時の宝珠

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49 新年の祝品

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 カルとダルは呆けた様に迫力の有る争奪戦を眺めていたが、カムは忙しかった。

「先生、新しき年に感謝を」
「あ、こちらこそ、新しき年に感謝を」
「カム先生、新しき年に感謝を。奥でお茶でもいかがですか」
「新しき年に感謝を。ありがとうございます。連れが買い物しておりますので、また今度寄らせて頂きます」

 通詞試験の講師役であるカムは商業区に知り合いが多い。
 数歩毎に声を掛けられ丁重に挨拶を返して行く。
 カルとダルは気の毒そうにこの小さな知人を眺めている。
 軽やかな足取りで帰宅する女性三人の後ろを大荷物を背負った男性三人がほっとした様子で歩いている。
 カムは荷物の方が大きいが、衣類が多いため、大きさに比べて軽い。
 まずは、カム達の部屋で中身の確認である。
 衣類は男女、サイズがまるで解らない。
 都合の良い事に三夫婦サイズが異なるので、大きいサイズはカル達、普通サイズがダル達、小さいサイズと子供用がカム達で分けられる。

 女性三人が嬉々として仕訳を始める。
 女性陣は皆若いので何を着てもそこそこ様になる。
 カルとダルがピンク色のフリルの付いた男性服を恐々広げている。
 同じ祝品の箱にサイズが異なる同じデザインの男服が入っていた。
 縫い目に沿って丁寧に幅の広いピンクのフリルが縫い込んである。
 カムは手渡されたフリルの付いた半ズボンを前に腕組みして唸っている。
 男児用の紫色の修服も入っていた。
 同じ紫でも特に明るい紫で見ているだけで眩暈を起こしそうである。
 しかも足の長い白いフリルが縫い込んである。
 総じて男性用は勇気が必要な服が多かったが、女性陣は買い得であったと喜んでいる。
 確かに、買値の十倍近い品が入っていた。
 勿論買う人間がいればの話である。
 食器類も買値以上の品が入っていた。
 皆、食器が不足していたので喜んでいる。
 何時も食器持参で集まっている。
 筆屋の祝品も買値以上の品が綺麗に整理されて入っていた。
 ダル達はカルから読み書きを習っているので大喜びである。

 サラが大きな布袋の祝品を開けて茫然としていた。
 人が大勢たかっていた店に参戦して買ったものである。
 銀貨一枚なのに袋がやたら大きかった。
 アナとカヤも中身に興味を持っていたので覗き込む。
 二人同時に口を開けたまま絶句する。
 怪訝に思ったカルとダルも袋を覗き込む。
 一瞬固まった後で笑い転げる。
 
 カムも好奇心をそそられたので覗き込む。
 中身は大量のおむつと赤子用の肌着が詰まっていた。
 確かにこれだけ入って銀貨一枚ならば安い。
 アナとカヤも連られて笑い出す。
 カムも笑い出すと連られてサラも笑い出す。

 涙を拭きながら辛うじて体制を建て直して最後の祝品を確認する。
 木工店で買った中銀貨一枚の高い祝品である。
 箱が立派だったのでサラが買ってきた。
 全員が興味津々で覗き込む。
 蓋を開けると箱の中にはさらに箱が並んでいた。
 また、笑いの引き金を引いてしまい笑い転げる。
 再び体制を立て直して中の箱を確認して行く。
 最初の箱を開けると樹液を塗って磨いた椀が六客入っていた。
 精緻な螺鈿が施されている。
 これだけで、中銀貨3枚の価値がある。
 次に平たい箱を開けると同じく螺鈿彫りの筆箱が現れる。
 次のさらに平たい箱には木目の美しい白木の盆が入っていた。
 更に手鏡と紅入れと小箱。
 いずれも見事な螺鈿が施されている。
 ここまでで金貨一枚分の価値がある。
 小箱の内側には毛織の布が丁重に貼り付けてある。

