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槇島城の戦い~高屋城の戦い
佐久間のじいさん
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よく考えろ。ここで明智を畿内方面軍の司令官から降ろしたところで、本当に本能寺の変は防げるのか?
この世界における主従関係はボランティアじゃない。君主に何でもかんでも無条件で付き従いますなんてそんなうまい話はないのだ。
俺や六助が何かの目的で戦を起こすとして、それに勝利した際には、俺たちだけではなく、頑張って戦ってくれた家臣たちにも何かメリットがないといけない。つまりは褒美だ。褒美で家を大きくするために彼らは仕えてくれている。
何かの戦に対する褒章ではないものの、畿内方面軍司令官への抜擢というのは出世であり、明智にとって紛れもない褒美に当たるはず。
めちゃくちゃなやつだし騒がしいし普段は側にいて欲しくないけど、明智はとても有能な人材だ。本能寺の変さえなければ、大軍勢を率いる指揮官としては申し分ないだろう。多分。
それを俺の独断で拒否してしまえば恨みを買う可能性が高い。そうなれば、本能寺の変を待たずしてあいつに裏切られることだってあり得る。
六助が明智を司令官にしようとしていることは、恐らくここにいる三人しか知らない。とはいえ、それを秘密にしてもらう手段も理由もない。ソフィアはいないしいたところで「明智が謀反を起こして俺を殺すかもしれないから、方面軍を任せることは出来ない」なんて説明するのか?
あいつが裏切ることに関して、何の証拠もない今の段階では荒唐無稽過ぎる。さすがの帰蝶もドン引きだろう。
……となれば、俺が取るべき方法は一つしかない。
それは佐久間を説得すること。そもそも、あいつが隠居しなければ新しく畿内方面軍の司令官を任命する必要がなくなる。これが一番手っ取り早く、端から見ていて不自然さもないはずだ。
まあ、佐久間のじいさんとは特に仲良くもなかったし、優秀なやつだとも思わなかったけど……この際細かいことはどうでもいい。
俺は六助と帰蝶に視線を送った後、一度外に向かって歩き出し、部屋の出口のところで振り返った。これで「ついてきな」のニュアンスが出るはず。
「プニ長様……?」
「厠でしょうか」
突然吠えまくったかと思えば静かになり、歩き出したのだ。二人が動揺するのも無理はないだろう。
六助はただ呆然としていて、帰蝶はおろおろとした様子で俺が漏らしそうなのではないかという心配をしてくれた。
こうしていても仕方がないので、てこてこと前進すると、二人がとりあえずといった感じでついて来る気配を感じ取ることが出来る。俺はそのまま部屋を出て階段を下り、天守を後にした。
天守や本丸のある一角から出て、安土城内をゆっくりと歩いて行く。六助だけならともかく、帰蝶を走らせるわけにはいかない。
空を埋めている雲たちが陽光を遮り、天気を不透明にしている。春とも夏ともつかない独特の湿った空気が、肌に纏わりつくように漂っていた。
安土城の城郭は安土山全体に拡がっていて、山腹や麓周辺には家臣たちの屋敷も建っている。城持ちになったやつらは別荘ということになるけど。
そして、佐久間の屋敷もその中にあるはずだ。重鎮だし、恐らくは割と天守や本丸から近い位置に。
二人はいかにも「一体どうしたんだろう?」と言いたげな顔をしながら俺の後をついてくる。でも、その表情は頂上を離れて麓へと降りていく階段を下っている時に段々と変化していった。
やがて、二人は結論に達したらしい。帰蝶が声をかけてくる。
「もしや、佐久間殿のお屋敷をお探しですか?」
振り返って尻尾を振ると彼女の表情が晴れた。「やはり」と、胸の前で両手をぽんと合わせている。嬉しそうなところが可愛い。
「なるほど。今からプニ長様が明智殿の屋敷に直接お参りになる意味は薄い。佐久間殿をやめないよう、説得なさるというわけですな」
たしかに、俺がこれから明智の下へ直接行くとしたら、それは「これから畿内軍をよろしく」的な労いの言葉を正式発表前に先んじてかけにいくということ。任命の件は俺たち以外まだ誰も知らないしな。
そして、それは今すぐ急ぎでやる必要のないことだ。そもそもそれだと俺があれだけ吠えて騒ぎ立てた意味がわからない。
