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18 ホグの文化
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カムの仕事は、当初、宿内の帳場を中心とした通訳のみであったが、カムの流暢な南大陸語を聞いて、宿泊客達から町の案内も要望されるようになる。
当初断っていたが、しばらくすると、他の職員も帳場での簡単な会話程度が可能になったので、宿もサービスの一環として承諾する。
町の案内を勉強して、カム自身も町の名所や伝統、有名店を知ることになる。
ただ、名所の中心は北大陸人用で、中央大陸の文化に憧れ、貴族達が持ち帰って模したものが多い。
中央大陸風建築群や作業所群、中央大陸風音楽や劇、中央大陸風の商店街。
温泉区共通で用意している観光コースや名所の説明文も中央大陸文化の模倣を誇らしげ詠っている。
土産物屋も規模の大きい中央大陸風が高級店の証と考えている。
南大陸は豊かな大陸である。大きな国が3国でバランスを保ち、耕作地も広い。
商人が力を持ち、国間の争いも少ない。
当然の結果として住民が豊かで、教育レベルも高い。
文化レベルも中央大陸に引けを取らない。
南大陸の客のレベルから見れば、観光コース、土産物屋の品揃えともに、単なる中央大陸の真似事で、不満足な内容となっている。
カムは中央大陸の人間である。
しかも、文化の中心である中央国家群で宮廷魔道士も務めたことがある。
初日でそれに気が付いていた。
案内役の役得は、土産物屋や料亭からの案内手数料。
客の使った額に応じて払われる。
宿には案内役の職員が必ず配備され、実入りの良さで希望者も多い。
だが、南大陸人の案内は嫌がられていた。
言葉が解らない上に、南大陸人の財布の紐が異常に固かった為である。
南大陸人の案内はただ働きの貧乏くじとされていた。
宿の案内役の職員達は大喜びでカムを歓迎した。
でもこれは勘違い、北大陸を旅行する南大陸人は、南大陸人としても裕福である。
目の肥えた南大陸人にとって、欲しい物が無かったのである。
ホグの町で買わなくても、土産は、周遊する他の北大陸の都市で購入すれば良いと考えていたのである。
北大陸から中央大陸風の土産を買って帰っても喜ばれない。
ホグの町は温泉以外、魅力の少ない町と思われていたのである。
そこで、カムは勉強した、自分の懐を潤すために。
最初に調べたのは、北大陸の特有な品、食事、習慣、生き物、鉱物。
面白いもので、調べてみると、意外な場所に意外な物が隠れていた。
その一つが温泉そのもの。
宿の風呂は石造りの岩風呂、これはホグの町を訪れた北大陸の貴族達が、自領や王都に帰って、ホグの町の風呂を模して作ったのが始まり。
大貴族の邸宅や王都の高級宿で爆発的に広がり、それが、高級宿の設備としてホグの町の宿にも導入された。
だから、ホグの町の風呂職人は、王都で数年修行してから帰って来る。
王都の新しい趣向を持ち帰り、宿の風呂に生かす。
だから、ホグの町の宿の風呂は、王都風の風呂が当然とされている。
だが、原型はホグの町中の湯池。ホグの町の広い湯池を思い出し、模して作ったのが岩風呂である。
だから、カムは南大陸人の客人を共同浴場に連れて行った。
馬車を横付けしての客に浴場の管理人は驚いたが、河原を仕切った様なホグの町最大の浴場に、客が数十人増えても支障は無い。
女風呂で説明しても、子供なので咎められない、一緒に連れ込まれそうになるのを振り切って、男風呂で客と風呂に入る。
奥で子供達が泳いでいる。
身体や髪を洗う薬液も番台で買った素朴な物。
十分堪能して貰った後に呼び集める。
もちろん、女湯でも裸で呼び集める。
最後は平原牛の乳を、腰に手を当てて飲む。
身体が冷えない様に着込んでから、再び馬車で宿へ移動。
大好評である。カムの宿の定番になる。
直に噂が広がり、他の宿の南大陸客も要望。
各宿から南大陸語を習う女子職員がカムの元を訪れるようになる。
次に音楽、商業区には音楽堂や演劇堂が数件あり、王都や他国から劇団や楽団を招き上演していた。
中央大陸の劇団の公演などでは、前売り券が即日完売するほど人気があった。
演劇堂の周りには、役者絵を売る店や料亭が軒を連ね、繁華街となっている。
北大陸人から見れば胸躍る憧れの場所、南大陸人から見れば、場末の芝居小屋。
中央大陸や南大陸で長年歌われ続ける、人気の北大陸風の歌があることを北大陸人は知らない。
元歌はホグナと呼ばれる16弦の民族楽器で奏でられる伝承曲。
カムもホグナの存在と、この曲の発祥の地がホグの町であること偶然知った。
機会はサラから、サラが同僚であるクーから、楽器演奏発表会の入場券の購入を頼まれたのである。
「すみません、サラさん。ノルマがきつくて。師匠に脅かされてるんです。目標数達成しないと、昇級させないって。お願いします」
小さい頃から習っている楽器の発表会らしい。
地元民の女の子必須の稽古事らしく、カイラも気の毒そうに見ている。
「すみません、私はノルマ達成したんですが、クーは苦戦してて。私からもお願いします」
券の購入は当日会場の受付、しかも紹介者も含めて記名。
立て替えでの無料入場はご法度、ばれたら怒られる。
「いいよ、カムも連れてくから二人ね」
「ありがとうございます!」
で、カムを連れて発表会へ。
会場は300人定員の小音楽堂。
受付で記名し、料金を払って座席札を貰う。
受付のサラと同い年位の女の子達から元気に大声でお礼を言われる。
肉体派的な集まり乗りである。
会場に入り着席、発表会が始まる。
最初は幼い子供達、子供用の弦の少ない楽器での演奏。
楽器の名前はホグナ、横に広い楕円の胴に長い板の竿、左手で弦を抑え、右手で弦を爪弾く。
そして、だんだんと年齢が高くなり歌いながらの演奏になる。
クーは上級者らしく後半に出場。
二人は感心していた、レベルが高い。
上級者のホグナには繊細な調音の術式が刻印されており、夜呼貝の螺鈿が美しい。
そして、クーの師匠の登場。
全身白い衣装、長いスカートに長い裾、長い袖、頭に氷花祭の裾の長い帽子。
帽子の裾に描かれた橙色の流れる帯模様が白い衣装で際立つ、年は40代か。
演奏が始まる。
曲名は“雪狼”、戦に出て帰らぬ人を待つ恋人の歌。
雪が降る、雪に変わって、雪狼に変わってあの人の元へ走って行きたいと情感たっぷりに切ない旋律が流れる。
そして最後がハッピーエンド、夕日の中で手を振る恋人に走り寄る、豊かな暖かい演奏で終わる。
このロマンチックな曲は中央大陸でも人気があり、酒場で、劇中でと、各国の言葉で歌われている。
初めて聞くローマン語の“雪狼”は、歌詞と旋律に無理が無く、これが元歌と感じられた。
発表会後、近くの喫茶店で甘味を頬張りながら、話を聞く。
クーは演奏を師匠に褒められたらしく、頬が緩みぱなしとなっている。
発表会は年2回、ホグナは習い事としての文化を作っており、人前で演奏する機会は少ない。
また、奏者も弟子からの謝礼で生活しており、教育者、伝承者としての性格が強い。
ただ、弟子の無い、奏者を目指す若い演奏者は生活が苦しく、酒場などでの演奏で細々と食いつないでいる。
今日も何人か出演しており、今日の入場料は彼女らの支援に回される。
ホグナは地元民の冠婚葬祭では必須だが、ホグの町限定で社会が狭い。
故に、ホグナで生活するのは才能があっても難しい。
と、クーが溜息まじりで説明してくれた。
“理解があって、金のある旦那様がいれば別だけどね”と、カムをちらりと羨ましげに見る。
“雪狼”の作曲者も作詞者も伝わっている。
演奏が聴ける酒場と日時も聞く。
“先輩の演奏聞きに行ってね”とクーから頼まれる。
当初断っていたが、しばらくすると、他の職員も帳場での簡単な会話程度が可能になったので、宿もサービスの一環として承諾する。
町の案内を勉強して、カム自身も町の名所や伝統、有名店を知ることになる。
ただ、名所の中心は北大陸人用で、中央大陸の文化に憧れ、貴族達が持ち帰って模したものが多い。
中央大陸風建築群や作業所群、中央大陸風音楽や劇、中央大陸風の商店街。
温泉区共通で用意している観光コースや名所の説明文も中央大陸文化の模倣を誇らしげ詠っている。
土産物屋も規模の大きい中央大陸風が高級店の証と考えている。
南大陸は豊かな大陸である。大きな国が3国でバランスを保ち、耕作地も広い。
商人が力を持ち、国間の争いも少ない。
当然の結果として住民が豊かで、教育レベルも高い。
文化レベルも中央大陸に引けを取らない。
南大陸の客のレベルから見れば、観光コース、土産物屋の品揃えともに、単なる中央大陸の真似事で、不満足な内容となっている。
カムは中央大陸の人間である。
しかも、文化の中心である中央国家群で宮廷魔道士も務めたことがある。
初日でそれに気が付いていた。
案内役の役得は、土産物屋や料亭からの案内手数料。
客の使った額に応じて払われる。
宿には案内役の職員が必ず配備され、実入りの良さで希望者も多い。
だが、南大陸人の案内は嫌がられていた。
言葉が解らない上に、南大陸人の財布の紐が異常に固かった為である。
南大陸人の案内はただ働きの貧乏くじとされていた。
宿の案内役の職員達は大喜びでカムを歓迎した。
でもこれは勘違い、北大陸を旅行する南大陸人は、南大陸人としても裕福である。
目の肥えた南大陸人にとって、欲しい物が無かったのである。
ホグの町で買わなくても、土産は、周遊する他の北大陸の都市で購入すれば良いと考えていたのである。
北大陸から中央大陸風の土産を買って帰っても喜ばれない。
ホグの町は温泉以外、魅力の少ない町と思われていたのである。
そこで、カムは勉強した、自分の懐を潤すために。
最初に調べたのは、北大陸の特有な品、食事、習慣、生き物、鉱物。
面白いもので、調べてみると、意外な場所に意外な物が隠れていた。
その一つが温泉そのもの。
宿の風呂は石造りの岩風呂、これはホグの町を訪れた北大陸の貴族達が、自領や王都に帰って、ホグの町の風呂を模して作ったのが始まり。
大貴族の邸宅や王都の高級宿で爆発的に広がり、それが、高級宿の設備としてホグの町の宿にも導入された。
だから、ホグの町の風呂職人は、王都で数年修行してから帰って来る。
王都の新しい趣向を持ち帰り、宿の風呂に生かす。
だから、ホグの町の宿の風呂は、王都風の風呂が当然とされている。
だが、原型はホグの町中の湯池。ホグの町の広い湯池を思い出し、模して作ったのが岩風呂である。
だから、カムは南大陸人の客人を共同浴場に連れて行った。
馬車を横付けしての客に浴場の管理人は驚いたが、河原を仕切った様なホグの町最大の浴場に、客が数十人増えても支障は無い。
女風呂で説明しても、子供なので咎められない、一緒に連れ込まれそうになるのを振り切って、男風呂で客と風呂に入る。
奥で子供達が泳いでいる。
身体や髪を洗う薬液も番台で買った素朴な物。
十分堪能して貰った後に呼び集める。
もちろん、女湯でも裸で呼び集める。
最後は平原牛の乳を、腰に手を当てて飲む。
身体が冷えない様に着込んでから、再び馬車で宿へ移動。
大好評である。カムの宿の定番になる。
直に噂が広がり、他の宿の南大陸客も要望。
各宿から南大陸語を習う女子職員がカムの元を訪れるようになる。
