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槇島城の戦い~高屋城の戦い
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袴姿もいと尊し。薙刀を構え、白い鉢巻とたすき掛けで戦闘態勢に彩られた雰囲気は、さながら下界の戦場へ降り立った女神様のようだった。
帰蝶だ。しかも、その後ろには何故か同じ格好をしたお市までいる。二人共、安土城で俺の帰りを待ってくれているはずなのに、どうして。
「あんた、何簡単に捕まってんのよ! 馬鹿! もうちょっと抵抗しなさいよ!」
尽きない疑問に困惑する俺に、お市がそう叫ぶ。
いや、頑張って抵抗したつもりだったんスけど……と、心の中で反論しているとおっさんは彼女らを見ながら、笑顔で口を開いた。
「お姉さんたち、こんなところでどうしたんだい? ここは危ない。早く外へ避難しないと」
「プニ長様を離しなさい」
おっさんの言葉を聞き入れる様子の無い帰蝶が、さっきの台詞を繰り返す。鋭い視線と溢れる闘志が、さもなくば斬る、と言っていた。
しかし、おっさんに動じる様子は一切ない。それどころか、不気味にくっくっく……と笑い始める。
「いやあ、これは困ったね。女性と戦うのは趣味ではないんだ」
漫画の序盤とかに出て来る中ボスかよ。
こいつ、全然浄化されてないしむしろ性格まで変わってるやん。一般の雑魚キャラから品のある魔族になった感じと言えばわかってもらえるだろうか。
きゅるりんビ~ムは、心を浄化するのではなく消化し、一から作り変えるものだったということになりそうだ。その際に耐性がついてしまうと。もうわけがわからんしどうでもいいな。
薙刀を構えたまま、帰蝶が一つ歩を進める。
「これが最後です。プニ長様を離しなさい」
「嫌だと言ったら?」
そんなお決まりの文句が放たれると同時に帰蝶が地を蹴り、駆け出した。あっという間に彼我の距離がゼロになる。
揺れる鉢巻の尾と美しい黒髪。帰蝶の視線は、依然不敵な笑みを浮かべたまま動こうとしないおっさんを捉えて離さない。
薙刀の間合いに入った瞬間、帰蝶は斜め下に向けて構えたそれを、そのまま横に振った。
当然、何も武器を持たないどころか俺を腕に抱えているおっさんは、この距離では何もすることが出来ない。手の届かないところから襲い来る刃を、一体こいつはどういなすつもりなのだろうか。
そして、遂におっさんの足が斬られようという、その瞬間が訪れ……。
「ぐわああああぁぁぁぁ!!!!」
いや、普通に斬られるんかい。
「えっ」
帰蝶も、まさかそんなに素直に斬れるとは思っていなかったのだろう。明らかに困惑している。この子は人を斬ることに慣れていないから、尚更だ。
おっさんは俺を手放し、斬られた箇所を手で押さえながら、地面をのたうち回り始めた。
「あの……」
大量に流れる血を目の当たりにして、帰蝶は泣きそうな顔で固まってしまっている。俺はすかさず帰蝶の足下に走り寄って声をかけた。
「キュキュン(行こう)」
「プニ長様……ご無事ですか!? お怪我は」
我に返り、俺の心配をしてくれる帰蝶に、尻尾を振って大丈夫だと伝える。
「義姉上! 兄上を助けたのなら早く出なきゃ!」
「そうだね。プニ長様、参りましょう!」
「キュ(おう)」
おっさんの仲間と思われる追手と戦っていたらしい。明智兵でも織田兵でもないやつら数人を斬り伏せたお市がこちらを振り返って叫ぶと、帰蝶が呼応した。
少し離れたところにいるお市の先導に従って、俺たちは正門を目指していく。この二人がどうしてここにいるのかは予想もつかないけど、とにかく後回しだ。今は皆でここを脱出することだけを考えよう。
「こっちも通れなくなってる! 義姉上、あっち!」
