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『ペンは剣よりも強し』ならエロは世界を救えるはず

時間切れ

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 廊下に掛けられた蓄光石を頼りに、ガリガリと紙の上にペンを走らせて小説を書く。
 ここに閉じ込められてから書き始めた物語は、脱獄編の中盤を過ぎて終盤の復讐へ。

「そうねえ……危機を察した衛士長が、自分の娘をつかって主人公を懐柔しようとするけれども……」

 ぶつぶつ呟きながら情報を整理して、紙に物語を綴っていく。
 紙の量が限られているから、慎重に書かなくちゃいけない。

「ここで、主人公は娘の立場を察して懐柔されたフリをしてその場を去る……夜深く、皆が寝静まった頃、酒場で酒を呷る衛士長の脇腹に針を突き刺して……」

 復讐を題材とした物語は扱いが難しい。
 なにせ、相手を断罪しつつもやり過ぎないように気をつけないといけないのだ。

 主人公は、冤罪をかけられて拷問はされた。
 肉親を殺されたわけでも、恋人をうばわれたわけでもない。
 だから、この作品では、衛士長という悪役がこれまで葬ってきた冤罪のように、誰も彼の『病死』を疑わずに人生を終える。
 悪戯に苦痛を与えないのも、名誉を穢さないのも、悪役であった彼の娘の献身に敬意を表して最小の傷で事を済ませたのだ。
 そして、主人公は自分の罪と向き合うために教会へ向かうところで物語は終わる。



 震える手で最後の句読点を書く。
 この瞬間、作品は完成した。

「出来たわ、出来たわ、出来たわ!」

 完成した作品を、丁寧に纏めて眺める。
 これまで書いた作品のなかでも、一番の出来だ。

 『自分の書きたい』を書いた結果、生まれた作品だ。
 私にしか書けない、私だけの作品だ。
 たとえ、どれほど優れた作家がいたとしても、似たような作品で私より優れた作品を書こうとも、私だけが生み出せる作品だ。

「うふ、うふふふっ、あはははははっ……」

 ああ、書き上げられてよかった。
 達成感と高揚感に笑いが込み上げる。
 ひとしきり満足するまで笑おうとして、胸に痛みが走る。

「げほっ、ごほっ、こほっ……ン゛ンッ」

 笑った事で、息苦しさが強くなる。
 どうやら、この暖房のない空間で過ごしてきたツケが来たらしい。
 最近では食事もマシになったが、栄養に偏りがあるままで二ヶ月も過ごしたのだから、免疫力が低下していたのだろう。

『くそっ、もう嗅ぎつけてきたか!』
『如何なさいますか、アルバート様?』
『時間を稼いで……ああ、くそ、回り込まれている!』

 なるべくゆっくり深呼吸をして、咳反応を鎮めようとしているとなにやら外が騒がしいことに気付いた。
 慌ただしい足音と叫び声が聞こえる。

『下がれ、下がれ! エッシェンバッハ侯爵家に楯突く気か!』
『監察官に剣を向けるならば、公務執行妨害で独房に放り込むぞ!』

 聞こえてきたのは懐かしい人々の声。

『こっちか?』
『見取り図によればそうだ!』

 格子の向こうに姿を現したのは、金髪碧眼と茶髪の青年二人組。

「アラン、セシル、久しぶりね……?」

 およそ二ヶ月ぶり、だろうか?
 なんだか数年会っていないような気がするのは、彼らの背が伸びたからだろう。
 立ち上がろうとして、脚に力が入らないことに気付いた。
 受け身も取れず、顔から地面に倒れ込む。

「レティシア!」
「治癒師を呼んでこい!」

 二人の叫び声もどんどん遠ざかっていく。
 昏くなる視界の中で、白い毛皮に覆われた狐が前世あのひのように私を見下ろしていた。
 ────もしかして、私はまた死ぬんだろうか。
 作品を書き上げたから満足……





 ……なんてことはない!
 まだまだ書き足りない!

