あやつは、わが家の秘事を洩らした」
「へー、そうなんだ。でもそれって、収納の魔法陣のことでしょ。ユーリは、遺跡の宝箱で手に入れたって言ってたわよ」
「それは把握しておる。収納の魔法陣は我家で管理している陣じゃ、その遺物は、我家に献上せねばならん」
「へー、そんな決まりが有るんだったら、ユーリが悪いわね」
「そうじゃろ、そうじゃろ」
「それじゃ、その決まりを見せて頂戴」
「えっ」
「決まりなんだから、紙に書いてあるんでしょ」
「ふん、法を知らん奴じゃな。不文律という奴じゃ。世の中で認められておれば、それは法と一緒じゃ」
「誰が決めた法なの」
「勿論我家だ」
「へー、法を決められるのって、神殿と国だけって習ったけど」
「無知な奴め、貴族も法は決められる」
「でもそれって、領内限定なんでしょ。自治権って奴で」
「・・・・」
「ユーリは聖都の住民よ」
「くっ、国も認めておる」
「へー、隠してるだけっだって、ユーリから聞いたわ。ラクラスのお爺ちゃんが言ってたらしいわよ」
「・・・・・」
「契約ギルドに、陣を登録してあるの」
「ふん、何故公爵家がギルドに従わねばならんのだ。馬鹿らしい」
「あら大変、ユーリは陣を登録しちゃったらしいわよ。同じ陣だったら、公爵様が契約の女神様に殺されちゃうわよ。神様って、平民も貴族も関係なしだもんね」
公爵が血相を変えて扉へ向かって走って行った。
うん、年寄りの割には素早い。
「マキシマムを呼べ、それと例のジョッキを直ぐに持って来い」
兵士が先生のジョッキと、染料まみれの作業着を着た爺さんを連れて来た。
描陣師が作業中に連れて来られたのだろう、手に持った絵筆で、兵士を叩いている。
爺さんの弟子達だろうか、扉から心配そうに中を覗き込んでいる。
「タマミナス、何の用だ」
似たような顔をしているので、親戚なんだろうか。
「マキシマムすまん。俺の命が掛かっている。契約の女神様に殺されるかもしれん。これは、ラクラスが送って寄越した収納具だ。陣を確認してくれ」
マキシマムと呼ばれた爺さんが、銀のジョッキの内側を覗き込んでいる。
「ジロウス、筒を持って来い」
「はい、先生」
爺さんが扉に向かって叫ぶと、部屋を覗き込んでいた若い男が、弾けるように走り出した。
若い男が息を切らせながら持って帰って来たのは、なんと例の拡大筒だった。
でも紙の筒で作った玩具じゃない、螺鈿彫りが施された、木の筒で作られた立派な物だった。
先端には、光の魔法陣が描かれており、光を照らしながら見れる様に改造されている。
マキシマムと呼ばれた爺さんが、拡大筒を使って、唸りながらジョッキの魔法陣を調べている。
「タマミナス、これでどのくらい拡張されている」
「実際に入れてみたが、樽二つ分入った」
「なるほどな。似ているが別物だ。陣の力強さがまるで違う。それに、見知らん紋が使われておる。完敗じゃ」
「こちらで使われている魔法陣とは別物ですの」
「ああ、悔しいが、全くの別物だ」
「公爵様、お聞きなりました」
「・・・・・」
うん、予想は付いていたが、やっと相手から言質を引き出せた。
「マキシマム様、この陣で収納具をお作りになりたいと思いません」
「出来るのか、契約しているのだろ」
「王宮の御用商人の商会と契約を結んで頂ければ可能ですわよ」
僕一人の手に余ると思っていたので、渡りに船だ。
「利益の四割で如何でしょうか。注文が殺到するだろうとユーリが言っていましたから、ユーリとこちらだけで受注するのであれば、完全な売り手市場ですわよ。女神様に監視して頂けますし、高価な魔布で隠す必要もありませんわ。第一、このままですと、公爵家様への信頼が損なわれますわよ」
僕と商会の契約は、先生が随分と無理な条件を押し付けていたようで、八割が僕の取り分だ。
公爵家で受注した分から、四割上前を撥ねてしまおう。
「うむ、小僧一人が作れる分なんて、たかが知れている。客の選別は、こちらの意思で良いのか」
「ええ、もちろんですわ」
「ん?今までと変わらんではないか」
「宜しかったら、ユーリに言って、商会をこちらへ伺わせますわ」
マキシマムさんを鞄の中へ案内し、拡大された魔法陣で描き方を説明していたら、公爵が鞄へ駆け込んで来た。
「すまん、匿ってくれ」
鞄の上から、雷のような声が轟いて来た。
「あなた、女は何処!」
青くなって震えていたので、お茶を振舞ってあげた。
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