「わかった!」
来た道も、すでにいくつかは柱が焼け落ちて通れなくなっていたらしい。単純に引き返すのではなく、道を探りながら進んでいく。
「もうそろそろだから、二人共頑張って!」
そして、正門が近づいて来たことをお市が告げる。やはりいざという時になると本心を隠す余裕がなくなるらしい。本当にいい子だと思う。
帰蝶もお市も、汗だくだ。袴を着たまま炎の中にいるのだからそうなる。でも、辛いのもあと少し。あと少しで、家族や家臣たちとの楽しい余生が待っている。
出口へ向けて改めて駆け出した。しかし……。
世の中とは、そうそううまく行かないように出来ているものだ。
焼ける木の呻き声。
ばちばちと弾ける音に紛れて、みしみしと、木の軋む音が響く。
衝撃。
炎の塊かと見紛うような、燃え盛る木の柱が落ちて来た。天井を構成している木材の一部だったものだろう。
「きゃっ!」
「義姉上! 兄上! 大丈夫!?」
「大丈夫! だけど……」
帰蝶の言う通り、幸い三人共怪我はしていない様子だ。けど。
「これ、どうすんのよ……」
絶望的な表情で、お市がつぶやく。
崩落した柱が、俺たちとお市を分断してしまっている。ここが塞がれてしまうと迂回する道はなく、引き返して裏口を目指すしかなくなってしまう。
「裏口へ参りましょう! お市ちゃんはそのまま正門へ向かって!」
帰蝶が俺とお市にそう叫んで振り返る。しかし。
「!」
天井から木の軋む音が聞こえ、直後にそれが激しい衝撃音へと変わる。
裏口方面へと通じる道に、炎の柱が落下した。それはまるで死神が鎌を振り下ろしたかのように、通路を一刀両断して塞いでしまう。現在俺たちがいる場所は、これによって四方を炎に囲まれた。
つまり、俺と帰蝶は身動きが取れなくなってしまったのだ。
四面楚歌な状況に立ちすくむ帰蝶。頬を伝ってゆく汗は、熱さだけで流れているものではないのかもしれない。
「義姉上! 兄上!」
先ほどと同じ台詞を、お市は今にも泣き出しそうな表情で叫ぶ。
けど、帰蝶はそれとはまるで対照的に、死地にいるとは思えない程の穏やかな表情で振り返り、言った。
「私たちは大丈夫。だから、お市ちゃんは先に逃げて」
「大丈夫って、何がよ! こんなの、どうやったって……」
お市はそう言いながら力なく俯き、
「どうやったって……」
またぽつりとつぶやいた。その表情は前髪に隠れて見えていなくても、容易に想像が出来る。
帰蝶は子供を諭すように優しく、けどはっきりと繰り返す。
「お願い、先に逃げて」
先に逃げて欲しい。
二人を見捨てたくない。
二人の願いは対立していても、その想いは重なっている。この場にいる全員がお互いに愛し合っているからだ。
もちろん愛の形はそれぞれに違う。家族に対する愛、恋人に対する愛、飼い犬に対する愛……それでも、「愛」であることに変わりはない。
だから、本当は心優しいお市はきっと今、自身の気持ちと帰蝶の気持ちを照らし合わせて悩んでいるのだろう。
やがて、決意した様子で顔をあげた。
「助けを呼んでくる!」
走り去っていくお市を見つめる帰蝶の眼差しは優しく、そしてどこか安心しているようにも見える。
俺も帰蝶も、恐らくは同じ気持ちだ。
お市の背中が見えなくなった頃、帰蝶はこちらを振り向いて正座し、薙刀を床に置くと、俺をそっと抱き上げてくれた。
「プニ長様……申し訳ございません」
不思議だ。さっきまであんなに恐怖で震えて、だけど闘志で熱を帯びていた自分の身体が、今では驚くほどに平常を取り戻している。いや、むしろそれよりも静かになっているかもしれない。
例えるなら、静かな森の中にある湖の、その水面のように穏やかで澄んでいて、優しくて……。俺たちを囲む火の、その身を焦がすような熱さも、どこか遠い別の世界のもののように感じられる。
