上 下
95 / 150
槇島城の戦い~高屋城の戦い

新たなる英傑

しおりを挟む
 黒を基調とした毛並み。細く引き締まった肉体や尖って直立した耳には迫力を感じる一方で、つぶらな瞳には愛嬌がある。
 ドーベルマン。十九世紀後半にドイツで生み出されたこの犬種は、世界中で警察犬として採用され、軍用犬として戦地で活躍している。彼らの特徴である尖った耳と短い尻尾は、出来る限り弱点を少なくするために断耳、断尾をすることで人工的に作られているそうだ。
 いやー本当にかっこかわいいな、ドーベルマン。どう考えてもこの世界に存在すること自体おかしい犬種だけどそんなことはどうでも良くなってしまう。

「見惚れてる場合じゃないですよ、武さん!」
「キュン(はっ!?)」

 ソフィアの言葉で我に返る。そうだ、一番の問題はそのドーベルマンが何故武田の陣営にいるのかということだけど……。
 今までの流れで考えれば武田信玄の代わりということになるだろう。恐らくは家康が言っていた通り、信玄が病死したところに召喚と。いくらかツッコミどころはあるものの、そこはどうにか納得するしかない。
 そうなると、この犬を「父上」と呼んだやばいおっさんは信玄の息子ということになるんだけど……何て名前だったかな。

「勝頼、ですよ。武田四郎勝頼」
「キュン(サンキュ)」

 またあっさりと心を見透かされた心に軽く動揺しつつ、ソフィアに礼を言った。
 あれこれと考えている内にも武田信玄? は強衛門の方にとことこと歩み寄り、言葉を発する。

「ガウ」

 未知の生物に怯えているであろう強衛門は、それでも強固な姿勢を崩さずに今は武田信玄らしき犬を睨みつけている。

「何だこの犬は! これで俺をどうしようってんだ!」
「この無礼者が! この御方は我の父上にして甲斐武田家第十九代当主、武田法性院信玄様なるぞ!」
「父上って、犬じゃねえか! そうか、これが今流行りのお犬様ってやつだな? 確かにちったぁ尊いみてぇだが、プニ長様程じゃあねえ」
「貴様っ……!」

 勝頼は全身をわなわなと震わせながら、腰に帯びた剣に手をかけた。

「ガウ」

 するとそれを嗜めるように後ろから信玄? が吠える。

「父上。ではどうしろと仰るのですか?」
「ガウ」
「こいつを放免せよと!? ……ただし条件付きで、ですか」

 驚愕した勝頼は強衛門の方に向き直り、一つ咳ばらいをしてから説明する。

「父上はこう仰っている。これから長篠城の前に顔を出し、『援軍は来ない。諦めて城を明け渡せ』と叫べば助命し所領も望みのままに与えてやると。お前の豪胆さに感心なされたのだろう。感謝せい」
「……!」

 強衛門が息を呑む。
 一見して平和的な解決策のようではある。つまり、味方である長篠城の兵に対して「諦めろ」と強衛門に説得させるということだ。そうすれば武田も徳川方も、これ以上の死傷者を出すことなく戦を終わらせることが出来る。
 でも、易々と城を明け渡すというそんな徳川への忠誠に背くような行為を、生き様を大切にするこの世界の武士たちが受け入れるのだろうか。
 俺が疑問に思っているうちにも、強衛門は返答を用意していた。

「了解致した」
「うむ。それでいい」

 まあ強衛門がこの申し出を受け入れるのは仕様のないことだと思う。味方に嘘を吐き結果として家康を裏切るのは心が痛むだろうけど、やはり生き様よりも命を大切にすべきだ。これを断ったところで彼には何の利益もない。
 勝頼は満足げにうなずくと、背後にいる信玄の方を振り返る。

「父上も満足なさっておいでだ」

 どうでもいいけど、ほぼ確実に勝頼と信玄の会話は成立していない。人間と犬だしソフィアのような存在もいないのだから当然だ。
 信玄の意として語っているのは恐らく勝頼の本音だろう。彼自身が強衛門を気に入って逃がしてやりたいということだ。ツンデレかよ。

「おい、とうもろこしを抜いてやれ」
「はっ」

 勝頼の命令で一人の足軽が強衛門に近付き、尻から生えているとうもろこしに手を伸ばし、引いた。強衛門の顔が苦悶に歪む。

「ぐっ、ふぬぬっ……」

 そしてとうもろこしは見事に抜けた。

「ぬああああぁぁぁぁっ!! ……ふう」

 ようやく尻の苦痛から解放された強衛門は、嬉しさと寂しさの入り混じったような複雑な表情をしていた。

 話がついて準備が出来ると、強衛門は長篠城の前まで連れて行かれた。縄などで拘束されてはいないものの、周囲を敵が囲っていて逃げたりは出来ない状況だ。
 城の中にいる徳川兵が強衛門をじっと見つめている。

