その心の声は。

久恵立風魔

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その心の声は。第一章

海の道

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 一夜明け、俺達は一路、レンタカーで指宿へと向かった。

 その日、突き抜ける程の快晴で俺も心踊る気持ちと、高揚感で突き抜けそうだった。

 行きの車中、俺は自宅を出発する前に両親の見送りを受け、挨拶を交わした事を思い返していた。

 「たいしたおもてなしが出来なかったかもしれないけど、またいらしてくださいね。」

 申し訳なさそうに笑顔でそう言う母に

 「いえいえ。とても素敵なおもてなし、ありがとうございました。是非また伺いたいです。」

 恐縮して、でも楽しそうにそう応えた彼女は清々しい笑顔だった。

 「雄大、東京に戻っても身体に気を付けろよ。」

 「ああ。親父も身体に気を付けてな。」

 いつも無口な父だが、今回は終始ニヤニヤしていた父。そして、俺達二人に対して結婚などの話題に敢えて触れなかった辺り、両親が俺の結婚に対して余計な事を言わず、そっと、そして慎重になっていることが肌身に感じられた。

 「お兄ちゃん、またね。」

 「ゆうちゃん元気でねー。」

 妹家族も手を振って見送りをしてくれた。

 「みんな、ありがとうな。」

 (いつかでっかく親孝行して、安心させるよ。)

 その言葉を挨拶の言葉の後に心の中でつぶやき、実家を後にしたのだった。

 「素敵なご両親ですね。」

 「そう?でも、いつかでっかく親孝行したいのだけど、自分の事でいっぱいいっぱいでね。ダメ息子だよ。」

 「いいえ。親孝行を考え始めたらそれがもう親孝行の始まりなんて、よく言うよ。大丈夫。」

 行きの車中そんな会話を彼女としていた。

 「雫さんは優しいね。ありがとう。」

 「雄大さんの方が優しいよ。」

 「俺は優しくなんかないよ。でも、ありがとう。」

 遠のく実家に後ろ髪を引かれる思いをしながら俺は車を南へと走らせた。

 その日の指宿の干潮時間は夕方近くだったので、先に砂蒸し温泉を満喫する事にした。

 「わぁー。凄くワクワクする。砂に埋まるって、どんな気持ちなんだろ。」

 楽しそうにそう言う彼女に俺は、

 「ああ。死体になって埋められる気分だよ。」

 「えぇー。ちょっと不気味なこと言わないでよ。」

 冷ややかに、さらりとそう言う俺に少し怒り気味に突っかかる彼女はそう言いながらも楽しそうだった。

 「あはは。冗談。すごく気持ちいいよ。」

 「ふふふ。楽しみだなぁ。」

 俺達はそれぞれの更衣室に入り、全裸に浴衣一枚だけを羽織り、海岸にある砂風呂へと向かった。
 海岸は潮風が強く、彼女の髪は乱れ、浴衣の胸と裾は風でパタパタとはだけ、それを彼女は必死に押さえていた。

