ピーピング

切粉立方体

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2 覗き穴が上達した

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 レベルアップにより、特殊技能だけが上昇する訳じゃない。
 忍び歩きや弓、隠形や罠などの、毎日駆使している職技能や基礎体力、基礎筋力も上昇した。
 筋肉の付き方は敏捷性重視、狩人に比べると、持続性がやや劣り、筋力がやや強い。

 狩人の職技能は上昇しないので、獲物の解体や革剥ぎ、薬草や果実の採取技術などは、気合いと根性で必死に頑張り、人一倍勉強して克服した。

ーーーーー

「ファイ、頑張ってるわね」

 教会の書庫で草木図鑑を書き写していたら、リリナが声を掛けて来た。
 リリナは薬師の天職を得た女の子で、最近教会の書庫で良く会う。
 天職の宣託前、教会の学問所では喋ったことがほとんど無かった。
 村一番の勉強家で秀才、しかも陽気な美人さんだ。

「森の事を勉強するのが俺の商売だからね、書き写して持ち歩いてるんだ」
「ふーん、字も絵も綺麗で羨ましいわ」

 盗賊には偽造技能の一つとして模写が職技能としてある。

「狩人は手先が器用だからね」
「あっ、それペペロ草ね。今度実習で使うんだけど高いのよねー」

 ペペロ草は特徴がはっきりしている草だ。
 森の奥の限られた場所で群生している。

「どの位必要なんだい」
「そーね、十本くらいかしら」
「それなら、明日の狩のついでに取って来てあげるよ」
「えっ、本当。ありがとう、ファイ」

 翌日の夕方、一束を持ち帰り、ただであげたら喜んで抱き付いて来た。

「助かったわー、見習い時期の薬師って貧乏人なの」

ーーーーー

 努力は必ず報われる、これが僕の最近のポリシーになっている。
 経験値が貯まってレベルアップした。
 特殊技能の穴の持続時間がまた倍になり、二十セア(秒)に伸びた。
 発動可能回数も四回となり、指先からの穴の深さも六十ナイ(センチ)になった。

 ミロの姿が余裕で拝める様になった。
 ミロは、風呂から部屋に戻って来ると、バスタオルをハラリと落した後、手足にクリームを塗ってから着替える。
 ベットに腰掛け、片膝立ててクリームを塗っているミロの姿なんかは、鼻血と涙が出る程うれしくて、跪いて拝みたいくらいだった。
 クリームは、ミロが家の仕事を手伝った御駄賃を貯めて買ったのだろう。
 でも、残り少なそうなのが凄く心配だったので、新しいのを買ってあげた。

「うわー、お兄ちゃんありがとう」
「何時も世話になってるしな、それに俺は今金有るし」
「でもなんで私がこれ使ってるの知ってたの」
「えー、そのー、ウー。そうだ、そうだ、カミラに聞いたんだ」
「ふーん、まあ良いわ。貰っておく」

 能力はすべてミロの鑑賞に使いたかったのだが、技能の把握も必要だと考え、自分の部屋の中で穴の技能を確認してみた。
 今まで必ず壁に穴を開けていたのだが、壁以外の場所にも穴を開けられることが解った。
 目の前の何も無い空間に壁をイメージして指をプチッと突っ込むと、そこに穴を開ける事が可能だった。
 穴の中に指を突っ込んでみると、目の前で自分の指が消え、六十ナイ先で自分の指が宙に浮いている。
 なんか不思議な光景だった。
 お告げの時の初期情報らしきものがあって、穴の向う側からはこちらが見えなことは知っていたが、反対側からは指も通らないようだった。
 こちら側からの、一方通行の穴と言う事らしい。
 こちら側からならば、指以外の物、穴の太さ以下のペンの様な物ならば、通過可能だった。
 通過させている最中に穴が消えた場合、単に穴が無い状態に戻るだけで、通過している物が破壊される様な事は無かった。
 穴の深さは意識する事により調整可能だった。
 穴を開ける事が可能な指は、人差し指から小指までで、足の指では穴が開かなかった。

ーーーーー 

「凄いじゃないかファイ、銀貨四百枚なんて、お前たちの年代じゃ一番なんじゃないか」

 納品してあった毛皮や肉の月の支払いが昨日あった。
 気が付いたら先月は銀貨四百枚稼いでいた。
 普通の職人さんの月の稼ぎですら銀貨二百枚、まだ見習い状態の僕と同年代の連中ならば、銀貨五十枚が良いところだ。
 でもレベルアップの為に頑張っていたら、何となくそれだけの稼ぎになっていただけで、正直あまり興味がない。
 第一、狩の道具と筆記用具以外、あまりお金を使う機会が無いのだ。
 家にお金を入れると言ったのだけれど、父さんから自分で使えと言われてしまった。
 母さんからは、僕が狩から持ち帰る、肉や茸や果実や芋だけでもう十分だと言われてしまった。

