上 下
25 / 83

25 鵺

しおりを挟む
「迷ったんじゃないのオーク。馬鹿だから」
「いや、合っている。絶対にここだ、テオ」
「なんかここに見えるの、オーク。何も無いでしょ、寝ながら説明聞いてたんじゃないの」
「ああ、何も無いがここだ。ミューア」
「頑固だわね、間違いを認めて私達に謝りなさいよ。土下座よ、土下座、さあ」
「いや、間違ってないぞ。ファーレ」

邪霊騒動での人々の僕への関心が薄れた頃、変わった依頼が一件入った。
こねを使って強引に神殿へ持ち込まれた依頼で、東門外の、馬車で一時間程行った場所にある倉庫に取り付いた怨霊の討伐依頼だった。
シルベニアで売る肉の熟成庫で、ミトラス商会というシルベニアで流通する肉の三割を商っている大きな商会が所有する倉庫だった。

怨霊を急いで駆除しなければ肉の値段が倍になると聞いて、神殿も断わり切れなかったらしい。

商会の職員に書いて貰った地図を頼りに東門を出発したのだが、目的地近辺で道が急に無くなり、切立った崖になっていたのだ。
周囲には森が広がっているだけで、倉庫の影も形も無い。
期限切れの肉を只で貰おうとファーレが荷車を借りて来たのだが、このままでは荷車の賃料が無駄になってしまう。
それでファーレは、八つ当たり気味に撲を責めている。

でもここに倉庫が無いのは、僕の責任じゃない。
猟師の小屋なら見逃した可能性も有るが、シルベニアに肉を供給する大倉庫だ。
眠っていても見逃す筈が無い。

仕方が無いので、東門に戻ろうと荷車を反転させたら、森からなにか大きな黒い影が飛び出して来てた。
荷車を曳かせていた馬、正確には馬に似た鹿だと思うのだが、が急に暴れ出して荷車が横転する。
空中で四人を回収して着地した。

「オーク、鵺よ」

身の丈四メートルの鋭い牙と爪を持った、黒い毛に覆われた大猿だった。
マンドリルの様な白い頬と赤い鼻を持ち、額に一本角を生やしている。
隷属の首輪をしているから、飼い鵺なのだろう。
背中に退化した小さな翼、尻には悪魔の様な尻尾を生やしている。

飼い主に心当りは有る。
あの時に殴り殺して置けば良かった。
僕を殺せと命じられているのだろうから、僕が死ななければ、この子らは喰われないだろう。

『うわー』

それでも念のため、四人を手近な木の上に放り投げて置いた。
荷から棍棒を抜出し、久々に身構える。
身の丈も肩幅も僕の倍以上、腕は僕の胴回りより太い。
爪一本、一本が山刀くらいの大きさがある。

無理、無理、無理、絶対に無理。
怪物相手に棍棒を構えている僕の姿を想像すると、滑稽で笑い出しそうになる。
膝が笑っているし、パンツに少しちびった気がする。

”ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ”

僕の頬が引き攣っているのを、笑ったいると勘違いしたのか、鵺が嬉しそうに笑っている。

”バチッ”

電撃と衝撃が右脇腹に走り、気が付いたら僕の身体が宙に舞っていた。
右脇腹を爪で引っ掻かれたらしいのだが、振った腕の動きが全然見えなかった。
電撃を纏った爪、鎖のTシャツのお蔭で腸をぶち撒けないで済んだが、肋骨は何本か行かれた。

「グファッ」

転がって衝撃を逃して身構えたら、目の前に鵺が立っていた。

”ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ”

追撃せずに嬉しそうに笑っている。
手に入れた玩具で遊びたいらしい。
くそっ、渾身の力を込めて目の前の足首に棍棒を振り下ろす。

”ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ”

僕の抵抗を喜んでいるだけで、全然効いていないようだ。

”バチッ”

今度は左脇腹に衝撃が走り、宙に舞っていた。

鵺の攻撃を喰らいながら必死に逃げ回り、時々無駄とは解っているが棍棒で攻撃する。
実際は短い時間なのだろうが、僕には永遠の時間の中を蠢いている様に感じた。
真面に呼吸が出来ないし、視界は半分血で覆われている。
左腕は肩からだらんと捻れて下がっているだけだし、左足の膝から下は変な方向を向いている。

「グワッ」

四人を放り上げた木の下に転がった時、ミューアが木から飛び降りて来て泣きながら癒してくれた。
ミューアに耳打ちし、瞳に力が籠ったことを確認して木の上に放り上げる。
再び逃げ回り、崖際に追い詰められた時に、背中に爪の衝撃を受けながら、四つん這いで股の間を潜って逃れる。

視界の隅にテオの手を挙げて合図を送る姿が入る。

「ぎゃー!!!」

渾身の力を込めて叫ぶ。
鵺が棒立ちとなって身体を硬直させている。
ミューアに頼んだ伝言は、僕の声が鵺の耳の中で聞こえる様にするテオへの指示。
視覚、聴覚、嗅覚の優れた魔獣なら、耳の中で叫べばショックを受けると思ったのだ。

硬直している鵺に突撃し、両足を抱えて足を掬う。
そう、ラグビーのタックルだ。
そしてそのまま、崖下へ鵺を抱えてダイブした。

硬直が解けた鵺が必死で爪を僕の背中に振り下ろす。
物凄い衝撃だが、必死に意識を繋いで手は離さない。
これは賭けだ、身体の大きい鵺の方が先に下の大岩に激突する、その後、鵺をクッションにして僕が生き残れるかどうかだ。

万が一僕が失敗しても、ミューアには、直ぐに逃げろと伝えてある。
この高さの崖だ、手負いの鵺なら簡単に後を終えないだろう。
宿の書斎の引き出しには、四人が僕から自分を買い戻す契約書も作って入れてある。
それで奴隷の身分からは解放してやれる。
後は僕が残した財産で、成人するまで生活はできるだろう。

三十八年なら僕は十分に生きた、それに少女とセックスするという想いは、十分にお釣りが来るくらい果したから悔いはない。

”ギャン!”

鵺が脳天から大岩に追突した衝撃が来た。
そして次の衝撃で、僕の意識が遠退いた。

”オーク、オーク、オーク”

天使が撲を覗き込んでいる、ここは天国なのだろうか。

「オーク、何寝ぼけてるのよ」
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた

楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。 この作品はハーメルン様でも掲載しています。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

処理中です...