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フレア
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暦はもう七月の半ばに差し掛かっていたが、相変わらず梅雨の始まる気配は無く晴天の日々が続いていた。テレビからは雨の降らない空梅雨に今年の夏の水不足を危惧するニュースが毎日のように流れていた。聡達とツユはそんな事気にも留めずに、今という時間を永遠のように楽しんでいた。今日も昼休みに聡のいるクラスに四人は集まっていた。聡と健太は同じクラスの二年四組で綾夏は五組、優也は三組であった。それぞれ隣同士なので自然と聡達のクラスに集まっていた。
「今日もアジト寄ってく?」
子猫達の虜となっている優也はここの所毎日のよう学校帰りにアジトに通っていた。
「そうね。また猫缶買って寄りましょう。」
綾夏達も学校帰りにアジトに寄るのが楽しみになっていた。ツユもそんな四人に付き合うのが楽しく微笑みながら話を聞いていた。
「アヤのやつ、サトに噛みついてたぜ。まったく二人にそっくりだよな。」
健太も猫アレルギーではあるが、眺めて楽しんでいて健太の例えに一同どっと笑いが起きた。ふと廊下に目をやった聡は二組のモナリザが友人と二人で通りすがるのを見るや、「お、モナリザ。」と呟くと、優也が神速の振り向きで廊下のモナリザを目で追いながら「カワイイよな。」としみじみ言うのを綾夏は呆れ顔で見て、首を横に振った。
「あれで性格悪いんだから、世の中分からんものだよな。」
聡はそう言うと、優也が「信じられん。あんなカワイイ子が性格悪いだとは。実は綾夏、嫉妬して嘘言ってんじゃね?」と疑心に満ちて言うと、「ちょっ、私が嘘言ってもなんのメリットもないわよ!失礼な事言わないでよね。」ムスッとして毅然と綾夏は優也の言葉を切って捨てた。それに同調するように健太も「綾夏が嘘いう訳ねえだろ?何年の付き合いだと思ってんだよ?俺たち。」と綾夏を弁護した。優也は「悪りぃ悪りぃ。綾夏ごめんな。」と謝ると「まぁ、恋は盲目、なんていうからね。私は気にしてないわ。優也が女を見る目のない事なんて。」と言うと、また一同、どっと笑った。
聡はスマホの画面に『綾夏も大概、性格悪いけどな。』と入力すると後ろに立っていたツユは苦笑いして、「正直なだけだと思うな。綾夏さんらしい。」と言い、『ツユは性格良いな。綾夏もツユを見習うべきだ。』と聡がフリックすると、ハハハと、また苦笑いした。
そんな会話を楽しんでいる中、聡は教室の窓から見える校庭に目をやると、校庭の真ん中にポツンと一人真っ赤なワンピースを着た女の子が仁王立ちでいた。歳の頃は聡達と同じ位で長いピンクに染めた髪で、うちの学校の生徒でない事は一目瞭然であった。
「ん?あの子誰だろ?」
聡が校庭を見ながら健太に問うと「ん?誰のこと?」健太が問い返すので、「ほら、校庭の真ん中に立ってる赤いワンピース着た女の子だよ?」聡が指差すと、他の三人も校庭を見るが三人揃って「聡、何言ってるの?誰もいないよ。」と言うので、
(え?俺にしか見えてないのか?)
