89 / 271
第二章 マレビト
023-1
しおりを挟む
エスナさんの送別会の翌日、お昼も終わって、厨房で一人、仕込みをしてる時だった。
ナインさんがやって来て、カウンターの前に立った。座ろうとはしない。挨拶もしない。俯いている。
昨日の事、まだ考えてるのかなぁ?
ナインさんにとって、何が気になるんだろう? 自分を助けた国を出ようとするエスナさんを止めたかった……とか、そういうのかな?
「チャイを入れるので、飲みませんか?」
「チャイ……?」
「甘くて、あったかくて、美味しい飲み物です」
イースタンさんの店で買った香辛料も、そろそろ底を尽く。勿体ないと思っていた僕に、ラズロさんは言った。
食べる為に買った。食べられる為にコイツらも収穫されてんだ。勿体ぶってシケさせる方が失礼だぞ、と。
ラズロさんのこういう所、僕は好きだ。食べ物を粗末に扱ってるんじゃないから。
カウンターの席に座ったナインさんは、黙ったまま、僕がチャイを淹れるのを見てる。あんまりじっと見られると、緊張する。
「ナインさんは、エスナさんが旅に出たのが嫌だったんですか?」
ナインさんが頷く。
「この街は、生まれた国と違って、優しい」
その言葉に胸がちょっと痛くなる。
チャイをカップに移して渡す。
「分からない」
そう言ってチャイを見つめる。
「僕、ここの生まれじゃないんです」
顔を上げて僕を見るナインさん。
「僕も少し前にノエルさんとクリフさんにここに連れて来てもらったんですよ」
「アシュリーも、奴隷?」
首を横に振る。
「生まれ育った村で死ぬまで生きるんだって思ってたんです。とても温かくて、優しくて、住んでる人も明るくて、良い村だったんです。
王都に来て、あの村とはまた違ってて、まだ分からない事ばっかりですし、たまに寂しく思ったりもしますけど、僕はしあわせですよ」
「……よく、分からない」
「エスナさんは、王都が嫌いだから出て行くんじゃなくて、自分だけの場所を、本当は探してるのかも知れないし、そうじゃないかも知れない。
ラズロさんが言ってました。旅でしか得られないものがある、って」
「旅でしか、得られないもの……」
呟いた後、ナインさんはチャイを口にした。初めての味と香りに目をキラキラさせる。何を食べても美味しそうにしてくれるナインさんを見るのは嬉しいけど、少し悲しくもなる。
「美味しい……」
「シナモンとクローブ、という香辛料が入ってるんですよ」
チャイの香りを改めて嗅ぐナインさん。
「香辛料はこの国では取れないものだから、行商人や、大きな商会から買うんです」
「ぎょうしょうにん?」
「旅をしながらその土地でしかとれないものを買って、別の場所で売る人、だそうです」
「香辛料も、旅してきた」
その言葉に思わず笑ってしまった。上手だなぁ。
「……大人になったら、アシュリーと、旅したい」
突然の言葉にびっくりする。
そんなに僕の事を気に入ってくれてるとは思ってなかったから。
「誘ってもらって嬉しいですけど、僕は行けないんです」
「どうして? アシュリー、ナイン、嫌い?」
首を横に振って、そうじゃないと伝える。
「そうじゃなくて、僕は王都から出られないんですよ」
「どうして? アシュリー悪い事しない。どうして出られない?」
「僕が持ってるスキルが特殊だからです」
スキル? と聞き返されたので、頷く。
「ダンジョンメーカーと言うスキルを持っているんです」
「だんじょん……めーかー……」
ナインさんの顔が真っ白になって、身体が傾いて椅子から落ち、床に倒れてしまった。
「ナインさん! ナインさん!!」
僕の声を聞き付けたラズロさんが慌てて食堂に入って来た。
「どうした、アシュリー?!」
「ラズロさん、ナインさんが突然倒れちゃったんです!」
「オレが医術室に運ぶから、アシュリーはトキア様、ノエル、ティールを呼んで来てくれ!」
駆け寄って来たラズロさんがナインさんを抱え上げた。
「はい!」
食堂を飛び出し、みんなを呼びに向かった。
ナインさんがやって来て、カウンターの前に立った。座ろうとはしない。挨拶もしない。俯いている。
昨日の事、まだ考えてるのかなぁ?