吠えた理由は明智の任命、もしくは佐久間の隠居が気にくわないことであり、俺がこれから直接どこかに向かうとなれば、佐久間の屋敷でほぼ確定になる。二人の思考はそういうことらしかった。
まあ、言葉が通じれば明智に面談に行く可能性とかも残されているけどな。方面軍を任せるにたるか色々聞きに行く的なね。
六助が俺の横に並び、どこか嬉しそうに語る。
「実を言えば既に説得は試みたのですが……お恥ずかしい話、私では取り付く島もありませんでした。プニ長様が直接お参りになるのなら、また状況は変わってくるでしょう」
「佐久間殿は、織田家にとってとても大切な方ですものね」
帰蝶も横に来てそんな風に言った。
いや、正直佐久間自体はどうでもいいんだよな。明智に大軍勢の指揮権が渡らなければそれでいいだけだし。
というかむしろ、佐久間に対する個人的な印象はあまり良くない。典型的な「汚い大人、嫌な大人」のにおいがするからだ。本願寺に対しても消極的であまり自分から戦を仕掛けていなかったようだし、むしろ六助が引き留めたというのが意外だった。
でも、その辺りの話は今はどうでもいい。
「でしたら、私がご案内致します。どうぞこちらへ」
六助がいそいそと俺の前に出て、道の先を手で示しながら歩いて行く。そこからは先導に従って進んだ。
佐久間の屋敷に着くまでそんなに時間はかからなかった。大階段横の斜面を整地した土地にどすんと置かれるように建っている。庭もしっかりと備わっていて、別荘ながら何不自由なく生活出来そうだ。
庭で何やら仕事をしていた従者らしき人が俺たちに気付き、挨拶をしてから慌てて屋敷の中へと入って行った。
「プニ長様、わざわざご足労いただきまして誠にありがとうございます」
俺たちは客間へと通され、すぐに佐久間がやって来た。佐久間の向かいに俺、その右に六助、左に帰蝶が並ぶように座っている。
一礼を終えると、何事もないように口を開く。
「安土城竣工おめでとうございます。後ほど挨拶に伺おうと天王寺からこちらへ移動しておりました」
「キュキュン(ご丁寧にありがとうございます)」
「天守や本丸はとても華やかで、今の織田家を象徴するにふさわしいですよ。佐久間殿も是非その目で一度ご覧になってください」
といった六助の返しで世間話が行われると、一瞬の沈黙が流れ、佐久間が表情を引き締めてから話を切り出した。
「さて。今回ご足労いただきましたのは、もしや……」
「はい、そうです。あの件についてです」
「やはりですか」
佐久間はうつむきがちになりながら、話を続ける。
「ワシとしてもどうにかしたいとは思っておるのじゃが」
返答を聞いた六助の顔が一気に明るくなった。
「ということは、考え直していただけるのですね?」
「考え直すも何も、ワシとてあれは本意ではないからのう」
「そうでしたか。佐久間殿にも色々事情があるものとお見受け致します」
「うむ。以前から悩まされておってのう……」
佐久間は一度言葉を切ると、元気のない顔をあげてから言った。
「信栄の茶会好きには、本当に困らされておる」
「へっ?」
六助がぽかんと口を開けて声を漏らす。
うん、まあ、こいつら微妙に会話噛み合ってなかったよね……。
この世界における主従関係はボランティアじゃない。君主に何でもかんでも無条件で付き従いますなんてそんなうまい話はないのだ。
俺や六助が何かの目的で戦を起こすとして、それに勝利した際には、俺たちだけではなく、頑張って戦ってくれた家臣たちにも何かメリットがないといけない。つまりは褒美だ。褒美で家を大きくするために彼らは仕えてくれている。
何かの戦に対する褒章ではないものの、畿内方面軍司令官への抜擢というのは出世であり、明智にとって紛れもない褒美に当たるはず。
めちゃくちゃなやつだし騒がしいし普段は側にいて欲しくないけど、明智はとても有能な人材だ。本能寺の変さえなければ、大軍勢を率いる指揮官としては申し分ないだろう。多分。
それを俺の独断で拒否してしまえば恨みを買う可能性が高い。そうなれば、本能寺の変を待たずしてあいつに裏切られることだってあり得る。
六助が明智を司令官にしようとしていることは、恐らくここにいる三人しか知らない。とはいえ、それを秘密にしてもらう手段も理由もない。ソフィアはいないしいたところで「明智が謀反を起こして俺を殺すかもしれないから、方面軍を任せることは出来ない」なんて説明するのか?
