9 / 32
女冒険者サナ
指定依頼②
しおりを挟む
司祭が魔法の光で照らす洞窟の中。
それぞれ武器を持って追いかける女冒険者から逃げ回るのは、半裸に近いサキュバスたちだった。
食事の途中、油断し切っていた彼女たちの首を一匹、また一匹と斬り付けて仕留めていく。
甲高い断末魔の悲鳴に混じって、男の呻き声が足元から微かに聞こえた。
壁際には全裸になったり、服がはだけた冒険者と思われる男達が転がっていて、ノロノロとした動きで洞窟の外へ目指していた。
精を搾り尽くされる一歩手前だったのか、頰は痩せこけて正気を感じさせない姿に同情を禁じ得ない。
「冒険者はあと何人ですか?」
「これで全部です! 我々は一度洞窟の外へ出て結界を貼ります!」
男性を抱え上げた司祭が他に呼びかけ、洞窟の外へ運び出していく。
おかげさまでだいぶ動きやすくなった。
「残りはこの部屋の奥、か」
戦いが不利になったと見るや、鍵付きの部屋に閉じこもってしまった。
残る淫魔はその部屋にいる奴らだけである。
念の為に聞き耳を立てたが、特に不審な物音や話し声は聞こえない。
ピッキングツールを取り出して静かに鍵を開け、フレイに合図を出せば彼女は頷いてショートソードを構える。
徒党を組んで部屋になだれ込めば、そこには既に事切れた淫魔が倒れ伏していた。
「どうやら殺される恐怖に耐えきれずに自害したようです。まあ、念のために確認しておきましょう」
驚いて呆けていた他の女冒険者も、私の言葉とフレイが剣を淫魔の胸に突き立てるのを見て同じように淫魔の死を確認し始めた。
私も一番奥にある祭壇らしきものにもたれかかって事切れた赤い髪の淫魔、たしかジゼルという名の胸にナイフを突き立てる。
ビクンと一度大きく痙攣した後、ピクリとも動かなくなったことを確認してから冥福を祈りつつナイフを引き抜く。
魔物とはいえ人型の生き物を殺すというのはどうやっても気分が明るくならない。
それは他の冒険者も同じようで、それぞれ事切れた淫魔にローブを被せてやったり開き切った目を閉じさせていたりしていた。
「これで全部だね、私たちも洞窟の外に出て報告しよう」
フレイの提案にジゼルがもたれかかった祭壇に置かれた血塗れのタペストリーが目に入り、思わず凝視する。
髑髏に交差した二本の剣、間違いなくモルズ教団のシンボルが刺繍されていた。
そのタペストリーの端を固く握りしめているジゼルの顔はどこか安らかなものだった。
「どうした、サナ?」
「このタペストリー、明らかにモルズ教団のものですよね」
「変だね……モルズ教団のシンボルは持ち歩くだけで重罪だ、冒険者から回収したとは考えにくい。淫魔が持ち込んだのか?」
フレイと二人で首を傾げても答えが出るわけでもなく、早々に『こういう頭を使う仕事は司祭に丸投げしよう』という意見で一致した。
証拠としてタペストリーを持っていき、洞窟の外で待機していた同じ班の茶髪の司祭に渡した。
「これはモルズ教団の……預かっておきますね」
受け取った司祭はタペストリーを受け取ると鞄に押し込んだ。
用は済んだとフレイが背中を向け、私がラッセルに話しかけられた瞬間手をハンカチで拭ったのが視界の端で見えた。
誤ってフレイが触れてしまった左手だけを強めに一度。
大方、選民意識の強い貴族出身なのだろう。
この様子ではタペストリーは上に報告されないな、と勘のようなものが働く。
「ご無事で何よりです、サナさん! こちらも救出した冒険者の一命は取り止めました。幸いなことに死人は一人もいないようです」
「そうですか、それは良かったです」
嬉しそうな表情で報告するラッセルに少しだけ荒んだ心が癒される。
念のために聖印が外れた司祭がいないことを確認し、何かを男たちに食べている彼らに視線を向け–––––––––––
「ぎゃああああ!」
