その心の声は。

久恵立風魔

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その心の声は。第一章

その心の声は

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 一週間後の日曜日。陽射しが心地良い休日。俺はいつものように彼女をランチに誘いだした。彼女はいつもの雰囲気で明るく、そして優しく微笑んでいた。話題は仕事の事で少し話した。

 「雫さんの仕事ってどんな仕事してるの?」

 「私の仕事?そうね、簡単に言えばスマホの新しい機能の研究、開発かな。」

 「へぇ。そうなんだ。」

 知っていった。でも知らないふりで聞いてみた。嘘はいっていない。

 「でも極秘なところがあって詳しくは話せないのね。」

 「そうなんだ。でも何だかカッコいいね。極秘の開発に携わる研究員。映画に出てきそうだ。」

 「そんなカッコいいものじゃないわよ。やってる事は地味な事ばかりで、失敗ばかり。つい最近の研究も失敗に終わったし。」

 多分、心を読めるスマホの事であろう事も知っていた。俺はそのスマホの実証実験の証明をしているようで内心、罪悪感に苛まれた。それと同時に俺に嘘偽りなく接してくれている彼女に信頼を寄せている自分もいた。
 ランチを済ました後、俺達は人気の少ない近くの公園のベンチに腰掛け、休憩をとった。

 公園での二人の会話は終始、鹿児島での思い出話であった。

 「あはは。雄大さん、体力無さ過ぎ。桜島二周目って言ったら顔、ひきつってたよ。」

 「はいはい。俺はおっさんですよ。」

 「そうは言ってないでしょ。おじさん。」

 「言ってるじゃん!」

 とりとめのない話に和やかに会話が進む。俺は今の良い雰囲気を保ちつつ、知林ヶ島での話を振ってみた。

 「知林ヶ島での事はごめんね。」

 「いいえ。あの時の事は私が悪いの。ごめんなさい。」

 少しだけ笑って、伏し目がちに彼女は答えた。

 「いや。謝るのは俺の方なんだ。」

 そう言い、俺は例のスマホをポケットから取り出し、彼女に差し出した。

 「はっ。これは・・・」

 「そうだよ。これは雫さんのスマホだよね。会社の近くのドブ川沿いで拾ったんだ。いつか返さなきゃって思ってて、今になっちゃった。」

 苦笑いしながら話す俺に、彼女はスマホを凝視して、かなり動揺していた。そして、彼女は声を絞り出すように俺に問いかけた。

 「今、私と一緒にいて、スマホを返そうとしてるって事はこのスマホを開いたのね?」

 「ごめん。」

 俺は小さな声で謝った。
 
 「何処まで知ってるの?」

 彼女は声を震わせ、俺を怖れるように聞いてきた。

 「俺が知ってる事はこのスマホの持ち主が雫さんだったって事と、このスマホの機能の事。そして、知林ヶ島での雫さんの涙の訳を知りたくて検索してしまった事。それだけ。」

 嘘だった。本当は事ある毎に彼女の心を読んでいた事は言わず、隠した。

 「何て事なの。何もかも最低。だからこのスマホはこの世から消すべき物なのよ!こんなもの!」

 「待って!」

 俺の手からそのスマホを取り上げ、地面に叩きつけようとする彼女を俺は止めた。

 「あの時の涙の訳、知りたかったのは俺が雫さんの事が好きになったから。結婚したいと思える人とやっと出会えたと思ったか・・・」

 「嘘!やめて!それ以上聞きたくない!」

 声を荒げ耳を塞ぐ彼女に俺は優しく語りかけた。

 「雫さん、聞いて。このスマホの機能を使ってしまった事はごめん。涙の訳を知るうちに雫さんの過去もこのスマホから聞いてしまった。前の彼氏の事も。でもね、雫さんの過去を知ることが出来たからこそ、俺は雫さんを守りたいと、優しさを与えたいと、共にずっと生きていきたいと心から思えたんだ。」

 涙ぐむ彼女のスマホを握る手に俺は手を添え彼女に優しく語りかけた。

 「雫さん、お願いだ。このスマホで俺の心を読んでほしい。俺の心の声を聞いてほしい。」

 「ダメよ。出来ないわ。」

 彼女は首を左右に振り強く拒否した。

 「大丈夫。怖れないで。俺は雫さんの前の彼氏とは違う。」

 「でも・・・やっぱり私、怖いよ。」

 目を真っ赤にして零れそうな涙を必死に堪え、俺を見詰める彼女の手を取り、俺はスマホに問いかけた。

 「OK、ゴーグル。佐藤雄大の鈴木雫さんに対する今の、そして、これからの気持ちを教えて。」

 「佐藤雄大さんは鈴木雫さんを心から愛しています。大切にしたいと思っています。これから先、共に歳を重ね、健やかなる時も病める時も、幸せな時も、辛い時も共に生きていきたいと願っています。」

 「これが俺の心の声。俺の真心だよ。」

 俺は涙声で彼女に囁いた。

 「うわぁぁぁーん。」

 彼女は声を張り上げ泣き崩れた。俺は彼女の肩を優しく抱き寄せ、一緒に、泣いた。

 静かな公園では、鳥の囀ずりと、俺達二人の鼻を啜る音だけが暫く続いた。

 これで二人の関係が終わったとしても悔いはなかった。俺の気持ちは伝えた。沈黙が続く中、俺は清々しい気持ちでいた。

 暫くして、彼女が口を開いた。

 「雄大さん、ありがとう。」

 彼女はそう答え、微笑んでみせた。涙で真っ赤になった瞳を微笑みで隠して。

 「あ、そうだ。」

 そう言うと、彼女はスマホに向けて問いかけた。

 「OK、ゴーグル。鈴木雫の佐藤雄大さんに対する今の気持ちを教えて。」

 俺は驚いた。そして、彼女の心を知る。

 「鈴木雫さんは、佐藤雄大さんのことが好きです。彼女も彼と共に生きたいと願っています。」

 スマホの答えに二人見合せ、プッと吹き出し笑った。俺は彼女を強く抱き締め、耳元で「ありがとう。」と、囁いた。

 その夜、俺達は彼女の部屋を訪れた。二人言葉少なに、でも心は通じ合っている実感があった。ソファーに隣り合い肩を寄せ合って手を繋いでいた。その繋いだ手からお互いの想いが流れ込んでくるかの様だった。しばらく沈黙が続いた。でもその沈黙は心地良く、いつまでもこうしていられそうだった。それは読心スマホのお陰でもあった。お互い心の奥底にある相手への想いを知っているからこそ安心していられるのであろう。

 そして彼女が俺の耳元で囁いた。

 「雄大さん、今何考えてるの?」

 「この時間がこのまま永遠に止まっていて欲しいかな。」

 「それだけ?」

 俺の耳元で彼女はそう囁いた。

 「うーん。後は読心スマホで俺の心を聞いてみて。」

 彼女は読心スマホを取り出し、訊ねた。

 「OK、ゴーグル。雄大さんの今の気持ちを教えて。」

 「雄大さんは、雫さんの事をもっと知りたいと思っています。」

 「あはは。何だか恥ずかしいよ。」

 俺は照れながらスマホの答えに顔を赤くしてしまった。

 「何を知りたい?」

 そう囁く彼女は小悪魔的な微笑みを浮かべて俺に問いかけてきた。

 「ごめん。これ以上は恥ずかしくて言えない。」

 「何を知りたいか私が読んでみるね。」

 照れながら微笑み伏し目がちに応える俺に彼女は俺の正面に座り、そっと俺のおでこに彼女のおでこを重ね、目を閉じた。そしてしばらくしておでこから離れ目を開けた彼女は、

 「雄大さんの心、読めたよ。」

 そう言うと彼女はそっと瞳をとじた。

 俺は彼女の肩を抱き、そっと引き寄せ唇を重ねた。

 俺はまたおでこを重ね、微笑み、再び唇を重ね、強く抱擁した。
 彼女は俺の手を取り、寝室へと招き入れ部屋の電気を消した。窓の外からは街灯の灯りが微かに射し込んでいた。俺は彼女のシャツのボタンを一つづつゆっくりと外し両肩を撫でるようにシャツを脱がした。そしてそっと彼女をベッドに倒して熱くキスした。
 俺達はベッドで一夜を共に過ごした。窓から溢れる微かな明かりが二人のシルエットを浮かばせていた。俺達はそのシルエットをなぞるように慈しみ愛した。そして、お互いありったけの優しさを尽くし、身体を揺らした。俺は彼女の白い肌に吸い込まれる様に、堕ちていった。

 翌朝、朝の光りと共に目を覚ました俺は、天使のような寝顔の彼女の耳元でおはようと、囁くと彼女は瞳を擦り笑顔でおはようと返してくれた。俺は彼女を背中から抱きしめ、彼女の手首から肩にかけてゆっくりと撫でた。彼女は俺の腕の中で微笑み、子猫のように擦り寄って甘えた。

 「あ、そうだ。」

 何かを思い付いたような彼女はベッドから出て服を纏い、明るくなってきた窓の外を見て、このマンションの屋上に今すぐ行こうと言いだした。俺は慌ててパンツと服を着てバタバタと屋上へと二人向かった。

 そこから見える景色は絶景だった。都会のビルの合間から陽が明々と昇ろうとしていた。

 「この景色が見せたかったんだ。」

 そう言い、俺の顔を見て、彼女は微笑んだ。

 「綺麗だね。」

 そう言う俺に、

 「うん。そうでしょ。」

 瞳をキラキラさせて彼女は俺を見て頷いた。

 「そう言えば雫さんから俺のプロポーズの返事貰ってなかったよ。」

 「あら?スマホが言ってくれたじゃない。」

 「えぇー。こう言うのって直接本人が言う事じゃないの?」

 お互い悪戯な微笑みで笑い合い、彼女は耳と頬を紅く染めて答えてくれた。

 「こんな私でいいの?」

 「もちろん!」

 そう言うと、俺達は二人並んだ顔の間に輝く朝日を遮るように唇を重ねた。





 その心の声は。人の本心を知ることは、時に残酷で傷付き、不幸になることがあるかもしれない。
 それ故、心からの優しき心に触れることが出来たなら、人は強く、傷付いた心をも癒し、心から信頼を寄せる事が出来ることでしょう。人はそれを真心と呼びます。
 俺はこのスマホに感謝している。こいつがなかったら彼女の傷を癒し、救う事が出来なかっただろう。裸の心を見せることは誰でも怖い。でも、これほどダイレクトに相手の心に届き、響かす手段はないだろう。
 心を読むスマホ。『読心スマホ』と、いう利器。
 そんな未来がもうすぐそこまで迫っているかもしれない。

 素敵な物語にするのは、あなたの心持ち次第。
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