「さあ、御屋形様の仰った通りにするんだ」
「おう」

 そして、強衛門は一歩前に出ると信じられない行動を起こす。何と自分の前に居る武田兵を掴み、城を囲む堀に放り投げたのだ。
 成すすべもなく落ちていく武田兵には見向きもせず、強衛門は全力で叫んだ。

「あと数日で数万の援軍が到着する! それまで何としても持ちこたえよ!」

 やや弛緩していた武田方の空気が一瞬で張り詰めるのがわかった。約束を反故にされた勝頼の顔が、みるみるうちに怒りに歪んで行く。

「貴様っ……! 最初から、このつもりでっ!」
「繰り返す! あと数日で数万の援軍が到着する! それまで……」
「あいつを磔にし、尻にとうもろこしをねじ込めい!」
「はっ!」

 すぐに強衛門は捕らえられ、城の前で板と向かい合う形で磔にされた。そして丸出しになった尻に勢いよくとうもろこしが差し込まれていく。

「ぐああああぁぁぁぁっ!!!!」

 彼の顔からは苦痛に抗う以外の何か別の感情が読み取れる気もしたけど、気のせいだろう。というかそうであって欲しい。

「やはりすごいですね。とうもろこし、今度私も試してみます」
「キュン? (誰に?)」

 俺や帰蝶、は恐らくないから別の神とかに対してだろうか。女神の尻にとうもろこしを……いかん、想像してしまった。

「武さんのえっち! 変態!」
「キャンキャン! (お前に言われたくないわ!)」

 長篠城内にいる徳川兵も、皆社会的に死亡した強衛門の姿を眺めながら涙を流していた。映像はそのまま城内へと切り替わる。
 指揮官らしきおっさんが拳を突き上げながら叫んだ。

「忠臣、鳥居強衛門の死を無駄にしてはならぬ! 援軍が到着するまで、ここを死守するぞぉ!」
「オオオオオオ!」

 城全体を揺るがすほどの怒号が響き渡る。どうやら強衛門は、自らの死と引き換えに長篠城内の兵の士気を上げたらしい。その後もやつの尻からとうもろこしが抜かれることはなく、その異常な姿はそこで晒され続けていた。
 それが長篠城の守護神か、あるいは不吉の象徴になるのか。それはこれからの戦いで決まる……。

 そこで俺たちは一度、鏡から視線を外した。

「キュキュンキュン(中々すごかったな)」
「ええ」

 自然と顔を見合わせた俺たちは、ほぼ同時にそれを言った。

「キュンキュン(尻にとうもろこし)」「尻にとうもろこし」
「キュ、キュキュンキュン?(お前、もしかしてこれが見たかったのか?)」

 心外だと言わんばかりに、ソフィアは頬を膨らませる。

「なっ、そんなわけないでしょう! 武さんは私の事を何だと思ってるんですか?」
「キュウンキュンキュン(おっさんで変態だと思ってるけど)」
「へえー、そんなこと言っちゃっていいんですかねえ?」

 ソフィアは意味ありげに目を細めた。

「なら、以前に私が『胸が大きい』という発言をして以来、抱っこされる度にもぞもぞ動いて帰蝶ちゃんの胸の大きさをチェックしようとしてるの、ばらしちゃいますよ?」
「キュキュン(大変申し訳ございませんでした)」
「全く、武さんは本当にえっちですねえ」
「キュウン……キュキュン! キャキャンキャイン! ワオ~ン!(だって……だってしょうがないだろ!? あんなこと言われたら気になるに決まってるじゃん! それが男ってもんじゃんかよぉ!)」
「はいはい、どうどう」

 逆ギレ気味に興奮してしまった俺は、その後もしばらくソフィアに宥められていたそうな。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

わたしだけノット・ファンタジー! いろいろヒドイ異世界生活。

月芝
ファンタジー
「てめぇらに、最低のファンタジーをお見舞いしてやるから、覚悟しな」 異世界ノットガルドを魔王の脅威から救うためにと送り込まれた若者たち。 その数八十名。 のはずが、フタを開けてみれば三千人ってどういうこと? 女神からの恩恵であるギフトと、世界の壁を越えた際に発現するスキル。 二つの異能を武器に全員が勇者として戦うことに。 しかし実際に行ってみたら、なにやら雲行きが……。 混迷する異世界の地に、諸事情につき一番最後に降り立った天野凛音。 残り物のギフトとしょぼいスキルが合わさる時、最凶ヒロインが爆誕する! うっかりヤバい女を迎え入れてしまったノットガルドに、明日はあるのか。 「とりあえず殺る。そして漁る。だってモノに罪はないもの」 それが天野凛音のポリシー。 ないない尽くしの渇いた大地。 わりとヘビーな戦いの荒野をザクザク突き進む。 ハチャメチャ、むちゃくちゃ、ヒロイックファンタジー。 ここに開幕。