「こんな状況なのに私、嬉しいと感じてしまったのです」
恐らく、じゃなかった。俺たちの気持ちは同じだ。
帰蝶だ。しかも、その後ろには何故か同じ格好をしたお市までいる。二人共、安土城で俺の帰りを待ってくれているはずなのに、どうして。
「あんた、何簡単に捕まってんのよ! 馬鹿! もうちょっと抵抗しなさいよ!」
尽きない疑問に困惑する俺に、お市がそう叫ぶ。
いや、頑張って抵抗したつもりだったんスけど……と、心の中で反論しているとおっさんは彼女らを見ながら、笑顔で口を開いた。
「お姉さんたち、こんなところでどうしたんだい? ここは危ない。早く外へ避難しないと」
「プニ長様を離しなさい」
おっさんの言葉を聞き入れる様子の無い帰蝶が、さっきの台詞を繰り返す。鋭い視線と溢れる闘志が、さもなくば斬る、と言っていた。
しかし、おっさんに動じる様子は一切ない。それどころか、不気味にくっくっく……と笑い始める。
「いやあ、これは困ったね。女性と戦うのは趣味ではないんだ」
漫画の序盤とかに出て来る中ボスかよ。
こいつ、全然浄化されてないしむしろ性格まで変わってるやん。一般の雑魚キャラから品のある魔族になった感じと言えばわかってもらえるだろうか。
きゅるりんビ~ムは、心を浄化するのではなく消化し、一から作り変えるものだったということになりそうだ。その際に耐性がついてしまうと。もうわけがわからんしどうでもいいな。
薙刀を構えたまま、帰蝶が一つ歩を進める。
「これが最後です。プニ長様を離しなさい」
「嫌だと言ったら?」
そんなお決まりの文句が放たれると同時に帰蝶が地を蹴り、駆け出した。あっという間に彼我の距離がゼロになる。
揺れる鉢巻の尾と美しい黒髪。帰蝶の視線は、依然不敵な笑みを浮かべたまま動こうとしないおっさんを捉えて離さない。
薙刀の間合いに入った瞬間、帰蝶は斜め下に向けて構えたそれを、そのまま横に振った。
当然、何も武器を持たないどころか俺を腕に抱えているおっさんは、この距離では何もすることが出来ない。手の届かないところから襲い来る刃を、一体こいつはどういなすつもりなのだろうか。
そして、遂におっさんの足が斬られようという、その瞬間が訪れ……。
「ぐわああああぁぁぁぁ!!!!」
いや、普通に斬られるんかい。
「えっ」
帰蝶も、まさかそんなに素直に斬れるとは思っていなかったのだろう。明らかに困惑している。この子は人を斬ることに慣れていないから、尚更だ。
おっさんは俺を手放し、斬られた箇所を手で押さえながら、地面をのたうち回り始めた。
「あの……」
大量に流れる血を目の当たりにして、帰蝶は泣きそうな顔で固まってしまっている。俺はすかさず帰蝶の足下に走り寄って声をかけた。
「キュキュン(行こう)」
「プニ長様……ご無事ですか!? お怪我は」
我に返り、俺の心配をしてくれる帰蝶に、尻尾を振って大丈夫だと伝える。
「義姉上! 兄上を助けたのなら早く出なきゃ!」
「そうだね。プニ長様、参りましょう!」
「キュ(おう)」
おっさんの仲間と思われる追手と戦っていたらしい。明智兵でも織田兵でもないやつら数人を斬り伏せたお市がこちらを振り返って叫ぶと、帰蝶が呼応した。
少し離れたところにいるお市の先導に従って、俺たちは正門を目指していく。この二人がどうしてここにいるのかは予想もつかないけど、とにかく後回しだ。今は皆でここを脱出することだけを考えよう。
「こっちも通れなくなってる! 義姉上、あっち!」
「わかった!」
来た道も、すでにいくつかは柱が焼け落ちて通れなくなっていたらしい。単純に引き返すのではなく、道を探りながら進んでいく。
「もうそろそろだから、二人共頑張って!」
