上 下
88 / 150
槇島城の戦い~高屋城の戦い

若江城の戦い

しおりを挟む
 俺が屋敷に移り住んでからすでに数日が経っている。帰蝶とお市に三姉妹の加わった騒がしくも平和な生活にも慣れてきたかも、と思った頃、最近あまり見かけなかった顔が屋敷にやって来た。

 現在は俺の部屋になっている、故信長の寝室にて皆でごろごろしていると来客があったらしい。対応をした侍女がやや慌てた表情で部屋に顔を出す。

「と、徳川家康様がいらっしゃいました」
「えっ!?」

 真っ先に声をあげたのはお市だった。帰蝶も「あら」と言いながら立ち上がり、侍女にあれこれと指示を飛ばしていく。

「おもてなしの準備を。それと六助様を呼びに行ってもらえる?」
「はい。かしこまりました」

 さささと静かに、けれど慌てて去っていく侍女を見送るなり、お市も立ち上がって帰蝶に歩み寄った。

「どうしよ義姉上、お菓子とかそんなにいいもの置いてないよ」
「大丈夫よ。家康様だって遊びにいらしたわけじゃないだろうし、必要最低限で」
「でも……」
「少しでも印象を良くしておきたい?」

 からかうように言われ、顔を真っ赤にするお市。

「べっ、別にそんなんじゃないけど」
「どちらにしろ、おもてなしの方はあの子たちに任せるしかないから。私たちは失礼のないように応対することを心掛けましょ」
「うん」

 そこで俺をプニプニしていた初が何かに気付いてお市に駆け寄る。

「ははうえ、かおあかいよ! どうしたの?」
「何でもない。それより、あんたたちは別の部屋か外で遊んでなさい」
「えー、やだ。わたしもいえやすさまみてみたい!」
「だめだよ初ちゃん。ほらいこ? 江も」
「もうちょっともふもふしてから……」

 茶々が初の着物の袖をくいくいと引っ張っている。江は呼びかけられてもなお俺の背中を撫でてモフモフを堪能していた。
 そんな感じで皆がそわそわばたばたとしていたので、気付くことが出来なかったらしい。当の家康本人は実はすでに部屋の前にいた。襖の向こうから侍女の声が聞こえてくる。

「帰蝶様、お市様、徳川家康様をお連れしました」
「お入りいただいて」

 するとがらりと襖が開いて、数ヶ月ぶりにもなる爽やか風イケメンが顔を覗かせた。そしてその後ろには見た目はただのおっさん、しかしその中身も割とただのおっさんな服部半蔵も見える。
 二人は部屋に足を踏み入れると、座ってから一礼をした。

「プニ長様、帰蝶殿にお市殿。ご無沙汰しております」
「家康様、半蔵様もお変わりなく……」
「ご、ご無沙汰しております」

 と、帰蝶が丁寧な礼を返すと、慌ててお市もそれに倣った。

「びなんしだー!」
「もう、初ちゃん。ちゃんとしなきゃだめだよ……」

 騒ぐ初を茶々が嗜めている。江はすでに俺を解放してその傍で座り込み、母と叔母に倣って一礼をしていた。それを見た家康はほんの一瞬だけ目を丸くしたもののすぐに朗らかな笑みを見せつつ適当な場所に座る。

「おやおや、これはまた可愛らしい住人が増えたようですな」
「申し訳ありません。私の子供たちでして」
「お市殿の……話には聞いております。はあなるほど、それでですか」

 お市の一言だけで家康は色々と察した様子だ。半蔵の使う忍びの部隊から常に情報を収集しているから、先日の浅井朝倉との戦や浅井家の三姉妹のことも耳には入れているのだろう。
 家康は子供たちを一通り眺めたあと、茶々と初に向かって声をかけた。

「初めまして。お名前は何と申されるのですか」
「茶々ともうします」
「初にございます!」

 その場に座り込んで床に手を添えると、茶々は緊張の為かぎこちなく、初はがばっと勢いよく腰を折る。

「茶々殿に初殿ですね、よろしくお願い申し上げます」

 礼を返した後、家康は手で江の方を示した。江は目の前の出来事がまるで自分とは無関係だとでも言うように、表情も無く静かに佇んでいる。

「そちらの方は?」
「……江ともうします」

 やや間を空けてから自分に聞かれているのだと理解した江は、のんびりだけどきちんとした礼をする。

「江殿、よろしくお願い申し上げます」

 一通り子供たちの自己紹介を聞いた家康が目配せをする。半蔵が前に出て来て家康の横にぬるりと座り込んだ。

「こちら、徳川家家臣団の服部半蔵です。以後お見知りおきを」
「ニンニン……」
「よろしくおねがいもうしあげます」
「もうしあげます!」
「よろしくおねがいもうしあげます……」

