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『ペンは剣より強し』

セシルの手料理

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 ────結論から言おう。

 あの裁判での出来事は、悪ノリした記者たちが面白おかしく記事にしたせいで誰もが知る事件にまで発展した。
 『モンタント事件』とまで呼ばれた一連の裁判。
 新聞に載せられた法廷画は、仮面を着用した少年というキャッチーなもので、仮面を身につけていた理由は『顔を隠さねばならない理由があった』に違いないという記者のワケが分からない文が書かれていた。
 件の裁判官ヒューゴはセンセーショナルに持て囃され、出版停止となった私の本三冊は高値で取引される事態にまで陥った。
 奇しくも、検事アルバートの予言通り社会が混乱したのだ。

 念の為に言っておくが、私の計画では多少注目される程度だと想定していたので、今回のコレは全くの誤算であることは言うまでも無い。
 私の手に握られた今日の朝刊には、トップ一面に『モンタント』の絵が描かれた記事が掲載されている。
 捲れば、法廷での一連のやり取りがこれでもかと正確に書かれていた。
 当然、こんなに有名になれば反応する連中も出てくるわけで。

 ジャンジャン届く手紙の山、山、山!

「これは……あー、連日嫌がらせしてくる奴らか。これは、文芸サロンの仲間からで、これは知り合い……これは、サリー?」

 私の作品を貶すもの、私個人の人格を否定するもの、枕仕事を疑うもの、果てには盗作の言いがかりをつけてくるというヤバイものまで選り取り見取りだ。
 読んでいたらキリがないので差出人で振り分けつつ、優先順位をつける。
 そのなかで、気になる手紙があったので開封して読んでみる。

『こんにちは、レティシア。最近どうしているかしら?
 この前、母親に貴女の本を読むことを禁止されて、私は勢い余って家出しました。市井の仕事もなかなか良いもので、長年の夢だったドレス作りに精を出しています。雇い主のジュリアさんはとても良い人で、歳が近い私のことをよく気にかけてくれています。いつか腕を磨いて、貴女のドレスを作れるようになりたいな。
 貴女の親友、サリーより』

 ドレス職人、ジュリア、とくればもうサリーの家出先は特定したも同然である。
 とりあえず、ジュリアであればサリーを悪いようにはしないだろうから一安心だ。
 彼女は変人だが、悪人ではない……と思う。
 しかし、サリーもなかなか行動力のある人間だ。
 思い立ったとして、家出する宛があるとは計画性がある。

「時間があったら会いにいってみましょうかね」

 手紙の返信を書き、今度会いに行く旨を付け加えて封蝋を施す。
 文芸サロンの仲間からは私の裁判を応援しているという内容だった。
 思えば、誰からも認められなかった創作にここまで色々な人が応援されていると思うと感慨深いものがある。

「レティシア、昼食が出来たぞ」

 部屋の扉をノックしたセシルに声をかけられた。
 折角の昼食が冷めては作ってくれたセシルに悪いので、作業を一時中断して扉を開ける。
 すっかり我が家に馴染んだセシルが、私を見下ろして呆れたようにため息を吐く。

「顔にインクがついてるぞ」
「あら、ほんと? って、どこか言ってくだされば自分で拭いますよ」
「面倒だ、俺が拭った方が早い」

 子供の面倒を見る母親の如く、私の頰についたであろうインクを拭う。

「今日の予定は?」
「昼食を食べたら小説書きます。プロットが纏まりましたから、キリのいいところまで書くつもりですよ」
「なあ、レティシア。アンタはどうしてそうまでして小説を書くんだ?」

 私の頰を拭っていた手を止めて、セシルは私の顔を覗き込む。

「どうして、ですか? そんなもの『書きたい』からに決まってます。書いていて楽しいですし……セシルさんは違うんですか?」
「俺も書いていて楽しいとは思う。けれど、書き終えた時にふっと我に帰るんだ。『これは読んでいて価値があるのか?』『もっと他にやりようはあるんじゃないか?』そう考えると破り捨てたくなる」

 アンタには分からないだろうが、と付け加えてセシルは私の顔からタオルを離す。

「私も、書き上げた直後はそう思いますよ。多分、何かを作る人は必ず抱える問題です」
「アンタはどうやってそれを乗り越えたんだ?」
「そうですねえ……。他人の価値観も大切にしつつ、自分の価値観もしっかり持つようにしています」
「価値観?」

 自分にとっては傑作でも、他人から見れば駄作になり得る。
 それはこれまで体験してきたものが違うからというはっきりした理由があれば、なんとなくというふんわりとして理不尽な理由もある。
 作品にかけた労力が評価されること自体稀なのだから、こればかりは仕方ないのだ。

 けれども、自分にとっては駄作でも他人から見れば傑作になることもある。
 だから、私は自分の作品の味方でありたいし、これからに期待していたい。

「ええ、どっちかを大切にし過ぎたら雁字搦めになって動けなくなってしまうから。程々に大切にしながら、自分が書いたものを愛するようにしているわ」
「はっ、アンタらしい甘ったれた考えだな」

 セシルは私の言葉を鼻で笑うと、テーブルに座って食前の祈りを捧げる。
 私も椅子に腰掛けて目の前に置かれた料理を見る。
 パエリアとサラダ、それにスープという組み合わせだ。
 彼の作る料理はなんだか日を追うごとに豪華になっている気がする。

「その香草を千切ってスープにいれると香りが出る」
「そうなんだ。あれ、セシルさんの料理にはついてませんね」

 セシルの皿には、私の皿に乗せられていた香草がない。
 忘れたのかと思っていると、彼はふっと視線を逸らす。

「……嫌いなんだ」
「そうなんですか。んー、確かに独特な香りがしますね」

 味としてはパクチーが近く、好みが分かれる味だ。

「嫌いか?」
「いえ、食べられますし問題ありません」
「そうか」

 ほっとした様子で食事を再開したセシル。
 私も特段気にすることはなく、これから書こうと思っている小説についてぼんやり考えながら食事を頬張った。
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