聡がその子を凝視していると「火野フレア。私と同じ妖精界の妖精で炎の妖精よ。」ツユは顔を曇らせながらそう話した。
『え?炎の妖精?妖精って他にもいたの?』
慌ててスマホに入力する聡にツユは小さく頷き、「多分、私に話があるのだと思う。私、行ってくるね。」そう言い行こうとするツユの後を追おうとする聡をツユは遮り、「あの子は危険よ。大丈夫。話をしてくるだけ。すぐ戻るよ。」そう告げるとツユは教室を後にした。
「聡、大丈夫?様子がおかしいよ?」
綾夏達三人は心配そうに聡を気遣った。聡は「ああ。大丈夫だ。」と言うと、校庭を見詰めて二人の様子を窺っていた。仁王立ちで腕組みした炎の妖精のフレアにツユが近づいていった。聡は固唾を呑んで行く末を見守った。二人何やら話していたが、やがてフレアが踵を返し背を向けてツユから離れていった。それを見届けたツユもこちらへ戻って来た。
「ねえ?聡?聡!聞いてる?」
綾夏達がさっきから聡に話し掛けていたのだが、聡は一切無視して、と、言うかツユ達二人のことが気になって聞こえていなかった。
「ああ。ごめん。だ、大丈夫。」
「大丈夫じゃなさそうよ?様子もおかしいし。ひょっとして前に話してた女の子が見えたの?」
綾夏はひどく心配していた。健太も優也もその場に立ち、聡を見守っていた。
「悪りぃ。ちょっと気分が悪くて。暫く一人にさせてくれ。」
嘘だった。聡はツユがフレアと何を話したのかが知りたく、それには三人が邪魔だったからであった。席を立ち教室を出ると聡は階段を駆け下り、踊り場でツユと出くわした。聡は小声で「ここでは話出来ないから場所を変えよう。」そう言うとほとんど人のいない校舎裏へと向かった。日陰で少し冷んやりする校舎裏で聡とツユは先程のフレアとの話をした。
「えーと、何から話そう。まずはあのフレアって子は何者なの?そして何のためにツユに会いに来たの?」
聡は動揺を隠すように落ち着き払って訊ねた。ツユの表情はまだ曇ったまま、その表情を隠すかのように俯いていたが顔を上げたツユはニコッと笑うと、
「ごめんね。心配かけちゃったね。さっきも話したけど、あの子は炎を司る妖精で火野フレア。私が雨降らすのサボってるから注意しに来たみたい。」
そう言うとまたニコッと笑ったが、何処かぎこちなく、目には薄っすらと涙を浮かべていた。ハッと聡は空を見上げるとたちまち一面に黒い雲が広がってきていた。そしてぽつりぽつりと雨が降り出してきた。聡はツユがフレアとの話の内容を偽っていると感じた。聡の勘であった。しかし聡はそれ以上追求せずにいた。何か深い事情があるのだろうと思ったからだ。
「分かった。でもツユが悲しむ事なく雨を降らしてあげるよ。俺がツユを笑わせて、お腹痛くて泣くほど笑わせてあげるよ。」
聡は間髪入れず、変顔をしてみせた。聡渾身の変顔であった。
「あははは。聡は本当に優しいね。」
ツユは目を擦りながら笑った。ツユには聡の優しさが心に沁みて仕方なかった。そしてその場にしゃがみ込んで号泣した。雨はいつしか土砂降りへと変わっていた。聡は立ち尽くし、そっと、そして優しい眼差しで見守るようにツユを見下ろしていた。聡の前髪を雨露が伝い、鼻筋を通りポタリポタリとツユの目の前に落ちていった。それはまるでツユの大きな涙跡にも見えた。
「ごめんね、聡。濡れちゃうから教室戻ろう。」
微笑み立ち上がろうとするツユの手を聡は掴もうとしたが掴めない。分かってはいるのだが掴めそうな気が聡にはした。やり切れない歯痒さだけが残った。
教室に戻る最中、ツユはフレアとの会話を思い返していた。
「久しぶりね、ツユ。人間との馴れ合いは楽しそうね。もう晴翔の事は忘れたらしいわね。」
フレアは嘲笑と共に吐き捨てるようにそう言った。