 完成したから満足!?
 いいや、まだだ。
 まだ書いていないアイディアがある!
 死神だろうと、白狐だろうと邪魔はさせない!
 その怒りを込めて睨みつけると、白狐は静かに私を見つめていた。

【………………………………】

 その視線には呆れが多分に含まれていた。
 セシルに抱え上げられて運ばれる間も白狐は私を見つめていたが、ふっと息を吐く。
 そして、白狐は興味をなくしたように毛繕いを始めた。

「レティシアさん、すぐに医者が来るからそれまで頑張るんだぞ!」
「ええい、アラン、俺が走るよりもお前が運んだ方がはやい!」

 その瞬間、何故かは分からないが、『もう大丈夫』と思った。
 セシルの体温が伝わったからかもしれないし、アランの声が聞こえたからかもしれない。
 とにかく、眠くて、眠くて、私は気がつけば意識を手放していた。







 アランたちに助け出されてから数週間、私は治療院と呼ばれる病院に入院することになった。
 病気になっていないか確認する必要があるらしく、経過観察も含めて入院措置を施されたのだ。
 医者の話によれば、あと数日遅れていたら死んでいてもおかしくなかったそうだ。
 命拾いできてなによりである。

 面会できるようになったその日、一番乗りで私に会いにきたのはアランだった。

「僕は心配したんだぞ!」
「ご、ごめんなさい」
「だいたい、無用心に扉を開けるなんてなにを考えているんだ!」
「う…………」

 アランの説教はもっともなので大人しく反省しながら話を聞いていると、病室に入ってきたのはセシルだった。

「そこまでにしてやれ、アラン。レティシアだってそうなりたくてそうなったわけじゃないだろう」
「だが!」
「アルバートは今回の事件で職を追われた。レティシアが無事だったからそれでいいだろう」
「それは、そうだが……むう……」

 なにやら、私がいない間に仲良くなったらしい。

「それに、何かあったら俺たちでどうにかすればいい」
「それもそうだな。まったく、君と手を組むことになるとは思わなかったよ」
「俺も同感だ」

 仲が良いのはよいことのはずだが……何故だろうか。
 凄く嫌な予感がする。

「ああ、そういえばレティシア。家のポストにこんな手紙が届いていたぞ。義弟のニコラスからだ」

 セシルから渡された手紙には、異国の消印がついていた。
 どうやら学園から書いて送ったらしい。
 セシルに開けてもらい、便箋に目を通す。

 『あねさま、ボクは来月には卒業できそうです。約束、守ってくださいね?』
 たったそれだけの短い文だった。

 はて、何か約束をしていただろうかと思い出そうとしていると、見送った日の約束を思い出した。
『もしボクが学園を三年で卒業できたら、ボクと結婚してください』
 たしかに、ニコラスとそう約束していた。

「あっ……!?」

 便箋を持っていた私の手がぶるぶると震え始める。
 おかしい、父の話では最短でも三年はかかるはずだ。
 それを半年以内で成し遂げるなんて、それこそ天才しかありえない。

 慌てて消印の日付を確認すると、先月の日付が書かれていた。

「どうしたんだい、レティシアさん?」
「ニコラスが……今月、学園を卒業するって……」
「たしか、あの最難関の学園だろう? 僕もセシルもそこに通っていたが、そんなすぐに卒業できるような場所じゃ…………」

 そこまで語っていたアランは口を閉ざす。
 それから数秒考え込んで、彼は呟いた。

「あのニコラスならやりかねん……」
「どうする、アラン? 始末するか?」
「この前、闇討ちしたが返り討ちにあった。実力行使は無理だ」
「…………なんの話です?」

 なにやら不穏な単語が聞こえたので尋ねてみたが、彼らはあからさまに言葉を濁すだけで質問に答えてくれなかった。
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