時の宝珠

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48 新年の晩餐会での告白

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 客室のソファーで茶を飲みながら、サラが聞く。

「カム、なんで知ってたの」

 オリトニア王女と吟遊詩人の失踪はサラも知っていた。
 オリトニア国は女王制を布く数少ない王国で、海戦では王族が使う風魔法により無敵を誇っていた。
 この船団をも手繰る強力な風魔法の能力は女性の王族に強く現れ、この能力に優れた王女に女王の座と将軍の位が代々譲渡された。
 当然、この血筋を維持するために王族の婚姻は制限され、血筋の維持を目的とした結婚が強要された。
 周辺国はこの魔法の血筋の入手を血眼になって画策したが、婚姻の申し入れは拒否され、誘拐や拉致の計画も警備が厳しく失敗を繰り返していた。
 そこに、王女と吟遊詩人の失踪が起こり、衝撃が走った。
 女王は事態を隠さず懸賞金付きで外大陸にまで手配し、併せて、王女の拉致が判明した場合は宣戦布告と見なす旨の通知も出され中央大陸の国々が動揺した。
 酒場にも手配書が張られていたので、庶民も含め当時は広く知られていた。
 ただ、五十年前の事件と奥方を何故カムが結び付けたのか、奥方の名前がアリサと何故知っていたのかが解らなかった。
 面白く無いのでサラは頬を膨らませて睨みつける。

「簡単だよサラ。俺が彼女を知ってたんだ」

 見詰め返すカムをさらに説明を求めるように睨みつける。
 カムが溜息混じりに説明する。

「最初の風魔法の先生が俺なんだ。最初に会った時に気付いたよ。昔の面影が残って居たからね。五歳の時の一年位だけど風魔法の使い手の“色”は独特なんだよ」
「ふーん、昔からアリサって名前とは縁が有るのねカムは。もっとしっかりマーキングしておこうかしら」

 サラが本気でカムの腕を取ったので、カムは慌てて逃げ回る。

 町長の晩餐会に続々と人が集まって来る。
 招待されたのはホグに暮らす引退した貴族達である。
 年寄達の落ち着いた晩餐会が始まる。
 皆、中央に飾られた花差しに気が付く。
 美術品に詳しい者達は、洒落た趣向と思い周囲に知識を披露する。
 カムとサラが現れると微笑みを持って迎える。 
 町長が孫に用意した衣装を拝借して正装である。
 噂は聞いて居るので好奇の目も混じる。
 町長夫妻が現れ晩餐会が始まり、町長が挨拶する。

「皆様、新しき年に感謝」

 全員が唱和する。

「この数年この場でのご挨拶は湿っぽい事柄が多くなっておりました。今年は、鵺騒動も解決して町が活気を取り戻しております。また、皆様も噂を耳にされていると思いますが、魔法国の我が国への干渉も未然に防がれております。常に、これらの騒動の中心に居て活躍された小さなお二人を今日ご招待しております」

 一斉に拍手が沸き起こる。

「私も新年早々お二人の旋風に巻き込まれました」

 人々の間で笑いが起こる。

「今日中央に飾ってございます花差しは四年前に妻が中央大陸からの流出品として入手したものでございます。この花差しは本物であるとこの御二人から指摘がございました」

 会場がざわつく。

「トーラス卿、如何でしょう。御覧になって下さい」

 トーラス卿と呼ばれた男性が苦笑しながら歩み寄ってハンカチを添えて手に取って見る。
 苦笑が直ぐに消えて真剣な顔付に変わる。
 底の印を確認し爪で響を確認する。
 ざわめきが広がる。
 手が震え始め、花差しを置いて汗を拭う。