「忘れてなんていないわ!今でも晴翔を探してる。今でも・・・」
ツユは言葉を詰まらせて、フレアの言葉を強く否定した。
「アイレーンが何で晴翔に手を掛けたか解ってるの?あなたが晴翔と馴れ合って妖精としての任務を怠っていたからでしょ?自業自得よ?」
仁王立ちで腕組みをしたままフレアは蔑むように冷たい視線でツユを見下した。
「分かってるよ。全部私が悪いって。でも、私は晴翔が好きだった。好きな気持ちに・・・」
「やめなさい。人間と妖精は交わる事が出来ない。あなたも知ってるでしょ?」
黙り込むツユにフレアはさらに追い討ちをかけるように話した。
「あなたは悲しみの中でしか生きられない。永遠にね。晴翔はその為の犠牲になってもらったのよ。アイレーンなりの優しさと受け取るのね。」
何も言えないツユにフレアは踵を返しながら
「それが分かったら晴翔を偲んで泣く事ね。泣いて、雨を降らして妖精としての任務を全うする事よ。じゃあね。」
そう言うとフレアは背を向け去っていった。
教室に戻った聡達は昼休みも終わり午後の授業を受けていた。外はどんより曇り、雨が降り続いていた。聡はその様子を片肘をつきながら眺めていた。そしてそっと振り向き後ろで沈黙しながら涙するツユに視線を送るとそれに気付いたツユは、目を細め笑顔で涙を隠そうとするのだが、そのどこかぎこちない笑顔が聡の胸を締め付けていた。
夕方になっても雨は降り止まなかった。ツユは下を俯むき静かに泣き続けていた。聡にはツユの傍にそっと寄り添い見守ることしか出来なかった。帰り支度を始めた健太が窓から見える空を見上げ、「やっと梅雨入りかな。」そう言いカバンを閉じると綾夏と優也も帰り支度を終え聡達の教室へとやって来た。「急に降り出したな。予報も外れたし。」アジトへ行く予定を壊されたからか、優也は少し不満げに外を眺めた。
「へへへ。こんな事もあろうかと、私は折りたたみ傘を持ってきてたのでした。」
綾夏は自慢げにカバンから傘を取り出すと、その傘で優也を突いた。
「くっ、準備がいいな。仕方ない。俺も出すか。」
優也もカバンから折りたたみ傘を取り出し、ニヤリと笑った。一同が「おお。優也のくせに準備がいい。」と唸ると、「優也のくせには余計だよ!」優也は少し怒った。
「これでアジトに行けそうだな。俺は優也の傘に入る。健太は綾夏の傘に入れてもらえよ。」
聡の提案に皆賛同してアジトに向かうことにした。聡はスマホで『ツユも来るだろ?』とフリックして見せると、ツユは小さく頷いた。子猫達に会えば少しは元気にならないかなと、聡は思っていた。
綾夏は下足室で傘を広げると「少し小さいけど我慢してね。」と健太に告げると健太は頬を赤らめて「おぉ。」と頷いた。優也も傘を広げたのだが、傘の骨が二本折れてる上に穴まで空いていて、聡が「何だよ!傘の体を成していないじゃねぇか!これじゃあびしょ濡れだよ。」と言うと、「え?じゃあ、傘に入らない?それこそびしょ濡れになるぜ?」上から目線で優也はそう言うと、「クソっ!仕方ねぇな。」聡は渋々優也と身を寄せ合って傘に入り下足室を後にした。
流石に大の男二人が折りたたみ傘、しかも壊れた傘に入って雨を凌ぐのには無理があり、優也と聡の肩はすでにびしょ濡れであった。その様を綾夏は指差して笑っていた。
「そんなに笑う事ないだろ?」
聡が少し怒って綾夏に言うと
「だってただでさえデカい男二人が相合傘してるのもウケるけど、傘、小さい上に壊れてて、びしょ濡れなのもウケる。」
ケタケタ笑う綾夏を尻目に聡は苦虫を噛んだような顔をしていた。優也も「すまんな。聡クン。」と笑いながら言うものだから「どいつもこいつもふざけてやがる。」と不満顔の聡であった。その様子を見ていたツユは泣きながらも少し微笑んでくれた。それに気付いた聡は(ま、結果オーライか。)と目を細めた。
健太はというと笑う綾夏の隣でドキドキしていた。綾夏と密着している上に雨に濡れたからだろうか、服の柔軟剤の香りか髪のシャンプーの残り香なのか、いい香りが漂っていてドキドキに拍車をかけていた。そんな聡達の和やかな会話が功を奏したのかツユにも微笑みが戻り、雨も小降りへと変わっていた。
アジトでは穴の空いた屋根から入り込む雨を避けるように子猫達が身を寄り添っていた。
「この穴、どうにかならんものかね?」
天井を見上げボヤく優也に「お前の傘の穴もな」と聡も雨で濡れた肩をハンドタオルで払いながらボヤいた。
「良かった。子猫ちゃん、雨で濡れなかったみたいね。」
綾夏も雨漏りのするアジトを憂慮していたようだった。そしてアヤを抱き上げ撫でた。子猫達は兄弟姉妹であるだけ毛並みが似ていたのだが、四匹それぞれ微妙に毛色が違い毎日の様に通う今では一目で判るようになっていた。猫缶を開け子猫達に分け与えながら優也はふと、
「そういえば、この子達の母猫を未だに見たことないな。いつもどうしているのだろ?」
疑問に思い、続けて「ひょっとして、育児放棄?」と言うと、「人間じゃああるまいし」と聡は応え、「餌を探しにいってるんじゃない?」綾夏はそう言い、「多分野良だから俺ら人間を避けてるんじゃね?」健太が一番まともな事を言うと、三人は妙に納得していた。子猫達に癒され和んでいる四人にツユも一緒に和んでいた。
「あ、雨いつの間に止んだ?」
優也が天井を見上げたそこには、穴から見える空の雲の隙間より青空が覗いていた。聡はツユの方を振り向き優しく微笑んだ。ツユも小さく微笑んだ。
四人はアジトのプレハブを出てそれぞれに帰宅する事にした。
「優也。その傘、もう捨てとけよ?」
聡は迷惑顔でそう言うと、「捨てるか捨てないかは俺が決める。」優也が胸を張ってそう言うものだから聡はキレ気味に、「いや、どう考えても捨てるべきだろ?取っておく理由が分からん。」迷惑顔から呆れ顔に聡は変わった。綾夏は「優也は物持ちがいいからね。何でも勿体無くて捨てられないのでしょ?」そう弁護すると、「おいおい、アレはもはや傘ではないぞ?」真顔で言う聡を皆笑った。ツユも笑っていた。
それぞれに「また明日。」とさよならを告げてアジトを後にしようとして聡はツユを見ると、ツユが凍てついた表情でアジトの一角を凝視していた。聡はその視線の先へ目をやるとそこには昼間高校のグランドにいた火野フレアが仁王立ちしていた。聡も目を見開いて驚き、その場に立ち尽くした。
「聡、帰らないのか?」
健太が不審に思い、声をかけると
「先に帰ってくれ。」
聡はフレアを見つめ、健太に振り向くことなくそう告げた。
「じゃあな。」皆アジトを後にしてその場には聡とツユとフレアが残された。フレアは仁王立ちのままこちらを睨んでツユは少し怯え震えている様にも見えた。先に口火を切ったのはフレアだった。
「私の言った事が分かってない様ね、ツユ。」
ツユは黙ったまま下を俯いていた。その表情は曇っていた。続け様にフレアが話をしようとしたのを聡は遮り、
「ちょっと待ってくれ。フレア、君はツユの何なんだ?」
困惑半分、怒り半分で、しかし落ち着き払って聡は訊ねた。
「妖精同士の話に人間が割り込んでくるんじゃないわよ。」
フレアは聡の言葉を突っ返した。そして続けて話した。
「何度も言わせないで。妖精の任務を怠れば、どんな事が待ち受けているか、あなたも分かっているでしょ?また晴翔のような犠牲者を出さなきゃ、分からないあなたじゃないわよね?」
フレアは右の口角を少し上げ、不敵に笑った。
「晴翔?そいつはツユの何なんだ?」
聡は以前ツユから聞いた名に反応し、ツユが以前好きだったと言う人とツユの過去に何があったのか知りたくなった。フレアは少し驚いた様子で、その後フッと小さく笑うと、
「あはは。ツユ。この人間と仲良くしてるからてっきり晴翔の事も話してると思ったけど。よっぽど晴翔との事が後ろめたいのか、隠していたみたいね。」
ツユはさらに俯むき、涙を堪えている様だった。聡はその様子を見てこれ以上晴翔の事を聞いていいものか、躊躇していた。それは聡が彼の事を聞く事で、ツユを傷付けてしまうのではないかと思ったからだった。しかし、ツユに自分が嫌われても構わないが、聡がツユの事を嫌いになる事はどんな事あったにしてもそれはない自信が聡にはあった。
「フレア。ツユと晴翔の間に何があったか教えてくれ。」
「晴翔に何があったか。それを聞くことでお前はツユに幻滅するかもしれないし、ツユとの付き合いを恐れる様になるかもしれない。お前はそれに堪えられる自信がある?」
「ある!」
聡は迷う事なく即答した。フレアは少し考え、目を細め、そして答えた。
「お前、名を何と言う?」
フレアはピンクの長い髪をかきあげ、腕組みをした。
「聡。小日向聡だ。」
真っ直ぐな目線で聡は名乗った。
「それじゃあ聡、ツユと晴翔との過去を教えてあげるわ。」
フレアはそう言うと二人の出会いから話し出した。
「今日もアジト寄ってく?」
子猫達の虜となっている優也はここの所毎日のよう学校帰りにアジトに通っていた。
「そうね。また猫缶買って寄りましょう。」
綾夏達も学校帰りにアジトに寄るのが楽しみになっていた。ツユもそんな四人に付き合うのが楽しく微笑みながら話を聞いていた。
「アヤのやつ、サトに噛みついてたぜ。まったく二人にそっくりだよな。」
健太も猫アレルギーではあるが、眺めて楽しんでいて健太の例えに一同どっと笑いが起きた。ふと廊下に目をやった聡は二組のモナリザが友人と二人で通りすがるのを見るや、「お、モナリザ。」と呟くと、優也が神速の振り向きで廊下のモナリザを目で追いながら「カワイイよな。」としみじみ言うのを綾夏は呆れ顔で見て、首を横に振った。
「あれで性格悪いんだから、世の中分からんものだよな。」
聡はそう言うと、優也が「信じられん。あんなカワイイ子が性格悪いだとは。実は綾夏、嫉妬して嘘言ってんじゃね?」と疑心に満ちて言うと、「ちょっ、私が嘘言ってもなんのメリットもないわよ!失礼な事言わないでよね。」ムスッとして毅然と綾夏は優也の言葉を切って捨てた。それに同調するように健太も「綾夏が嘘いう訳ねえだろ?何年の付き合いだと思ってんだよ?俺たち。」と綾夏を弁護した。優也は「悪りぃ悪りぃ。綾夏ごめんな。」と謝ると「まぁ、恋は盲目、なんていうからね。私は気にしてないわ。優也が女を見る目のない事なんて。」と言うと、また一同、どっと笑った。
聡はスマホの画面に『綾夏も大概、性格悪いけどな。』と入力すると後ろに立っていたツユは苦笑いして、「正直なだけだと思うな。綾夏さんらしい。」と言い、『ツユは性格良いな。綾夏もツユを見習うべきだ。』と聡がフリックすると、ハハハと、また苦笑いした。
そんな会話を楽しんでいる中、聡は教室の窓から見える校庭に目をやると、校庭の真ん中にポツンと一人真っ赤なワンピースを着た女の子が仁王立ちでいた。歳の頃は聡達と同じ位で長いピンクに染めた髪で、うちの学校の生徒でない事は一目瞭然であった。
「ん?あの子誰だろ?」
聡が校庭を見ながら健太に問うと「ん?誰のこと?」健太が問い返すので、「ほら、校庭の真ん中に立ってる赤いワンピース着た女の子だよ?」聡が指差すと、他の三人も校庭を見るが三人揃って「聡、何言ってるの?誰もいないよ。」と言うので、
(え?俺にしか見えてないのか?)