–––––––––––偶々目が合った童顔の冒険者が悲鳴を上げた。
飛び上がって走り出す。
突然の奇行にいち早く反応したのは銀髪の司祭だった。
男の服の裾を掴むと地面に押し倒し、羽交い締めにして取り押さえる。
「落ち着け! 淫魔はもういない!」
「嫌だ! 嫌だあ!」
童顔を恐怖で引きつらせ、暴れる彼の口に布を被せると全身の力が抜けて目を閉じる。
どうやら気絶したようだ。
「気を悪くしないでやってくれ。あいつ、サキュバス好みの顔ってことで一番痛めつけられていたんだ」
痩せかけた男が私に話しかけてきた。
どうやら童顔の冒険者の仲間らしく、フォローのつもりで話しかけてきたそうだ。
元より何がなんだか分からなかった為、気を悪くする以前の問題だったので合点がいった。
「いえ、今回は災難に巻き込まれましたね」
「ああ。討伐自体は上手くいったんだが、帰りに淫魔に襲われるなんてな……やつらの嫌う顔立ちで良かったぜ」
無精髭をさする彼の顔は豪胆なドワーフ顔だ。
失礼を承知で見れば、彼は先祖にドワーフがいたと言う。
淫魔の好みは個体差があるというが、今回は彼が好みだという淫魔が居なかったらしい。
「しかし、『死体漁り』に助けられるとはな」
しみじみとした声で彼は呟いた。
感傷に浸りながら私を眺め回す彼。
名前も知らない新人冒険者だった気がするが、どうでもよいので名前は聞かない。
下手に名前や素性を聞くと、『俺に気がある』とか訳の分からないことを宣う輩に変身する可能性もあるので慎重に行動したい。
ふと気になったことがあったのでタペストリーについて聞いてみた。
彼ならばなにか知っているかもしれない。
「モルズ教団の物を押収したりしました?」
「まさか! あんな奴らのものなんて全てその場で燃やしてやったさ!」
男はさも当然と言う風に告げた。
その表情や瞳に嘘の予兆はないので一先ず信用する。
冒険者のなかにはモルズ教団に仲間や家族を殺された者も多い。
所持品から死体まで塵一つ残さない勢いで燃やすのも無理はない。
「なら、あのタペストリーは一体……?」
討伐クエストに成功した冒険者の持ち物から奪ったのかとも思ったが、どうやら違うらしい。
もう少し話を聞きたかったが、疲れている彼に無理をさせてまで聞き出すような役職でもない。
追求はまた今度、機会があるか必要に迫られたらやる。
どうにもモヤモヤしたものを抱えたまま街に戻ることになった。
◇◆◇◆
朝方、冒険者ギルドに戻って報告を済ませたので報酬を受け取った。
その際に念の為と思って支部長にもタペストリーの件を報告したが、浮かれ切っていたので多分聞いていないだろう。
嫌がらせにこっそり報告書を支部長の引き出しの中に放り込んできたのできっと明後日あたりに慌てふためいて話を聞きに来るだろうとほくそ笑みながら少し遅めの朝食を食べた。
「今日はどうしようかな……」
ここ最近は報酬の良い仕事ばかり受けていたおかげでしばらくはのんびりできそうだ。
晴れやかな気持ちの私と違い、衛視の顔つきは相も変わらず鋭いものだ。
町人の噂によれば、まだ強盗犯は見つかっていないらしい。
上手いこと別の街に逃げたか、相当優秀な頭脳を持っているのからはたまたどこかでくたばったかの三択だろう。
「ん~。夕方まで暇だなあ」
暇な時は信仰する神の司祭から話を聞いたり喜捨する、というのがこの町に暮らす人々の慣習だ。
しかし、生憎と私が信じる風の神アテンタ=フィラウティア様は特定の教団を持たない。
正確には他の宗教との掛け持ちを推奨しているような変わった神なので、大抵は他の宗教に吸収されている。
信仰の証である聖印すらないと言われているので、社会的な扱いとしては妖精や伝承の類だろう。
なんとなく仕事する気にもなれなくて、ダラダラとベンチに座っていると隣に誰かが座った。