 そこで家康は「さて」と言い放つと表情を引き締め、これからが本題に入るという雰囲気を漂わせた。

「以前織田家と敵対する勢力の黒幕として、足利義昭めを追放したことは記憶に新しいかと存じます」
「キュン(ですね)」

 一応返事はしたけど、家康は主に帰蝶へ向けて話している。俺はソフィアがいなければ言葉も通じないのだから当然だ。

「義昭はその後、三好義継殿の元へと身を置いていたのですが、どうやら諸国の大名に対してプニ長様を討伐するよう命令する御内書を乱発していたそうです」

 良くわからない大人たちの話で退屈をし始めた初が立ち上がり俺を抱き上げた。真っ先に気付いた茶々がそれを止めようとし、その動きで同じく気付いたお市が静かに移動して「こら」と初を叱りつける。
 初は不満そうにしながらもその場に俺を下ろした。騒動に気付いた家康は話の途中にも関わらず、気を悪くした様子など一切見せずに微笑んだ。
 視線を感じたお市が慌てて謝罪をする。

「も、申し訳ありません」
「プニ長様は真に尊いですからね。初殿が居ても立ってもいられずにモフモフを賜ろうとしてしまうのも致し方ないことです」

 初がまた何か言おうとしたけど、茶々がその口を塞いで部屋の外へと強引に引っ張る形で連れ出して行った。江もそれを見て席を立ち、姉君たちに続く。
 話を戻すため、敢えてといった感じで帰蝶が口を開いた。

「まさか、その御内書に呼応する方が現れたということですか?」

 現在、敵対勢力を次々に潰して勢いづいている織田家に反旗を翻すのはそう容易いことじゃない。それだけの戦力と、家臣たちを納得させるだけの理由、あるいは大義名分が必要になってくる。
 それが出来るのは俺が知ってる限りじゃ、今や石山本願寺や武田信玄くらいのもののような気がするけど……。毛利とかも強いんだっけか。

「呼応する方、というか三好義継が同調したと言った方が正しいでしょうか。とにかく三好氏が織田家に敵対する方向で動き始めているとの情報が入りました」
「三好義継殿といえば確か、以前は織田家と共に石山本願寺勢力と戦を共にしていましたね」
「ええ、ですがここに来てまた反織田家の勢力となってしまいました。まあ元より三好義継は親織田という感じでもありませんでしたし、義昭の義弟にも当たりますから」
「そうですか……」
「あと、これに三好氏のこの動きに呼応するように、松永殿も織田家への敵対の意志を明らかにしています」

 松永のおっさんといえば、金ヶ崎で浅井の裏切りにあった際、撤退時に朽木とかいうおっさんを説得して助けてくれたことがあったし、その後も織田家の家臣に近い立ち位置で色々と協力してくれていた。
 けど、元々は三好義継と並んで義昭の幕臣という立場らしい。この敵対も裏切りというよりは自分の義理を貫いただけなのかもしれない。

「私が本日参上したのは、この情報をお伝えする為です。突然の訪問になり申し訳ありません」
「いえ、こちらこそ大したおもてなしも出来ず……」

 と帰蝶が言った矢先、侍女が部屋にやって来てお茶菓子が運び込まれて来た。家康にとっては割と質素なおもてなしになるのだろうけど、気を悪くするような気配は微塵も見せない。

「でもそうなると、織田家としてはどう対応するんだろうね?」
「そうだね、そう言った話に関しては六助様がいらっしゃってからでないと」
「六助殿も四六時中プニ長様と共にいらっしゃるわけにもいきませんからね」

 と、爽やか笑顔を見せ付ける家康。そこで再び襖の向こうから侍女の声が響く。

「司寿六助様が参られました」
「お、噂をすれば何とやらですな」

 襖を開けて入って来たのは、よく見知った織田家の重鎮だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

男女比1/100の世界で《悪男》は大海を知る

イコ
ファンタジー
男女貞操逆転世界を舞台にして。 《悪男》としてのレッテルを貼られたマクシム・ブラックウッド。 彼は己が運命を嘆きながら、処刑されてしまう。 だが、彼が次に目覚めた時。 そこは十三歳の自分だった。 処刑されたことで、自分の行いを悔い改めて、人生をやり直す。 これは、本物の《悪男》として生きる決意をして女性が多い世界で生きる男の話である。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