 「風、強いね。」

 俺は横目で彼女のはだける胸と裾から覗く白い胸元と足にドキドキし、そのいかがわしい視線を気付かれぬよう逸らすのに必死だった。

 「いらっしゃい。頭をこっちにして横になってくださいね。」

 砂蒸し温泉の従業員のおばちゃんの指示にしたがい俺達は横になった。

 「あ、これで二人の写真をお願いします。」

 そう言い、おばちゃんに俺のスマホを預け、砂に埋まる二人を写真に撮ってもらうようお願いした。

 頭にタオルを巻き、砂に埋まる。

 「うわー。砂の圧がすごい。本当。砂に埋まる死体ってこんな感じなんだね。それでいて、温かい。」

 初めての砂蒸し温泉に感動している彼女に俺は豆知識を披露した。

 「そうでしょう。この砂蒸し温泉に入ると、血が真っ赤な綺麗な血になるんだよ。」

 「へぇー。そうなんだ。それ聞くとなんだか身体が甦る感じがする。」

 横になっていて彼女の表情が見れないのが残念だったが、でも喜んでいることは彼女の声で想像はできた。

 「はい。写真撮りますよ。」

 従業員のおばちゃんが約束通り写真を撮ろうとしてくれた。

 「せっかくだから変顔で写ろうよ。その方が面白くて、後から思い出になるよ。」

 そう提案する俺に、

 「えぇー。恥ずかしいよ。でも、仕方ないなぁ。」

 そう言い、恥ずかしがる彼女だったが、渋々承諾してくれた。

 しばらく砂に埋まっていた俺達は、熱くなる身体を限界まで我慢して、砂から起き上がった。

 「うわぁー。あっつーい。身体ポカポカ。」

 「そうでしょう。気持ちよかったでしょ?」

 「うん。」

 砂蒸し温泉から上がった俺達は室内のシャワーと温泉で砂と汗を洗い流し、彼女とロビーで、冷たいお茶を買って砂蒸し温泉の余韻を楽しんでいた。

 「さっきの写真見てみようよ。」

 「そうね。雄大さんの変顔、見てみたい。」

 スマホの写真には二人の変顔がしっかりと写っていた。

 「あはは。雄大さん、ひどく不細工。」

 「雫さんもかなり、ヤバイよ。」

 俺達は大爆笑して、お互いの変顔を罵りあった。

 「この後はどうするの?」

 「うん。この近くにね、知林ヶ島って言う島があるのだけど、潮が引いて干潮になると、海に砂の道が現れて、陸と繋がる島があるんだ。」

 「へぇー。行ってみたいな。」

 「うん。そうだろうと思って、干潮時間も調べておいたんだ。もうすぐその時間。」

 「じゃあ、もう陸続きになってるのかな?」

 「多分ね。行ってみようか。」

 「うん。」

 興味津々な彼女はほのかにシャンプーの匂いを漂わせ、また俺の心を鷲掴みにしていた。

 島の対岸に着いた俺達は海岸から島を臨んだ。
 そこには比較的平らな稜線の知林ヶ島に向け陸から一本の砂道が現れていた。

 「うわぁー。本当に陸と島が繋がっているんだね。感動。なんだか映画に出てきそうな風景だね。」

 「それ、モーゼの十戒のこと? 」

 「うん。なんだか、神様の導きのようで、不思議な気持ち。」

 「この島は陸と島が繋がることから縁結びの島でもあるんだよ。」

 「へぇー。そうなんだ。」

 そう言うと、彼女は島の上にある遠くの空を見つめていた。

 「渡ってみない?」

 遠くを見つめる彼女に自分と一緒に渡ってくれるか不安のあった俺は、彼女の横顔を見つめそう問いかけた。

 「うん。」

 俺は不安を悟られないようにしたつもりだったが、彼女は俺の不安を察知してか、微笑みを浮かべ、軽く俺の手を引いた。
 砂道の上は風が少し強く、潮の香りが二人を包んだ。
 靴が砂を噛む音を踏みしめながら島へと歩みを進めた。そう、神様の導きなるままのように。そして、この出会いが運命であり、必然であることを願いながら。

 知林ヶ島に辿り着いた俺達は海を一望できる展望所へと登った。
 吹き抜ける風が心地好い。日が西へと傾きつつあった。彼女は遠くを見つめ、大きく深呼吸すると喉に詰まったものを吐き出すように呟いた。

 「気持ちいいね。何もかもを忘れる事が出来そう。」

 遠くを見るその目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
 俺はその時、その涙の理由に気付く事が出来なかった。ただ綺麗な景色に感動しているのだろうと思った。涙の理由が分からなかった俺は、その涙に気付かないふりをして彼女の視線の先を追い、おどけて続けた。

 「仕事の事も忘れそうだね。」

 「あはは。そうね。」

 微笑みで細めた目頭からは一粒の大きな涙が零れ落ちた。

 俺達は沈黙し、しばらくその海を眺めた。
 聞こえるのは風の音と波の音、そして、彼女の鼻を啜る音だけだった。俺は沈黙を破るように、己の彼女への想いの核心に触れる話をした。

 「さっきも話した通りこの知林ヶ島って、縁結びの島なんだよね。これも何かの縁なんだと思うんだ。雫さんがよければ俺と結婚を前提に付き合って・・・」

 「やめて!」

 不意を突かれた俺は驚き、言葉を続けることが出来なかった。

 「ごめんなさい。雄大さんとは、今はまだそういうの抜きでいたいから・・・」

 「ご、ごめんね。そ、そうだよね。俺、何焦ってるんだろうね。ガツガツし過ぎだよね。気にしないで。あー、俺、バカだなぁー。」

 動揺する俺に彼女は伏し目がちに堪えた涙を拭いながら話した。

 「そうじゃないの。私が悪いの。ごめんなさい。」

 どんな言葉をかければ5分前の関係に戻れるのだろう。彼女を笑顔に出来るのだろう。俺は頭の中をフル回転させたが、言葉が出てこない。二人をまた沈黙が包み込む。今度は先程にはなかった重苦しい沈黙が。

 「でも・・・」

 沈黙を破ったのは彼女だった。

 「でも、その気持ちはありがとう。ごめんね。私自身の中でいろんな事がまだ、整理出来てないみたい。」

 ニコっと笑顔でそう話す彼女に俺は少し安心したが、何か引っ掛かるものがあって、自分自身の中で消化不良をおこしていた。

 「帰ろっか。」

 彼女は明るくそう言い、この重苦しい空気を変えようとしていた。

  「そうだね。東京へ帰ろうか。」

 俺も明るく応え、その場を後にした。
 俺は西へと沈んで行こうとする太陽と自分の切なく沈む気持ちとを重ねていた。
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