目を向ければ、とっくに教会に戻っているはずのラッセルがそこにいた。
「サナさん、今お時間よろしいですか?」
「これは司祭様、これといった予定がなくて時間を持て余していたところです。私に何か御用ですか?」
「いえ、特に用があるわけではありません。見かけたのでつい、声をかけてしまいました」
失礼にならない程度に微笑めば、彼も微笑を浮かべて私の仕事ぶりについて聞いてきた。
無難な回答を続けていたが、どうやら彼の聞きたいことはもっと別のところにあるらしい。
「そういえば先週でしたっけ。あの神殿の内部に隠し通路があったそうですね。どんな感じだったのかお聞かせ願えませんか?」
余程関心があるのか、顔を近づけてくる彼から少し体を距離を取る。
それにしても彼の質問は妙だと私の直感が告げた。
あの依頼以降、神殿は正式に教会の監視下に置かれて厳重な警備やら結界に守られている。
あの神殿のことなら私よりも彼の方が詳しいはずだ。
「司祭様より詳細な情報は持ち合わせていませんので、ご期待するようなお話は出来ませんね」
「司祭様なんて堅苦しくお呼びするのはおやめ下さい。ここは教会でもなく、お務めの最中でもないのですから、お気軽にクリスと」
「いえいえ、そういうわけにはいきませんので」
やんわりと彼が心の距離を詰めようとするのを回避しながら、懸命に頭を働かせる。
彼はたった今、平然と偽名を名乗った。
何が目的かは分からないが私から神殿の情報を書き出そうとしているのは間違いない。
「ッ!」
頸に視線を感じた。
その視線は監視や好奇ではなく、息の根を止めてやるという純然な殺意。
その方向を睨みつければ、その視線の主は建物にさっと隠れた。
首を傾げ、目を細めて傍に座る男は平然と何食わぬ顔で口を開く。
「どうしましたか? 何か、そう。『良からぬもの』の気配でも感じたのでしょうか?」
「……いえ、気のせいでした。仕事終わりで気が立っているようです」
「それは大変です! 今日は早く休まれた方が良いでしょう」
「ええ、そうさせていただきます」
気味が悪いこの男とこれ以上同じ空間に居たくなくて、早々にこの場を離れようと決意した。
体調が悪いふりをして頭を抑えれば、彼は大袈裟に心配する素振りを見せたので、それを利用して話を打ち切る口実にする。
少々卑怯だが、偽名を使われている以上こちらもそうさせてもらう。
「ああ、サナさん。もし何か困ったことがありましたら、この私クリスにご相談ください。出来る限りお力になります」
「え、ええ。困った時は頼らせて貰います」
立ち去ろうとした時、後ろから彼がそう言ったのが聞こえた。
曖昧に笑って軽く感謝の言葉を伝えれば、また彼が口を開いた。
「どんな些細なことでも、構いませんから……」
雑踏に紛れて聞こえたその声がなんだか不気味で、絡みつくようなそれを振り払うために聞こえないフリを貫いた。
背中にひしひしと感じる彼の視線すらこれ以上浴びたくなくて足早に角を曲がる。
いつもより遠回りをして、尾行されていないかも確認する。
誰の影も見えないことに安堵して、ようやく宿屋に向かった。
部屋を借りて後ろ手に扉を閉めて初めて生きている心地がした。
「なんだっていうのよ、全く。それもこれもモルズ教団に絡んでるってところがとっても嫌だわ」
右肩の古傷を押さえる。
村にまだ住んでいた頃、突然襲撃してきたモルズ教団の一味が放った魔法から家族を庇った時についた傷だ。
魔法については全く詳しくないが、旅のついでに助けてくれた冒険者曰く特殊な毒が盛り込まれた魔法らしい。
怪我をした直後は一週間近く食事もできないほど痛みに苦しんだ末に気絶した記憶がある。
数年経った今でも、不意に鈍く痛む時がある。
冒険者を続けているのも、この傷に残っているらしい毒を取り除く魔法や薬を求めてだ。
痛みがなければ問題なく動けるが、この先一生あの痛みに苛まれたくはない。