ナインさんにとって、何が気になるんだろう? 自分を助けた国を出ようとするエスナさんを止めたかった……とか、そういうのかな?
「チャイを入れるので、飲みませんか?」
「チャイ……?」
「甘くて、あったかくて、美味しい飲み物です」
イースタンさんの店で買った香辛料も、そろそろ底を尽く。勿体ないと思っていた僕に、ラズロさんは言った。
食べる為に買った。食べられる為にコイツらも収穫されてんだ。勿体ぶってシケさせる方が失礼だぞ、と。
ラズロさんのこういう所、僕は好きだ。食べ物を粗末に扱ってるんじゃないから。
カウンターの席に座ったナインさんは、黙ったまま、僕がチャイを淹れるのを見てる。あんまりじっと見られると、緊張する。
「ナインさんは、エスナさんが旅に出たのが嫌だったんですか?」
ナインさんが頷く。
「この街は、生まれた国と違って、優しい」
その言葉に胸がちょっと痛くなる。
チャイをカップに移して渡す。
「分からない」
そう言ってチャイを見つめる。
「僕、ここの生まれじゃないんです」
顔を上げて僕を見るナインさん。
「僕も少し前にノエルさんとクリフさんにここに連れて来てもらったんですよ」
「アシュリーも、奴隷?」
首を横に振る。
「生まれ育った村で死ぬまで生きるんだって思ってたんです。とても温かくて、優しくて、住んでる人も明るくて、良い村だったんです。
王都に来て、あの村とはまた違ってて、まだ分からない事ばっかりですし、たまに寂しく思ったりもしますけど、僕はしあわせですよ」
「……よく、分からない」
「エスナさんは、王都が嫌いだから出て行くんじゃなくて、自分だけの場所を、本当は探してるのかも知れないし、そうじゃないかも知れない。
ラズロさんが言ってました。旅でしか得られないものがある、って」
「旅でしか、得られないもの……」
呟いた後、ナインさんはチャイを口にした。初めての味と香りに目をキラキラさせる。何を食べても美味しそうにしてくれるナインさんを見るのは嬉しいけど、少し悲しくもなる。
「美味しい……」
「シナモンとクローブ、という香辛料が入ってるんですよ」
チャイの香りを改めて嗅ぐナインさん。
「香辛料はこの国では取れないものだから、行商人や、大きな商会から買うんです」
「ぎょうしょうにん?」
「旅をしながらその土地でしかとれないものを買って、別の場所で売る人、だそうです」
「香辛料も、旅してきた」
その言葉に思わず笑ってしまった。上手だなぁ。
「……大人になったら、アシュリーと、旅したい」
突然の言葉にびっくりする。
そんなに僕の事を気に入ってくれてるとは思ってなかったから。
「誘ってもらって嬉しいですけど、僕は行けないんです」
「どうして? アシュリー、ナイン、嫌い?」
首を横に振って、そうじゃないと伝える。
「そうじゃなくて、僕は王都から出られないんですよ」
「どうして? アシュリー悪い事しない。どうして出られない?」
「僕が持ってるスキルが特殊だからです」
スキル? と聞き返されたので、頷く。
「ダンジョンメーカーと言うスキルを持っているんです」
「だんじょん……めーかー……」
ナインさんの顔が真っ白になって、身体が傾いて椅子から落ち、床に倒れてしまった。
「ナインさん! ナインさん!!」
僕の声を聞き付けたラズロさんが慌てて食堂に入って来た。
「どうした、アシュリー?!」
「ラズロさん、ナインさんが突然倒れちゃったんです!」
「オレが医術室に運ぶから、アシュリーはトキア様、ノエル、ティールを呼んで来てくれ!」
駆け寄って来たラズロさんがナインさんを抱え上げた。
「はい!」
食堂を飛び出し、みんなを呼びに向かった。
2
お気に入りに追加
348
あなたにおすすめの小説
料理を作って異世界改革
高坂ナツキ
ファンタジー
「ふむ名前は狭間真人か。喜べ、お前は神に選ばれた」
目が覚めると謎の白い空間で人型の発行体にそう語りかけられた。
「まあ、お前にやってもらいたいのは簡単だ。異世界で料理の技術をばらまいてほしいのさ」
記憶のない俺に神を名乗る謎の発行体はそう続ける。
いやいや、記憶もないのにどうやって料理の技術を広めるのか?