 リリナとはまだ教会の書庫で良く会う。
 薬草を時々持ち帰ってあげるので、替りに手作りの傷薬なんかを貰っている。

「四分の一の大きさに書き写すなんて、それ何なの。私の倍以上早いし」
「この大きさの方が持ち運びし易いんだよ」

 僕は今、薬草図鑑を模写している。
 リリナも同じ本を模写していたので、書き写す速さがはっきりしてしまう。
 リリナは、文字部分は早いのだが、絵が苦手のようだ。
 難しい絵は時々手伝ってあげている。

「くー、ファイの絵と私の絵って何でこんなに違うのかしら」

 リリナは全体の形を見比べて絵を描こうとしている。
 僕は全体を二十等分して、それぞれの部分の形を記号として暗記し、正確に書き写している。 

「リリナ、甘い物でも食べに行かないか」
「んー?私お金無いわよ」
「昨日、月の支払いが有ったから、俺が奢るよ」
「へー、ファイって一杯稼いでいるってみんな噂してるんだけど、内緒にするから幾らなのか教えて」
「銀貨四百枚」
「えー!びっくり。それなら奢って、奢って、奢って」

 教会を出たら、カミラとばったり会ってしまった。
 カミラは何か僕を睨んでいる。

「カミラ、ファイって大金持ちなの、甘い物奢ってくれるんですって」
「良かったわね」
「カミラも一緒にどうだ」
「勿論よ」

 険悪な雰囲気にもならず、二人は楽しそうに御喋りしながら付いて来る。
 僕の一人相撲で、二人の僕に対する気持ちはこんな物なのだろう。

 近道を通ろうと思い、住宅地の裏路地を抜けようとしたら、三人の男達に行く手を塞がれた。
 逃げようとしたら、背後も三人の男達で囲まれていた。

「おう、ファイ。女二人連れなんて良い御身分だな。てめー金回りが良いだってな、少し俺達に寄付してくれよ」
「お嬢ちゃん達は置いていけよ。これから為になる事教えてやるからよー。けっ、けっ、けっ」
「初めてだろうから、懇切丁寧に教えてやるぜ。ひっ、ひっ、ひっ」
「ファイにも男教えてやろうぜ」
「んー、じゃ、身包み剥ぐか」

 僕の職業を譲ってやりたい連中なのだが、この連中の職業は農夫と牛飼いだ。
 それが面白くなくて毎日遊び回り、村の鼻摘まみ者になっている。
 ボス格のデリルは、二十歳を超えていた筈だ。
 カミラもリリナも僕の背中に掴って震えている。

「カミラ、リリナ。危ないから俺から離れろ」
「うん」
「ひっ、ひっ、ひっ、こいつやる気だぜ。女の前で恰好つけやがって。思い知らせてやるぜ」

 デリルが近付いて来た。
 背丈は僕よりも頭一つ高い、身体付きも僕より二回り大きい。
 射程に入った、僕はポケットの中へ突っ込んだ右手でデリルの腿の前に穴を作り、ポケットに隠し持った長針を突き刺した。

「うっ」

 デリルが腿を押えた。
 僕は一瞬でデリルの背後に回り、喉元にナイフを押し当てた。
 僕はこの方法で二度、森の中で命を拾っている。
 一度目の相手はゴブリンだった。
 二度目の相手はオークだった。
 オークの首を掻き切った時の、血の噴き出すぞくぞくした感覚が蘇って来て、目の前が白くなる。

「ぎゃー、助けてくれー」

 デリルの叫び声で我に返った。
 腕の力を抜くと、転がる様にデリル達が逃げて行った。
 デリルは失禁しているようだった。

 この背後を取る技は、盗賊の技能だ。
 盗賊の血が騒いで、危なく人を殺してしまうところだった。

「きゃー、ファイ、恰好良い」
「わー、ファイ、素敵」

 二人が飛び付いて来た。
 二人には、僕が人を殺しそうになったことが、ばれていないようだ。
 まだ心臓がどきどきしている。

「さあ、甘い物食べに行こう」 
 
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