最近は痛み以外にも苛まれているが、早くどうにかしたい。
「今日は早く寝て、明日辺りに次の活動拠点でも探そうかな……」
どうもこの街はきな臭い。
王都にほど近くて平和で情報が集まりやすいということでこの街を拠点に活動していたが、近頃は治安も悪いらしい。
ラッセルの件もあるし、熱りだか疑いが晴れるまではこの街から離れた方がいいと判断した。
これ以上のゴタゴタに巻き込まれるのは勘弁と願いながらベッドに倒れ込んだ。
それぞれ武器を持って追いかける女冒険者から逃げ回るのは、半裸に近いサキュバスたちだった。
食事の途中、油断し切っていた彼女たちの首を一匹、また一匹と斬り付けて仕留めていく。
甲高い断末魔の悲鳴に混じって、男の呻き声が足元から微かに聞こえた。
壁際には全裸になったり、服がはだけた冒険者と思われる男達が転がっていて、ノロノロとした動きで洞窟の外へ目指していた。
精を搾り尽くされる一歩手前だったのか、頰は痩せこけて正気を感じさせない姿に同情を禁じ得ない。
「冒険者はあと何人ですか?」
「これで全部です! 我々は一度洞窟の外へ出て結界を貼ります!」
男性を抱え上げた司祭が他に呼びかけ、洞窟の外へ運び出していく。
おかげさまでだいぶ動きやすくなった。
「残りはこの部屋の奥、か」
戦いが不利になったと見るや、鍵付きの部屋に閉じこもってしまった。
残る淫魔はその部屋にいる奴らだけである。
念の為に聞き耳を立てたが、特に不審な物音や話し声は聞こえない。
ピッキングツールを取り出して静かに鍵を開け、フレイに合図を出せば彼女は頷いてショートソードを構える。
徒党を組んで部屋になだれ込めば、そこには既に事切れた淫魔が倒れ伏していた。
「どうやら殺される恐怖に耐えきれずに自害したようです。まあ、念のために確認しておきましょう」
驚いて呆けていた他の女冒険者も、私の言葉とフレイが剣を淫魔の胸に突き立てるのを見て同じように淫魔の死を確認し始めた。
私も一番奥にある祭壇らしきものにもたれかかって事切れた赤い髪の淫魔、たしかジゼルという名の胸にナイフを突き立てる。
ビクンと一度大きく痙攣した後、ピクリとも動かなくなったことを確認してから冥福を祈りつつナイフを引き抜く。
魔物とはいえ人型の生き物を殺すというのはどうやっても気分が明るくならない。
それは他の冒険者も同じようで、それぞれ事切れた淫魔にローブを被せてやったり開き切った目を閉じさせていたりしていた。
「これで全部だね、私たちも洞窟の外に出て報告しよう」
フレイの提案にジゼルがもたれかかった祭壇に置かれた血塗れのタペストリーが目に入り、思わず凝視する。
髑髏に交差した二本の剣、間違いなくモルズ教団のシンボルが刺繍されていた。
そのタペストリーの端を固く握りしめているジゼルの顔はどこか安らかなものだった。
「どうした、サナ?」
「このタペストリー、明らかにモルズ教団のものですよね」
「変だね……モルズ教団のシンボルは持ち歩くだけで重罪だ、冒険者から回収したとは考えにくい。淫魔が持ち込んだのか?」
フレイと二人で首を傾げても答えが出るわけでもなく、早々に『こういう頭を使う仕事は司祭に丸投げしよう』という意見で一致した。
証拠としてタペストリーを持っていき、洞窟の外で待機していた同じ班の茶髪の司祭に渡した。
「これはモルズ教団の……預かっておきますね」
受け取った司祭はタペストリーを受け取ると鞄に押し込んだ。
用は済んだとフレイが背中を向け、私がラッセルに話しかけられた瞬間手をハンカチで拭ったのが視界の端で見えた。
誤ってフレイが触れてしまった左手だけを強めに一度。
大方、選民意識の強い貴族出身なのだろう。
この様子ではタペストリーは上に報告されないな、と勘のようなものが働く。
「ご無事で何よりです、サナさん! こちらも救出した冒険者の一命は取り止めました。幸いなことに死人は一人もいないようです」
「そうですか、それは良かったです」
嬉しそうな表情で報告するラッセルに少しだけ荒んだ心が癒される。
念のために聖印が外れた司祭がいないことを確認し、何かを男たちに食べている彼らに視線を向け–––––––––––
「ぎゃああああ!」
–––––––––––偶々目が合った童顔の冒険者が悲鳴を上げた。
飛び上がって走り出す。
突然の奇行にいち早く反応したのは銀髪の司祭だった。
男の服の裾を掴むと地面に押し倒し、羽交い締めにして取り押さえる。
「落ち着け! 淫魔はもういない!」
「嫌だ! 嫌だあ!」
童顔を恐怖で引きつらせ、暴れる彼の口に布を被せると全身の力が抜けて目を閉じる。
どうやら気絶したようだ。
「気を悪くしないでやってくれ。あいつ、サキュバス好みの顔ってことで一番痛めつけられていたんだ」
痩せかけた男が私に話しかけてきた。
どうやら童顔の冒険者の仲間らしく、フォローのつもりで話しかけてきたそうだ。
元より何がなんだか分からなかった為、気を悪くする以前の問題だったので合点がいった。
「いえ、今回は災難に巻き込まれましたね」
「ああ。討伐自体は上手くいったんだが、帰りに淫魔に襲われるなんてな……やつらの嫌う顔立ちで良かったぜ」
無精髭をさする彼の顔は豪胆なドワーフ顔だ。
失礼を承知で見れば、彼は先祖にドワーフがいたと言う。
淫魔の好みは個体差があるというが、今回は彼が好みだという淫魔が居なかったらしい。
「しかし、『死体漁り』に助けられるとはな」
しみじみとした声で彼は呟いた。
感傷に浸りながら私を眺め回す彼。
名前も知らない新人冒険者だった気がするが、どうでもよいので名前は聞かない。
下手に名前や素性を聞くと、『俺に気がある』とか訳の分からないことを宣う輩に変身する可能性もあるので慎重に行動したい。
ふと気になったことがあったのでタペストリーについて聞いてみた。
彼ならばなにか知っているかもしれない。
「モルズ教団の物を押収したりしました?」
「まさか! あんな奴らのものなんて全てその場で燃やしてやったさ!」
男はさも当然と言う風に告げた。
その表情や瞳に嘘の予兆はないので一先ず信用する。
冒険者のなかにはモルズ教団に仲間や家族を殺された者も多い。
所持品から死体まで塵一つ残さない勢いで燃やすのも無理はない。
「なら、あのタペストリーは一体……?」
討伐クエストに成功した冒険者の持ち物から奪ったのかとも思ったが、どうやら違うらしい。
もう少し話を聞きたかったが、疲れている彼に無理をさせてまで聞き出すような役職でもない。
追求はまた今度、機会があるか必要に迫られたらやる。
どうにもモヤモヤしたものを抱えたまま街に戻ることになった。
◇◆◇◆
朝方、冒険者ギルドに戻って報告を済ませたので報酬を受け取った。
その際に念の為と思って支部長にもタペストリーの件を報告したが、浮かれ切っていたので多分聞いていないだろう。
嫌がらせにこっそり報告書を支部長の引き出しの中に放り込んできたのできっと明後日あたりに慌てふためいて話を聞きに来るだろうとほくそ笑みながら少し遅めの朝食を食べた。
「今日はどうしようかな……」
ここ最近は報酬の良い仕事ばかり受けていたおかげでしばらくはのんびりできそうだ。
晴れやかな気持ちの私と違い、衛視の顔つきは相も変わらず鋭いものだ。
町人の噂によれば、まだ強盗犯は見つかっていないらしい。
上手いこと別の街に逃げたか、相当優秀な頭脳を持っているのからはたまたどこかでくたばったかの三択だろう。
「ん~。夕方まで暇だなあ」
暇な時は信仰する神の司祭から話を聞いたり喜捨する、というのがこの町に暮らす人々の慣習だ。
しかし、生憎と私が信じる風の神アテンタ=フィラウティア様は特定の教団を持たない。
