冒険者の受難

清水薬子

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女冒険者サナ

指定依頼②

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 司祭が魔法の光で照らす洞窟の中。
 それぞれ武器を持って追いかける女冒険者から逃げ回るのは、半裸に近いサキュバスたちだった。
 食事の途中、油断し切っていた彼女たちの首を一匹、また一匹と斬り付けて仕留めていく。
 甲高い断末魔の悲鳴に混じって、男の呻き声が足元から微かに聞こえた。
 壁際には全裸になったり、服がはだけた冒険者と思われる男達が転がっていて、ノロノロとした動きで洞窟の外へ目指していた。
 精を搾り尽くされる一歩手前だったのか、頰は痩せこけて正気を感じさせない姿に同情を禁じ得ない。

「冒険者はあと何人ですか?」
「これで全部です! 我々は一度洞窟の外へ出て結界を貼ります!」

 男性を抱え上げた司祭が他に呼びかけ、洞窟の外へ運び出していく。
 おかげさまでだいぶ動きやすくなった。

「残りはこの部屋の奥、か」

 戦いが不利になったと見るや、鍵付きの部屋に閉じこもってしまった。
 残る淫魔はその部屋にいる奴らだけである。
 念の為に聞き耳を立てたが、特に不審な物音や話し声は聞こえない。

 ピッキングツールを取り出して静かに鍵を開け、フレイに合図を出せば彼女は頷いてショートソードを構える。
 徒党を組んで部屋になだれ込めば、そこには既に事切れた淫魔が倒れ伏していた。

「どうやら殺される恐怖に耐えきれずに自害したようです。まあ、念のために確認しておきましょう」

 驚いて呆けていた他の女冒険者も、私の言葉とフレイが剣を淫魔の胸に突き立てるのを見て同じように淫魔の死を確認し始めた。

 私も一番奥にある祭壇らしきものにもたれかかって事切れた赤い髪の淫魔、たしかジゼルという名の胸にナイフを突き立てる。
 ビクンと一度大きく痙攣した後、ピクリとも動かなくなったことを確認してから冥福を祈りつつナイフを引き抜く。

 魔物とはいえ人型の生き物を殺すというのはどうやっても気分が明るくならない。
 それは他の冒険者も同じようで、それぞれ事切れた淫魔にローブを被せてやったり開き切った目を閉じさせていたりしていた。

「これで全部だね、私たちも洞窟の外に出て報告しよう」

 フレイの提案にジゼルがもたれかかった祭壇に置かれた血塗れのタペストリーが目に入り、思わず凝視する。
 髑髏に交差した二本の剣、間違いなくモルズ教団のシンボルが刺繍されていた。
 そのタペストリーの端を固く握りしめているジゼルの顔はどこか安らかなものだった。

「どうした、サナ?」
「このタペストリー、明らかにモルズ教団のものですよね」
「変だね……モルズ教団のシンボルは持ち歩くだけで重罪だ、冒険者から回収したとは考えにくい。淫魔が持ち込んだのか?」

 フレイと二人で首を傾げても答えが出るわけでもなく、早々に『こういう頭を使う仕事は司祭に丸投げしよう』という意見で一致した。
 証拠としてタペストリーを持っていき、洞窟の外で待機していた同じ班の茶髪の司祭に渡した。

「これはモルズ教団の……預かっておきますね」

 受け取った司祭はタペストリーを受け取ると鞄に押し込んだ。
 用は済んだとフレイが背中を向け、私がラッセルに話しかけられた瞬間手をハンカチで拭ったのが視界の端で見えた。
 誤ってフレイが触れてしまった左手だけを強めに一度。

 大方、選民意識の強い貴族出身なのだろう。
 この様子ではタペストリーは上に報告されないな、と勘のようなものが働く。

「ご無事で何よりです、サナさん! こちらも救出した冒険者の一命は取り止めました。幸いなことに死人は一人もいないようです」
「そうですか、それは良かったです」

 嬉しそうな表情で報告するラッセルに少しだけ荒んだ心が癒される。
 念のために聖印が外れた司祭がいないことを確認し、何かを男たちに食べている彼らに視線を向け–––––––––––

「ぎゃああああ!」

 –––––––––––偶々目が合った童顔の冒険者が悲鳴を上げた。
 飛び上がって走り出す。
 突然の奇行にいち早く反応したのは銀髪の司祭だった。
 男の服の裾を掴むと地面に押し倒し、羽交い締めにして取り押さえる。

「落ち着け! 淫魔はもういない!」
「嫌だ! 嫌だあ!」

 童顔を恐怖で引きつらせ、暴れる彼の口に布を被せると全身の力が抜けて目を閉じる。
 どうやら気絶したようだ。

「気を悪くしないでやってくれ。あいつ、サキュバス好みの顔ってことで一番痛めつけられていたんだ」

 痩せかけた男が私に話しかけてきた。
 どうやら童顔の冒険者の仲間らしく、フォローのつもりで話しかけてきたそうだ。
 元より何がなんだか分からなかった為、気を悪くする以前の問題だったので合点がいった。

「いえ、今回は災難に巻き込まれましたね」
「ああ。討伐自体は上手くいったんだが、帰りに淫魔に襲われるなんてな……やつらの嫌う顔立ちで良かったぜ」

 無精髭をさする彼の顔は豪胆なドワーフ顔だ。
 失礼を承知で見れば、彼は先祖にドワーフがいたと言う。
 淫魔の好みは個体差があるというが、今回は彼が好みだという淫魔が居なかったらしい。

「しかし、『死体漁り』に助けられるとはな」

 しみじみとした声で彼は呟いた。
 感傷に浸りながら私を眺め回す彼。
 名前も知らない新人冒険者だった気がするが、どうでもよいので名前は聞かない。
 下手に名前や素性を聞くと、『俺に気がある』とか訳の分からないことを宣う輩に変身する可能性もあるので慎重に行動したい。

 ふと気になったことがあったのでタペストリーについて聞いてみた。
 彼ならばなにか知っているかもしれない。

「モルズ教団の物を押収したりしました?」
「まさか! あんな奴らのものなんて全てその場で燃やしてやったさ!」

 男はさも当然と言う風に告げた。
 その表情や瞳に嘘の予兆はないので一先ず信用する。
 冒険者のなかにはモルズ教団に仲間や家族を殺された者も多い。
 所持品から死体まで塵一つ残さない勢いで燃やすのも無理はない。

「なら、あのタペストリーは一体……?」

 討伐クエストに成功した冒険者の持ち物から奪ったのかとも思ったが、どうやら違うらしい。
 もう少し話を聞きたかったが、疲れている彼に無理をさせてまで聞き出すような役職でもない。
 追求はまた今度、機会があるか必要に迫られたらやる。
 どうにもモヤモヤしたものを抱えたまま街に戻ることになった。


◇◆◇◆


 朝方、冒険者ギルドに戻って報告を済ませたので報酬を受け取った。
 その際に念の為と思って支部長にもタペストリーの件を報告したが、浮かれ切っていたので多分聞いていないだろう。
 嫌がらせにこっそり報告書を支部長の引き出しの中に放り込んできたのできっと明後日あたりに慌てふためいて話を聞きに来るだろうとほくそ笑みながら少し遅めの朝食を食べた。

「今日はどうしようかな……」

 ここ最近は報酬の良い仕事ばかり受けていたおかげでしばらくはのんびりできそうだ。
 晴れやかな気持ちの私と違い、衛視の顔つきは相も変わらず鋭いものだ。
 町人の噂によれば、まだ強盗犯は見つかっていないらしい。
 上手いこと別の街に逃げたか、相当優秀な頭脳を持っているのからはたまたどこかでくたばったかの三択だろう。

「ん~。夕方まで暇だなあ」

 暇な時は信仰する神の司祭から話を聞いたり喜捨する、というのがこの町に暮らす人々の慣習だ。
 しかし、生憎と私が信じる風の神アテンタ=フィラウティア様は特定の教団を持たない。

 正確には他の宗教との掛け持ちを推奨しているような変わった神なので、大抵は他の宗教に吸収されている。
 信仰の証である聖印すらないと言われているので、社会的な扱いとしては妖精や伝承の類だろう。

 なんとなく仕事する気にもなれなくて、ダラダラとベンチに座っていると隣に誰かが座った。
 目を向ければ、とっくに教会に戻っているはずのラッセルがそこにいた。

「サナさん、今お時間よろしいですか?」
「これは司祭様、これといった予定がなくて時間を持て余していたところです。私に何か御用ですか?」
「いえ、特に用があるわけではありません。見かけたのでつい、声をかけてしまいました」