 最後の箱を開ける。
 中には精緻に彩色された木彫りの人形が並んでいた。
 一目見て解るほど精緻に作られた王族の人形である。
 大后、王、王妃の人形に何故かアリサの人形も入っている。
 先月の王の滞在中、土産物屋で並んでいたパターンである。
 アリサ単独の人形も結構売れたらしい。
 サラがおもむろにアリサ人形をストーブに投げ入れようとする。
 空中でカムが受け止める。

「あ、カムその子庇った」
「だって、気持ち悪いだろ」

 サラが頬を膨らませる。
 アナとカヤが仲裁に入ろうとするが今日は笑いのスイッチが入っている。

「サラ、あははは・・・」

 言葉より笑いが先に出て、笑いが全員に伝染する。
 王族人形はカヤが喜んで引き取ってくれた。
 全員が帰ってから二人でお茶を飲んで寛ぐ。
 カムが茶を煎れてサラにカップを渡す。

「はいサラ」
「ありがとう」

 サラがカップに手を伸ばして受け取ろうとすると、カップが目の前で消えて、代わりに小さな箱が手に乗っていた。

「新年の贈り物だよ」

 カムには時々驚かされる。
 今も気配無くカップが消えて箱と入れ替わっていた。
 カップはサラの直ぐ目の前に置かれて湯気を立てている。
 悪戯の可能性も考えて慎重に箱を開ける。
 中には髪留めが入っていた。
 精緻に作られた金の葉に砂状のルビーが鏤められれている。
 葉元が金の精緻な細工で葉先に向かって炎が燃え上がるようにルビーの砂を嵌め込み、先端は板状のルビーが並んでいる。
 一目で職人の技術の高さが解る。

「わー凄い。ありがとうカム」

 サラ素直に喜んでカムに抱き付く、予想外の反応にカムは大いに照れる。
 その夜のサラの寝息はゆっくりと長く落ち着いて聞こえた。

 翌日、新年の3日目は稽古始めの日である。
 ダルとカヤは町道場の朝稽古に出向いている。
 カルとアナは部屋に籠って読書三昧を決め込んでいた。
 昨日買い込んだ菓子を枕元に置いて一日寝床から出ない#心算_つもり_#でいる。
 二人が母国から逃げ出した最初の原因は、カルの寝床で二人が菓子を食べながら読書している姿を侍女に見咎められことに始まる。
 今は人の目を気にすることなく堂々と寛げる。
 怠惰な一日を楽しむ心算でいる。

 怠惰な生活が好きな事では負けないカムとサラであったが、朝から身支度を整えて部屋を後にする。
 二人は背中に長い布袋を背負っている。
 今日はホグナの稽古始式と大競技会が催される。
 どこの会派にも属さない二人だが、昨年ホグナ界を激震させた張本人なので呼ばれた。
 伝統の破壊者と非難する重鎮も居たが、観光客にホグナの素晴らしさを知らしめ、ホグナ演奏者の活躍の場と生活の糧を新たにもたらした功績を評価する幹部が圧倒的に多く、また、港での歌姫の活躍がホグナの裾野を広げたことも評価された。
 歌姫達のホグナの奏法は若手の間で新しい歌を生み出して爆発的に広がっている。若手達が幹部に直談判して今日の競技会にも会派を越えた演目が演奏される。
 会場に着くと二人で幹部達の控室に顔を出す。
 地元の伝承楽器なので、昨年の結婚式で面識が出来た者が多い。
 会派毎に控室が分かれており、部屋の大きさで勢力分布の察しが付く。
 歌姫達の師匠は何故か小さな会派が多い。
 秘密会議のメンバーが会派内で先輩の苛めに遭う可能性が低い娘を推薦した結果らしい。
 歌姫達は皆気合いが入っている。
 カムに調弦を頼む娘もいたが、普段から港湾事務所でカムに調弦を教わっているので最小限の手直しで済む。