正確には他の宗教との掛け持ちを推奨しているような変わった神なので、大抵は他の宗教に吸収されている。
信仰の証である聖印すらないと言われているので、社会的な扱いとしては妖精や伝承の類だろう。
なんとなく仕事する気にもなれなくて、ダラダラとベンチに座っていると隣に誰かが座った。
目を向ければ、とっくに教会に戻っているはずのラッセルがそこにいた。
「サナさん、今お時間よろしいですか?」
「これは司祭様、これといった予定がなくて時間を持て余していたところです。私に何か御用ですか?」
「いえ、特に用があるわけではありません。見かけたのでつい、声をかけてしまいました」
失礼にならない程度に微笑めば、彼も微笑を浮かべて私の仕事ぶりについて聞いてきた。
無難な回答を続けていたが、どうやら彼の聞きたいことはもっと別のところにあるらしい。
「そういえば先週でしたっけ。あの神殿の内部に隠し通路があったそうですね。どんな感じだったのかお聞かせ願えませんか?」
余程関心があるのか、顔を近づけてくる彼から少し体を距離を取る。
それにしても彼の質問は妙だと私の直感が告げた。
あの依頼以降、神殿は正式に教会の監視下に置かれて厳重な警備やら結界に守られている。
あの神殿のことなら私よりも彼の方が詳しいはずだ。
「司祭様より詳細な情報は持ち合わせていませんので、ご期待するようなお話は出来ませんね」
「司祭様なんて堅苦しくお呼びするのはおやめ下さい。ここは教会でもなく、お務めの最中でもないのですから、お気軽にクリスと」
「いえいえ、そういうわけにはいきませんので」
やんわりと彼が心の距離を詰めようとするのを回避しながら、懸命に頭を働かせる。
彼はたった今、平然と偽名を名乗った。
何が目的かは分からないが私から神殿の情報を書き出そうとしているのは間違いない。
「ッ!」
頸に視線を感じた。
その視線は監視や好奇ではなく、息の根を止めてやるという純然な殺意。
その方向を睨みつければ、その視線の主は建物にさっと隠れた。
首を傾げ、目を細めて傍に座る男は平然と何食わぬ顔で口を開く。
「どうしましたか? 何か、そう。『良からぬもの』の気配でも感じたのでしょうか?」
「……いえ、気のせいでした。仕事終わりで気が立っているようです」
「それは大変です! 今日は早く休まれた方が良いでしょう」
「ええ、そうさせていただきます」
気味が悪いこの男とこれ以上同じ空間に居たくなくて、早々にこの場を離れようと決意した。
体調が悪いふりをして頭を抑えれば、彼は大袈裟に心配する素振りを見せたので、それを利用して話を打ち切る口実にする。
少々卑怯だが、偽名を使われている以上こちらもそうさせてもらう。
「ああ、サナさん。もし何か困ったことがありましたら、この私クリスにご相談ください。出来る限りお力になります」
「え、ええ。困った時は頼らせて貰います」
立ち去ろうとした時、後ろから彼がそう言ったのが聞こえた。
曖昧に笑って軽く感謝の言葉を伝えれば、また彼が口を開いた。
「どんな些細なことでも、構いませんから……」
雑踏に紛れて聞こえたその声がなんだか不気味で、絡みつくようなそれを振り払うために聞こえないフリを貫いた。
背中にひしひしと感じる彼の視線すらこれ以上浴びたくなくて足早に角を曲がる。
いつもより遠回りをして、尾行されていないかも確認する。
誰の影も見えないことに安堵して、ようやく宿屋に向かった。
部屋を借りて後ろ手に扉を閉めて初めて生きている心地がした。
「なんだっていうのよ、全く。それもこれもモルズ教団に絡んでるってところがとっても嫌だわ」
右肩の古傷を押さえる。
村にまだ住んでいた頃、突然襲撃してきたモルズ教団の一味が放った魔法から家族を庇った時についた傷だ。