次に音楽、商業区には音楽堂や演劇堂が数件あり、王都や他国から劇団や楽団を招き上演していた。
中央大陸の劇団の公演などでは、前売り券が即日完売するほど人気があった。
演劇堂の周りには、役者絵を売る店や料亭が軒を連ね、繁華街となっている。
北大陸人から見れば胸躍る憧れの場所、南大陸人から見れば、場末の芝居小屋。
中央大陸や南大陸で長年歌われ続ける、人気の北大陸風の歌があることを北大陸人は知らない。
元歌はホグナと呼ばれる16弦の民族楽器で奏でられる伝承曲。
カムもホグナの存在と、この曲の発祥の地がホグの町であること偶然知った。
機会はサラから、サラが同僚であるクーから、楽器演奏発表会の入場券の購入を頼まれたのである。
「すみません、サラさん。ノルマがきつくて。師匠に脅かされてるんです。目標数達成しないと、昇級させないって。お願いします」
小さい頃から習っている楽器の発表会らしい。
地元民の女の子必須の稽古事らしく、カイラも気の毒そうに見ている。
「すみません、私はノルマ達成したんですが、クーは苦戦してて。私からもお願いします」
券の購入は当日会場の受付、しかも紹介者も含めて記名。
立て替えでの無料入場はご法度、ばれたら怒られる。
「いいよ、カムも連れてくから二人ね」
「ありがとうございます!」
で、カムを連れて発表会へ。
会場は300人定員の小音楽堂。
受付で記名し、料金を払って座席札を貰う。
受付のサラと同い年位の女の子達から元気に大声でお礼を言われる。
肉体派的な集まり乗りである。
会場に入り着席、発表会が始まる。
最初は幼い子供達、子供用の弦の少ない楽器での演奏。
楽器の名前はホグナ、横に広い楕円の胴に長い板の竿、左手で弦を抑え、右手で弦を爪弾く。
そして、だんだんと年齢が高くなり歌いながらの演奏になる。
クーは上級者らしく後半に出場。
二人は感心していた、レベルが高い。
上級者のホグナには繊細な調音の術式が刻印されており、夜呼貝の螺鈿が美しい。
そして、クーの師匠の登場。
全身白い衣装、長いスカートに長い裾、長い袖、頭に氷花祭の裾の長い帽子。
帽子の裾に描かれた橙色の流れる帯模様が白い衣装で際立つ、年は40代か。
演奏が始まる。
曲名は“雪狼”、戦に出て帰らぬ人を待つ恋人の歌。
雪が降る、雪に変わって、雪狼に変わってあの人の元へ走って行きたいと情感たっぷりに切ない旋律が流れる。
そして最後がハッピーエンド、夕日の中で手を振る恋人に走り寄る、豊かな暖かい演奏で終わる。
このロマンチックな曲は中央大陸でも人気があり、酒場で、劇中でと、各国の言葉で歌われている。
初めて聞くローマン語の“雪狼”は、歌詞と旋律に無理が無く、これが元歌と感じられた。
発表会後、近くの喫茶店で甘味を頬張りながら、話を聞く。
クーは演奏を師匠に褒められたらしく、頬が緩みぱなしとなっている。
発表会は年2回、ホグナは習い事としての文化を作っており、人前で演奏する機会は少ない。
また、奏者も弟子からの謝礼で生活しており、教育者、伝承者としての性格が強い。
ただ、弟子の無い、奏者を目指す若い演奏者は生活が苦しく、酒場などでの演奏で細々と食いつないでいる。
今日も何人か出演しており、今日の入場料は彼女らの支援に回される。
ホグナは地元民の冠婚葬祭では必須だが、ホグの町限定で社会が狭い。
故に、ホグナで生活するのは才能があっても難しい。
と、クーが溜息まじりで説明してくれた。
“理解があって、金のある旦那様がいれば別だけどね”と、カムをちらりと羨ましげに見る。
“雪狼”の作曲者も作詞者も伝わっている。
演奏が聴ける酒場と日時も聞く。
“先輩の演奏聞きに行ってね”とクーから頼まれる。
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