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槇島城の戦い~高屋城の戦い

三方ヶ原の教訓

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「いやいや、これは家康殿に半蔵殿! ご無沙汰しております!」
「六助殿ではないですか」
「ニンニン……」
「久方ぶりに友人の顔を見る事が出来て嬉しい限りでございますぞ!」
「私もです」

 六助は最初からテンション全開だ。だからこそ、それに困惑しないどころか笑顔でさらっとついていく家康の底の深さが際立っている。

「今日は如何なされたのですか? 友人の私に会いに参られたのか、それともプニ長様へプニモフを賜りに参られたのか……あ、両方ですな!」
「もちろんそれもあります。ですが、もう一件ありまして」
「ほう! もう一件! そうですね、半蔵殿もいらっしゃることを鑑みて……戦の話といったところですかな!?」
「何故それほどまでに嬉しそうなのですか」

 苦笑交じりにそう言った後、家康はさっきの話を六助にもし始めた。義昭が追放されてなお織田家を打倒しようとしていること、それに三好義継が同調してしまったことを説明していく。
 六助は終始真剣な表情でそれを聞いていた。

「ふむふむなるほど、また義昭ですか。三好義継が同調したくらいでは恐るるに足らずですが、また石山本願寺や武田信玄、後は毛利辺りが加勢すると厄介ですね」
「そうですね……」
「ニンニン……」

 「武田信玄」の名が出た辺りで、家康と半蔵の表情が急に曇り出す。笑みが顔から消え、眉根をわずかに寄せて何事かを思案していた。六助もすぐさまその異変に気付いたようだ。

「家康殿?」
「その武田信玄のことなのですが……実は先日、一戦交えまして」
「三方ヶ原での話ならば、概要は聞き及んでおります」

 詳しくは知らない、でも結果は知っているということだ。そして六助の気まずそうな態度からそれがどうなったかはわざわざ聞くまでもない。
 そのまま何とも言えない雰囲気が続くのかと思ったけど、意外にも家康はその戦の話を、秘密を吐露するかのように語り出した。

「お恥ずかしい話、焦りや怒りで頭が一杯になり、軽率な行動に走ってしまって……大敗を喫しました。多くの家臣を失いました」

 それから家康は帰蝶やお市の為ということもあって、今一度三方ヶ原という場所で起きた戦のことを説明してくれた。
 義昭の織田討伐令に呼応し、徳川家の領地である三河への侵攻を開始した武田軍は瞬く間に徳川方の城を攻略していった。その勢いはとどまることを知らず、遂には重要な拠点である二俣城というところを攻略されてしまったそうな。
 そして次は徳川の本拠である浜松城か……と家臣団を含めた誰もが予想し籠城戦の準備をしていたところ、武田軍は意外な行動に出る。

「武田軍は浜松城を攻めず、堀江城のある北西方向に進路を取り始めました。つまり我々は素通りされてしまった、ということになります」
「……」

 武田軍の、一見して傍若無人とも言える行動にあの六助ですらも言葉を失っている。しかしその後がどうなったのか知っているだけに、誰もが沈黙で話の続きを促していた。

「動揺しました。浜松城も落ちぬうちに領土内を自由に移動されてしまっては私の面目は丸潰れです。それに無視をされたという屈辱もあり、居ても立ってもいられず挙兵をして武田軍を追撃しました」

 家康の悲愴な表情からは悔恨の念が強くにじみ出ている。

「しかし、それこそが武田軍の、いえ武田信玄の張った罠だったのです」
「ニンニン……」
「半蔵も『そうなんですよ』と申し上げております」
「キュキュンキュン? (その相槌必要ある?)」

 場の雰囲気が重くなったのを見て、家康と半蔵なりにボケてみたのかもしれないけど、半蔵の天然ボケな可能性もあるな、と考えている内にも話は続く。

「私たちは武田軍には随分先を行かれてしまったと思い、早足で進軍を行っておりました。ですが件の三方ヶ原に差し掛かった時、そこにはいないはずの武田軍が万全の態勢で待ち構えていたのです」
「まあ」
「何と」