魔法については全く詳しくないが、旅のついでに助けてくれた冒険者曰く特殊な毒が盛り込まれた魔法らしい。
怪我をした直後は一週間近く食事もできないほど痛みに苦しんだ末に気絶した記憶がある。
数年経った今でも、不意に鈍く痛む時がある。
冒険者を続けているのも、この傷に残っているらしい毒を取り除く魔法や薬を求めてだ。
痛みがなければ問題なく動けるが、この先一生あの痛みに苛まれたくはない。
最近は痛み以外にも苛まれているが、早くどうにかしたい。
「今日は早く寝て、明日辺りに次の活動拠点でも探そうかな……」
どうもこの街はきな臭い。
王都にほど近くて平和で情報が集まりやすいということでこの街を拠点に活動していたが、近頃は治安も悪いらしい。
ラッセルの件もあるし、熱りだか疑いが晴れるまではこの街から離れた方がいいと判断した。
これ以上のゴタゴタに巻き込まれるのは勘弁と願いながらベッドに倒れ込んだ。
0
お気に入りに追加
38
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
【R18】エリートビジネスマンの裏の顔
白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます───。
私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。
同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが……
この生活に果たして救いはあるのか。
※サムネにAI生成画像を使用しています
孕まされて捨てられた悪役令嬢ですが、ヤンデレ王子様に溺愛されてます!?
季邑 えり
恋愛
前世で楽しんでいた十八禁乙女ゲームの世界に悪役令嬢として転生したティーリア。婚約者の王子アーヴィンは物語だと悪役令嬢を凌辱した上で破滅させるヤンデレ男のため、ティーリアは彼が爽やかな好青年になるよう必死に誘導する。その甲斐あってか物語とは違った成長をしてヒロインにも無関心なアーヴィンながら、その分ティーリアに対してはとんでもない執着&溺愛ぶりを見せるように。そんなある日、突然敵国との戦争が起きて彼も戦地へ向かうことになってしまう。しかも後日、彼が囚われて敵国の姫と結婚するかもしれないという知らせを受けたティーリアは彼の子を妊娠していると気がついて……
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
[R18] 18禁ゲームの世界に御招待! 王子とヤらなきゃゲームが進まない。そんなのお断りします。
ピエール
恋愛
R18 がっつりエロです。ご注意下さい
えーー!!
転生したら、いきなり推しと リアルセッ○スの真っ最中!!!
ここって、もしかしたら???
18禁PCゲーム ラブキャッスル[愛と欲望の宮廷]の世界
私って悪役令嬢のカトリーヌに転生しちゃってるの???
カトリーヌって•••、あの、淫乱の•••
マズイ、非常にマズイ、貞操の危機だ!!!
私、確か、彼氏とドライブ中に事故に遭い••••
異世界転生って事は、絶対彼氏も転生しているはず!
だって[ラノベ]ではそれがお約束!
彼を探して、一緒に こんな世界から逃げ出してやる!
カトリーヌの身体に、男達のイヤラシイ魔の手が伸びる。
果たして、主人公は、数々のエロイベントを乗り切る事が出来るのか?
ゲームはエンディングを迎える事が出来るのか?
そして、彼氏の行方は•••
攻略対象別 オムニバスエロです。
完結しておりますので最後までお楽しみいただけます。
(攻略対象に変態もいます。ご注意下さい)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる