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29 背負い鞄 その2

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 夜明けに起きて、寮の食堂へ向かう。
 前回は僕一人だったが、今日は全校生徒が実地訓練へ向かうので、寮生全員が眠そうな顔で飯を食っている。
 僕以外は全員女性で、薄い夜着のまま飯を食ってる人もいるので、何となく嬉しい。

「おはよう、ユーリ君」

 二年生のムーナさんだ。
 西参道の魔符工房の娘さんだ。
 太陽の神殿に聖符と治癒符を納めている老舗の娘さんなので、多少面識がある。
 僕と同じく、神殿推薦だ。

「ねえ、一年に良い男いない」

 顔を合わせる度に言われている台詞だ。
 彼女は工房の一人娘なので、学院へ貧乏貴族の婿候補を探しに来ている。

「二年は、商会の連中が唾付けちゃってるのよ。あんたが上級描陣師になっちゃったから、母さんや一門からのプレッシャーが半端ないのよねー」

 月の神殿に符を納める家元では僕が、大地の神殿に符を納める神殿では妖怪婆さんが、上級聖符を描ける上級描陣師で、西参道には上級聖符が描ける描陣師はいない。
 上級の光符を描ける爺さんが一人いるだけだ。
 特に今年の年替え祭りでは、下に見ていた東参道から大量の上級聖符の奉納があったため、いまだ西参道の魔符工房は狂乱状態らしい。

「ねえ、ユーリの所為なんだから何とかしてよ。イケメンで、優しくて、上品な貧乏貴族いないかしら」
「普通の顔の下品な奴じゃだめなのか」
「嫌、まだそこまで妥協しない」

・・・贅沢な奴だ。

「あーあ、白馬に乗った素敵な王子様でも現れないかしら」

 白馬には乗っていない疲れた顔の中年おやじなら知っている。

「遺跡の中で窮地になれば、助けに来るんじゃないか」

 ファラ師匠の薄い本の定番だ。

「そーよ、そーよね」
ーーーーー

 背負い鞄を背負って寮を出る。
 感じる重さは、鞄の重さだけだ。
 空間を拡張すると、空間の相に違いが生じるそうで、鞄の中の重さはこちら側に反映されないそうだ。
 
 今回の実地訓練の予定地は遺跡だ。
 集合場所の裏門前に向かう。
 広い裏門前の広場が人で一杯だ。
 見送りのメイドさんや侍従達は、広場周辺の芝生の上で控えている。
 教師がクラスを示す旗を持って立っている。

「おはよう」
「遅いですわよ、ユーリ」
「先に来て私達の荷物を運ぶくらいの心遣いが欲しいですわ」
「今回はちゃんと最低限の準備しましたの。同じ失敗は繰り返しませんのよ」

 何か彼女達の背後に、大きな鞄が四つづつ積まれている。
 たぶんメイドさん達に運ばせたのだろう。
 前回は僕の荷物に助けられたので、今回はこんな大荷物を用意したのだろうか。
 
 だが学院は、貴族達が際限もなく荷物を増やすのを防止するため、ここからは生徒に自力で運ばせている。
 それに今回は、遺跡の中で幕営する訓練も含まれている。
 こんな大荷物を持って、遺跡に入る訳には行かない。
「私達が一つづつ持ちますわ。あなた達は三つづつ持って下さい」

 俺達に担がせる積りらしい。

「そんなの絶対に無理だろ。これなんかずいぶん重いぜ。何が入ってるだよ」
「食器ですわ。割れ物ですから注意して扱って下さい」
「木の椀一個で十分じゃねえか。冗談じゃねーぞ、こんな物持てるか」
「万が一のことが起こったらどうしますの」
「万が一でも、木の椀で十分だ」
「木の椀が割れたらどうしますの」
「・・・・・掌で食ってやる」
「まあ、聞きました。素手で食事をなさるようですわ」
「ええ、野蛮人ですわ」
「ええ、お猿さんですわ」
「誰が猿だって」
「あなたに決まってますわ」
「猿は猿ですわ」
「猿以下のミミズですわ」
「なんだと」