 帰蝶と六助が感嘆の声をあげた。つまり浜松城を素通りするというのはただの挑発であり、家康はそれにまんまと乗ってしまったというわけだ。

「正直に申し上げて、そこからのことはよく覚えていません。武田信玄の手のひらの上で踊らされてしまったことで頭の中が真っ白になってしまい、気付けば敗戦。とにかく逃げ帰ることに精一杯でした」
「そのようなことが……」

 それが限界で、六助は多くの言葉を紡ぐことが出来ない。帰蝶やお市も何か励ましの声をかけたいけれど、どうしたらいいかわからないといった風だ。
 やがてそんな場の雰囲気を気にした家康が無理に作られた笑みを浮かべる。

「いやすいません。単に私の失敗談を語る為に三方ヶ原の話を出したわけではないのです。本題はここからでして」
「本題……と申しますと?」

 確かに三方ヶ原の詳細が知れたのは良かったけど、このままでは家康が突然この話をした意味がわからない。六助の言葉に促されて、家康はまるで幽霊でも見かけたかのように、自身でも半信半疑な様子で口を開いた。

「結論から申し上げますと、武田信玄が急死した可能性があるということです」

 その場にいた誰もが口を噤み、話の続きを待っていた。

「三方ヶ原までの一連の戦いで兵力を温存することに成功した武田軍は、遠江で年を越した後に東三河の要所である野田城を攻略しました。しかし進軍はここまで。ここから武田軍はどういったわけか反転し、甲斐国へと撤退してしまうのです」
「なるほどそれは妙な話ですな」
「はい。一連の行動から見て武田軍は、我々が領有する遠江・三河を侵攻しに来たと見るべきです。なのに、結局浜松城も攻めず三河は野田城を落としたのみで甲斐へ帰ってしまう。これだけでは何がしたいのか良くわかりません」
「そこで家康殿は信玄の急死の可能性を考えた、ということですね?」
「そういうことです」

 家康はようやく目に力を取り戻しつつある。六助は顎に手を当て、神妙な面持ちで何かを思案していた。

「なるほど、それが真となれば武田はすぐには動けないでしょうし、しばらくの間は脅威とみなす必要はないかもしれませんね」
「あくまでしばらくの間は、ですが。武田の重臣たちは存命ですからね」
「となると、織田家にとって当面の敵は石山本願寺ということになりますか。ああそれと三好義継、ですかね」

 六助がついでのように言ったので、家康は思わずといった感じで苦笑した。

「三好を舐めてかかってはいけませんよ。仮にも、かつて京の都で栄華を思いのままにしたあの三好本家ですからね」
「ニンニン……」
「ほら、半蔵も『潰せる時に潰しておいた方がいい』と言っています」

 意外と物騒なこと言うやつだなおい。

「貴殿らの仰ること、いちいちもっともですな」

 それから六助は後頭部をさすりながら眉根を寄せた。

「う~ん、それでは佐久間殿に兵をつけて派遣をするのが良いですかね」
「佐久間殿には先日もお世話になりました」
「いえ、逆にその件が家臣団でも話題にあがっておりまして」

 実は、徳川が武田方と戦っていた際に織田も援軍を送っている。しかしその中で中心となった佐久間隊がろくな働きをしなかった為に徳川が負けたと、批判する意見が一部で上がっていた。
 当時の織田軍が、大阪で浅井朝倉を始めとしたプニ長包囲網と戦っていた為にあまり数を送れなかったとはいえ、ほとんど戦わず、しかも退却の際に味方の将を見殺しにしたらしい。

 佐久間としては織田軍本隊が落ち着くのを待っていたのかもしれない。それから更なる援軍が来たら反撃に転じようと。でも結果は結果だし、家臣団から文句があがるのもまた致し方ないことだと思う。

「あの当時の織田家の状況からすれば、佐久間殿の動きは致し方のないことかと」
「そうかもしれません。ですが、佐久間殿の怠慢を否定しきれないのも事実ですから……ここは一つ、名誉を挽回していただこうかと」
「なるほど。それは妙案ですね」
「ではそのように致しましょう」

 すぐに伝令が出され、三好義継に対する佐久間隊の派遣が決定された。
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