聡がその子を凝視していると「火野フレア。私と同じ妖精界の妖精で炎の妖精よ。」ツユは顔を曇らせながらそう話した。
『え?炎の妖精?妖精って他にもいたの?』
慌ててスマホに入力する聡にツユは小さく頷き、「多分、私に話があるのだと思う。私、行ってくるね。」そう言い行こうとするツユの後を追おうとする聡をツユは遮り、「あの子は危険よ。大丈夫。話をしてくるだけ。すぐ戻るよ。」そう告げるとツユは教室を後にした。
「聡、大丈夫?様子がおかしいよ?」
綾夏達三人は心配そうに聡を気遣った。聡は「ああ。大丈夫だ。」と言うと、校庭を見詰めて二人の様子を窺っていた。仁王立ちで腕組みした炎の妖精のフレアにツユが近づいていった。聡は固唾を呑んで行く末を見守った。二人何やら話していたが、やがてフレアが踵を返し背を向けてツユから離れていった。それを見届けたツユもこちらへ戻って来た。
「ねえ?聡?聡!聞いてる?」
綾夏達がさっきから聡に話し掛けていたのだが、聡は一切無視して、と、言うかツユ達二人のことが気になって聞こえていなかった。
「ああ。ごめん。だ、大丈夫。」
「大丈夫じゃなさそうよ?様子もおかしいし。ひょっとして前に話してた女の子が見えたの?」
綾夏はひどく心配していた。健太も優也もその場に立ち、聡を見守っていた。
「悪りぃ。ちょっと気分が悪くて。暫く一人にさせてくれ。」
嘘だった。聡はツユがフレアと何を話したのかが知りたく、それには三人が邪魔だったからであった。席を立ち教室を出ると聡は階段を駆け下り、踊り場でツユと出くわした。聡は小声で「ここでは話出来ないから場所を変えよう。」そう言うとほとんど人のいない校舎裏へと向かった。日陰で少し冷んやりする校舎裏で聡とツユは先程のフレアとの話をした。
「えーと、何から話そう。まずはあのフレアって子は何者なの?そして何のためにツユに会いに来たの?」
聡は動揺を隠すように落ち着き払って訊ねた。ツユの表情はまだ曇ったまま、その表情を隠すかのように俯いていたが顔を上げたツユはニコッと笑うと、
「ごめんね。心配かけちゃったね。さっきも話したけど、あの子は炎を司る妖精で火野フレア。私が雨降らすのサボってるから注意しに来たみたい。」
そう言うとまたニコッと笑ったが、何処かぎこちなく、目には薄っすらと涙を浮かべていた。ハッと聡は空を見上げるとたちまち一面に黒い雲が広がってきていた。そしてぽつりぽつりと雨が降り出してきた。聡はツユがフレアとの話の内容を偽っていると感じた。聡の勘であった。しかし聡はそれ以上追求せずにいた。何か深い事情があるのだろうと思ったからだ。
「分かった。でもツユが悲しむ事なく雨を降らしてあげるよ。俺がツユを笑わせて、お腹痛くて泣くほど笑わせてあげるよ。」
聡は間髪入れず、変顔をしてみせた。聡渾身の変顔であった。
「あははは。聡は本当に優しいね。」
ツユは目を擦りながら笑った。ツユには聡の優しさが心に沁みて仕方なかった。そしてその場にしゃがみ込んで号泣した。雨はいつしか土砂降りへと変わっていた。聡は立ち尽くし、そっと、そして優しい眼差しで見守るようにツユを見下ろしていた。聡の前髪を雨露が伝い、鼻筋を通りポタリポタリとツユの目の前に落ちていった。それはまるでツユの大きな涙跡にも見えた。
「ごめんね、聡。濡れちゃうから教室戻ろう。」
微笑み立ち上がろうとするツユの手を聡は掴もうとしたが掴めない。分かってはいるのだが掴めそうな気が聡にはした。やり切れない歯痒さだけが残った。
教室に戻る最中、ツユはフレアとの会話を思い返していた。
「久しぶりね、ツユ。人間との馴れ合いは楽しそうね。もう晴翔の事は忘れたらしいわね。」
フレアは嘲笑と共に吐き捨てるようにそう言った。
「忘れてなんていないわ!今でも晴翔を探してる。今でも・・・」
ツユは言葉を詰まらせて、フレアの言葉を強く否定した。
「アイレーンが何で晴翔に手を掛けたか解ってるの?あなたが晴翔と馴れ合って妖精としての任務を怠っていたからでしょ?自業自得よ?」
仁王立ちで腕組みをしたままフレアは蔑むように冷たい視線でツユを見下した。
「分かってるよ。全部私が悪いって。でも、私は晴翔が好きだった。好きな気持ちに・・・」
