冒険者の受難

清水薬子

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女冒険者サナ

報復①

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 村を回るカインの後をトコトコとついて歩く。
 勿論不審な人物や私を観察する視線はないか確認しているが、今のところ姿は見えない。

「……黒い外套で背の高さは俺より低い程度、か」

 村人の話を整理したカインが眉を顰めながら辺りを見回す。
 日が傾くまで村人から話を聞いたが特に新しい情報はなく、結局収穫はなかった。

「直に夕暮れになります。暗くなる前に宿屋に戻りますか?」
「ああ、そうだな。せめてアジトが分かっていればもっと楽に事は進んだが、贅沢は言っていられないな」

 そう言って私の方を一度も見ずに足早に宿屋に向かって歩き出す。

「…………」

 この服、渡してきたのはカインじゃない。似合わないからって視界に入れるのも嫌がるなんて失礼ね。

 私も子供ではないので口や態度にはださないものの、あからさますぎる彼の態度にちょっとだけ心がささくれ立つ。

 元々似合うなんて思ってないし、と自分に言い訳をすれば更に惨めな気分になる気がしたので、後ろ向きな思考を頭を振って追い出す。
 今は仕事中だ、浮かれたり沈んだりするのは全て片付いてからでも遅くはない。

「……?」

 頸に視線を感じたので相手に気取られぬよう周囲を窺う。
 村人が住んでいると思われる家屋の窓にこちらを観察している人影があった。
 窓枠に体を隠しているつもりのようだが、肩がほんの僅かに見えてしまっている。
 相手はどうやら尾行に慣れていない素人であるので、バレない程度に視線を動かして情報を探った。
 その人物は迂闊にも私が気づいていないと思ってこちらを注視した。
 その人物の特徴的な赤い髪に魔物の証である暗い血の瞳を認識した瞬間、ゾワリと鳥肌が立つ。
 昨日、死んだはずの淫魔ジゼルがそこにいた。

「カインッ! 敵だ!」

 素早くカインに敵の存在を知らせ、ジゼルが反応するよりも早く駆け寄って窓ガラスを蹴り壊す。

「きゃあ!?」

 咄嗟に窓ガラスから顔を庇ったジゼルの無防備な腹に回し蹴りを放つ。
 さらに顔面を掴んで地面に叩きつけ、彼女が怯んだ隙に馬乗りになって短剣を突きつける。
 短剣はカインから予め借りていた聖印の施された銀製のものだ。

「離しなさいよッ! この! ぶっ殺してやるんだから!」

 ようやく混乱から立ち直ったジゼルが私を睨みつけて悪態をついた。
 彼女たち淫魔が元人間だという話はどうやら本当らしい。
 殴る蹴るといった暴力的な行為に慣れていないのかジタバタと暴れる彼女の動きは封じるのが容易かった。

 淫魔というなら、尚更男を惑わして捕まえていただろうからこういう実力行使を実行したこともないだろう。
 私を誘い出すための罠かとも思ったが、彼女の反応と他に気配のない小屋の中を見る限りどうやらそれはないようだ。

 カインが到着するまで数秒あるので、この隙にジゼルの気概を折っておこう。
 なにせ、彼女には聞きたいことが山ほどある。

「おい、ジゼル。自分の立場が分かってないようだな?」
「ひっ!?」

 威圧するように静かに語りかけながらジゼルの名を呼んで銀の刃を押し当てて薄く皮膚を切れば、淫魔としての誇りよりも痛みへの恐怖が勝ったようで涙がじわりと浮かんだ。
 どうやら魔物になったとしてもこういった脅しに対する精神的な免疫は持ち合わせていないようだ。
 ただこの程度ではまだ抵抗するかもしれないので、トドメにさらに脅しをかけておく。

「抵抗したければすればいい。人間よしみで苦しむことなくもう一度、今度こそちゃんと安心して死ねるように殺してやる」

 恐怖と緊張で彼女の喉が動く。
 脅しは充分効果を発揮したので、今度は助け舟を出す。
 反抗するよりも従順でいる方がメリットがあると気づかせた方が情報を聞き出しやすい。

「大人しくするならすぐに殺しはしないし、丁重に扱うつもりだがどうする?」

 駆けつけたカインが窓枠を飛び越えてジゼルの顔を視認するとすぐに状況を把握して本のような魔道具を取り出した。

「敵……昨日見た淫魔の死体にそっくりだな」

 二対一、しかもサキュバスが嫌う人間の女と奇跡のせいで厄介な司祭だ。
 ジゼルの逆転は絶望的である。

 ジゼルは視線を短剣に向けて聖印を確認し、次いでカインの胸元に光る信仰の証を認めると諦めてゆるゆるとため息をつきながら力を緩めた。

「分かったわ。大人しくするから優しくして頂戴」

 大人しくなったジゼルを簡易的にロープで縛ってから距離を取る。
 カインが魔道具を開いてページを向け、魔力を込めるとジゼルを中心に半透明の壁が覆った。
 魔障壁と呼ばれるもので、魔物の捕獲に使われるものだ。
 魔力を遮る為、中にいる魔物はその間生命を維持する魔力を補えず、やがて衰弱してゆくらしい。

「それではジゼルさん、あの夜私たちから逃げ出した後の行動を全て説明してください」

 話を聞き出す時のコツとして、一度従う意思を見せたものには丁寧に対応する。
 ここで粗雑に扱えば、『何を話しても無駄』と信頼を損なうことになるし口を噤むこともあり得る。
 大事なのは『見返り』があると餌を見せることだ。

