時の宝珠

切粉立方体

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14 クルベの民の情報

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 出口でカムが待っていた。並んで仲良く帰る。
 まだ暖かい部屋に戻り、ストーブでシチューを作る。
 パンに平原牛のバターを塗り、シチューに浸けて食べる。
 湯を沸かし、静かに二人で茶を飲む。
 サラが風呂での話をする、もちろん避妊の話では無い。

「ここの棟ね、“子作り棟”って言うんだって」
「へー、おれは“まぐわい棟”って聞かされた」

 カムも風呂で同じような状況になり、いろいろなやり方を聞かされた。
 勿論、避妊方法などではなく、全く逆。
 この棟の丸太は普通よりも太く、遮音性の高い材質を使った特別製。
 これはこの棟を請け負った大工の親父の言で、安心して頑張れと背中をどやされた。
 薪の爆ぜる音と水の流れ落ちる音、互いの息遣いを聞きながら眠りに落ちる。
 今日のサラは少し離れて寝ている、とカムは感じていた。

 翌日の昼、サラは役所の食堂で、今朝作ったトル鳥の肉とホクレの大葉を挟んだパンを食べる。
 すると、書記見習いの女の子が二人、恥かしそうに近づいて来る。
 年はサラに次いで若い15歳。

「あのサラさん、私はカイラ、この子はクーと言います。昨日盗み聞きでは無いんですが、サラさんその・・、ギルドの5連の貸家に住まわれているって」

 多分、昨日浴場で近くにいて追い払われた一人であろう、気が付かなかった。

「ええ、“まぐわい棟”に入居したの、昨日から男の子と二人で暮らしているよ」

 幼げな表情を作って真剣に答える。
 カイラ達の顔が湯気が出るほど真っ赤になるから面白い。

「あの、その・・・。昨日ナサおばさんからいろいろ教えて頂いていたようで・・・。私達にも、その・・・、教えて頂けたら」

 要は“避妊方法を教わりたい”である。
 ちと早い気もしたが、知識は多いに越したことはないので快諾する。

「いいよ」
「まあ、ありがとう。じゃ、さっそく」

 二人が筆と墨壺、紙を早々に取り出す。
 少々方向が違う気がしたが、書記を目指す位だから根は勉強家である。
 筆を墨に浸け身構える。
 その前にサラには我慢ならないことがあった、無理は身体に毒だ。

「筆の持ち方が違う。姿勢も悪い」

 サラの厳しい視線に二人が震えあがる。
 その後、二人を通じた情報は役所内に行き渡る。
 ただし、男性に気の毒な方法が優先的に強調された情報として。
 それとほぼ同時期、処長がカイラとクー二人の筆写力が著しく上達したことに気付く。

 カイラとクーがサラの厳しい指導を受けているころ、駐屯所の総長室でキーロが王都から送られた書類に目を通していた。
 伝犬を使った最至急の機密文書である。
 手紙の送り主は監察総長で、貴族、軍人を含めたすべての国の幹部に対する監察権を持つ、国のNo2の実力者である。
 50代後半でキーロの昔の上司であり、王族に近い貴族である。
 手紙には鵺とカルベの子に関する情報提供への礼と厄災前に中央大陸を出たカルベの草探しの名簿の写しが同封されていた。
 この名簿は国の最高機密であり、最初持つ手が震えた。
 大陸を出た草探しは厄災前の10年で100人、渡った大陸は解っていない。
 中央大陸からの密偵を恐れた外大陸の王の協力でこの名簿は作り上げられた。

 草探しは最新の知識を隠さず披露した。
 このため、多くの民の病が癒され、産業が発展した。
 王達は草探しを拒まず、自領の動きを秘匿するため、渡航先を秘密とした。
 厄災後の混乱期、中央大陸の王達は知識で得られる発展よりも、知識のもたらす優位性を恐れた。
 厄災と結びつけ、人々を密かに煽り立てることにより目的は達せられた。
 だが王達は、カルベが滅びた半年後に返礼を受ける。
 東大陸に発した病が爆発的な勢いで全大陸に蔓延し、成す術も無く、王族平民関係無く、人口の4分の1を失ったのである。
 自らの失策の大きさに改めて気付くが手遅れである。
 中央大陸の王達が失われた知識を求めてカルベの民を探し始める。
 逆に外大陸の王達はカルベの民を引き留めるため血眼になる。
 カム達は知らなかったが、この5年でカルベのブランドが著しく上昇していたのである。
 カルベの草探し100人の情報は、北大陸の小国タラスにとって極めて重要な情報なのである。

 教会から入手したカム達の婚姻届と見比べている。
 婚姻届に記されたカム達の両親4名の名は厄災の8年前に綺麗に並んでいた。
 夫婦として出発したらしく、この名簿としては珍しい婚姻の印で繋がれていた。
 出発した時の居住地区も正確に一致している。
 間違いない、キーロは大きく安堵の息を漏らした。
 自分の不確かな情報に国家機密を最至急で送ってきた元上官の判断、緻密で慎重な元上司がリスク覚悟で下した判断である。
 事実のみを淡々と記した報告書に、婚姻届の写しを同封して最至急の伝犬で返信する。

 カム達は婚姻届に実在の人間の名を記入した。
 正確にはサラの教え子4名の名である。
 出発直前に町で結婚し、草探し夫婦として出発した教え子4名。
 サラは共同結婚式に招かれ出席している。
 カムもサラも戦時には人間兵器として重宝されたが、平時には味方からも命を狙われた。
 サラは町中に住みながら、普段は隠れて人との交流を断っていたが、霞を食べて生きられる訳ではないので、偽名を使い生活費を稼いだ。
 その一つがカルベの町での薬草学の講義。
 4人は地味な生徒で努力家だった。
 それゆえ、出発前の結婚には驚かされ、記憶に残っていた。
 渡った大陸も生死も不明である。
 5年の時の経過を知った時に、慌ててサラが思いついた設定である。
 4人共黒髪で小柄な目立たない若者であったと記憶している。


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