自衛官、異世界に墜落する

フレカレディカ
ファンタジー
ある日、航空自衛隊特殊任務部隊所属の元陸上自衛隊特殊作戦部隊所属の『暁神楽(あかつきかぐら)』が、乗っていた輸送機にどこからか飛んできたミサイルが当たり墜落してしまった。だが、墜落した先は異世界だった!暁はそこから新しくできた仲間と共に生活していくこととなった・・・ 現代軍隊×異世界ファンタジー!!! ※この作品は、長年デスクワークの私が現役の頃の記憶をひねり、思い出して趣味で制作しております。至らない点などがございましたら、教えて頂ければ嬉しいです。

【書籍化決定】神様お願い!〜神様のトバッチリを受けた定年おっさんは異世界に転生して心穏やかにスローライフを送りたい〜

きのこのこ
ファンタジー
突然白い発光体の強い光を浴びせられ異世界転移?した俺事、石原那由多(55)は安住の地を求めて異世界を冒険する…? え?謎の子供の体?謎の都市?魔法?剣?魔獣??何それ美味しいの?? 俺は心穏やかに過ごしたいだけなんだ! ____________________________________________ 突然謎の白い発光体の強い光を浴びせられ強制的に魂だけで異世界転移した石原那由多(55)は、よちよち捨て子幼児の身体に入っちゃった! 那由多は左眼に居座っている神様のカケラのツクヨミを頼りに異世界で生きていく。 しかし左眼の相棒、ツクヨミの暴走を阻止できず、チート?な棲家を得て、チート?能力を次々開花させ異世界をイージーモードで過ごす那由多。「こいつ《ツクヨミ》は勝手に俺の記憶を見るプライバシークラッシャーな奴なんだ!」 そんな異世界は優しさで満ち溢れていた(え?本当に?) 呪われてもっふもふになっちゃったママン(産みの親)と御親戚一行様(やっとこ呪いがどうにか出来そう?!)に、異世界のめくるめくグルメ(やっと片鱗が見えて作者も安心)でも突然真夜中に食べたくなっちゃう日本食も完全完備(どこに?!)!異世界日本発福利厚生は完璧(ばっちり)です!(うまい話ほど裏がある!) 謎のアイテム御朱印帳を胸に(え?)今日も平穏?無事に那由多は異世界で日々を暮らします。 ※一つの目的にどんどん事を突っ込むのでスローな展開が大丈夫な方向けです。 ※他サイト先行にて配信してますが、他サイトと気が付かない程度に微妙に変えてます。 ※昭和〜平成の頭ら辺のアレコレ入ってます。わかる方だけアハ体験⭐︎ ⭐︎第16回ファンタジー小説大賞にて奨励賞受賞を頂きました!読んで投票して下さった読者様、並びに選考してくださったスタッフ様に御礼申し上げますm(_ _)m今後とも宜しくお願い致します。

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

婚約破棄?王子様の婚約者は私ではなく檻の中にいますよ?

荷居人(にいと)
恋愛
「貴様とは婚約破棄だ!」 そうかっこつけ王子に言われたのは私でした。しかし、そう言われるのは想定済み……というより、前世の記憶で知ってましたのですでに婚約者は代えてあります。 「殿下、お言葉ですが、貴方の婚約者は私の妹であって私ではありませんよ?」 「妹……?何を言うかと思えば貴様にいるのは兄ひとりだろう!」 「いいえ?実は父が養女にした妹がいるのです。今は檻の中ですから殿下が知らないのも無理はありません」 「は?」 さあ、初めての感動のご対面の日です。婚約破棄するなら勝手にどうぞ?妹は今日のために頑張ってきましたからね、気持ちが変わるかもしれませんし。 荷居人の婚約破棄シリーズ第八弾!今回もギャグ寄りです。個性な作品を目指して今回も完結向けて頑張ります! 第七弾まで完結済み(番外編は生涯連載中)!荷居人タグで検索!どれも繋がりのない短編集となります。 表紙に特に意味はありません。お疲れの方、猫で癒されてねというだけです。

処理中です...