 ウィルとルイーズ達の口喧嘩が始まってしまった。
 タナスがパニクッて、脇をうろうろしている。
 仕方がない。

「ウィル、俺に考えがある。取り敢えず、馬車まで運んでくれ」

 今回は、船じゃなくて馬車を使って移動する。 
 東門を出て、ラーナの森の中にある遺跡都市と呼ばれている場所へ向かうのだ。
 遺跡としては珍しく、一部が地上に露出している。
 そこに冒険者達や商人、研究者が住み着き、大きな町を形成している。
 地下部分が広大で、今も全容が把握されていない。
 冒険者達は、その広大さに畏怖も込めて、遺跡都市と呼んでいる。
 探索が進んでいる部分は比較的安全で、地図も整っている。
 駆け出し冒険者が初めて練習用に訪れる遺跡、そんな認識の場所だ。

 ルイーズ達にも手伝わせて、馬車まで三往復して荷物を運ぶ。
 屋根の上の荷台に鞄を括り付ける。
 馬車は六人乗りで、パーティー毎に分乗する。
 馬車の上から周りを見回すと、他の馬車の屋根の上にも、この馬車同様荷物が山積されている。
 男子生徒と女子生徒が馬車の前で言い争っており、どこのパーティーも同じ状況のようだ。

「レオさん、宜しくお願いします」

 荷物を括り付けながら、御者席に座っているレオさんに挨拶する。
 今回もレオさんが引率してくれるらしい。

「皆嫌がってな、結局、隊長命令で俺がまた担当することになった。今回は狼煙も使えないから、面倒ごとは避けてくれよ」
「大丈夫ですよ。あんなこと何度も起こったら、たまりませんよ。なあ、ウィル」
「ああ、あいつらが闇の女神様に好かれてなければな」
「おいおいおい、不吉な事言わないでくれよ」

 馬車の中でウィルとルイーズ達が睨み合っており、タナスがオロオロしている。
 馬車が動き出すのを待って、僕は背負い鞄からリュトルを取り出して見せた。

「えっ!何でですの」
「この前の布切れは、収納具の裏布だったんだ」
「えっ、収納の魔法陣は、メニアス公爵家の秘陣ですわよ。収納具に使うときも、魔布で覆われていて秘匿されていますのよ」

 うっ、どの助平爺さんだろうか。

「お母様がこれくらいの小さな収納具をお持ちですわ。こんなに小さいのに、私の鞄くらいの荷物が入りますの」
「それって、白銀貨百枚くらい献上されたんじゃないかしら」

 金貨百枚が白銀貨一枚に相当する、僕はまだ見たことがない。
 向こうの世界でも良いお値段だったが、こちらでは桁が違うらしい。

「俺も中に入れるし、屋根の上の荷物程度だったら余裕で入る」
「あっ、だから考えがあるって言ったんだね。よかったねウィル」
「ああ、助かったぜ」
「・・・・・・えっ」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・、昔王室に献上された収納具の鞄は、この馬車の中くらいの広さがあるそうよ」
「ええ、あの国宝でしょ。吹聴されたお話ともお聞きしてますわ。現実的じゃありませんもの」
「ええ、御伽噺のようなお話ですものね」

・・・困った、寮に置いてくれば良かった。
 ルイーズ達三人が、僕を食い入るようにじっと見ている。
 これから一週間も一緒に過ごすのだ、隠し通すのは無理だろう。
 やけくそだ、先にばらしてしまおう。

「これは秘密だぞ」
「ええ、誰にもしゃべりませんわ」
「ええ、私も」
「ええ、私も」
「ウィルとタナスもだぞ」
「ああ」
「うん」

「この馬車なら、馬ごと十台くらい入る」
『えっ』
「それって凄いんでしょ」
「よくわからんが、凄いんじゃないかな、たぶん」
『当たり前でしょ』
 
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