「やめなさい。人間と妖精は交わる事が出来ない。あなたも知ってるでしょ?」
黙り込むツユにフレアはさらに追い討ちをかけるように話した。
「あなたは悲しみの中でしか生きられない。永遠にね。晴翔はその為の犠牲になってもらったのよ。アイレーンなりの優しさと受け取るのね。」
何も言えないツユにフレアは踵を返しながら
「それが分かったら晴翔を偲んで泣く事ね。泣いて、雨を降らして妖精としての任務を全うする事よ。じゃあね。」
そう言うとフレアは背を向け去っていった。
教室に戻った聡達は昼休みも終わり午後の授業を受けていた。外はどんより曇り、雨が降り続いていた。聡はその様子を片肘をつきながら眺めていた。そしてそっと振り向き後ろで沈黙しながら涙するツユに視線を送るとそれに気付いたツユは、目を細め笑顔で涙を隠そうとするのだが、そのどこかぎこちない笑顔が聡の胸を締め付けていた。
夕方になっても雨は降り止まなかった。ツユは下を俯むき静かに泣き続けていた。聡にはツユの傍にそっと寄り添い見守ることしか出来なかった。帰り支度を始めた健太が窓から見える空を見上げ、「やっと梅雨入りかな。」そう言いカバンを閉じると綾夏と優也も帰り支度を終え聡達の教室へとやって来た。「急に降り出したな。予報も外れたし。」アジトへ行く予定を壊されたからか、優也は少し不満げに外を眺めた。
「へへへ。こんな事もあろうかと、私は折りたたみ傘を持ってきてたのでした。」
綾夏は自慢げにカバンから傘を取り出すと、その傘で優也を突いた。
「くっ、準備がいいな。仕方ない。俺も出すか。」
優也もカバンから折りたたみ傘を取り出し、ニヤリと笑った。一同が「おお。優也のくせに準備がいい。」と唸ると、「優也のくせには余計だよ!」優也は少し怒った。
「これでアジトに行けそうだな。俺は優也の傘に入る。健太は綾夏の傘に入れてもらえよ。」
聡の提案に皆賛同してアジトに向かうことにした。聡はスマホで『ツユも来るだろ?』とフリックして見せると、ツユは小さく頷いた。子猫達に会えば少しは元気にならないかなと、聡は思っていた。
綾夏は下足室で傘を広げると「少し小さいけど我慢してね。」と健太に告げると健太は頬を赤らめて「おぉ。」と頷いた。優也も傘を広げたのだが、傘の骨が二本折れてる上に穴まで空いていて、聡が「何だよ!傘の体を成していないじゃねぇか!これじゃあびしょ濡れだよ。」と言うと、「え?じゃあ、傘に入らない?それこそびしょ濡れになるぜ?」上から目線で優也はそう言うと、「クソっ!仕方ねぇな。」聡は渋々優也と身を寄せ合って傘に入り下足室を後にした。
流石に大の男二人が折りたたみ傘、しかも壊れた傘に入って雨を凌ぐのには無理があり、優也と聡の肩はすでにびしょ濡れであった。その様を綾夏は指差して笑っていた。
「そんなに笑う事ないだろ?」
聡が少し怒って綾夏に言うと
「だってただでさえデカい男二人が相合傘してるのもウケるけど、傘、小さい上に壊れてて、びしょ濡れなのもウケる。」
ケタケタ笑う綾夏を尻目に聡は苦虫を噛んだような顔をしていた。優也も「すまんな。聡クン。」と笑いながら言うものだから「どいつもこいつもふざけてやがる。」と不満顔の聡であった。その様子を見ていたツユは泣きながらも少し微笑んでくれた。それに気付いた聡は(ま、結果オーライか。)と目を細めた。
健太はというと笑う綾夏の隣でドキドキしていた。綾夏と密着している上に雨に濡れたからだろうか、服の柔軟剤の香りか髪のシャンプーの残り香なのか、いい香りが漂っていてドキドキに拍車をかけていた。そんな聡達の和やかな会話が功を奏したのかツユにも微笑みが戻り、雨も小降りへと変わっていた。
アジトでは穴の空いた屋根から入り込む雨を避けるように子猫達が身を寄り添っていた。
「この穴、どうにかならんものかね?」
天井を見上げボヤく優也に「お前の傘の穴もな」と聡も雨で濡れた肩をハンドタオルで払いながらボヤいた。
「良かった。子猫ちゃん、雨で濡れなかったみたいね。」
綾夏も雨漏りのするアジトを憂慮していたようだった。そしてアヤを抱き上げ撫でた。子猫達は兄弟姉妹であるだけ毛並みが似ていたのだが、四匹それぞれ微妙に毛色が違い毎日の様に通う今では一目で判るようになっていた。猫缶を開け子猫達に分け与えながら優也はふと、
「そういえば、この子達の母猫を未だに見たことないな。いつもどうしているのだろ?」
疑問に思い、続けて「ひょっとして、育児放棄?」と言うと、「人間じゃああるまいし」と聡は応え、「餌を探しにいってるんじゃない?」綾夏はそう言い、「多分野良だから俺ら人間を避けてるんじゃね?」健太が一番まともな事を言うと、三人は妙に納得していた。子猫達に癒され和んでいる四人にツユも一緒に和んでいた。
「あ、雨いつの間に止んだ?」
優也が天井を見上げたそこには、穴から見える空の雲の隙間より青空が覗いていた。聡はツユの方を振り向き優しく微笑んだ。ツユも小さく微笑んだ。
四人はアジトのプレハブを出てそれぞれに帰宅する事にした。
「優也。その傘、もう捨てとけよ?」
聡は迷惑顔でそう言うと、「捨てるか捨てないかは俺が決める。」優也が胸を張ってそう言うものだから聡はキレ気味に、「いや、どう考えても捨てるべきだろ?取っておく理由が分からん。」迷惑顔から呆れ顔に聡は変わった。綾夏は「優也は物持ちがいいからね。何でも勿体無くて捨てられないのでしょ?」そう弁護すると、「おいおい、アレはもはや傘ではないぞ?」真顔で言う聡を皆笑った。ツユも笑っていた。
それぞれに「また明日。」とさよならを告げてアジトを後にしようとして聡はツユを見ると、ツユが凍てついた表情でアジトの一角を凝視していた。聡はその視線の先へ目をやるとそこには昼間高校のグランドにいた火野フレアが仁王立ちしていた。聡も目を見開いて驚き、その場に立ち尽くした。
「聡、帰らないのか?」
健太が不審に思い、声をかけると
「先に帰ってくれ。」
聡はフレアを見つめ、健太に振り向くことなくそう告げた。
「じゃあな。」皆アジトを後にしてその場には聡とツユとフレアが残された。フレアは仁王立ちのままこちらを睨んでツユは少し怯え震えている様にも見えた。先に口火を切ったのはフレアだった。
「私の言った事が分かってない様ね、ツユ。」
ツユは黙ったまま下を俯いていた。その表情は曇っていた。続け様にフレアが話をしようとしたのを聡は遮り、
「ちょっと待ってくれ。フレア、君はツユの何なんだ?」
困惑半分、怒り半分で、しかし落ち着き払って聡は訊ねた。
「妖精同士の話に人間が割り込んでくるんじゃないわよ。」
フレアは聡の言葉を突っ返した。そして続けて話した。
「何度も言わせないで。妖精の任務を怠れば、どんな事が待ち受けているか、あなたも分かっているでしょ?また晴翔のような犠牲者を出さなきゃ、分からないあなたじゃないわよね?」
フレアは右の口角を少し上げ、不敵に笑った。
「晴翔?そいつはツユの何なんだ?」
聡は以前ツユから聞いた名に反応し、ツユが以前好きだったと言う人とツユの過去に何があったのか知りたくなった。フレアは少し驚いた様子で、その後フッと小さく笑うと、
「あはは。ツユ。この人間と仲良くしてるからてっきり晴翔の事も話してると思ったけど。よっぽど晴翔との事が後ろめたいのか、隠していたみたいね。」
ツユはさらに俯むき、涙を堪えている様だった。聡はその様子を見てこれ以上晴翔の事を聞いていいものか、躊躇していた。それは聡が彼の事を聞く事で、ツユを傷付けてしまうのではないかと思ったからだった。しかし、ツユに自分が嫌われても構わないが、聡がツユの事を嫌いになる事はどんな事あったにしてもそれはない自信が聡にはあった。
「フレア。ツユと晴翔の間に何があったか教えてくれ。」
「晴翔に何があったか。それを聞くことでお前はツユに幻滅するかもしれないし、ツユとの付き合いを恐れる様になるかもしれない。お前はそれに堪えられる自信がある?」
「ある!」
聡は迷う事なく即答した。フレアは少し考え、目を細め、そして答えた。
「お前、名を何と言う?」
フレアはピンクの長い髪をかきあげ、腕組みをした。
「聡。小日向聡だ。」
真っ直ぐな目線で聡は名乗った。
「それじゃあ聡、ツユと晴翔との過去を教えてあげるわ。」
フレアはそう言うと二人の出会いから話し出した。
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