「洞窟に戻った後、お姉様–––––ベアトリアが私たちに短剣を渡してきたのよ」

 ジゼルが饒舌に喋り出す。
 短剣を受け取ったと語り始めたところでジゼルが頭を押さえて苦しみ始めた。

「嘘をつきたいならついても構わんが、その分苦しむだけだ。俺としては悶え苦しむのを見るのは忍びない。正直に話すことをすすめる」

 カインが近くの椅子に腰掛けて魔道具のページを捲ると、そのページのタイトルには『嘘発Detectormendacium』との大文字が書かれていた。
 世にも珍しい多機能型魔道具のようだ。

「うぐぐっ! 分かった、分かりましたよ! 短剣を受け取ったのはリーダーからです!」
「そのリーダーのお名前は?」
「知らないわ」

 勇しく私を睨みつけていたジゼルが、リーダーについて尋ねた途端に視線を逸らした。
 魔道具が反応しないところを見るとどうやら彼女は嘘をついているわけではないらしい。
 微かに見える怯えから見て、リーダーは淫魔と信頼関係にあったわけではないようだ。

「そのリーダーとはどういう経緯で仲間に?」
「……村で一人ぼっちだった私に声をかけてくれたの。私の相談にとっても親身になってくれたわ」

 ジゼルの顔に翳が差し、まるで外敵から己を守るように自身の体を抱きしめた。
 その姿は扇情的な格好をしている淫魔というよりも傷ついた一人の少女だ。

「あらゆる悩みから解放されるって言われて、この魔法陣で体の悪いところが治るって。それで……気がつけば淫魔になってて、ベアトリアの指示に従えって」
「なるほどな。その魔法陣とはこんなものか?」

 カインが懐から一枚の紙を取り出すとジゼルに見せた。
 ジゼルはコクコクと首を上下に動かして肯定する。

「そのリーダーとかいう男の特徴は?」
「茶髪だったわ。肩ぐらいの長さで、顔は『シルフ』の主人を数倍かっこよくした感じね」
「宿屋の主人を数倍かっこよくした感じか。……あの外見なら探すのは骨が折れそうだ」

 カインは紙を懐にしまい、更にリーダーについて話を掘り下げる。

「そのリーダーは今どこにいるのか知っているか?」
「この村で暫く活動するって聞いたけど詳しくは知らないわ」
「嘘は、ついていないようだな」

 カインは魔道具とジゼルを見比べ、話に偽りがないと判断した。彼が聞き出したいことは済んだので、今度は私がジゼルの前に立つ。

「それで、リーダーから短剣を受け取った後はどうしたんですか?」
「魔力の大部分を失うけれど、肉体だけ置いて精神体になれば逃げ出せるって言ってたわ」
「実体化する為の魔力はどこから?」
「そんなの、他のヤツらから奪ったに決まってるでしょ」

 ジゼルは勝ち誇ったように唇を吊り上げた。
 クスクスとこみ上げた笑いを隠す様子は微塵も見せない。
 嘲りと見下しを孕んだ狂気を感じる捕食者の笑みに嫌悪感が湧く。

「つまり、他の自殺した淫魔は復活してないと」
「ええ。ふふ、ざまあみやがれって感じ。いっつも私を見下して馬鹿にしてたから死んで当然よ」
「そうですか」

 ジゼルの態度は純朴な村娘とは程遠く、悪意に満ちた魔物のそれだった。
 
 その事を肝に銘じて短剣をしっかりと握る。

「カインさん、私も聞きたいことはあらかた聞き出しました。この淫魔をどうしますか?」
「……確かにこれ以上情報を持っていないようだな」
「ちょっと待ちなさいよ、アタシちゃんと話したじゃない? 聞いていた話と違うんだけど!」

 ジゼルの顔色が段々と青ざめる。
 ようやく命を保証されたわけでもない事を思い出しのか動揺を見せた。

「ふざけんじゃないわ! ただで殺されてたまるもんか! 『Merito existimamus, in nomine domini Moruzu』……」
「無駄だ、その魔障壁はあらゆるものを遮る壁。並の魔法では脱出することも不可能だ」

 最後の足掻きとばかりにジゼルが呪文を唱える。
 淫魔になって日が浅いジゼルでは脱出は不可能であるどころか、魔法を使うことで却って自分の寿命を縮める結果に終わる。
 それでも殺意に満ちたジゼルの目つきに嫌な予感が走った私は念のためにカインを庇える位置に移動する。

「『Gallus solet cerebri』ッ!」

 ジゼルが呪文を唱え終わると魔障壁のなかが桃色の煙に包まれる。
 魔力を使ったせいで生命を保てなくなったジゼルの体がボロボロと崩れ落ちていく。

「自滅しましたね。……カインさん?」

 背後からバキンと金属製のものが割れる音が響く。
 振り返れば、首に欠けた聖印を提げたカインの姿があった。
 呼びかけに返答はなく、無言で床に落ちた聖印の欠片を見つめていた。

「すまん、サナ。やられた」
「……魔障壁、機能しなかったんですか?」

 私の質問に答えず、カインが一歩踏み出した。
 夕暮れをバックにした彼はとても険しい顔をしていて、思わず一歩後ずさる。

 淫魔に当てられた人間はある程度精を放つか昏倒させる、というのが冒険者流対処方法だが、紐はジゼルを拘束するときに使ってしまった今、私の手元には短剣しかない。

「カインさん、とりあえずにじり寄るのをやめてくれませんか?」

 護衛対象を殴り飛ばすわけにもいかず、様子がおかしいカインから距離を取ろうとした背中に壁がぶつかる。
 無言で距離を詰めてくるカインの冷たい眼差しに見据えられて身が竦む。
 さらに逃げられないように壁に両手をついて追い詰められてしまった。
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