 稽古始式は重鎮と幹部の挨拶でお終いで、直ぐに競技会が始まる。
 最初は小さな会派から披露する。
 例年小さな会派の奏者は会場の雰囲気に呑まれたり、大会派への対抗心が空回りしたりと悲惨な演奏が多くなる。  
 ところが今年は歌姫達の登場で雰囲気が大きく変わる。
 毎日大勢の観衆の中で演奏しているうえに、ライバルと職場で競っている。
 本人達は気付いていないが、カムとサラの教え方も実演付きで解り易く技量が上がっている。
 歌姫の演奏が終わる度に大会派の上級者達の顔が引き攣って来る。
 歌姫達の港での評判を雑芸として笑っていたが、歌姫達のホグナのレベルの高さを思い知らされる。
 小会派の演奏が終わると、新しい取り組みとして港のホグナの奏法が紹介される。
 十数人が歌って踊る光景に会場も唱和して和やかな空気に包まれる。
 中会派の演奏が始まっても歌姫の演奏は抜きん出ている。
 大会派の上級者達にプレッシャーが掛かってくる。
 中会派の演奏が終わるとカム達の出番が来た。

 実力が良く解らないのでホグナ界への貢献を尊重して中会派の後に出番が設定された。
 二人が舞台の上で真剣な顔をしているのを見て、歌姫達に緊張が走り固唾を飲んで見守る。
 教え方から二人が自分達よりも上手いのは知っているが、二人が真面目に演奏している姿は見た事が無い。
 真面目にホグナを構える姿を見るのは初めてである。
 二人は密かに練習していた。
 勿論遮音の魔法を使って練習したので周りは知らない。
 実は互いの実力を知らなかった。
 互いに負けず嫌いなので剥きになって練習してしまった。
 今日も観衆では無く、互いへの闘志が満々で臨んでいる。
 真剣勝負の心算である。
 中央大陸の激しい難曲が研ぎ澄まされた音色で嵐の様に奏でられる。
 二棹のホグナの奏でる音は観衆にとって、より多く奏者が奏でる合奏の様に聞こえる。
 上級者達は完全に圧倒されていた。
 目の前で演奏されている奏法自体が理解できなかった。
 演奏が終わると聴衆が総立ちで拍手を送る。
 拍手は鳴り止まなかったが、後の進行があるので舞台を降りる。
 カムとサラの演奏の余韻が漂う中、後に続いた大会派の演者たちは緊張でぼろぼろの演奏となる。
 この演奏は伝染するように上級者達の演奏にも影響を及ぼし、ミスを連発させる。
 今年の競技会は中途半端な余韻を引き摺って終了する。
 最後の挨拶に立った大会派の重鎮は、俯く上級者達を睨んでから言葉少なに終了を宣言した。
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みんなの感想(10件)

桜塚護
2024.01.21 桜塚護

更新ありがとうございます!

ちょっとしたことから思わぬ話になったり、当時は当たり前だったことが忘れられていたり、逆に時が過ぎて分かったり、現実にもよくあるなと思いながら楽しませてもらいました。

それにしても、カムとサラは本当にお似合いのペアになりましたね。

若返る前でも出会いが違っていたら、こんな感じになれていたのか?それともそれまでの積み重ねがあるからなのか?

何にせよ若返ったことで、以前は送れなかったであろう青春を謳歌できている様に感じられて嬉しいです。

解除
ぼん@ぼおやっじ

おかえりなさい。
うれしいです。
無理せずに続けてください。楽しみに待ってます。

解除
桜塚護
2023.10.31 桜塚護

200年前の当主とカムの良好な関係とか、200年間、騎士としてのいろいろな思いとかを伝え続けてきたこととか、目頭が熱くなってしまいました。

200年前とか若い子どころか、お年寄りでも当時のことは口伝とかで伝え聞いただけでしょうか?よくぞ ここまでしっかりと機能する形で残せていたと感心します。

吟遊詩人が語りたくなるのも、流行るのも納得です。

切粉立方体
2023.11.04 切粉立方体

 ありがとうございます。
 平和を願う領主の自己犠牲に応呼した騎士達の”内なる誇り”を意識して書いた部分です。
 暴力を解決するための暴力、今の国際情勢を考えると少し複雑な気持ちになります。

解除

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