まあ、でもやることもないし、困ってる人がいるならやってみてもいいか。
そう決めたものの、ゼロから料理の技術を広めるのは大変で……。
善人でも悪人でもないという理由で神様に転生させられてしまった主人公。
神様からいろいろとチートをもらったものの、転生した世界は料理という概念自体が存在しない世界。
しかも、神様からもらったチートは調味料はいくらでも手に入るが食材が無限に手に入るわけではなく……。
現地で出会った少年少女と協力して様々な料理を作っていくが、果たして神様に依頼されたようにこの世界に料理の知識を広げることは可能なのか。
転生したら神だった。どうすんの?
埼玉ポテチ
ファンタジー
転生した先は何と神様、しかも他の神にお前は神じゃ無いと天界から追放されてしまった。僕はこれからどうすれば良いの?
人間界に落とされた神が天界に戻るのかはたまた、地上でスローライフを送るのか?ちょっと変わった異世界ファンタジーです。
残滓と呼ばれたウィザード、絶望の底で大覚醒! 僕を虐げてくれたみんなのおかげだよ(ニヤリ)
SHO
ファンタジー
15歳になり、女神からの神託の儀で魔法使い(ウィザード)のジョブを授かった少年ショーンは、幼馴染で剣闘士(ソードファイター)のジョブを授かったデライラと共に、冒険者になるべく街に出た。
しかし、着々と実績を上げていくデライラとは正反対に、ショーンはまともに魔法を発動する事すら出来ない。
相棒のデライラからは愛想を尽かされ、他の冒険者たちからも孤立していくショーンのたった一つの心の拠り所は、森で助けた黒ウサギのノワールだった。
そんなある日、ショーンに悲劇が襲い掛かる。しかしその悲劇が、彼の人生を一変させた。
無双あり、ザマァあり、復讐あり、もふもふありの大冒険、いざ開幕!
うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。
テイマーズライフ ~ダンジョン制覇が目的ではなく、ペットを育てるためだけに潜ってしまうテイマーさんの、苦しくも楽しい異世界生活~
はらくろ
ファンタジー
時は二十二世紀。沢山のユーザーに愛されていた、VRMMORPGファンタズマル・ワールズ・オンラインに、一人のディープなゲーマーさんがいた。そのゲーマーさんは、豊富な追体験ができるコンテンツには目もくれず、日々、ペットを育てることに没頭している。ある日突然ゲーマーさんは、ゲームに似た異世界へ転移してしまう。ゲーマーさんははたして、どうなってしまうのか?
転生テイマー、異世界生活を楽しむ
さっちさん
ファンタジー
題名変更しました。
内容がどんどんかけ離れていくので…
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
ありきたりな転生ものの予定です。
主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。
一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。
まっ、なんとかなるっしょ。
人間だった竜人の番は、生まれ変わってエルフになったので、大好きなお父さんと暮らします
吉野屋
ファンタジー
竜人国の皇太子の番として預言者に予言され妃になるため城に入った人間のシロアナだが、皇太子は人間の番と言う事実が受け入れられず、超塩対応だった。シロアナはそれならば人間の国へ帰りたいと思っていたが、イラつく皇太子の不手際のせいであっさり死んでしまった(人は竜人に比べてとても脆い存在)。
魂に傷を負った娘は、エルフの娘に生まれ変わる。
次の身体の父親はエルフの最高位の大魔術師を退き、妻が命と引き換えに生んだ娘と森で暮らす事を選んだ男だった。
【完結したお話を現在改稿中です。改稿しだい順次お話しをUPして行きます】
異世界に転生したので幸せに暮らします、多分
かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。
前世の分も幸せに暮らします!
平成30年3月26日完結しました。
番外編、書くかもです。
5月9日、番外編追加しました。
小説家になろう様でも公開してます。
エブリスタ様でも公開してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる