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第二章 マレビト

035-4

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 殿下に見つめられながらの作業はちょっと緊張するけど、話の流れからして仕方ないと諦めて、鍋にミルクを移して、火にかける。

「アシュリー、それは火魔法か?」

「はい。僕は魔力が少ないので、このぐらいの火しか出せないんですが、料理には丁度良いんです」

 低温でゆっくりと時間をかけて悪いものを消していく。

「熱処理と言ったな、ミルクに熱を通す理由は?」

「ミルクの中にある悪いものをなくす為です」

「処理をしないと飲めないのか?」

 季節の変わり目だったり、他の牛たちと上手くいってなかったり、ちょっとしたことでも変わるんだって。
 僕たち人間も、季節が変わろうとする時や、前の晩によく眠れなかったりしたら、翌日辛かったりする。
 牛も、きっとそう。

「牛の心だったり、身体の状態が良ければ熱処理をしないで飲めます。でも、思いがけないことでも状態は悪くなるので、こうして熱を通すんです」

 なるほど、と納得した様子で、殿下は頷く。

 熱処理をしている間、マグロパフィが僕から受け取った蜂ヤニから不純物を除去していく。空中で行われていく除去作業に、みんなの目が釘付けになる。

「美しいな」

 殿下はそう言って除去作業を見つめている。

「何が出来るのか?」

「殿下がいつも召し上がっている薬のようなものになります」と、トキア様が言った。

「僕の身体から毒を消してくれたものか」

 その言葉に、胸がぎゅっと締め付けられる。
 毒は身体から消えても、心についた傷はまだ、きっと癒えないし、消えないんだろうと思う。

「何故、そなたがそんな顔をするのか」

 驚いた顔をする殿下に、何と言っていいのか分からなかった。どんな言葉が良いのか、考えもつかない。

「ごめんなさい、あ、えっと、申し訳ありません」

「良い。何故そんな顔をしたのだ、アシュリー」

 まっすぐ僕を見つめる殿下に、言いにくいけど、素直に言う事にした。きっと、嘘は見抜かれると思って。

「……身体の中の毒は消えても、心の傷は……残るか、癒えるのに時間がかかるだろうなと、思ったんです」

 殿下は驚いたように目を少しだけ見開いて、少し傷ついた目になって、細められた。

「……僕の事なのに、そなたが傷付くなど、おかしな事を」

「僕だけじゃなく、同じように思う人はきっといます」

「……そうだろうか」

「はい」

『終わったぞ』

 不純物の除去が終わって、蜜よりも濃い色をした蜂ヤニが出来たので器に入れる。
 熱処理が終わったミルクを器に入れ、蜂ヤニをスプーンですくって入れ、よくかき混ぜる。
 器を持って厨房から出て、殿下の前に置く。

「熱いので、お気をつけ下さい」

「ありがとう」

 厨房に戻って、残りのミルクを保存用の容器に移し入れる。

「……温かくて、美味しい」

 顔を上げると、殿下が微笑んでいた。

「アシュリーの作るものは、温かくて、とても美味しい」

 殿下の言う温かいと言うのは、熱処理をしたからだけではないような気がした。
 でも、それを言うのは無粋って奴だって分かるから、言わない。

「良かったです」

 毒を盛る人はもういない。
 詳しくは知らないけど、ギド殿下はもう王城にいないって聞いた。第二妃も。
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