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第四章 魔女の国

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 小高い山の上から周りを見渡せば、自分が空と大地の境界に立っているように錯覚する。
 空は高く、青く。
 吹く風は伸びた髪を弄ぶ。

「なにをしている」

 振り返らなくても、誰が声をかけてきたかは分かる。幼い頃からずっと変わらない声。

「空が高いなぁって思いながら見てた」

 僕の横に立ったパフィは、興味がなさそうに空を見上げる。

「まだ若いのに、老けたことを言うな、おまえは」
「そうかな」

 北の国との戦争から、もう十五年が経つ。
 北の国が滅び、僕たちの国、東の国、西の国が領地を分割して吸収した。長きに渡って悪政を敷いた北の国が滅び、北の国の民は僕たちを歓迎した。

 南の国は、自分たちが除け者にされたことに対して抗議してきた。厄介な国とは聞いていたけど、本当にそうで、呆れてしまったのを覚えてる。
 どの国も相手にしないでいたら、密偵やらなんやらを送り込んできたりと、とんでもない行動を起こし始めた。ただ、そういった動きは国内でも反発するものが多かったみたいで、内部分裂を招いた。
 その結果、国が二つに分かれた。北側は僕たちの国に併呑されることを望み、南側は規模を小さくしたものの、以前と同じ体制の国として残っている。
 内部分裂を招いた理由は、僕たちの国にパフィがいたことだった。魔女の庇護を受けた国を敵に回すのは、それだけ忌避されることなのだと、子供心に強く印象に残った。
 目の前でその力を見た者として言わせてもらえば、その判断は正しかったと思う。

 冬の王が何者だったのか、始祖の魔女キルヒシュタフとの関係などは秘されたままだ。キルヒシュタフ様の行動は、何度考えても許されることではないと思うけど、単純に悪であると言えなかった。
 大きなことを引き起こすきっかけは、些細なことなのかもしれない。

「早く終わらせねば戻るのが遅くなるぞ」
「あ、そうだった」

 そばで雑草をむしって食べているフルールに声をかけ、目的地に向かう。

 あの後も僕はダンジョンメーカーとして、できてしまったダンジョンを閉じている。レンレンさんとティール様の作ったミズル草のおかげで、前のようにダンジョンがあちこちにできることはなくなったけど、人の入らない場所にはどうしてもできてしまう。
 あっても問題ない場所の場合は、動物たちの住処となるように残しておく。
 あの時と今の違いは、同行するのがノエルさんたちではなく、パフィだということ。
 国が大きくなったことで、少数とはいえ残っている北の国の貴族、南の国での有力者たち──そういった面々をまとめ上げていく殿下のそばを離れるわけにはいかなくなった。
 ナインさんはたまに僕に同行するけれど、それも本当にたまに。彼は北の国から逃げてきた魔術師たちをまとめる立場になっているから。

 ダンジョンを閉じ、体内に入り込む魔力を術符にうつしていく。
 砕けてしまった魔力水晶(トラス)の代わりを作る気になれなかった僕に、術符に魔力を注げばいいと言ってくれたのはナインさんだった。
 空っぽの術符を束でもらって、ダンジョンの魔力を注ぐ。ナインさんはクロウリーさんの知識を惜しみなく他の魔術師たちに広めて、魔術師の立場が向上するように力を尽くしている。
 ティール様は未だに魔術師長をしているけど、完全にナインさんに管理されている。でも嫌そうじゃないから、良い関係なのかな……たぶん。

 僕は変わらずに城の食堂で働いている。ラズロさんと二人で。ラズロさんはあの後結婚して、今では二人の子供がいる。弟と妹ができたみたいで、とても嬉しい。
 裏庭のダンジョンは、最低限の階層を残して閉じた。アマーリアーナ様の時はもうもらってないから、香辛料も野菜も作ってはいない。海は残ってる。
 香辛料は魔法薬学の人たちが管理するダンジョンに移して育ててもらっているから、季節になれば新鮮な香辛料がギルドに出回る。
 野菜は南の国だった土地から届けられるようにもなって、以前より種類も量も増えた。