わたしだけノット・ファンタジー! いろいろヒドイ異世界生活。

月芝
ファンタジー
「てめぇらに、最低のファンタジーをお見舞いしてやるから、覚悟しな」 異世界ノットガルドを魔王の脅威から救うためにと送り込まれた若者たち。 その数八十名。 のはずが、フタを開けてみれば三千人ってどういうこと? 女神からの恩恵であるギフトと、世界の壁を越えた際に発現するスキル。 二つの異能を武器に全員が勇者として戦うことに。 しかし実際に行ってみたら、なにやら雲行きが……。 混迷する異世界の地に、諸事情につき一番最後に降り立った天野凛音。 残り物のギフトとしょぼいスキルが合わさる時、最凶ヒロインが爆誕する! うっかりヤバい女を迎え入れてしまったノットガルドに、明日はあるのか。 「とりあえず殺る。そして漁る。だってモノに罪はないもの」 それが天野凛音のポリシー。 ないない尽くしの渇いた大地。 わりとヘビーな戦いの荒野をザクザク突き進む。 ハチャメチャ、むちゃくちゃ、ヒロイックファンタジー。 ここに開幕。

自衛官、異世界に墜落する

フレカレディカ
ファンタジー
ある日、航空自衛隊特殊任務部隊所属の元陸上自衛隊特殊作戦部隊所属の『暁神楽(あかつきかぐら)』が、乗っていた輸送機にどこからか飛んできたミサイルが当たり墜落してしまった。だが、墜落した先は異世界だった!暁はそこから新しくできた仲間と共に生活していくこととなった・・・ 現代軍隊×異世界ファンタジー!!! ※この作品は、長年デスクワークの私が現役の頃の記憶をひねり、思い出して趣味で制作しております。至らない点などがございましたら、教えて頂ければ嬉しいです。

金貨三枚で買った性奴隷が俺を溺愛している ~平凡冒険者の迷宮スローライフ~

結城絡繰
ファンタジー
平凡な冒険者である俺は、手頃に抱きたい女が欲しいので獣人奴隷を買った。 ただ性欲が解消できればよかったのに、俺はその奴隷に溺愛されてしまう。 爛れた日々を送りながら俺達は迷宮に潜る。 二人で協力できるようになったことで、冒険者としての稼ぎは抜群に良くなった。 その金で贅沢をしつつ、やはり俺達は愛し合う。 大きな冒険はせず、楽な仕事と美味い酒と食事を満喫する。 主従ではなく恋人関係に近い俺達は毎日を楽しむ。 これは何の取り柄もない俺が、奴隷との出会いをきっかけに幸せを掴み取る物語である。

【書籍化決定】神様お願い!〜神様のトバッチリを受けた定年おっさんは異世界に転生して心穏やかにスローライフを送りたい〜

きのこのこ
ファンタジー
突然白い発光体の強い光を浴びせられ異世界転移?した俺事、石原那由多(55)は安住の地を求めて異世界を冒険する…? え?謎の子供の体?謎の都市?魔法?剣?魔獣??何それ美味しいの?? 俺は心穏やかに過ごしたいだけなんだ! ____________________________________________ 突然謎の白い発光体の強い光を浴びせられ強制的に魂だけで異世界転移した石原那由多(55)は、よちよち捨て子幼児の身体に入っちゃった! 那由多は左眼に居座っている神様のカケラのツクヨミを頼りに異世界で生きていく。 しかし左眼の相棒、ツクヨミの暴走を阻止できず、チート?な棲家を得て、チート?能力を次々開花させ異世界をイージーモードで過ごす那由多。「こいつ《ツクヨミ》は勝手に俺の記憶を見るプライバシークラッシャーな奴なんだ!」 そんな異世界は優しさで満ち溢れていた(え?本当に?) 呪われてもっふもふになっちゃったママン(産みの親)と御親戚一行様(やっとこ呪いがどうにか出来そう?!)に、異世界のめくるめくグルメ(やっと片鱗が見えて作者も安心)でも突然真夜中に食べたくなっちゃう日本食も完全完備(どこに?!)!異世界日本発福利厚生は完璧(ばっちり)です!(うまい話ほど裏がある!) 謎のアイテム御朱印帳を胸に(え?)今日も平穏?無事に那由多は異世界で日々を暮らします。 ※一つの目的にどんどん事を突っ込むのでスローな展開が大丈夫な方向けです。 ※他サイト先行にて配信してますが、他サイトと気が付かない程度に微妙に変えてます。 ※昭和〜平成の頭ら辺のアレコレ入ってます。わかる方だけアハ体験⭐︎ ⭐︎第16回ファンタジー小説大賞にて奨励賞受賞を頂きました!読んで投票して下さった読者様、並びに選考してくださったスタッフ様に御礼申し上げますm(_ _)m今後とも宜しくお願い致します。

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

処理中です...