「トーラス卿、如何ですか」
「私の見る限りでは本物の“夏の夜”と判断する」

 美術品に詳しい貴族達が一斉に駆け寄り覗き込む。
 トーラス卿は美術品の鑑定家として一目置かれている。
 トーラス卿はまだ震えている。

「おそらく、時の厄災でヤール国から流出したものと思われます。ひと箱金貨五十枚で購入した美術品に混じっていたものです。最初ヤール国にお返ししようかと考えました」

 多くの唸る声が人々から広がる。
 トーラス卿は悲しそうな顔になる。

「ところが、ここに居るカム君から助言がございました。この花差しはサルバニーナがオストリアの王妃に送った品であり、正式な所有者はオストリア王室であると」
「そのとおり」

 トーラス卿が賛同の声を上げる。

「これは因縁であります。妻の生家がオストリア王室であります」

 会場に再びざわめきが走る。
 奥方が一歩前に出る。

「皆様、私はオストリア王国第九王女でありましたアリサでございます。長い間偽りを申しておりましたことお詫びいたします。人生の幕を閉じる前に白状しろとカム君からの助言がございました。この花差しをお返しするに当たって、潔く主人と二人で首を洗って申し出ることに致しました。私どもが旅立った後、息子夫婦へのご助力をお願い申し上げます。長の間、偽りを申しておりましたことお詫び申し上げます」

 夫婦で深く頭を下げる。
 旋風どころでは無く台風である。
 五十年前の大事件の結果が目の前で明らかにされたのである。
 婦人たちが一斉に奥方に駆け寄り手を取って涙を流す。
 奥方が一人一人丁寧に詫びている。
 詫びられた婦人達は皆奥方を抱きしめて話しかけている。

 男性陣も町長の周りに集まる。
 町長が封印していた昔の話を語り始める。
 元吟遊詩人は話が上手く、人々は真剣に聞き入っている。
 町長が語る十年の逃亡生活の話は長く、夜更けまで続いた。
 翌朝、町長の館の全員が疲弊していた。

 町長が語っている間に、主人達の帰宅の遅れを心配した執事達が続々と深夜に館を訪れたため対応に忙しくなり、さらに主人から町長の宣言を聞かされた執事達が一斉に主人から聞き取りを初めて王都への連絡便の手配始めたためさらに忙しくなり、結局、客の帰宅を見送ったのは明け方過ぎであった。
 寝る暇無く走り回って一夜を過ごした執事や侍女達は全員顔に疲れを張り付けていた。
 カムとサラは晩餐会の食事と酒を堪能し、小さな酔っ払いを風呂に入れてから熟睡した。
 朝食の雰囲気が無いので、厨房の片隅に紛れ込んで朝食を終える。 
 寝入る町長夫妻に帰る旨の伝言だけをお願いして歩いて帰ろうとするが、執事長に見つかって、町長の豪華な馬車で帰宅させられる。
 朝の訓練帰りのダル夫妻に目撃されからかわれる。

「子供が楽すると足が腐るぞ」
「婆ちゃんが贅沢すると若死にするって言ってたよ」

 それでも新年の挨拶を交わして、晩餐会の残り物を御裾分けする。
 カル夫妻にも、ダル達と叩き起こして挨拶してから御裾分けする。
 今日、明日はカムも休日、サラは今週一杯休みである。
 商店は今日から商売開始で店頭に祝品を並べる。
 中の見えない木箱や皮袋に雑多な商品が詰め込まれている。
 評判の良い店の祝品は瞬時に売り切れる。
 出発前にカム達の部屋でサラがアナとカヤ作戦会議を開く。
 互いの情報を確認してから、カムが描かされた商業区の地図に印を付けていく。
 カル家もダル家も先月貰った軍からの報奨金が残っており、軍資金は確保されている。
 気合いの入った女性三人の後を、男性三人がとぼとぼと背負子を背負って付いて行く。
 徐々に人が多くなる。
 皆、歩く方向は一緒である。
 三人の歩調が段々早くなり、商店間近では小走りになっており、男性三人が必死に追いかける。
 女性三人が喧騒の中に飲み込まれて行くのを男性三人は離れて見送った。
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