 失礼にならない程度に微笑めば、彼も微笑を浮かべて私の仕事ぶりについて聞いてきた。
 無難な回答を続けていたが、どうやら彼の聞きたいことはもっと別のところにあるらしい。

「そういえば先週でしたっけ。あの神殿の内部に隠し通路があったそうですね。どんな感じだったのかお聞かせ願えませんか?」

 余程関心があるのか、顔を近づけてくる彼から少し体を距離を取る。
 それにしても彼の質問は妙だと私の直感が告げた。
 あの依頼以降、神殿は正式に教会の監視下に置かれて厳重な警備やら結界に守られている。
 あの神殿のことなら私よりも彼の方が詳しいはずだ。

「司祭様より詳細な情報は持ち合わせていませんので、ご期待するようなお話は出来ませんね」
「司祭様なんて堅苦しくお呼びするのはおやめ下さい。ここは教会でもなく、お務めの最中でもないのですから、お気軽にクリスと」
「いえいえ、そういうわけにはいきませんので」

 やんわりと彼が心の距離を詰めようとするのを回避しながら、懸命に頭を働かせる。
 彼はたった今、平然と偽名を名乗った。
 何が目的かは分からないが私から神殿の情報を書き出そうとしているのは間違いない。

「ッ!」

 頸に視線を感じた。
 その視線は監視や好奇ではなく、息の根を止めてやるという純然な殺意。
 その方向を睨みつければ、その視線の主は建物にさっと隠れた。
 首を傾げ、目を細めて傍に座る男は平然と何食わぬ顔で口を開く。

「どうしましたか? 何か、そう。『良からぬもの』の気配でも感じたのでしょうか?」
「……いえ、気のせいでした。仕事終わりで気が立っているようです」
「それは大変です! 今日は早く休まれた方が良いでしょう」
「ええ、そうさせていただきます」

 気味が悪いこの男とこれ以上同じ空間に居たくなくて、早々にこの場を離れようと決意した。
 体調が悪いふりをして頭を抑えれば、彼は大袈裟に心配する素振りを見せたので、それを利用して話を打ち切る口実にする。
 少々卑怯だが、偽名を使われている以上こちらもそうさせてもらう。

「ああ、サナさん。もし何か困ったことがありましたら、この私クリスにご相談ください。出来る限りお力になります」
「え、ええ。困った時は頼らせて貰います」

 立ち去ろうとした時、後ろから彼がそう言ったのが聞こえた。
 曖昧に笑って軽く感謝の言葉を伝えれば、また彼が口を開いた。

「どんな些細なことでも、構いませんから……」

 雑踏に紛れて聞こえたその声がなんだか不気味で、絡みつくようなそれを振り払うために聞こえないフリを貫いた。
 背中にひしひしと感じる彼の視線すらこれ以上浴びたくなくて足早に角を曲がる。
 いつもより遠回りをして、尾行されていないかも確認する。
 誰の影も見えないことに安堵して、ようやく宿屋に向かった。
 部屋を借りて後ろ手に扉を閉めて初めて生きている心地がした。

「なんだっていうのよ、全く。それもこれもモルズ教団に絡んでるってところがとっても嫌だわ」

 右肩の古傷を押さえる。
 村にまだ住んでいた頃、突然襲撃してきたモルズ教団の一味が放った魔法から家族を庇った時についた傷だ。
 魔法については全く詳しくないが、旅のついでに助けてくれた冒険者曰く特殊な毒が盛り込まれた魔法らしい。
 怪我をした直後は一週間近く食事もできないほど痛みに苦しんだ末に気絶した記憶がある。
 数年経った今でも、不意に鈍く痛む時がある。

 冒険者を続けているのも、この傷に残っているらしい毒を取り除く魔法や薬を求めてだ。
 痛みがなければ問題なく動けるが、この先一生あの痛みに苛まれたくはない。
 最近は痛み以外にも苛まれているが、早くどうにかしたい。

「今日は早く寝て、明日辺りに次の活動拠点でも探そうかな……」

 どうもこの街はきな臭い。
 王都にほど近くて平和で情報が集まりやすいということでこの街を拠点に活動していたが、近頃は治安も悪いらしい。
 ラッセルの件もあるし、ほとぼりだか疑いが晴れるまではこの街から離れた方がいいと判断した。

 これ以上のゴタゴタに巻き込まれるのは勘弁と願いながらベッドに倒れ込んだ。
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