 季節の変わり目に行われる魔女の会合は、なぜか僕たちの国が集合場所になった。パフィはいつもそっけないけど、内心喜んでるのを僕は知ってる。
 会合がなくても、暇になったと言って誰かしら遊びにくるものだから、城の人たちもすっかり魔女に慣れてしまった。
 定期的に魔女が集まる僕たちの国は、他の国から魔女の国と呼ばれるようになった。

 指笛をならすと、空を飛んでいたシエロが悠々と下りてきて、僕の身体に大きな嘴をこすりつける。
 シエロは伝説の存在といわれるヒッポグリュプスで、前半身は鷲、後半身は馬という不思議な生き物だ。成体となった身体は馬よりも大きくて、大人二人なら余裕で乗れる。
 卵から育てれば懐くぞと言って、ダリア様がくれた。ヒッポグリュプスの卵をもらったあと、ティール様とレンレンさんが卵にちょっかいを出そうとして皆に怒られたのも、今ではいい思い出。
 孵化する前のことなのに、シエロにはなにか感じるものがあるのか、ティール様とレンレン様には攻撃的だったりする。

 すっかり大人になったシエロに乗って、僕はパフィとダンジョンを回れるようになった。人では入りにくい場所でも、空を飛べるシエロがいれば行けるし、パフィもいるから、安心。シエロも強いし。

「そろそろ帰ろうか」

 面倒くさがりなパフィは猫になると、僕の鞄の中に潜り込む。
 屈んだシエロに乗って、毛艶の良い首を撫でる。

「シエロ、帰ろう」

 応えるように鳴いたシエロは、僕たちを乗せて立ち上がり、羽を広げた。
 僕が乗りやすいようにと付けられた馬具はとても良いもので、長時間乗っていても疲れにくい。

 あっという間に小さくなる地上を見る。
 シエロの背に乗っているといつも思う。
 世界から見たら、如何に自分が小さな存在なのかを。
 僕だけじゃなく、ありとあらゆるものがそう。
 魔女も強大な力を持っているけど、この大きな世界の一つの要素でしかない。
 一つでは大きなことを成し得ないかもしれないけど、だからといって無駄なものはないのだと、大人になった今なら分かる。
 世の中は大きなもの、強いものだけで構成されているわけではなくって。多種多様な大小さまざまなもので作り上げられている。
 当然、良いものも悪いものもある。

『おまえがのろのろとしているから戻りが遅くなりそうだ』
「ごめんね」
『腹が減ったぞ』
「宵鍋に行こうよ。この前ザックさんから珍しいものが手に入ったって知らせがきてたし」
『うむ。それはいいな』

 変わらない毎日は、時折退屈に感じるけど、大波のような抗えない出来事が起きた時に、そのありがたみを感じる。
 平和になって良かった、そう思うのに、退屈だと思ってしまう僕たちは、ちょっとわがままなのかもしれない。でも、それすら平和な証拠なんだと思う。
 退屈だからとなにかを仕出かすのは絶対駄目。それを理由に皆で集まればいい。そうすればきっと楽しいし、なにかが生まれるかもしれない。
 友達じゃなくてもただの顔見知りだとしても、同じ時を過ごして、それが良い時間となるなら、良い思い出になる。

「明日なにしようか」
『釣りをしろ。魚が食べたい』
「パフィもやるんだよ?」
『それはおまえの役目だ』

 これからも何か起こるかもしれないし、何も起きないかもしれないけど、僕は僕のできることをするし、やりたいことのために努力する。
 時には休んで、誰かと喧嘩もして。
 怒って、泣いて、悲しんで、喜んで。
 そうやって、生きていきたい。

「パフィ」
『なんだ』
「今日も、良い日だね」
『そうだな』

 明日も、良い日になりますように。
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