あいつが裏切ることに関して、何の証拠もない今の段階では荒唐無稽過ぎる。さすがの帰蝶もドン引きだろう。
……となれば、俺が取るべき方法は一つしかない。
それは佐久間を説得すること。そもそも、あいつが隠居しなければ新しく畿内方面軍の司令官を任命する必要がなくなる。これが一番手っ取り早く、端から見ていて不自然さもないはずだ。
まあ、佐久間のじいさんとは特に仲良くもなかったし、優秀なやつだとも思わなかったけど……この際細かいことはどうでもいい。
俺は六助と帰蝶に視線を送った後、一度外に向かって歩き出し、部屋の出口のところで振り返った。これで「ついてきな」のニュアンスが出るはず。
「プニ長様……?」
「厠でしょうか」
突然吠えまくったかと思えば静かになり、歩き出したのだ。二人が動揺するのも無理はないだろう。
六助はただ呆然としていて、帰蝶はおろおろとした様子で俺が漏らしそうなのではないかという心配をしてくれた。
こうしていても仕方がないので、てこてこと前進すると、二人がとりあえずといった感じでついて来る気配を感じ取ることが出来る。俺はそのまま部屋を出て階段を下り、天守を後にした。
天守や本丸のある一角から出て、安土城内をゆっくりと歩いて行く。六助だけならともかく、帰蝶を走らせるわけにはいかない。
空を埋めている雲たちが陽光を遮り、天気を不透明にしている。春とも夏ともつかない独特の湿った空気が、肌に纏わりつくように漂っていた。
安土城の城郭は安土山全体に拡がっていて、山腹や麓周辺には家臣たちの屋敷も建っている。城持ちになったやつらは別荘ということになるけど。
そして、佐久間の屋敷もその中にあるはずだ。重鎮だし、恐らくは割と天守や本丸から近い位置に。
二人はいかにも「一体どうしたんだろう?」と言いたげな顔をしながら俺の後をついてくる。でも、その表情は頂上を離れて麓へと降りていく階段を下っている時に段々と変化していった。
やがて、二人は結論に達したらしい。帰蝶が声をかけてくる。
「もしや、佐久間殿のお屋敷をお探しですか?」
振り返って尻尾を振ると彼女の表情が晴れた。「やはり」と、胸の前で両手をぽんと合わせている。嬉しそうなところが可愛い。
「なるほど。今からプニ長様が明智殿の屋敷に直接お参りになる意味は薄い。佐久間殿をやめないよう、説得なさるというわけですな」
たしかに、俺がこれから明智の下へ直接行くとしたら、それは「これから畿内軍をよろしく」的な労いの言葉を正式発表前に先んじてかけにいくということ。任命の件は俺たち以外まだ誰も知らないしな。
そして、それは今すぐ急ぎでやる必要のないことだ。そもそもそれだと俺があれだけ吠えて騒ぎ立てた意味がわからない。
吠えた理由は明智の任命、もしくは佐久間の隠居が気にくわないことであり、俺がこれから直接どこかに向かうとなれば、佐久間の屋敷でほぼ確定になる。二人の思考はそういうことらしかった。
まあ、言葉が通じれば明智に面談に行く可能性とかも残されているけどな。方面軍を任せるにたるか色々聞きに行く的なね。
六助が俺の横に並び、どこか嬉しそうに語る。
「実を言えば既に説得は試みたのですが……お恥ずかしい話、私では取り付く島もありませんでした。プニ長様が直接お参りになるのなら、また状況は変わってくるでしょう」
「佐久間殿は、織田家にとってとても大切な方ですものね」
帰蝶も横に来てそんな風に言った。
いや、正直佐久間自体はどうでもいいんだよな。明智に大軍勢の指揮権が渡らなければそれでいいだけだし。
というかむしろ、佐久間に対する個人的な印象はあまり良くない。典型的な「汚い大人、嫌な大人」のにおいがするからだ。本願寺に対しても消極的であまり自分から戦を仕掛けていなかったようだし、むしろ六助が引き留めたというのが意外だった。
でも、その辺りの話は今はどうでもいい。
「でしたら、私がご案内致します。どうぞこちらへ」
六助がいそいそと俺の前に出て、道の先を手で示しながら歩いて行く。そこからは先導に従って進んだ。
佐久間の屋敷に着くまでそんなに時間はかからなかった。大階段横の斜面を整地した土地にどすんと置かれるように建っている。庭もしっかりと備わっていて、別荘ながら何不自由なく生活出来そうだ。
庭で何やら仕事をしていた従者らしき人が俺たちに気付き、挨拶をしてから慌てて屋敷の中へと入って行った。
「プニ長様、わざわざご足労いただきまして誠にありがとうございます」
俺たちは客間へと通され、すぐに佐久間がやって来た。佐久間の向かいに俺、その右に六助、左に帰蝶が並ぶように座っている。
一礼を終えると、何事もないように口を開く。
「安土城竣工おめでとうございます。後ほど挨拶に伺おうと天王寺からこちらへ移動しておりました」
「キュキュン(ご丁寧にありがとうございます)」
「天守や本丸はとても華やかで、今の織田家を象徴するにふさわしいですよ。佐久間殿も是非その目で一度ご覧になってください」
といった六助の返しで世間話が行われると、一瞬の沈黙が流れ、佐久間が表情を引き締めてから話を切り出した。
「さて。今回ご足労いただきましたのは、もしや……」
「はい、そうです。あの件についてです」
「やはりですか」
佐久間はうつむきがちになりながら、話を続ける。
「ワシとしてもどうにかしたいとは思っておるのじゃが」
返答を聞いた六助の顔が一気に明るくなった。
「ということは、考え直していただけるのですね?」
「考え直すも何も、ワシとてあれは本意ではないからのう」
「そうでしたか。佐久間殿にも色々事情があるものとお見受け致します」
「うむ。以前から悩まされておってのう……」
佐久間は一度言葉を切ると、元気のない顔をあげてから言った。
「信栄の茶会好きには、本当に困らされておる」
「へっ?」
六助がぽかんと口を開けて声を漏らす。
うん、まあ、こいつら微妙に会話噛み合ってなかったよね……。
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