そして、正門が近づいて来たことをお市が告げる。やはりいざという時になると本心を隠す余裕がなくなるらしい。本当にいい子だと思う。
帰蝶もお市も、汗だくだ。袴を着たまま炎の中にいるのだからそうなる。でも、辛いのもあと少し。あと少しで、家族や家臣たちとの楽しい余生が待っている。
出口へ向けて改めて駆け出した。しかし……。
世の中とは、そうそううまく行かないように出来ているものだ。
焼ける木の呻き声。
ばちばちと弾ける音に紛れて、みしみしと、木の軋む音が響く。
衝撃。
炎の塊かと見紛うような、燃え盛る木の柱が落ちて来た。天井を構成している木材の一部だったものだろう。
「きゃっ!」
「義姉上! 兄上! 大丈夫!?」
「大丈夫! だけど……」
帰蝶の言う通り、幸い三人共怪我はしていない様子だ。けど。
「これ、どうすんのよ……」
絶望的な表情で、お市がつぶやく。
崩落した柱が、俺たちとお市を分断してしまっている。ここが塞がれてしまうと迂回する道はなく、引き返して裏口を目指すしかなくなってしまう。
「裏口へ参りましょう! お市ちゃんはそのまま正門へ向かって!」
帰蝶が俺とお市にそう叫んで振り返る。しかし。
「!」
天井から木の軋む音が聞こえ、直後にそれが激しい衝撃音へと変わる。
裏口方面へと通じる道に、炎の柱が落下した。それはまるで死神が鎌を振り下ろしたかのように、通路を一刀両断して塞いでしまう。現在俺たちがいる場所は、これによって四方を炎に囲まれた。
つまり、俺と帰蝶は身動きが取れなくなってしまったのだ。
四面楚歌な状況に立ちすくむ帰蝶。頬を伝ってゆく汗は、熱さだけで流れているものではないのかもしれない。
「義姉上! 兄上!」
先ほどと同じ台詞を、お市は今にも泣き出しそうな表情で叫ぶ。
けど、帰蝶はそれとはまるで対照的に、死地にいるとは思えない程の穏やかな表情で振り返り、言った。
「私たちは大丈夫。だから、お市ちゃんは先に逃げて」
「大丈夫って、何がよ! こんなの、どうやったって……」
お市はそう言いながら力なく俯き、
「どうやったって……」
またぽつりとつぶやいた。その表情は前髪に隠れて見えていなくても、容易に想像が出来る。
帰蝶は子供を諭すように優しく、けどはっきりと繰り返す。
「お願い、先に逃げて」
先に逃げて欲しい。
二人を見捨てたくない。
二人の願いは対立していても、その想いは重なっている。この場にいる全員がお互いに愛し合っているからだ。
もちろん愛の形はそれぞれに違う。家族に対する愛、恋人に対する愛、飼い犬に対する愛……それでも、「愛」であることに変わりはない。
だから、本当は心優しいお市はきっと今、自身の気持ちと帰蝶の気持ちを照らし合わせて悩んでいるのだろう。
やがて、決意した様子で顔をあげた。
「助けを呼んでくる!」
走り去っていくお市を見つめる帰蝶の眼差しは優しく、そしてどこか安心しているようにも見える。
俺も帰蝶も、恐らくは同じ気持ちだ。
お市の背中が見えなくなった頃、帰蝶はこちらを振り向いて正座し、薙刀を床に置くと、俺をそっと抱き上げてくれた。
「プニ長様……申し訳ございません」
不思議だ。さっきまであんなに恐怖で震えて、だけど闘志で熱を帯びていた自分の身体が、今では驚くほどに平常を取り戻している。いや、むしろそれよりも静かになっているかもしれない。
例えるなら、静かな森の中にある湖の、その水面のように穏やかで澄んでいて、優しくて……。俺たちを囲む火の、その身を焦がすような熱さも、どこか遠い別の世界のもののように感じられる。
「こんな状況なのに私、嬉しいと感じてしまったのです」
恐らく、じゃなかった。俺たちの気持ちは同じだ。
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