上 下
28 / 45
第二章

最後の1分

しおりを挟む
 「ねえ」
 「何?」
 「昔どこかでボーカルやってたでしょ」

 綾瀬は歌い終わるとすぐに俺に質問をぶつけてきた。
 やけに真剣な顔っていうのが気にかかる。

 「さあ? カラオケで高得点を取る方法なんて今どきインターネットを使えばいくらでも見つかるだろ」
 「それにしてもおかしくない? 凡人が出せる声域じゃないと思うんだけど」
 「本当は地声が高いんだ。 とにかく点数上がったし良かったじゃんか」
 「腑に落ちない……」
 「それに俺はあれだけ棒読みで歌ってるんだし、大して心に響かなかったろ? カラオケが好むものと人間が好むものって実際はかなり違うんだよ」
 「それはそうだけど…………。 ねえ」
 「何だ」

 真剣な眼差しで俺をまっすぐに見つめる。
 話を少しずつ逸らしてうまく撒こうと思ったけど、もう無理か。

 「本気で歌って。 最高点何点?」
 「本気でって言われてもな。 最高点なんて覚えてないし」
 「じゃあ95点超えて」
 「無茶苦茶だ」

 智和と話をするノリで笑顔を作って軽く返答をするも、彼女の表情は固いままだ。
 素直に歌うか。

 どうせやるなら最高点を狙いたい。
 カラオケで点数を出しやすい曲の特徴は主に2点だ。
 1つは音程の変化が激しくなく、自分に合った出しやすい音程の曲であること。
 理由は言うまでもないだろう。
 自分の出せる音域を外れれば点数は引かれる。
 もう1つはリズムが単調で、ゆったりした曲であること。
 ただ、早いテンポの方が乗りやすい人もいるから、ここは人の好みの問題だろう。

 しかし、このご時世だ。
 女性でさえ出すのに苦労する最高音に、平均的な男性の出せる音域から大きく外れた最低音。
 普通ならキーを下げなければまず出ないだろう。

 俺の好きな『66号線』はゆったりしたテンポで音程もそれほど幅が広くないから、無難に曲を入れる。
 中学の頃も何回も歌ってたから、かなりいい点数が出せるはずだ。

 「これでいいよな?」

 いらないとは思うが、綾瀬に確認を入れる。
 何も言わずにこくりと頷くのを見て、俺は集中する。
 やるなら全力で。

 何回も聴いたギターの音。
 歌が先走ることがないように、足で小さくリズムを取っていく。
 今回は棒読みはしない。
 ボーカロイズの曲でもないし、最高点を狙うには表現点も満点を狙う必要があるから、棒読みは無駄だ。

 ゆったりとした入り。
 序盤は声の大きさを控えめに、正確に音を繋いでいく。
 ここは絶対に音程を外せない部分だ。
 また、サビに入るまでで細かい技術点を稼いでいく必要がある。
 短いビブラートを音と音の間に入れていく。
 音の繋がる部分ではフォールやしゃくりを意識して、所々でこぶしを入れて歌に色をつけていく。

 サビに入っても音を走らせない。
 サビは音程よりも音の強弱を意識する。
 音は伸ばしすぎず、短すぎず、程よい長さで切っていく。

 所々で音程の些細なミスはあるが、誤差範囲だ。

 1番が終わって間奏に入ったところでモニターの隅に表示された技術点の一覧を見る。
 ビブラートが21、こぶしが13、フォールとしゃくりが9。
 ……高得点を狙おうとして空回っているのだろうか?
 思ったよりも伸びていない気がする。

 2番も同じような曲調なので、意識するポイントは同じ。
 集中力を最大に高めて声を出す。

 が、1番のときよりも技術点の伸びが薄い。
 やはりブランクがあるからか、想像通りにはいかないらしい。
 これは95点を超えるか怪しいな。

 「ねえ、藤崎」
 「ん?」

 綾瀬の声にモニターから目を離さず反応する。

 「置きにいってるでしょ」
 「…………は?」

 予想外の言葉が聞こえて思わず振り向く。

 「それ全力?」
 「そうだけど」
 「本当に?」
 「本当に」

 どこかに不満な点があるのだろうか?

 「なんか変なところあったか?」
 「いいや、特にない。 というか、私が藤崎に歌について言えるたちじゃないってもう分かったし」
 「そりゃどーも」
 「ただ、1つだけ私は藤崎に勝ってるなって思うところはある」
 「やけに回りくどいな。 どういうことだ?」

 「えっとね…………藤崎さ、歌ってて楽しい?」

 にやにやと人を試すかのような表情に変わった綾瀬の言葉に俺ははっとした。
 楽しいかどうかと聞かれれば、俺はすぐに楽しいと言えるだろうか。
 俺は音楽が嫌い。
 これはただ歌えと言われたから歌っているだけ。
 そう思い込んでいたのか。

 彼女は俺の暗い気持ちに気付いていたんだ。
 一見するとよく出来ているはずだと、俺自身だってそう思う。
 ただ、ビブラートが何だの抑揚が何だの、俺はただ得点のために歌っていて、根底にあるべきものを隠してしまっていた。

 まだ、俺の心の底にその感情は埋まっているのだろうか。
 掘り返すことはできるのだろうか。

 「なるほどな」
 「うん」

 彼女はそれ以上のことは言わなかった。
 俺に彼女の思っていることが伝わったと確信したのだろう。

 間奏が終わり、ラストのサビに入っていく。

 一度静かになって、徐々に大きく、壮大に。

 せめて今はこの一瞬だけでもいいから、あの頃の自分に戻ろう。





 最後の1分。
 俺の心は3年前にタイムスリップした。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

拝啓、終末の僕らへ

仁乃戀
ライト文芸
高校生活の始まり。 それは人生における大きな節目の1つである。 中学まで引っ込み思案で友達が少なかった友潟優。彼は入学式という最大の転機を前に、学内屈指の美少女である上坂明梨と与那嶺玲に出会う。 明らかに校内カーストトップに君臨するような美少女2人との出会いに戸惑いつつも、これから始まる充実した高校生活に胸を躍らせるがーー。  「……戻ってきた!?」 思い描いていた理想の日々はそこにはなかった。  「僕は……自分のことが嫌いだよ」  「君たちとは住む世界が違うんだ」 これは、変わる決意をした少年が出会いを経て、襲いかかる異変を乗り越えて日常を追い求める物語。   ※小説家になろうにも投稿しています。 ※第3回ライト文芸大賞にエントリーしています。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...